ヤマヒデの沖縄便りⅣ 歩き続けて 歩き続ける 再び

「基地の島」沖縄を歩き続け34年、気ままに綴ります。自然観察大好き。琉球諸島を戦場に据える「島嶼防衛」は愚の骨頂。
 

こんなところで?-こりゃまた驚いた。否、驚いてはいられまい。(20211106)

2021年11月06日 | その他の論考

 昨日(20211105)、中城湾港を歩いていたら、遠くからへんな音楽?が聞こえてきた。はっきりと聞き取れないので、怪訝に思っていた。このあたりは港の内側に工場だとか倉庫などが誘致されている。彼らのターゲットが、こんなところにあるのだろうか。そのうち、かなり近くから「男なら」がはっきりと聞こえてきた。これは間違いなく街宣右翼だろう。こんなところで、何をしているんだろう。

 私が知っている「男なら」は、高倉健が歌っていた。私には不快な曲だったが、調べてみた。明治維新の時代、長州藩士の妻たちが、今でいう山口県萩で、外国軍艦への対抗としての陣地構築のために歌った曲だそうだ。それが戦時歌謡となり、あの侵略戦争への動員をバックアップするものとなっていく。そして戦後、高倉健が歌った歴史をもつようだ。もちろん詩はそれぞれ変えられている。

 「男なら、○○」という発想は、極めつけのパターナリズムだ。しかし何かやりたいと思いながら、社会的条件がマイナスとなるなど、うだつが上がらないなかで、鬱屈した男の心理は、あるだろうな。鬱屈した思いを一気に裏目に逆転するのが、根拠のない男優越意識と、他者を差別する心理とのドッキングだろう。

 こうした差別的心理が元になって、フェミサイド(女性を狙った殺傷事件)や性暴力への批判に対して、男側からのあからさまな攻撃が現在進行形で噴出している。

 こうしたことは、人々がまともに生きていけない「罠」の中に追い込まれているが故のバトルだが、こうしたバトル=女性への暴力的言動(ツィート、リ・ツィート)を許していけば、もっと破滅的な事態を生み出していくだろう。私たちは攻撃されている当事者たちを支えながら、先ずは攻撃を緩和していく道筋を示さなければなるまい。それが「弱者」の立場に立つ政治というものだろう。



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