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上を向いて、歩こう 011

きゅうり1本もいでかぶりつく


8月が終わる。
虫の声もチラホラと聞こえはじめ、青空にも風にも日差しにも秋の匂いが混ざりだした。
小さい秋、小さい秋、ひょいと顔を出してくれないかな。残暑が気になるけどね。
コロナウイルスはまだ退散してくれないから、ぎくしゃくした生活はつづくけれど、想像力を働かして防御しよう。
今まで通りに、むつかしく考えるのではなく、算数思考で現時点での答えを出して行動しようと思っている。加えて、どんどん新しいことが発見されるだろうから、臨機応変にというのも忘れないで。
涼しくなってきたら、お弁当を持って外ごはんをしたいな。ノンアルコールビールも忘れずに。







上を向いて、歩こう。





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すっきりしなくちゃ

あれ、足跡辿ると?が騒ぎ出す

きっと、
病気で仕事ができないのだから、政治家も辞めるということなんだろうな。まずは、病気を治してください。好き嫌いは別として、病気はつらいですから完治を願っています。
はやく健康を取り戻して、ちゃんと疑惑を晴らしてもらいたい。そしてほんとうの意味での健康を手にしてほしいと願います(ご本人もすっきりするでしょう)。それは、この国にとっても必要なことですよね。

羅列したらおそろしくなってくるデキゴトたち。それが毛細血管を通して先の先までひろがっているように思う。どうやって血を入れ替えていくのだろう。どうやって腐ったところを、腐りかけているところを、取り除いていくのだろう。改竄や隠蔽が胸を張って歩いているイマに誰がカーツを入れるのだろう。
うすっぺらで透き通ってしまった「責任」ということばは、いつ、本来の姿を取り戻すことができるのだろう。そして、人が死んでも経済が生き残ればいいと言われているような気になるのは、なぜだろう。


※給食ごっこ

とうぜん、われわれも変わらなくてはいけないのだ。われわれ一人ひとりにも責任はある。重く受け止めなくてはならない。選ぶ責任だ。声を上げない責任だ。負のブーメランは、いつかじぶんの生活に影響を及ぼす。
この国ではまだ距離があると思っていた、「人類は戦争の歴史から脱却できるか」が、いつのまにごくごく身近なテーマになってきた。起こるはずはないと考えていたことが次ぎ次に目の前に現れてきている。未来が燃え尽きないように・・・アンテナの感度を上げなくてはいけないと思っている。





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民度の高いお裁きを

この地球からは逃げられないぜベイビー

青空がキモチイイ、
ただし冷房の部屋の窓から眺める青空です。
一歩外に出ると、からだがとけだしそうに暑いのであります。1時間、外出をしただけで汗びっしょり、からだのチカラがふにゅふにゅと抜けていく。残暑も厳しくなるでしょう。
7月は雨がつづき、8月は晴れがつづき、野菜が高騰している。わがミニにミニ菜園では、トマトが元気をなくしてしまったし、サニーレタスは枯れてしまった。



自然のバランスが崩れるといろんなところに影響を及ぼすね。地球は怒りはじめているんじゃないかと思ってしまう(堪忍袋の緒が切れた!と)。誰に対して? もちろん人間に対してでしょう。
反省しても遅いのかな、行動が伴わない反省になると(逃げ足の速い誰かさんのように)、さらに地球の怒りが爆発して、とんでもないことになりそうだ(流星警察と銀河系の検察が動き出す)。
逃げても、逃げても、やったことは消えません(消そうとしている人を知っていますけど、そうはいきません)。民度が高ければ高いほど、きちんと落とし前をつけるはず。民度の人がそれを示してくれなくちゃ、いい加減なことばかり言い放つ人になってしまいますよ(すでになっているか)。
あれ? なんの話だった? そうそう地球の怒りだった。地球をお借りしているワタクシたちは、ちゃんと家主さんとの契約を守らないといけません。やりたい放題はダメです。

やりたい放題・・・・・・
あああああああ、もしかしたら、あの人は地球よりも偉いと思っていたのでは? 森羅万象を司ると豪語されていたような記憶が・・・。あの方が檻の中で吠える姿を見てみたいものです。
民の声:「地球様、容赦なくお裁きを!」
地球様:「よし、それなら三権分立の神に裁かせよう」
三権分立の神:「かしこまりました」
民の声:「忖度のない見事なお裁きを期待しております」





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治療後1年、覚え書き

ひょいと顔出すモグラ叩いて前進!

1年経過、
あと4年定期検診はつづく(昨年の3月末に疑いが浮上、4月に細胞をとり検査し告知された、中咽頭がんスイテージ4だと。早速、治療プログラムをつくってもらい5月から再検査と治療がスタートした)。
昨年の今日、治療が終わった。時々はブログに経過を記しておこうと思う。そう思ったのは、同じ病気の人のブログに救われたことが何度もあったから。

治療はとうぜん簡単なものではなかった。しかし、過酷だということは予想していたし、覚悟をしていたので、驚くことも多々あったけれど、なんとか持ちこたえられた(カレンダーに印をつけながら)。
想定を遙かにこえたのは、その後の副作用だ。想定が甘かったのだろうけど、今もまだ副作用は攻めてくる。突然ガツーンとくるものと、じわじわと押し寄せてくるもの、腰を据えて滞在するもの、さまざまだ。さらに免疫力が落ちているので、コロナ禍という予期せぬことも強敵となった。


※ちくわ天うどん。麺にはお世話になってます。(麺・ダシ:WAKASAya

同じ病気のひとのブログをみると、やはり同じことが書かれてある。症状や重さは人によって異なるけれどね。副作用は時間との勝負だと知る。いちばん怖いのは再発と転移だ(先日はドキッとした、もやもやの二週間がつづいた)。
バクダンを抱えている。それを意識して暮らさなければいけない。でも、そういう意識がラッキーやハッピーを引き寄せてくれる可能性がある。
考えてみれば、誰もがバクダンを抱えて暮らしているのだから、じぶんだけが時別なことではないよな。生きるとはそういうものだから。

求めるのは、「おいしい」と言える日々。「おいしい」を感じるためには、からだだけではなく精神的なことも影響するからね。ほんと、『おいしい生活を』だな。※“を”をつけちゃいました、糸井さんごめんなさい。

(現状メモ)
1年経過して、味覚は70%くらい戻ってきた(初期は、アイスクリームが苦かったし、甘みも感じなかった)。唾液は50%くらいか(日によってかわる)。喉通りは、唾液の影響もあると思うのだけど60%かな(胃ろうで栄養を摂っていたので、数カ月食べる力を使っていなかったから筋力も衰えているはず)。
放射線の影響で、まだ皮膚はゴワゴワしているし変色している(日焼けのひどいもの)。先日は、口周り、首、胸、腕・・腫れて発疹がでたので皮膚科に行った。帯状疱疹も顔を出した。

味覚に関しては、ものすごく敏感になっている部分もあって、好きだったマグロ等の刺身が食べられない。ある本で、抗がん剤の影響だと書かれてあった。
抗がん剤で、どどっと抜けた髪の毛はもう復活しています。風呂場で腰を抜かしそうになったもんなぁ。病気かオレ!と口走り、すぐに病気だったと納得。
体力も徐々に戻ってきていると思う。声はかすれるときもあるけれど、ほぼ戻っている。キーが少し上がった(半音くらいなか)。

食べられないときに助けてくれたのは、ヨーグルトとバナナジュース、細かく細かく切ったスイカだった。でも味はわからなかったけどね。




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リアルに痛い

診察№は428意味ありげに並ぶ

100%はないと、
わかっていても求めてしまう、安心100%を。しかし、だれも100%を保証できません。そうだよな、そうです。
しっかりと(どうしたらいいか、答えはないけど)現状維持をめざし、そしてじわじわと不安がしぼむように願おう。昨日、病院へ行き二週間前の検査結果を聞いた結果です。

このまましぼんでほしいな、でないとまた細胞をとられる。とうぜん、麻酔なしなので痛いのだよ(前にも書いたけど)。必殺仕置き人に針を刺された感覚だ(イメージですよ、体験したことはないです)。
歯医者さんでも簡単な麻酔薬をぬってくれるでしょう。そういうものでいいから使用してほしい。のどに針、想像しただけでも痛いでしょう。リアルに痛いです。


※好物だったのに食べられなくなった。いつの日か、復活マグロ!

しかし、一安心ではある。大事に至らなくてよかったと、感謝だ。なんだかんだと突然不安は顔を出す。一筋縄ではいかない病だと実感する。ま、気長にいこう。ストレスをためずに妄想の世界を浮遊しよう。妄想も薬になりそうだ。
そうだ、テレワークではなく、妄想ワークってないか? 妄想の電波でつながって一緒に遊ぶ、そんな相手がいたらいいだろうな。どう交信するかが問題だけれど、成功するとはやるかもしれないぞ。ライブ配信ではなく、妄想配信(ある意味ライブか)、アインシュタイン先生ならできるかもしれないね。
ま、そんなアホなはなしにつきあってくれる物好きなひとはいないでしょうけど、未来では可能になっているかもしれないよ。地球と月とで妄想交信、なんてね。






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水曜日という曜日

時間の海を泳ぐ雲よ、おーい雲よ

水曜日は、
個人的には意味をもった曜日である。いろんなことが重なり、いつのまにか水曜日というのが他と違う役割を担うようになった(精神的な問題も含めて)。
そして今日は水曜日。またまた正念場だ。昨年の3月末からいくつもの正念場が訪れたけれど、正念場というのは、何度体験しても慣れることはない。そして、自力ではどうすることもできないことが多かった。まさしく「念」、念じるしかないことがほとんどだったからね。



・気になることがあると、すべて悪い方へと考えはめぐり、マイナス因子が踊り出す。避けるための方法は、結果が正面に現れるまで考えない。そして、一切その案件に触れないことだ。視野を狭くして、想像のスイッチを切り、いま見える範囲だけを見ることだ。と、気がついた。はじまるまでは、はじまらない。はじまってから思考を全開すればいいのだ。
最近、時間との付き合い方を今まで以上に考えるようになった。もちろん、答えは用意されていないので、堂々巡りを繰り返しながら数ミリずつ進み、新たな問いと向かい合うことを続けるだけだけどね。

・昨年の今日26日は月曜日だった。二日後の水曜日、28日は、5月にスタートした治療が完了した日だ。28日と水曜日が重なった。2019年のスケジュール帳の8月28日(水)には、「第二の誕生日」と記されてある。そういう思いだったんだ、なんか祈りのことばのように感じるなぁ。
水曜日、月に一度の定期検診も水曜日になっている。今日はイレギュラー(今月二度目)だけれど、水曜日だ。スーイ、スーイの水曜日であるようにと願う。

「チキンライスが食べたい!」、ケチャップ味もだいじょうになったからね。





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サンマも幻に?

ガム噛んでこめかみにサンバのリズム

ううううう、
サンマの水揚げが・・・どうなるのだろう今年のサンマは。松茸のような存在になるのか、口にすることができなくなるのか。
「給料日前だし、今日もサンマでいいわ」、なんて言っていた時代は何処へ。そうだな、もうサンマをサンマと思わず、フォアグラかキャビアだという認識に切り替えよう。そうすると、あきらめもつく。ワタクシごときがキャビアなんて、フォアグラなんて、あー身の程知らず、恐れ多いことでございまするぅ~、ということだ。手の届かない存在だ。
じわじわと高級魚への道をのぼられてきたサンマ殿、お見事でござる。まさしく出世魚だ。ふむふむ。

今年は、干物か缶詰か、サンマにお目にかかる回数は減っていくでしょう。冷凍サンマの在庫はどうなのだ? 最近の冷凍技術はすばらしいから、何年か前に水揚げしたサンマでも新鮮なんじゃないの。それまで値が跳ね上がっている? 八方塞がりじゃ~。


※サンマのかわりにはならないけど、

季節便りというものが減少していく。自然現象だから仕方がないことなのか、それとも人間のせいなのか、ほんとうのところはどっちだ。人間のせいなんだろうね。とすると、わが身にも責任があるということだ。サンマ殿、申し訳ない。

循環を止めるのは人間だ。なんでも無限だという感覚でいろんなことをやってきたから、有限であると知ったときには手遅れとなっている。地球の命だって有限でしょう。
「無限思想(そんなものあるのか?)」から脱却しないと破滅しちゃうなぁ。
サンマの漁獲量の記事を見て、そんなことを思った。




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なーんだ、

お墨付きおでこに張り飲めや歌えや

・残暑ですか?
もう残暑と言ってもいいのかな、いや、まだ夏本番まっただ中ということかな、どっちなんだろう。どちらでも暑いのにはかわりはないけど、残暑と言われると、もう少しの我慢だと力を振り絞れるように思う。気持ちの問題です。

・昨日テレビを見ていたら、某大学の某先生が「コロナなんってこわくない。すでに抗体はもっているから普段の生活をすればいいのです」というようなことを言われていました。それを受けて、横にいたこわい顔した(個人の意見です)某元お役人も「経済がいちばんだ、経済優先だ」みたいなことをおっしゃっておりました。
だれもがみんなマスクをせず、三密も気にせず出歩いても大丈夫なのですか、ふーん、安心した。ほんとうにいいのですね、感染はしないということですよね。
それともどんどん感染させて、弱者から切り捨てていく、残った者で生きていこう、なんてことではないですよね。
そしてアホなワタクシは、人が元気じゃないと経済ってまわらないのではないのかと考えていたのですけど違ったのですか。アタマのいい人が言うのですから経済は人の命に勝るのでしょう。誰が税金を払うのかな、AIかロボットか。 


※収穫、バンザーイ。

テレビで堂々とおっしゃるのですから、それなりの根拠はあるのでしょう。反論されるかたも少なかったし、根拠を検証した上で、信じてくださいよということで、テレビ局はその人たちをゲストに呼んだのでしょうから、これからどうなるのかたのしみです。
お二人の発言を信じて、「マスクをとって、蜜になって、ガンガン金をつかおうぜ~、経済をまわそうぜ~」。わかりました、がんばります。ですから、もしものときの責任はとってください、お願いします。

「生き方は顔に出る、ふむふむ」、ひとりごとです。






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絵がたり157

「なんじゃらほい ワールド」


子どもたちはちゃんと見ているよ。子どもに訊かれたら、「偶然」と答えるのかな?


・・・一行詩(うた)日記・・・157

見え見えなのに見えないふりかな





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支離滅裂論

その五枚舌ぬいてもらえ閻魔様に

それにしても、
24時間というものが超特急で駆け抜けていく。その車両に乗っているワタクシは、景色を楽しむ余裕もなく運ばれていっているように思うときがある。
「これでいいのか?」と、いままでは焦りに似たもやもやに覆われそうになっていたのだが、最近は「どうでもいいのだ」と思うようになった。
だって、現実的に感じる時間はイマだけだもの。過去も未来も、そこにじぶんはイマ存在していないのだ。ということは、イマの連続であるからして、その、あの、そんでもって、イマのこの瞬間の景色を見ていればいいのだ。
どれだけ時間列車がスピードを出しても(感覚の問題だけど)、ワタクシが見ているのはつねに一コマなのだ。その一コマに色をつけていくのだ。それを連続で映し出せば1本のフィルムになり人生になる。しかし、誰も最初から最後まで見ることはできません(記憶はあやふやだしね)。



だんだん、何を言っているのか分からなくなってきたけど、とにかく、イマだ。イマ以外にどこにも行けないのだから、イマと腰を据えて話すしかない、イマと遊ぶしかない、イマと笑うしかない、イマといちゃつくしかない、イマと抱き合うしかないのだ。くよくよしてもはじまらないのである。
あー、ないないづくしだ(意味が違うか)。結論はない、真っ白な紙にじぶんのカゲがうつっているだけだ。
そんなわけのわからないことを考えて遊んでいた金曜日の午後。今夜は、小泉今日子さんに会えるよ~と(LIVE配信です)、気持ちがぽかぽかしております。
時間よ、止まれ!いや、止まっちゃうとライブが観られない。時間はいろいろな武器を隠し持っているぜ。
またまた、支離滅裂で終了!





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