武弘・Takehiroの部屋

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明治17年・秩父革命(11)

2024年07月07日 03時30分51秒 | 戯曲・『明治17年・秩父革命』

第5場[11月3日夕刻、皆野にある困民軍の本営・角屋旅館。 田代、菊池、小柏、柴岡、井出ら幹部の他に、藤吉もいる。]

菊池 「憲兵隊が親鼻の渡し場に現われましたが、鉄砲隊がこれを撃退しました。まずは幸先の良い緒戦です」

田代 「それは良いが、敵は確実に包囲網を狭めてきたようだ。予想以上に早く皆野に現われたではないか」

菊池 「そうかもしれませんが、憲兵隊を撃退するなど、わが軍は非常に良く戦っています。敵の警備本部があったこの角屋旅館も奪取しましたからね。 問題は、加藤さんや周三郎君が指揮している甲大隊が、どういう戦いをしているかです」

藤吉 「甲大隊は下吉田、太田を通って、いま大淵村辺りに進んでいるようですが、敵に遭遇したという連絡はまだ来ていません」

小柏 「憲兵隊がいるという斥侯の報告は、間違いだったのか」

柴岡 「仕方がない、間違えることもある」

菊池 「総理、憲兵隊がこちらに現われたということは、敵は寄居、小川、飯能の線に進出してきたということです。 この方面に主力の防衛線を敷くためには、甲大隊を呼び戻したらどうですか」

田代 「うむ、それは私も考えていたが、北方作戦も重要だ。こうなると、高崎の鎮台兵が児玉方面に出てくる可能性も大きい」

菊池 「しかし、敵の主力は目下、こちらに集中していますよ。防衛線を突破されたら、大宮郷までいっぺんに征圧される恐れがある。とにかく、甲大隊を早く呼び戻しましょう」

田代 「いや、加藤さんや周三郎君の判断もあるだろう。もう一日待ってはどうか」

菊池 「北方にはまだ敵の影はないのです。こちらが主戦場になっているのですよ、絶好の戦機を見失ったら、わが軍は一挙に守勢に回る恐れがある。 だいたい、我々の戦力は分散し過ぎている。敵の主力に対して“包囲作戦”を取るとか、兵力を集中して“突破作戦”に出るとか、臨機応変に対応しないと勝機を逃してしまうでしょう。 総理、ここが決断のしどころです。すぐに甲大隊を呼び戻しましょう」

田代 「うむ、しかし・・・申し訳ないが、先ほどから胸が痛くて堪らないのだ。ちょっと休ませてもらえないか」

柴岡 「これはいけない、例の持病ですな」

井出 「総理は休んだ方がいい、疲れが溜まっているのです」

小柏 「静かな所に行きましょう」

田代 「そうさせてもらおう」

柴岡 「ここは最前線なので良くない、大野原に退いて民家で休まれたら」

田代 「すまない、そうさせてもらう。後は参謀長に任せる」

小柏 「さあ、行きましょう」(小柏、柴岡らが田代を抱きかかえて退場)

菊池 「仕方がない、どうしようか・・・うむ、日下君、君はすぐに甲大隊の所へ行ってくれないか。こちらの情勢を伝えると共に向うの様子を連絡してほしい。 特に、坂本さんにはしっかりと伝えてほしい。あの人は全体の動きを良く把握できるからね」

藤吉 「分かりました、すぐに出発します」

菊池 「私が全軍の指揮を取るわけにはいかないが、総理が回復したらもう一度作戦を考えよう」(藤吉が急いで退場)

 

第6場[11月3日夕刻、東京・内務省の内務卿室。 山県有朋内務卿と大迫貞清警視総監が協議している所に、東京鎮台の乃木希典参謀長が入ってくる。]

乃木 「作戦は順調に進んでいますが、いま入った連絡によりますと、皆野へ向った憲兵隊は暴徒の一団に遭遇したものの、ほとんど戦いをせずに矢那瀬という所に退却しました」

山県 「なにっ」

大迫 「現地の警察からも同様の報告が上がっていますが」

山県 「どうしてそうなったのか?」

乃木 「春田少佐からの連絡によりますと、わが方の火薬は西南の役の際に製造されたもので、銃撃しようとしても薬莢が発火しなかったというのです」

山県 「何だと、それでは戦(いくさ)にならんではないか!」

乃木 「はっ、現地からは至急、新しい弾薬を送ってほしいとの要請が来ましたので、そのように処置します」

山県 「当たり前だ! 新品の弾薬だけでなく、村田銃ももっと大量に送れ」

乃木 「はっ、そのように致します」

山県 「参謀長、これは単なる農民一揆ではなく“戦争”なんだぞ。西南の役以来の戦争なんだ! いくら陸軍に金がないとはいえ、ここで“ケチ”ったらとんでもないことになる。至急、銃や弾薬を現地に送ってくれ」

乃木 「はっ、承知しました」

山県 「すぐに行って手配してくれ」

乃木 「はっ、そのように致します」(乃木が急いで退場)

山県 「まったく、乃木は何を考えているんだ、のほほんとしやがって!」

大迫 「内務卿、まあまあ・・・」

山県 「だから、あいつは駄目なんだ。 西南戦争の時には陛下の“軍旗”を賊軍に奪われるし、同輩の桂太郎や児玉源太郎などに比べると全く能力が劣る。あれは軍人には向いていない、教育者にでもなった方がましだ。同じ長州の人間でなかったら“クビ”にしてやるところだが・・・いや、失礼、つい愚痴をこぼしてしまった。大迫さん、ここだけの話しにしてほしい」

大迫 「大丈夫ですよ、内務卿。乃木参謀長はとにかく山県さんに忠実だから、一所懸命にやるはずです」

山県 「ふむ、忠実だけが取り柄か」

大迫 「東京鎮台と高崎分営鎮台が全力を挙げて取り組めば、暴徒の反乱などはすぐに平定できます」

山県 「うむ、そうしなければ。 とんでもない天長節になってしまったが、一日も早く暴動を鎮圧して陛下にご報告しよう」

 

第7場[11月3日夜、横瀬村の安藤久作の家。 自警団のメンバーである息子の安藤貞一、川本平三、山中彦太郎、村岡耕造が話し合っている所に、岩上慎次と林善作が駆け込んでくる。]

岩上 「おい、みんな、朗報だぞ! 軍隊が出動して、間もなくこちらにも到着するそうだ」

林 「東京の憲兵隊だけでなく、鎮台兵もやって来るということだ」(林と岩上が座敷に座る)

川本 「ご苦労さん、とにかく良かったな」

山中 「これで暴徒は鎮圧され、秩父の秩序も回復する」

安藤 「軍隊の“お出まし”となれば、何も怖いものはない」

村岡 「名栗村の状況はどうなのだ?」

岩上 「うん、伊藤郡長も郡の役人もみんな元気そうだった。裁判所の人達も村役場に避難していたよ」

林 「浦和から村役場に電報が入って、軍隊の出動が分かったのだ。これで、暴徒どもは秩父の盆地で“袋のネズミ”になったということだな」(笑)

川本 「いや、素晴らしい。我々自警団も立ち上がる時が来た」

村岡 「安藤も山中も暴徒に“復讐”する時が来たぞ」(笑)

安藤 「うむ、この時を待っていた。必ず打ちのめしてやるからな」

山中 「俺は特に、父を斬った日下藤吉のことが気になるが、何よりも秩父の治安が回復し元どおりになることを願っている」

岩上 「そうだ、それが一番だ。明日にも我々は立ち上がろう」

林 「俺達を支援してくれる態勢はどうなってる?」

川本 「君達が名栗へ行っている間に、特に“猟師団”の応援を取り付けた。彼らはみんな猟銃を持っているから、力強い味方になってくれる。これで万全の態勢だろう」

林 「それは素晴らしい、百万の味方を得たようなものだ」

村岡 「軍隊や警官隊の動きを見ながら、我々は抜刀隊となって斬り込もう」

山中 「うむ、後方から暴徒を襲えば、あいつらは挟み撃ちに遭って潰れるだけだ。俺達の出立(いでた)ちも大丈夫だろうね」

安藤 「任せといてよ、赤い鉢巻もタスキも、赤い“昇り旗”も十分に用意してある。あとは出陣を待つだけだ」

岩上 「よし、いよいよ賊徒どもをせん滅する時が来た。腕が鳴るな~」

川本 「これで衆議一決だ、我々は明日立ち上がろう」

 

第8場[11月4日朝、国神村の長楽寺の境内。 甲大隊の本陣になっており、加藤、新井周三郎、大野苗吉、坂本ら幹部の他に藤吉もいる。他に農民多数。]

加藤 「炊き出しも順調にいっているな、みんな、腹一杯食べて戦いに備えよう」

農民1 「きょうこそは、敵を蹴散らしてやりましょう」

農民2 「早くこの銃を撃ってみたいものだ」

新井 「島崎さんらの遊撃隊も、きょうはきっと敵に出会うでしょう」

大野 「副総理、われわれ風布村の部隊は児玉方面へ進もうと思いますが」

加藤 「それも良いな、児玉から本庄、熊谷を制圧すれば、高崎線に大きな打撃を与えることが出来る。新井君、風布の部隊はそうしたらどうだろうか?」

新井 「結構ですね」

加藤 「よし、大野君にはそうしてもらおう」

大野 「分かりました、早速出撃の態勢を取ります」

加藤 「遊撃隊と風布部隊の布陣は問題ないが、残る我々の部隊をどうするかだ」

坂本 「これは田代総理の指示を待つしかありませんが、ここにいる日下君からの報告によると、皆野方面に敵の憲兵隊が現われており、残る軍勢は皆野へ引き返すのが順当だと思います」

加藤 「うむ、肝心の大宮郷も守らなければならないし、私もその考えに賛成だ」

坂本 「しかも総理は胸の痛みが酷く、随分気弱になっていると聞いていますが」

加藤 「心配だな、田代さんに倒れられたら統率が効かなくなる。残る部隊はとにかく皆野へ引き返そう、それでどうだろうか?」

新井 「問題はありません。こちらの方は我々に任せて下さい」

加藤 「よし、そうと決めたら私と坂本君は・・・」(その時、新井の背後に忍び寄ってきた“捕虜”の青木巡査が、抜刀して新井に斬りかかる)

青木 「逆賊め! 死ねーっ!」(青木の刀が、新井の後頭部に振り下ろされる)

新井 「グワーッ!」(新井はよろけるが、刀を抜いて青木に応戦)

農民達 「謀反だ!」「出合えーっ!」「巡査を叩っ斬れーっ!」(農民達も刀を抜いて、青木に斬りかかる)

青木 「貴様らも皆殺しだーっ!」(青木は奮戦するが、やがて農民達に斬殺される。倒れている新井に、皆が駆け寄る)

加藤 「新井君! 大丈夫か・・・おお、酷い怪我だな」

坂本 「大変だ、大隊長を運ばねば・・・」

加藤 「すぐに皆野の本営へ運ぼう」

大野 「何ということだ、最も勇敢な男が倒れるとは・・・」

 

第9場[11月4日午前、皆野の角屋旅館。 菊池、落合らがいる所に、田代が高岸や柴岡に抱えられるようにして入ってくる。]

菊池 「総理、お加減はどうですか?」

田代 「いや、すまない。どうも痛みが退かないのだ」

菊池 「それは良くありませんな、大切にして下さい」

田代 「その後の情勢だが、どうなっているのだろうか」

菊池 「正直言って、厳しい状況になっています。困民軍は良く戦っていますが、本野上や寄居方面から憲兵隊が進出してきているほか、小川口の坂本村にも敵が現われたという報告が入りました。 この他にも、飯能口に軍隊や警察の動きが見られるということです」

田代 「う~む、厳しいな、包囲された形になったか。我々の態勢はどうなっているのだろうか」

菊池 「軍勢を配置していますが、残念ながら鉄砲隊の数が足りないようです」

田代 「鉄砲は2500挺もあると聞いていたが・・・」

落合 「数はあっても、動員した農民達の中から逃げる者が出ているようです」

田代 「う~む、まずいな。自警団の動きはどうなのだろう?」

落合 「大宮郷の南の方で一部動きがあるようですが、まだはっきりしたことは分かりません」

田代 「あちらには遊撃隊が出ているはずだが、連絡はあるのだろうか」

菊池 「宮川寅五郎さんが指揮を取っていますが、何の連絡もないのです」

田代 「何もない? それでは逆にやられてしまったのか・・・」

菊池 「分かりませんが、急ぎ斥候を出しています。とにかく厳しい状況になったので、外秩父の坂本方面には落合さんの大隊に行ってもらいたいのです」

落合 「それは良いですよ、すぐに行きましょう」(その時、数人の農民が、重傷で“血だらけ”の新井周三郎を板に乗せて運び込んでくる)

農民1 「新井大隊長が、長楽寺の境内で捕虜の巡査に斬られました。すぐに手当てをして下さい」

菊池 「何だと!」(田代、菊池、高岸らが新井の周りに集まる)

田代 「新井君、傷は大丈夫か」

高岸 「君が倒れるなんて・・・おい、しっかりしてくれ!」

新井 (苦しそうに)「だ、大丈夫です・・・油断をしていて申し訳ありません。後のことは坂本さんにお任せしました」

菊池 「すぐに救護班を呼んでくれ!」(一人の農民が急いで出て行く)

田代 「残念だ、新井君が大ケガをするとは・・・ああ、胸の痛みが余計に酷くなった」(田代がうずくまる)

高岸 「総理、しっかりして下さい、総理に倒れられたら困民党は終りです。気を強く持って戦っていきましょう」

柴岡 「そうです、我々はまだ負けたわけではない。総理、ここが一番の踏ん張りどころです」

菊池 「う~む、きつい情勢になってきた・・・」


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