食べ物日記   元気 一番

健康へ気配りしながら主に食事を!

養子の制度

2015-08-31 10:53:45 | 社会・平和

   お年寄りのお家

 養子について考える機会に出会った。養子の事を知り受け入れることができれば、若い人もお年寄りもより幸せになれると思う。

 私の子供は結婚して共稼ぎしながら家を建て慎ましやかに暮らしている。保育園に子供を預けて。

 一方あるお年寄りのお家は若い内から小さな姪を養子にと親どうしが話合いしていた。が事情で壊れてしまう。その後努力されるも八十歳を過ぎた現在も養子が決まらない。

 戦後より日本の相続制度が変わり、子に平等に財産を分配することとなった。戦前は名字(家)を継ぐ者に相続がなされていたと言う。相続者は親の老後を助け、祖先の墓守をする。

 まだ戦前の制度の延長に多くの家があるようだが。それは遺言書により「長男に譲る」などとしている結果だろう。

 子が無い場合は対応をどうすれば良いか。現相続制度では墓守はいなくなりそうだ。また平等相続であれば養子になる次男もいない。結局家は断絶となる。

 養子の制度は大河ドラマ「花燃ゆ」に吉田松陰ほか多くの例が紹介されている。佐藤栄作元首相もそうだと聞く。

 さてそのお年寄りは後を継いでくれれば「条件は何も出さない」と。とは言え「できればこの地で」、養親の葬式の世話、墓守などは条件だろう。お年寄りは「会って話をさせて欲しい」と言われる。

 ところが子供夫婦は会うことをしなかった。自分たちの自由な生活を離したくないようだ。しかし彼らの子達は遅くまで保育園におり、食費は節約され、病気さえ自由になれない。親が呼出しされるためだ。

 核家族社会では家庭で親の最後を看取ることは難しい。しかし親子二世帯同居家族では異なるものと思う。

 相続制度や養子制度の見直しは家の断絶を防ぎ田舎風景の存続や介護環境をも変える力となりそうだ。

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排水性アスファルト

2015-08-26 19:22:57 | 予算の使い方

 上面の穴

 台風15号は九州の西側をかすめて北上。私の地域にも強い雨と風とを順番にもたらせて。心配の石垣目地の泥水はついに、抜けて上面に大きな穴をつくった。

 6年前に古い石垣を利用して上に排水性アスファルトの駐車場を造った。このアスファルトは強い雨でも表面の水はすぐに透過する。そのため靴を汚さない。雑草対策にももちろんなる。

 ところが暫く住んで配慮不足を知った。石垣の目地から泥水が出てくる。理由が分からない。出てくる泥を減らすため目地に小石を入れる。強い雨が降る度こんな繰り返しをしていた。ふと透過水の抜け口が造られていないことに気付く。

 その後は流れ勾配の低い部に排水管を持ったピットを設けたり、抜けの障害となっている壁をセメントカッターで切り取ったり。効果はあったが強い雨の時はやはり目地から泥水が出る。

 石垣裏の泥抜けがどこなのか分からず、修理が困難に思えた。透過水対策は原因の除去と石垣の修理の2種。ところがこの台風の雨によって陥没穴が開いた。

 石垣を崩すほどの雨でなかったことが幸いした。内部の確認ができ石垣の修理ができそうだ。

 排水性アスファルトの使用にはその透過水を抜け口へ導くことが必要だ。導くための透過しない層、集める勾配そして抜け口。どれも抜け落とせない。

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競争そして戦争

2015-08-23 22:41:06 | 社会・平和

   技術競争 

 競争をすると技術はより速く進歩する。外部に競争相手がおり内部では協力しながら開発を進める。速い開発の秘訣だ。

 国と国との競争も、同じ理由でより速く技術は進歩する。先日北朝鮮が韓国側境界に埋めた地雷を韓国兵が踏んだ。このことが契機となり2日前両国は臨戦体制をとったと言う。

 競争は技術進歩の後押しとなるが、競争を超えた戦争は人が犠牲となり悲惨だ。どこを境界と見なして引返せばよいか。一旦攻撃が始まると報復という口実で次々拡がってしまう。軍隊を持つとそのようになる。我が国は「弱腰だ」との強硬派からの非難を嫌うのだ。

 さらに核兵器を持つと悲惨さは計り知れない。核兵器は冷静なら、次の言葉で使用を止められそうに思うが。「すべての人間がいかなる立場の相違をも超えて共通して抱いている欲望とは、動物たちが教えている。それは種の保存と維持に他ならない---」(石原慎太郎「日本よ」の一節)核兵器を互いに使えば種の保存が危うい。

 北朝鮮と韓国とは急遽会談を開くと言う。話合いがまとまることを願いたい。

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「しまった」に

2015-08-18 10:04:41 | 社会・平和

 サルスベリの花

 今年の夏は猛暑日が多く家庭菜園の仕事も力仕事後すぐにひと休みが必要になった。そのため時間をかけ、回数を多くして目標の作業をする。

 その日も草刈をしてひと休みし息が戻って来るのを待った。そしてもうひと頑張りするか、もう止めるかを体力気力と相談する。「もう止めよう」と心を決めた。

 草刈作業にはエンジン式の機械を使うが、機械用肩掛け、帽子・蚊よけ顔ネット・飛散対策用前掛け・長靴などのグッズが必要だ。風が通り難くなるため、この時期には汗だくになる。

 さて心を決めた後一つひとつグッズを取り外し片付けする。そしてグッズ入れのドアの戸締り。「さあ終わり。---帰ろう」と乗って来た自転車をみると、機械用肩掛けが自転車に。少しでも乾燥させようと乗せたことを思い出す。

 「しまった!」戸締りまで終わらせたのに---。止む無くまた戸を開けて片付け。

 「ふと気付く。笑いがこみ上げてもくる」「そうだ、これが言葉の語源だ」「きっと」この状況を多くの人に伝え共有して拡がってゆくと、ちょっとした失敗に思わず「しまった!」との発声となる。

 気持ちのゆとりだろうか。こんな気付きがあった。

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「70年談話」に

2015-08-16 16:21:25 | 社会・平和

  「誇り」

 国籍を「誇り」を持って日本だと表明し難いとこれまで思っていた。しかしこの総理大臣談話は自信への変化の礎となりそうだ。

 私は戦後生まれのもうすぐ70歳となる世代だが、「平和」に関して第2次大戦には負の印象が大き過ぎて、誇れるものが見つけられない。

 また「植民地支配」、「侵略」、「痛切な反省」、「心からのお詫び」、これまでの談話の4つのキーワードだが、日本人一人ひとりに重く圧し掛かかる。

 しかしこの談話は「---子や孫に謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」と方向転換の時期を、また「---自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら不戦の誓いを堅持してまいりました。70年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱きながら---」と誇れるものを例示している。

 70年にして初めて「平和」に関し、日本人は誇れる共通の言葉を得られたようだ。

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お盆休み

2015-08-13 14:15:13 | 社会・平和

     「お盆」

 今年もお盆休みの移動が始まっている。夏の暑い時期だが子供連れも多い。私も同じように移動して故郷でお盆を過ごしていた。

 仏間にて家を離れた兄弟や子供たちと共に食事をしながら話をして過ごす。毎年開かれる楽しい集いの数時間だ。

 「お盆」とは「家」のご精霊をお祀りする日。み霊をお迎えして精進料理をともに頂く。1年間の家族の成長やその後の日々を報告し、先祖からの生命の流れを感じ自分が今ここにいることに感謝する日本の行事。と本にあった。

 「お盆」を知らずに過ごしたこれまでに呆れておもしろくさえ感じてしまう。が、これからのお盆をどう過ごすか考えてみる。

 お盆の期間は13から15日、仏壇は連続してお燈明をともす、お花は1対にし、朝晩手をあわす、お墓は期間に1度お参りする。 

 お盆をこのようにし、感謝しながら過ごそう。お盆休みに子は見て知るだろう。

 今年のお盆は集いの意味も深い---。

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打上げ花火の音について「ビックリ」

2015-08-11 14:40:49 | 社会・平和

 2014花火大会

 日本をのぞく国では花火の音は「パン」「パンパン」などだ。ところが日本のそれは違うと言う。これはテレビの番組で取上げられた。

 歌舞伎にはとても大切にされているもの。「間」と呼ばれるものだ。人と人との会話においてもこの間は話題にされる。

 調べてみると、緊迫感あふれる時間の経過。観客の集中を集める効果がある。下手だと、間は魔。6世尾上菊五郎(1885~1949)。と。

 会話において、詰問された際などにはこの間をどのように上手に使うかにより状況は大きく変わり、敵にも友にもなる。そう感じている。

 さて日本の花火だが、「ヒューパン」だと言う。インタビューを受けている多くの日本人の応えだ。ここで「間」が取上げられており、「ヒュー」は間を作るために火薬玉に笛を取付けるのだと言う。

 確かに効果抜群だ。あの炸裂音の前の「間」に期待は集中される。花火師の積上げられた歴史の素晴らしさに驚く。と同時に会話における「間」を改めて見つめてみようと気付かされたことだった。「ビックリ」だ。

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大神神社と飛鳥寺と橿原神宮

2015-08-07 08:51:31 | 社会・平和

 大神神社 飛鳥寺  橿原神宮

 8月初めに橿原市を訪ねた。是非にといくつかの寺社にお参りする。

 大神神社は三輪山の麓にありこの山を「神体山」としている。大国主と縁があるとされている。飛鳥寺は推古天皇聖徳太子の神仏習合時代に造られた仏教寺、天皇の病気平癒など飛鳥時代の中心的役割を担う。橿原神宮は神武天皇とその皇后とがお祀りされており、明治時代に建てられる。

 出雲の大国主と縁の大物主がこの三輪山に祀られている事は、この地に出雲の人が多く住んだことを示すのだろう。

 しかしこの地の支配は天ツ国とあり、それが続いている。従っていつの時点においてか、支配が代わったと考えられる。

 大神神社は大和に洪水・干ばつ・火災が多発し、疫病が大流行した際に造られたと言う。大和朝廷皇室の神社。

 天つ国の皇室の神社が大国主ゆかりとは不思議に感じる事ではある。

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伊勢神宮と藤原京

2015-08-04 14:33:34 | 社会・平和

 外宮の正宮

 JAならけん橿原

 古代史のおもしろさがきっかけとなり伊勢神宮と奈良県桜井市とを訪ねました。どちらも持統天皇とゆかりが深くこの間には伊勢路がありました。

 高速道路を利用して伊勢西ICへ。そこから其々5分程度で外宮と内宮へと別れる。入ると正宮の傍には式年遷宮用の敷地が準備されている。その敷地には小さな小屋が奥まった位置に立ち、「正宮の正殿位置を示している」と言う。

 外宮内宮ともスギの大木が目立つが、鳥居や柱などはヒノキ、使用後も良質の内部は別の神社などで再利用される由。

 次の日にはできるだけ伊勢路を通って藤原京の在った桜井市に向かう。途中道の駅「美杉」「御杖」に立寄る。

 桜井市近くでは大神神社、飛鳥寺を訪ねそして藤原京を目指す。目的地近くで日曜日にも拘らず開いている「JAならけん橿原」の2階展示場を見つける。閉館間近の時間だったが藤原京に関するビデオを見、先生風の人に親切に話して頂いた。自分なりだが階段状に理解を深めることができた。

 式年遷宮を始め、天照大御神を特別な神としたと言う持統天皇を尋ねる旅。スケジュールの忙しさは気にならず、楽しいものだった。  

 知名度の高い三輪山、香具山はともに藤原京に南向きに立つと左手だ。

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