鴻待日和

44歳。進行流産・化学流産・稽留流産。
愛しい人の子を抱ける日は来るのか・・・?

流産

2007年08月07日 | 流産
 その朝から丸3日間、たーちゃんは頑張りました。

 そして4日目の朝。
 出血は止まるかに思えたけれど、目が覚めた時に、身体の感じで「さよなら、だな・・」って分かった。

 ・・分かるものなんだねぇ。

 自分の体感を信じたくなくて、急いで病院へ行ってみたけれど、内診した時にはもうたーちゃんは居なかった。血液検査。結果を待つ間にも着々と出血、身体の感じが刻々と変わっていくのが分かる。だから結果が出てドクターのお話を聞く頃にはすっかり覚悟ができていた。

 流産の原因は不明。優しいドクターは、母体ミソサザイが何かヘマをしたせいでは「全然無いですよ!」とだけ強調して下さった。その瞬間だけ涙が出そうになって、慌てて診察室を出た。

 ありがとう、たーちゃん。
 たった1ヶ月たらずだけれど、生まれて初めてママ気分を味わうことができて、ミソは本当に幸福でした。嬉しくて嬉しくて、今思い返してもその幸福感にうっとり微笑んでしまう。

 まだ生まれてもいなかったたーちゃんは、すごく親孝行な子でした。頑張った3日間というのは、実はウソ君の仕事がらみの試験の期間だった。パパ・ウソ君を気落ちさせないように3日間頑張って、試験が終わった翌日に、さよならするなんてね。

 まだ心音も打たないたーちゃんに、本当にいろいろな事を教わった。いろいろ考えさせられた。準備が整っていないこと、自分にできることとできないこと、42にもなってまだまだ不惑じゃない自分の姿。

 それから、今後のこと。厳しい現実と年齢のこと。

 たーちゃんが居なくなった夜、ウソ君と将来の事をあれこれ話し合いました。今後、事態が好転・前進していくとしたら、それはたーちゃんの存在の力。
 早く逝く子は徳の高い子。
 素晴らしい子を授けてくれて、神さま、ありがとうございました。

 そして、ミソに心を寄せて、たーちゃんを応援してくれた皆様、ありがとうございました。温かいお心とコメント、本当に有り難く心強かったです。
 どうぞ、ミソと一緒にたーちゃんを見送ってあげて下さいネ。