物価の高いシンガポールから一番安いフライトでジャカルタへ。
大都会な雰囲気と、川のそばの路上生活者。
貧困の差が目の前に広がっていて、ここも今までにない独特な雰囲気。
とりあえず、バリ島目指して鉄道の時間を調べに駅に行った。
ゆっくりの朝ごはんを食べて、駅に着きびっくり。
とんでもない数の人の群れ。並んでいないし、人だかりで駅員さんに聞けそうもない。
1時間ほど粘って様子を見て、何とかしようとしたけど、どうしようもなかった。
じっとりした暑さで疲れたので、「ありえな~い」と思いながら出直すことにした。
翌日、午後なら空いてるかと思って、3時ごろ行くと、今度はだーれもいない。
何故か分からず、聞く人もいない。諦めて宿へ戻って事情を説明したところ、
ほらね~と。(インドネシアの一般の公務員は、仕事終わるの早いですね。)
実は、鉄道かバスかどっちがいいか、到着翌日から宿の人には聞いていた。
「危険だし、バスのほうが絶対いいと思う」
との返事をもらっていたにもかかわらず、人によっては鉄道がいいという人もいたので、
自分の希望を重視したら、この有様。反省…
で、気を取り直し、バスでバリ島まで向かう。
初日、ウブドに到着し、市場からまだ少し離れていたけど、
先に安宿があるか不安になり、かなり手前で決めてしまった。
(いきなり弱気)ホームステイのようなバリ式の家の宿に泊まり
毎日ウロウロ。大好きな布類がたくさんあって、サロンを数枚購入。
屋台のバクソは、まだ500~600ルピアだった頃。
たまに、1.000ルピアを請求されるとすごくぼられた気分になっていた。
実はゆで卵もと追加してたからとは知らず、怒っていた頃。
当時、卵はひとつ200ルピア 当時のレートで10円(今のレートなら2円)
数日ウロウロしたところで、早速メインのクタ地区へ。
実は、ここでの数日は、時間調節。
オーストラリアで知り合った女友達と待ち合わせていたから。
彼女は、オーストラリアから直接バリ島に入る予定だと言っていたので
私は空港へ迎えに行く約束をしていた。
今の様に、メールや携帯が普及していない時代。
何日のどこからだけを頼りに、待ち合わせる。
はっきり行って今よりかなり、アバウトな約束。
遅れるかもしれない飛行機、気が変わって、又は、何かの都合で
日程を変更した可能性だってある。
そんな中のんきに迎えにいけるのは、旅の途中だから…
まあ、とにかく友達が来る2日前にクタ入りした私の一番印象に残っていることと言えば、
夜のバスでレギャン通りに着いた時の景色。左右かわいいショップが並んでいて、
見たくて我慢できず、夜8時だと言うのに、9時までと決めジャランジャラン。
今でも夜のウインドウショッピングの方が、店内の明るさで、
何があるかは見やすいと思うけど、どの店から入るべきか迷ってしまい、
その後のことはほとんど覚えていない。
又、宿に戻ろうにも、宿の名前も覚えていないので、景色だけが頼り。
ハイテンションになりすぎ!!!
そこで、「僕の妹が今度日本に行くんで、家で日本のこと話してやって下さい」
という、とても有名で危険パターンの文句で声をかけられるのですが、
それどころじゃなく、とにかくショッピングがしたい私は、
はっきりと「今時間がないのですみません!」とそそくさ逃げ出した。
もちろんその時、危険とは知らず…。
大都会な雰囲気と、川のそばの路上生活者。
貧困の差が目の前に広がっていて、ここも今までにない独特な雰囲気。
とりあえず、バリ島目指して鉄道の時間を調べに駅に行った。
ゆっくりの朝ごはんを食べて、駅に着きびっくり。
とんでもない数の人の群れ。並んでいないし、人だかりで駅員さんに聞けそうもない。
1時間ほど粘って様子を見て、何とかしようとしたけど、どうしようもなかった。
じっとりした暑さで疲れたので、「ありえな~い」と思いながら出直すことにした。
翌日、午後なら空いてるかと思って、3時ごろ行くと、今度はだーれもいない。
何故か分からず、聞く人もいない。諦めて宿へ戻って事情を説明したところ、
ほらね~と。(インドネシアの一般の公務員は、仕事終わるの早いですね。)
実は、鉄道かバスかどっちがいいか、到着翌日から宿の人には聞いていた。
「危険だし、バスのほうが絶対いいと思う」
との返事をもらっていたにもかかわらず、人によっては鉄道がいいという人もいたので、
自分の希望を重視したら、この有様。反省…
で、気を取り直し、バスでバリ島まで向かう。
初日、ウブドに到着し、市場からまだ少し離れていたけど、
先に安宿があるか不安になり、かなり手前で決めてしまった。
(いきなり弱気)ホームステイのようなバリ式の家の宿に泊まり
毎日ウロウロ。大好きな布類がたくさんあって、サロンを数枚購入。
屋台のバクソは、まだ500~600ルピアだった頃。
たまに、1.000ルピアを請求されるとすごくぼられた気分になっていた。
実はゆで卵もと追加してたからとは知らず、怒っていた頃。
当時、卵はひとつ200ルピア 当時のレートで10円(今のレートなら2円)
数日ウロウロしたところで、早速メインのクタ地区へ。
実は、ここでの数日は、時間調節。
オーストラリアで知り合った女友達と待ち合わせていたから。
彼女は、オーストラリアから直接バリ島に入る予定だと言っていたので
私は空港へ迎えに行く約束をしていた。
今の様に、メールや携帯が普及していない時代。
何日のどこからだけを頼りに、待ち合わせる。
はっきり行って今よりかなり、アバウトな約束。
遅れるかもしれない飛行機、気が変わって、又は、何かの都合で
日程を変更した可能性だってある。
そんな中のんきに迎えにいけるのは、旅の途中だから…
まあ、とにかく友達が来る2日前にクタ入りした私の一番印象に残っていることと言えば、
夜のバスでレギャン通りに着いた時の景色。左右かわいいショップが並んでいて、
見たくて我慢できず、夜8時だと言うのに、9時までと決めジャランジャラン。
今でも夜のウインドウショッピングの方が、店内の明るさで、
何があるかは見やすいと思うけど、どの店から入るべきか迷ってしまい、
その後のことはほとんど覚えていない。
又、宿に戻ろうにも、宿の名前も覚えていないので、景色だけが頼り。
ハイテンションになりすぎ!!!
そこで、「僕の妹が今度日本に行くんで、家で日本のこと話してやって下さい」
という、とても有名で危険パターンの文句で声をかけられるのですが、
それどころじゃなく、とにかくショッピングがしたい私は、
はっきりと「今時間がないのですみません!」とそそくさ逃げ出した。
もちろんその時、危険とは知らず…。
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