武弘・Takehiroの部屋

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最も焦った時

2024年06月01日 14時42分35秒 | フジテレビ関係

もう50年ほど昔のことだが、当時勤めていたテレビ局の朝のニュース番組に「記者席」というコーナーがあった。ここでは毎日、記者が取材したものを話すことになっていたが、ある日、私がそのコーナーで話しをする番になった。
早朝なのでいつものように車で局に駆けつけるのだが、その日は、首都高速道に入ると間もなく大渋滞に巻き込まれてしまった。どうやら交通事故が起きたらしく、車はにっちもさっちも進まない。時間に余裕を持たせて家を出たのだが、刻々と時は過ぎていく・・・その当時は「携帯電話」がないから、局と連絡の取りようもない。気ばかり焦るのだが、車はほとんど前に進まない。
このままでは遅刻して、放送に“大穴”を開けてしまう! 大変だあ~・・・やむを得ず高速道路を走ることに決めた。運転手さんに聞くと、北の丸ランプが一番近いというので、私は車から降りるとその方向へ一目散に走り出した。高速道を走るのは道路交通法などに違反しているはずだが、そんなことは構っていられない。ニュース番組の担当者がイライラして待っているのだ。
私は高速道を全速力で走ったが、幸いなことに大渋滞で車が動いていないから、けっこう走りやすかった(笑)。北の丸ランプを走り下るとタクシーに飛び乗り、途中の公衆電話から一回 局に電話を入れ、タクシーをすっ飛ばしてもらった。局に着いた時は正に放送直前だった。滑り込みセーフ!
番組ディレクターのYさんは冷静な人で、通信社のファックス記事などをかき集めて私の代わりに「記者席」で話す準備をしていた。私は彼に一言謝ってからスタジオに飛び込んだが、息も“絶え絶え”といった感じで何を話したか全く覚えていない。
放送に関連して、焦ったことは沢山あるが、この時ほど焦ったことはない。いや、自分の人生でこれほど焦ったことはないと思う。高速道路を突っ走る経験はその後 勿論ないし、これからも絶対にないだろう。また、やってはならないのだ!


コメント (3)    この記事についてブログを書く
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3 コメント

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ご苦労様でした^^ (おキヨ)
2020-07-09 13:08:15
この時のご本人の焦りが目に見えるようです^^
車の中から観ていた皆さんは何と元気な若者よと思ったでしょうね。
高速道を走っている若者が秒刻みで仕事をしなければならないテレビ関係者だとは誰も知らないのですから。。。


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焦りましたね~ (矢嶋武弘)
2020-07-10 01:34:13
いや~、本当に焦りました。今でもはっきりと覚えています。

ところで、もし今 こうなったらどうでしょうか。ケータイやスマホがあるから、すぐに会社と連絡が取れます。
そうなると、会社は「分かった、無理するな」と言ってフォローしますから、自分は高速道路を走らずに済みます。
もし走ったら、ドライブレコーダーやスマホで撮影され、テレビやユーチューブに投稿され問題視されるでしょう。
そうなると、自分としての「責任」は果たせませんね。
文明が発達していない時代だったからこそ、自分の「責任」を果たせたのだと思っています。道路交通法違反でしょうが(笑)。
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追記 (矢嶋武弘)
2020-07-10 06:25:41
こういう場合、最も責任を感じるのは会社の車両デスクと、ハイヤーの運転手さんです。
交通事故が起きたので仕方がないのですが、翌日だったか、車両デスクのおじさんは、私に「タクシー代」を払ってくれました。 
大した金額ではないのですが、仕事の職責上、きちんと対応してくれたのです。
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