矢嶋武弘の部屋

日一日の命

まるで“モンゴル大相撲”じゃないか!

2014年05月18日 09時34分15秒 | スポーツ

いま大相撲5月場所が開かれているが、3人の横綱が全員モンゴル人でどう見ても日本の大相撲という感じがしない。まるで“モンゴル大相撲”だ。日本人の横綱は2003年1月に引退した貴乃花以来、もう11年以上現われていない。もっと酷いのが、日本人力士の優勝は2006年1月の栃東(大関)以来、もう8年以上もないことだ。1年6場所だというのにこれは酷いではないか。
大相撲は日本の「国技」と言われてきたが、これでは国技という名が泣くばかりだ。60年以上も大相撲のファンである私には、情けない限りである。同じように感じている人も多いだろう。 どうしてこうなったのか。理由はいろいろ言われているが、まず第一に、日本の若者にガッツや根性といったハングリー精神が失われてきたこと、第二に相撲が“ダサイ”という印象を与えていることではないかと思う。
いい例がある。この前引退した元大関の琴欧洲(ブルガリア出身)が、驚いた話があるというのだ。彼が言うには、外国人力士は必死になって稼いだ金を両親らに“仕送り”しているというのに、日本人力士の中にはまだ逆に両親から仕送りしてもらっている者がいるというのだ。これには琴欧洲も呆れたようだが、こんなハングリー精神のない甘ったれた日本人じゃ強くなれるわけがない! 外国人力士は貧しい家に育った者が多いから、みんな必死になって稽古に励んでいる。
昔の力士には、本当にメシが食いたくて相撲界に入ってきた者がかなりいた。相撲部屋に入れば、腹いっぱいメシが食えるからだ。その家族にとっては、“大飯喰らい”の若者が1人いなくなって家計が助かる。まさに「ハングリー精神」が培われたのだ。これは古い話だから現代には通用しないが、根性やガッツの見本のような力士がかなりいた。ところが今は、全体に裕福になりハングリー精神に欠けるところがある。

もう一つ、相撲に“ダサイ”という印象があるのは否めない。それはスポーツが多様化して、いろいろな種目が脚光を浴びてきたからだろう。特にサッカーなどアウトドア・スポーツの人気が高まってきた。昔は野球と相撲が二大スポーツだったと思うが、今は人気スポーツが目白押しだ。そうなると、大相撲は相対的に地位が低くなり、人気にも陰りが見えてくる。それに野球賭博や「八百長相撲」が発覚したり、日本人力士の不甲斐なさが拍車をかけたと言えよう。
12年前、友人とモンゴルへ旅行したことがある。その当時はあの朝青龍(あさしょうりゅう)がまだ関脇にいて、将来有望かなと思われていた頃で、まさか25回も優勝する大横綱になるとは思わなかった。しかし、今や白鵬はそれを超える大横綱になり、日馬富士や鶴竜が同じ横綱で続いている。
モンゴルには、大相撲の力士になりたい若者が500人ぐらいいるそうだが、もちろん皆がそうなれるわけはない。外国人は1部屋1人に制限されているから無理なのだが、もしそういう制限を撤廃したら、幕内力士のほとんどがモンゴル人などの外国人で占められてしまうだろう。
外国人制限の良し悪しは別にして、とにかく日本人力士は根性やガッツ精神で劣る。これは多くの人が指摘していることだ。日本人にとって、相撲はもう魅力がなくなったのだろうか。私ももうあまり見る気がしない。言いたいことはまだ沢山あるが、とにかく日本人力士に頑張ってほしいと願わずにはいられない。

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