食べ物日記   元気 一番

健康へ気配りしながら主に食事を!

民生委員の職務に困難な条項あり

2016-10-30 10:15:12 | 社会・平和

 民生委員の職務

 新聞に「民生委員に資格----を与えて」と投稿がなされていた。「民生委員法に地区住民の実情を把握するよう求められており、無資格で他人のプライバシーにむやみに踏み込んで良いものでしょうか」と。

 法をこの機会に調べることにする。職務として、第14条1項1号に住民の生活状態を必要に応じ適切に把握しておくこと。2項には必要に応じて、住民の福祉の増進を図るための活動を行う。ことばをウェブで調べると、福祉とは、生活困窮者などに対し、生活の質を維持・向上させるためのサービスを提供することと。

 生活困窮者などを民生委員が見つけることは、確かに難しいだろう。民生委員制度は出来て約100年になるという。投稿のような改善も必要かもしれない。富の分配(格差是正)は平和のためにも必要だとも言われている。生活困窮者などが福祉サービスをより受けやすくする環境づくりは必要だ。

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リンゴの木を植えよう

2016-10-26 19:55:39 | 予算の使い方

 リンゴの木

 「たとえ世界の終末が明日であっても、自分は今日リンゴの木を植える」これはマルチン・ルターのことばだという。「リンゴの木」と題する項がサンデーモーニングにあった。

 アメリカの影響力が弱まりロシア・中国・北朝鮮などが秩序(まとまり 例えばISへの対応)を失わせている。このようにデモクラシー(民主主義 民主政治制度)が力を失って来ている時、何を大事にしないといけないか。

 日本は学校で近代史を教えていない。「どうして戦争をしたのか」体験者も話をしたがらなかった。負の遺産を教えていない。「権力(上官)」の命令で行った行為(例えば 殺人)を部下は自分の「良心」に照らして、発言することばを見つけられなかった。

 こんな日本が育てた若者が、寄りかかる大木を失った時、どのような生き方をするか。どんな政治を「明日の日本にとって良い」とした選択(選挙)をするか。

 「先輩は話し辛い経験をことばにして表現する」それにより、明日へのリンゴの木を植えよう。こんな内容だった。戦後生まれの私達が残せるものはどんなリンゴの木だろう。やはり長く生きて持った自分の意見を、積極的に表現することだ。「それしかない」と思う。

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先祖とお墓

2016-10-23 13:42:43 | 社会・平和

 先祖とお墓

 お墓を市営墓地に移そう。歩いても行け、車でもすぐ側まで行ける。そんな場所を、抽選応募をしている。

 お墓には納骨堂や永代供養墓のようなタイプもあるという。私の気持ちにより近いお墓とは、「『先祖代々の墓』を『見える糸』にして先祖と繋がるもの」だ。子孫にも繋がる。親は勿論、代々の先祖が私を育んだ。

 私は定年後故郷に戻れた。今、平均寿命まであと15年の歳。長男は65歳定年まで32年。故郷に戻れる日には長い年月が必要だ。お彼岸・お盆・お正月などに、お墓参りできる時、し易いようにしておきたい。

 「先祖はいつも子孫を応援している」と信じ、先祖との繋がりに気付いて欲しいものだ。

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草刈りも味わい深い

2016-10-20 20:22:38 | 野菜の育て方

 草刈り

 ふと出会ったホームページ(HP)。春先から、1年間に数度草刈りをする。草刈りの回数によりその場所は変化するという。何が変わるのか。

 私は定年退職して故郷に戻り、荒らしていた土地を復旧したいと努力している。草は丈が高くなっても、そこを通過すると、刈取りと小切りをする機械を知り、手に入れた。なんとか少ない労力にしたいと思って。

 出会ったHPには次のように記されている。畦の草について。『草刈りをしなければ草丈が伸び、また丈の高い草が生えてくるようになります。最終的にススキ…そして雑木が生えてきて山に戻ろうとします。逆に草刈りの頻度が高ければ丈の高い植物は生えてこず、背丈の低い植物が畦を覆うようになってきます。最終的には野芝(野生の芝)が覆い、草刈りの手間も少なくなります。』次に刈った草について、『草を放置すると当然自然分解が始まるわけなのですが、その草を目当てにミミズが寄ってくるようになります。するとそのミミズを餌にするモグラが寄ってきてしまい畦に穴を掘ってしまい、畦が壊れやすくなってしまうからだそうです。』(いなかプラスより)

 このように理解をする。私の中で、「草刈り」が高い価値を持ってくる。草のある土地の植生が変わるという。私の作業への姿勢も大きく変わった。

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イチゴ ウドンコ病予防

2016-10-16 20:52:42 | 野菜の育て方

 ケイ酸カリウム

 イチゴのウドンコ病はかかってしまうと、対処困難という。私のこの2カ年のイチゴもこの病により収穫はゼロだった。

 3年目の今年は予防を計画する。「農家が教えるイチゴつくり」(農文協編)という本がある。その中に「ケイ酸」で防ぐとの項を知った。内容に注目して、水溶性ケイ酸カリウム(KSK)のケイ酸が25ppm以上となるよう潅水中に混ぜておく。

 KSKは写真の品。高価だが使う。本によると発病度は0/25ppm濃度にて、調査12/5、1/9日に9/1,19/2%という。

 しっかり期待しながら、このメモを作っている。

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宇和島にも鬼

2016-10-15 14:44:33 | 社会・平和

 道の駅の鬼

 愛媛県に鬼北町という町がある。そこに用事があって訪れた。途中ふと町名第一文字「鬼」が気にかかった。

 天智天皇の時代のこと。天皇は唐と新羅との連合軍が日本に攻めて来ることを心配する。そこで各地に城を築いて備えた。岡山県の鬼ノ城はそのひとつ。「鬼」の文字がある。「城」を「き」と呼んでいた時代。

 その後長い年月の間に、その時にできた城が、鬼の住んでいる城とされた。私はそんな想像をしていた。鬼北町に戻ろう。「鬼ケ城山」という山がある。その北に位置する鬼北町。

 ネットで調べることにした。「宇和島市 鬼ケ城 由来」で検索するも、期待する内容は出て来ない。そしてやっと「忠臣の鬼王」が住んだ場所とのブログに出会った。調査結果には思わず力が抜けてしまった。天智天皇との関わりはない様子。しかしこの調査により「鬼ケ城」名の付く多くの場所の存在を知った。

 「鬼(き)」が出るようになる起源が「城(き)」と縁がある。そう考えているのだが、簡単にその例は出て来ないよう。まだ「ややこしいや」の域だ。

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イチゴ栽培見学

2016-10-11 19:57:21 | 野菜の育て方

  イチゴハウス内部 

 写真は10月の台風が通り過ぎた後すぐのイチゴハウス。まだ気温が高いためこれから定植すれば十分とか。

 見学ハウスの特徴を下記する。温度や湿度の管理がし易い設備。2重に農用ビニール(V)。両妻面Vは側面とは切り離して取り付けられている。側面は最下部30㎝、下段130㎝、上段の3パーツから。温度・湿度により下段Vは手動、上段と内とのVは下端が巻き上げできる装置付き。 

 毎日の作業は、ハウスの換気、2回の点滴かん水。そして、葉欠きは定植後と2月初めが目安の時期。ランナーも収穫中のものは欠く。手で欠く。収穫は1回目12月:1回/3日、2回目1月末と飛び、1年に5回。

 消毒について。土は糖蜜還元消毒、糖蜜を5~10倍に薄めてジョロでかける、プランター10個に2.4㎏を使用。そしてVを被せてハウスの中で、8月の暑い1か月放置。苗には実をつけ始める前に、トリフミン・ランネート・モスピランなどを使い病気や害虫を除いておく。ウドンコ病も経験したことがあるが、対処はできなかったと。

 私がこの時入手したイチゴ苗の銘柄は紅ホッペ。これから、私の3度目のイチゴシーズンが始まる。このメモや見聞きしたことを参考にして。

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電気柵

2016-10-08 13:57:39 | 予算の使い方

  電気柵

 イノシシは珍しい動物ではない。私の生活している地域では、身近だ。9月初め頃に、もう暫くするとサツマイモが採れる、と楽しみにしている矢先にネット柵を破りイノシシが畑に侵入。彼らの口を楽しませることとなった。そんな付合い相手。

 付近を散歩する方からは「見かけましたよ。群れでした」などと聞く。私は、足跡やミミズ欲しさに畦溝を潰した跡などを見かけるが、まだ姿は見ていない。昨年は里芋、今年は柵を強化したが、サツマイモ・里芋・ヤーコンを彼らの口にプレゼント。

 手直しすれば崩す、の繰り返しのイタチゴッコ対策に、これから電気柵を計画しようとしている。既設置の人は「効果がある」と言う。しかし見ていると2年前は電気柵だけ、今年は、内側の多くの部位にネットも取り付けてある。どうも一種だけでは完璧でないようだ。

 150㍍弱長さの電気柵、設置には手数も費用も掛かる。一方の私にとっては、柵内は荒らされない。他方のイノシシにとっては、退治されないため生存できる。この電気柵をウインウインの関係を作る良「策」と考え、上手く付き合ってゆこうではないか。

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戦争放棄

2016-10-03 20:51:22 | 社会・平和

 2016.10.02写す

 憲法改正の議論が進められている。今回の参議院議員選挙でテーマの一つとなった。自衛隊は違憲だが、合憲とされている。すなおに合憲と読める憲法へと改正しよう、動機の一つだ。

   広島現代美術館で特別展「1945年±5年」(戦争と復興:激動の時代に美術家は何を描いたのか)が10月10日まで催ほされている。「比治山へ登りたい」と、埼玉県から故郷広島に一時戻った知人が言う。この特別展と出会うきっかけとなる。

   さて、展示画の特徴は終戦の年に向かって「暗さ」を増し、過ぎて離れるほど「画家の自由さと明るい色合い」が増している。勝つために兵は命を、女たちは食料やおしゃれそして自由を、「兵の頑張り」と比較されて失ってゆく。戦後生まれの私は、田舎の橋の金属製安全柵がちぎり取られた傷痕を見た時、それが「金属として供出された」と父から聞いた。

   この特別展を見る機会を得て、改めて現憲法の「戦争放棄」の心を思い起こすことができた。漫画家水木しげるさんの画もあった。やはりこの時期、暗い。

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