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式亭 三馬                 浮世風呂より

2011-02-15 | 古典
 熟(つらつら) 監(かんがみ)るに、 


 銭湯ほど 捷径(ちかみち)の 教諭(をしへ)なるはなし。



 其故(そのゆゑ)如何となれば、 賢愚邪正貧福貴賤、 湯を浴(あび)んとて 裸形(はだか)になるは、


 天地自然の道理、 釈迦も  孔子も  於三(おさん)も  権助も、 


 産(うま)れたまゝの 容(すがた)にて、 惜い  欲(ほし)いも  西の海、 さらりと無欲の形なり。




 欲垢と 梵悩と 洗清(あらひきよ)めて 浄湯(をかゆ)を浴(あび)れば、


 旦那さまも 折助も、 孰(どれ)が 孰(どれ)やら  一般(をなじ)裸体(はだかみ)。




 是(これ)乃(すなは)ち 生れた時の 産湯から  死(しん)だ時の 葬潅(ゆくわん)にて、


 暮(ゆふべ)に 紅顔の酔客(なまゑひ)も、 朝湯に 醒的(しらふ)となるが如く、 生死一重が 嗚呼 まゝならぬ哉。




 されば 仏嫌(ほとけぎらひ)の老人も 風呂へ入れば吾(われ)しらず 念仏をまうし、


 色好(いろごのみ)の壮夫(わかいもの)も 裸になれば 前をおさへて 己から 恥を知り、


 猛き 武士(ものゝふ)の 頸(あたま)から 湯をかけられても、 人込じやと 堪忍をまもり、


 目に見えぬ 鬼神(おにかみ)を 隻腕(かたうで)に 雕(ゑり)たる侠客(ちうつはら)も、


 御免なさいと 石榴口(ざくろぐち)に 屈(かゞ)むは 銭湯の 徳 ならずや。




 心ある人に 私(わたくし)あれども、心なき湯に 私なし。


 譬へば、人密(ひそか)に 湯の中にて 撒屁(おなら)をすれば、


 湯は ぶくぶくと鳴(なり)て、 忽ち 泡を 浮(うか)み出(いだ)す。



 嘗聞(かつてきく)、薮の中の 矢二郎はしらず、 湯の中の人として、湯の おもはくをも 恥(はぢ)ざらめや。


 惣(すべ)て 銭湯に 五常の道あり。 


 湯を以て 身を温め、 垢を落し、 病を治し、 草臥(くたびれ)を休むる たぐひ 則(すなはち)  仁 なり。



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