おもしろニュース拾遺

 BC級ニュースが織り成す可笑しくも愛しい『人間喜劇』。おもしろうてやがて悲しき・・・

ネパールの「断食」少年7ヶ月目に

2005-12-30 12:27:59 | 変人
 11月頃全世界で話題になったネパールの断食瞑想少年バムジョン君のニュースの続報があった(ロイター12月29日)。
 もちろんバムジョン君は今も写真のように菩提樹の下で瞑想を続けており、「断食」は7ヶ月目に入った。あと6年(正確には5年と半年)座り続ける予定は変わらないという。依然としてラタナプリ村にやってくる見物客は引きも切らないという。

 日本語の記事だけでは十分な情報が得られないので、海外の報道機関などの伝えることを総合して経緯を整理してみよう。

 今年15歳になるバムジョン君は、5人兄弟。もともと無口で瞑想癖があったが、変わったのは仏陀生誕の地ルンビニを訪れてから。突然7か月前に断食して瞑想に入り、母親を卒倒させた。何とこれから6年間飲まず食わずで菩提樹の下で瞑想に耽って「悟り」を開くのだという。

 ここで老婆心ながらお釈迦様の悟りについて事実関係を整理すると(と言うのもどうもバムジョン君自身、事実関係の把握に混同があるのでないかと思うからだ)、俗名ガウタマ・シッダールタは王子として何不自由のない恵まれた生活を送っていたが、29歳の時突如出家した。最初の修行では悟りを開けなかったので、6年間に及ぶ断食苦行の道に入った。文字通り骨皮筋衛門になり死線をさまよったが悟りは開けない。王子は断食を止め、ナイランジャナーという美しい川の流れで身を清め、付近に住む一人の少女がさしだす乳粥で体力を回復した。そしてブッダガヤーの一本の菩提樹の下に正座し、静かに瞑想しやがて悟りを得る。というのが今日に伝わる標準的な伝承である。
 つまり釈迦の「6年間の断食」は「悟り」につながらない失敗だったのだ。そうでなくて少女の差し出すヨーグルトの栄養を得て(あの琴欧州を見よ)正常な体で瞑想することで悟りを得られたというのが教訓なのだが、どうもバムジョン君は「6年間の断食」で「悟り」が得られたと短絡させているのでないか。

 しかしバムジョン君とその点で論争は不可能だ。そもそもバムジョン君は瞑想に入ったまま喋らないのだから。「私が話しかけても答えてくれません」と母親が語っているほどだ。ほとんど唯一声を発したのが、バムジョン君が瞑想中に蛇にかまれた(ちょうど釈迦の断食中に悪魔の軍団が襲いかかってきたように)ときのことだ。「これは私が超えねばならぬ試練の一つ。すまぬが私の周りにカーテンを張ってくれるか」と、やはりすでに釈迦になりきっている。
 ただ、世間でバムジョン君のことを「釈尊の再来」と騒いでいることに対しては少し迷惑のようで、「私はまだ悟りの第一段階に過ぎぬ」と15歳とは思えぬ成熟したコメントをしているという。

 言うまでもなく俗世間の下世話な興味は、果たして人間が半年も飲まず食わずで生きられるのかということだ。そしてついに「ネパール科学技術アカデミー」までが調査に乗り出すことになったのだが、バムジョン君の「瞑想」の妨げになるからと未だ着手できていない。見物人の中には、バムジョン君が差し出されるヨーグルト(釈迦の故事を思い出して欲しい)を飲んでいたと証言するものもいる。そして今は「夜になると信者によりカーテンの中に隠されることから、この間に飲み食いをしている可能性があると」当局は見ている(ロイター)などとつまらぬ詮索をしている。いいじゃないですか「断食」して太っても。基礎代謝と「瞑想」に脳が消費するカロリーがすべてだから、「カーテンの裏」で補給するカロリーは余って当然だ。

「求道のニート」は「究極のニート」だ

 バムジョン君は24時間「瞑想」中だからもちろん生産的な仕事はしていないわけだ。日本で言う「ニート」であることは間違いない。しかし「働かざるもの食うべからず」ではないが、バムジョン君は「飲み食いをしていない」のでそこが日本の甘えニートは違うところだ。

 しかしもっと決定的な違いはバムジョン君が地元に大きな経済的波及効果を与えていることだ。バムジョン君はまだ「悟り」に達していないにも関わらず圧倒的な信仰を得て、すでに11月末段階で7000$の寄進があったという。CIA The World Fact Bookのデータ(ネパールに関する数字はみなここから)によると、日本人とネパール人の購買力は20倍の差があるから、結局日本なら1700万円の寄付が集まったということだ(たぶん近くの仏教寺院にだろう。ちなみにネパールの仏教人口は全体の1割)。バムジョン君の瞑想の場は文字通り門前市をなしているので、その見物客目当ての屋台も次々と登場している。バムジョン君は仏教を再興する前にすでに村興しを実践しているのだ。

 30日付の各紙には<ニート現象「日本に衝撃」 勤勉が財産なのに、と米紙>という見出しで日本のニート問題が注目を集めていることを伝えているが、バムジョン君のように「ニート道」も究めれば大きな経済的効果をもたらすということだ。
 もっともネパールの失業率は47%にもなるというから、もともと2人に1人は「ニート」にしかなりようがない。しかも貧困線よりも下のレベルの人が42%と世界の最貧国の一つである。これでは「修行」でなしに「断食」せざるを得ない人が続出する。

 日本は今多くの「ニート」を抱えられるほどに「豊か」ではある。少なくともネパール人の何十倍の「現金収入」を得ている。しかし残念ながら「幸せ」の度合いはその数字に合わない。
 バムジョン君は日本でなら「引き籠り」として学校や児童福祉相談所が乗り出してくる。バムジョン君のお母さんは今では「息子が神かどうか確かめるためにあと6年(「断食」を終える)待ちます」と語っている。このキャパシティーは日本のお母さんでは手に入れられない。

 バムジョン君の「断食」は年を越しそうである。最新の写真(冒頭)を見ても、ふくよかで健康には問題はなさそうだから。「六年後」バムジョン君が「悟り」を開いた瞬間の言葉は世界に配信されるだろうか。釈迦が悟りを開いたのは35歳。一方バムジョン君(むしろバムジョン師と呼ぶべきか)は”その時”でも21歳だ。「タイゾー」先生よりもはるかに若い「ニート」の救世主の誕生があるのだろうか。

【上の記述はBBCの報道「デイリー・テレグラフ」の記事を基にしています】