食べ物日記   元気 一番

健康へ気配りしながら主に食事を!

2050年の森

2018-10-16 10:27:14 | 日本・世界・地球

 ドングリの森

 山口県の花博会場に首題名の場所がある。興味を持って訪れた。

 2年位前のことだが、「里山の管理」について、講師が山に案内し、注意点などを実践して教えた。そんな教室に参加をする。内容は、毎年常緑樹を摘みましょう。落葉樹は残したままで良いですよ。理由は森の地面に光が入るようにするためです、と。

 首題の森が、どのように木々が育てられているか。どのように、私が真似できるか。などが興味のポイントだ。花博会場にあった森は「ドングリ」の植樹がここ数年前になされた、これからの森。現在は、「2050年に森」の状態。

 少し興ざめ---。係の人に説明を聞ければと、「植樹のドングリは間隔が近いようですが、大きくなって間引くのですか」。すると、「そのままにするのですよ。手を加えずに」と。淘汰されるという。

 この説明には「そうするのか」と、どこかで納得した。どんぐりは落葉樹。放置しても、土まで光が入る時期は、確かにありそうだ。

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この地域が好きな子供を育てたい

2018-04-08 07:57:32 | 日本・世界・地球

 育った地域の継承はどうすれば--

 私の属する自治会の、小学生数は今年度2人になった。会員世帯数は76(H30.3)。子が隣に住み2世帯だが、親のみが会員の世帯もいくつかはある。

自治会が属する岩国市は、世帯数65,935(H30.2)、出生数1,224(H18)、1,006(H27)という。自治会と岩国市とを単純に比較すれば、100世帯当たり、自治会2.63対市10.1人の出生数となる。これは、自治会は市に比較して約25%の小学生数であることを示している。

小学生数は、昨年は5人だった。今年は減少したことを理由に帰宅時の「見守り活動」を休むことに。お年寄りが主なメンバーだったことも大きな理由とも聞いている。

子供と出身地域(自治会)との絆はますます細くなる。さて、地域のバトンを繋ぐ者は地域の出身者だろう。地域と縁の無い人が、繋ぐことは想像し難い。バトンを受ける者を育てなくては、と強く思えてくる。

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エンディングノート

2018-02-01 09:42:08 | 日本・世界・地球

   フリー写真

 メールボックスを見ていてずっと気になっていた。ネットには、迎える死に備えて自身の希望を書き留めておくノートとある。先日ネットで購入した。

 私はもうすぐ68歳になる。まだ朝のテレビ体操と、日に10回の腕立伏せと腹筋は、ほとんど欠かさない。健康診断により血圧高め、腹回り過大と知り、続けている。ところが、お正月ののんびりとこの冬の寒さによる活動量減少により、首から後頭部辺りに疲れがたまっていると感じる。

 このことと1月27日新聞の「埋まらぬ終活ノート」の記事とが、「早めにノートを埋めよ」と私の背中を押す。

 記入し始めると、すぐに記入には各種の資料の準備が欠かせないと知る。免許証、保険証、年金番号など。また伝えたいことを言葉にして記述する。

 自分が自分の意志を区分して、表現できる内に記述し遺す。転ばぬ先の杖にはなりそうだ。

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「ひとの心」がおもしろい

2018-01-14 09:12:00 | 日本・世界・地球

 「ひとの心」

 朝のテレビ小説「笑ろてんか」を見ている。「笑うと福が来る」という内容のようだ。この番組の一シーンだが、おもしろい。

 関東大震災後に巡り合った、元芸者の母と実業家に成長した子。子には小さい頃の、母へのわだかまりがあり、それがなかなか除けない。除くためのきっかけに「へその緒」が今日、登場した。震災で倒れかけた家に入り込み、わざわざ取って来たと、そばにいた人が説明する。さて次回には心が通じ合うのか。

 先日近くの人が集まるサロンで、90才を超えたお年寄りが「あなたのお宅には綿の種を取り出す装置があった。それをもらって私は助けられた」と。60年を超える昔のことのようだ。「そんなことがあったんですか。綿の種を取り出す装置--?ふーん」と。すると今度は「こんな事もあったんよ」と。聞いていると「あなたのお宅のTさんと近所の---」とどうも耳に聞こえの良くないと思える内容を話される。きっと無意識だろう。

 前の例と後の例とどちらも、どこかバランスがまだ悪いと、話し手は感じている。バランスを良くするには、へその緒や聞こえが良くない話材が必要だった。「ひとの心」の微妙をこのように捉えると、おもしろいと納得する。

 自分の行動の場合には、無意識ではなく、バランスの悪さを感じ、そしてその後の発言を制御できるようになりたいものだ。

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結婚40年記念

2018-01-02 23:49:50 | 日本・世界・地球

  結婚40年

 孫が4人になって2年経過した。その2年目の年末に結婚40年を迎えた。子供達へは昨年末に、「写真を撮りたいので、時期を合わせて里帰りを」と話を出した。

 40年の時の流れは、私にとっての、いろいろな出来事を飲み込んでいる。就職後数年の時期に結婚。2人の子供に恵まれる。下の子が2才の時、父が、次年に母が、他界。年号は昭和から平成に。私は数カ所の転勤を。子供たちは幼稚園小中高校、そして大学、就職して結婚。家内は結婚後すぐの時期には、早起きしてお化粧をした。子供達が大きくなるにつれて影響力は大きくなり、今では退職後の私をも膝の痛さを助けにして、食事中の「おかわり」を、ときに「お願いします」という。

 来年は平成が次の年号に移ることに。昨年末に「結婚40年写真」を10人勢揃いで撮影した。「こんなことがあったなー」とひそかに考えながらシャッターを押した。当然な事だが、子供たちは孫達へ対して強い。

 年次は着実に進み、私たちの「バトン」は子供たちに、すでに渡っているようだ。

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里山の手入れ

2017-11-17 22:20:31 | 日本・世界・地球

  里山

 長いサラリーマン生活を離れて3年が過ぎようとしている。故郷での生活がこの期間経過したことになる。当然なことだが、家の周りの立ち木とは上手く付き合おうとしている。

 そのため、チェンソーの使い方、松などの剪定の仕方を講習会で学ぶ。里山の手入れは森林組合が支援している近くの「まるた村」祭りで実習。また、倒した材木は燃して、利用できるように釜戸を準備した。

 家の裏山(里山)は学んだ里山の状況とは大きく違っていた。昨年冬には大木となった3本の常緑樹を森林組合に依頼して倒す。倒木の一部はチェンソーと薪割り機を使い、薪にした。

 今年は学んだ「里山の手入れ」、里山に芽生えた常緑樹の苗を切り、落葉樹の山肌に光が射すようにする。また間が狭い木を見つけて、どちらか間引きをする。

 この作業は立ち木が成長しない冬に行う。人も冬には寒さに負けそうになる。しかし、立ち木に負けず、気を込めて1歩ずつ前に進もう。

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どんな補聴器が合格点?

2017-10-24 09:38:19 | 日本・世界・地球

 朝日新聞

 時おり、お年寄りと会話する。少し耳の不自由な方が「1対1で話すと何とか普通に会話できる。しかし、数人で会話する時は、聞き取れない」。また、「家の中でテレビを見る時などは、使わずにボリュームを上げている」と。

 補聴器について会話すると、決まって「使い難い。使いたいものではない。使っても万能ではない」と。私はまだ耳を不自由と感じることはない。そのためか、補聴器のどこが使い難い原因なのか理解ができなかった。

 そんなある日、朝日新聞に補聴器についての添付写真の記事を見付ける。それを見ているとおぼろげにだが、推測できる。1、エネルギー補充に電池の交換1回/14(15h)日、2、性能に集団での会話は聞き分けにくい・ささやき声や騒がしい所での会話の声が聞こえ難い。と。

 記事には開発品による対策もある。電池の交換は毎約14日。聞こえ性能には易ボリューム変更と日本語会話の周波数帯に合わせたものとなると。

 良い物の開発があると、さらにと不満な点が見つかることだろう。進歩は1歩1歩。またさらなる開発があることだろう。

 私の補聴器への理解は少し深まる。

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焚き木

2017-10-09 09:06:11 | 日本・世界・地球

  薪

 子供の時、お風呂当番をした。葉の付いた小枝や薪を使って風呂を沸かす。小枝に点火して大きくし薪へ拡げる。マッチの火が最初だから、この操作は案外難しい。

 さて、里山の木から作る薪は、木を倒し、枝打ちし、幹や大きい枝から作られる。長さを40cm前後に切断し、釜の口に合う大きさまで割る。枝は小枝として使えるように、1m程度にし、紐で縛って持ち帰る。

 私は定年退職して故郷に戻った。しばらくして、裏山の木が大きくなり、落ち葉が屋根に飛んで来ていることに気付く。裏山は我が家の里山。この大木を倒すことに。安全のため、山林組合に、倒木・枝打ち・幹は持ち運びできる長さまで切断、を依頼。その後は自分で薪を作る。

 昨年11月に倒木作業をし、薪作りまでできたのは今年の10月となった。慣れていない作業、小枝は里山で燃焼処分、そして安全を優先して、燃焼火は小さくしたためでもあるが、長い時間が必要だった。

 当番で使った同じ薪が、「こんなにも、気を遣って作られていたのか」と作業の大変さを知った。薪が毎日の生活に無くてはならない物だった時代があった。想像するに、日の出と共に起き、暗くなるまで外で作業していた。そんな時代でもあった。

 父は田畑を耕し、サラリーマンをし、さらに乳牛を飼っていた。母と二人協力して。「さぞや、気の抜けない毎日だったろう」と、この経験をして気付く。父母が他界して30年を超え、今では思いをはせる事しかできないのだが。

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お彼岸と「西」

2017-09-29 16:39:03 | 日本・世界・地球

 地球儀

 「お彼岸」は過ぎた。が、地球と太陽との位置関係などを知りたく、調べることにした。 

「彼岸の中日」には昼と夜との長さが同じになり、また太陽は真東から登り真西に沈むと言う。地球の北回帰線の位置に太陽がある「夏至」、南回帰線の位置にある「冬至」、赤道上の位置にある「彼岸」。太陽は黄道上を動き、1年の各1日のポイントで地球は1回自転する。こんな位置関係だ。

 ウエブを調べていて、視点の違った理解も加えることができたので紹介したい。それは「西」を日本で知る方法。今年の彼岸は9月23日だが、毎月の20日頃の「日の入り」方向を見て「西」を知る。10月は15度、11・12・1月は30度、2月は15度北に、4月は15度、5・6・7月は30度、8月は15度南に角度を回すと「西」となる。

 これは10月20日頃には15度分、冬方向に地球が公転したことを表している。私はこのことを知って、凡その方位を日没時には推測できるようになった。

 

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世代交代の「我が家」

2017-08-25 09:09:49 | 日本・世界・地球

 世代交代 「我が家(いえ)」

 叔父の葬儀が昨日行われた。享年は92才。伯父と父と叔父の3人は若い時、お盆とお正月とに出会い、健康を確かめ合っていた。その男児である従弟の我々は現在も、時おりゴルフをして交流を続けている。

 父は64才、伯父は84才ですでに他界している。長男に生まれた従弟3人もすでに60才超え。父たちは兼業農家だった。だが、その子たちへは揃って、サラリーマンとなることを薦める。叔父の他界で、名実共に従弟3人は世代交代となる。

 今年は戦後72年目。父たちは戦後の第1世代。私たちは第2世代だ。父たちは、第2世代にどんな「我が家(いえ)」を期待したのだろう。不明だが、伯父と父との農地は荒れている。しかし叔父の農地は今も受け継がれて活躍。

 しかし家は3家とも、まだ72年前と同じ位置に残っている。家(いえ)は繋がっている。

 私の兄弟は3人。3人とも子供に男がいる。そして彼らもサラリーマン。第3世代の彼ら。彼らの「我が家(いえ)」について、私は繋がることを願っている。 

 意志を強く持たないと、繋がることは、難しい環境だ。それは、1・定年が65才へと遅くなる(親の年齢は95才頃)、2・戦後、相続は子供に、同額相続が基本となる、3・高齢となる親には、「自分の世話は自分で」が普通、との社会となる。

 こんな環境のため、親の希望は「遺言書」として残すことが必須という。私も認知症になる前に。急いで作る事にしよう。

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