理恵ちゃんの件でますます俺は加奈子にぞっこんになっちまったわけだけど、
肝心の浩次と里美がまだ、修復できていない。
加奈子もあんな性分だから、俺とのことも進展する気になれないってえか、
妙に気がそぞろってとこだろう。
俺は神様に祈るみてえに、浩次と里美がまるく納まることを願ってみた。
そこに電話だ。
だいたい、俺が加奈子のことを見直すきっかけになったのが、
電話がはじまりなわけだけど、
だいたい、いつもいつも、「怒りまくった加奈子」か「なにか気がかりがある加奈子」しか、電話口に現れない。
だから、俺はついつい、*加奈子*の名前をみながら、かまえてしまう。
また、なにかあったのか?
この俺の読みはまさに先見の明だったといえる。
「剛司・・ちょっと、きてくれないかな?」
な~~んか、声がやけに神妙。
俺はさっき仕事から帰ってきたところで、一風呂あびて、
加奈子を誘おうか、それとも、浩次のところにいってみるかって、まよってた。
だから、丁度良い決定がくだされたわけだけど、
加奈子の声の調子から、加奈子の神妙さのわけまではよみとれない。
「なんだよ?また、なんか、でたのか?」
俺はちょっとふざけて加奈子にたずねてみた。
「うん・・」
まさか、あっさり、肯定の言葉が返ってくるとは思わなかった。
だけど、加奈子は妙に落ち着き払っている。
悪いものでも怖いものでもないということだと思うが
落ち着き払って物がいえるという状況が俺には想像できない。
「まあ、大丈夫そうだな。俺、さっき、仕事からかえってきたとこ。
一風呂あびてからでいいか?」
神妙加奈子はさらに落ち着いた静かな声だった。
「うん。わかった。でも、できるだけ、早くきてね」
「おう」
と、答えて、電話をきって、シャワーをあびるためにバスルームにむかったものの、
俺のハートがむずむずしてる。
ーできるだけ、早く来てねー
その言葉はなんて、かわいいんだろ。
これが、普通の状態で普通にいわれたら、俺はもう、めろめろになってしまうだろう。
なんか、現れたって状況下においてさえ、俺のハートがむずむずしてる・・ん?ん?んんん?
湯気がこもりだしたバスルームの隅っこに、この前のちびっ子がゆらめいてる。
湯気の湿度が丁度いいのか、蜃気楼の如く湯気に姿をうつしだせるのか?
ちび幽霊は、俺にぺこりと頭をさげた。
は・・。
俺が加奈子との仲を進展させたいって思う裏側の歯止め状況を一番きにかけてる奴が
現れるのはしかたがないと思いつつ、
加奈子のほうに現れたのは、こいつかな?と思ったとき、
ちびの姿が消えた。
「行くか・・」
ゆっくり浴びてる場合じゃないしな。
加奈子もああいってたし・・。
ー早く来てねー
うん、うん、とうなづく俺は多分かなり、しまらない顔をしてることだろう。
加奈子のアパートにいくのはいいが、この時間だったらほかの住人の車が帰ってきて
とめるところなぞありゃしないだろう。
仕方が無いから、俺は近くのスーパーマーケットに車を止めて
ぼつぼつと歩いていった。
この前は緊急事態発生だったから、あいてるところに無理やり突っ込んだが
俺はそういう配慮のできない人間じゃない。
加奈子の声がおちつきはらっていたから、俺もこういう配慮ができる。
女ってのは、男の気分をどうにでも操れる生物だと思う。
まあ、手綱をひくとか、馬にたとえられちまうのが男なんだから、
それは、昔からそういうもんなんだろう。
どうでもいいことを考えながら歩いていけば5分もしないうちに
加奈子のアパートにたどりつく。
とりあえずホーンをおしてみる。
俺が来るってわかっていても無用心だから、鍵はしめてあるだろう。
それでも、一応、ドアノブをひっぱってみると
加奈子がドアの近寄る気配がして、
「剛司?」
って、尋ねる。
俺のほかに尋ねてくる男でもいるのかよって、いいかえしてやろうと思った。
「俺だよ」
ほれた弱みのいい恰好し。
憎まれ口をたたくのはやめにして、加奈子がドアをあけてくれるのを待った。
ゆっくりドアがひらいて、俺は加奈子の顔色を見る。
落ち着いてはいるが、なんだか、落ち着いているというよりは元気がない。
なんだろう?とおもいつつ、俺は玄関に入り込んで、気がついた。
男物の靴。
俺の心臓が今度はばくばく鳴り始める。
まともにつきあってないうちから別れ話かよ?
現れたってのは、そういう意味かよ?
新しい男の出現???
俺の視線にきがついた加奈子はその靴の持ち主を俺におしえてくれた。
「浩次だよ。里美と一緒にきてるの・・」
へっ?
俺はもう一度、玄関の靴をみなおした。
そういわれれば、もうひとつ、女物の靴が並んでる。
加奈子の趣味じゃないな。清楚な感じのローヒールのサンダル。
なるほどと俺は加奈子にうなづいて見せた。
「で、でたって?また、子供の幽霊か?」
里美と浩次、二人ならんでるなら、そいつしかいないだろう。
「ううん」
加奈子が首を振った。
「剛司にもみえるかな?」
玄関と続き間のキッチンは、ダイニングルームもかろうじてかねていて、
ダイニングルームは狭い玄関の壁ひとつ後ろがわにつづいている。
そこに浩次と里美がいるということだ。
だから、キッチンまではいっていかないと俺は加奈子のいう「見えるかな?」をたしかめることができない。
俺が靴をぬぎ、キッチンにはいって、見えるか、見えないかを確かめる前に
加奈子に聞いておきたい事があった。
「で?あいつら・・なんだっていうんだ」
二人揃って、遊びに来た?って・・。
そんなわけは無いだろう。
俺は浩次に子供の幽霊のことも話した。
加奈子もきっと、里美にはなしているだろう。
「ん。やり直したいっていうのかな・・。
でも、やり直す自信がない。そのあたりの理由をね・・」
加奈子が口ごもる。
その話をきくまえにまた「なにか」が現れたってことかな?
「あたしだけじゃ、ちょっと、難しいなって思ったんだ。
里美が・・」
また口ごもる。
「なんだよ?」
加奈子は俺のジャケットをひっぱりはじめた。
「とにかく、みて・・」
みえなけりゃ加奈子が説明するだろう。
まあいいやと俺はキッチンにはいりこんだ。
浩次が俺にきがついて、
「わりいな・・」って、いう。
俺は浩次のそばにならんでいる里美をみた。
いや、俺がキッチンに入ったときから、俺はすでに「何か」を見ていた。
その「何か」と里美がやけににていたから、俺はそいつと里美をまじまじとみくらべていた。
と、いうのが正解だろう。
「わかったでしょ?」
俺の視線がどう動くかをみつめていた加奈子には、俺が見えてるのがわかったんだろう。
「ああ・・」
だけど、なんで、こんなにそいつが里美ににているんだろう?
前世?
俺と加奈子は前世までみえるようになっちまったのか?
「そこらへんに問題があるようなきがしてね・・。
ちょっと、つっこんだことをきいてみたいとおもったんだ」
浩次も里美も前世に差配されてるってことなんだろうか?
「加奈子から・・いろいろ、聞いたよ。
だから・・。俺たちが何がネックになって別れたか。
この先、それが不安で俺も里美も・・」
浩次の言葉まで途切れてしまう。
だが、浩次のわずかな言葉で
浩次と里美は「そいつ」からの影響で二人の仲がおかしくなったんじゃないかと思えた。
別れちまうほどの影響力があるということを自覚できるようなアクシデントがあったということにもなる。
「まず・・話をきこうか・・」
俺は小さなテーブルの向こう側にすわりこみ、
加奈子は俺のためにコーヒーをたてにいった。
「俺が里美と別れたのは、里美を死なせたくなかったからなんだ」
突如でてきた物騒な言葉に、里美のほうは、すこし涙ぐんで、うつむく。
「浩次のいうとおりなの」
浩次は里美の手をにぎりしめた。
それは、俺が話すって、里美の口から辛いことを話させまいとする浩次の合図だった。
「俺たちはであってまもなしに、一緒にくらしはじめたんだ。
だけど、里美が・・」
言ってかまわないかと里美に尋ねる浩次の瞳に里美はうなづく。
これをみてる限り、こいつら、本当に愛し合ってる。
そう思えた。
思えたからいっそう、なんで別れたのか、なんで、子供を流すはめになったのか
気になった。
「最初は里美の落ち込みすぎでしかないと思っていたんだ。
だけど、まるで、発作みたいに・・死にたいって・・暴れだすんだ。
何をしでかすか、判らない状態だったんだ。
でも、それも発作みたいなもんだといったとおり、時折・・だったんだけど」
俺は黙ってうなづく。
「子供ができて・・。出来たかなって?思ったあたりから、
死にたい・・子供なんか生みたくない・・って」
里美が抱えるトラウマか?
前世の差配か?
「里美がなんでそんな風になるのか、里美には、心当たりがないんだ。
平常心の時にいろいろ、話をしてみたんだけど、里美には理由がない。
だけど、ひとつだけ、はっきり判ったことがあった」
浩次の顔が悲しくゆがんだ。
「俺といるから・・。俺と居る時だけ、里美は発作をおこすんだ。
そして、里美は子供を・・処置してしまたんだ・・。
それも発作的・・。
あとで、大声挙げて泣いて、なんてことしてしまたんだろうって・・。
だのに、病院からかえってきたら、やっぱり死にたいって・・。
ベランダから・・身をのりだしかけて・・」
必死で浩次はとめたんだな。
そして、決心したんだ。
別れようって・・。
「俺と別れてから・・里美は誰ともつきあっちゃいない。
だから、ほかの男ともそういう発作がでるのか、俺だけなのか、判らないけど
家に帰ってから、里美は・・発作がでなくなったそうだ・・」
親の傍ってのは子供が一番安心できる場所なんだろう。
そこから離れたというホームシックからくるものだろうか?
だけど・・。
俺は加奈子をじっとみた。
女ってのは・・子供ができたら、もっと強くなれるだろう。
だが、ただでさえ、強い加奈子とはかなげな里美をくらべてみる杓子定規じゃわりきれるわけがない。
「里美は浩次のこと、大好きなんだよね」
コーヒーをもってきた加奈子が里美に声をかけると、
里美の瞳からぽろぽろと大粒の涙がおちてきた。
「こいつも・・逆に俺をくるしめると思ったんだろう。
俺は里美が生きてるならそれでいいって・・。
それだけでいいって・・。
俺の気持ちなんか、どうとでもなるけど、
里美が死んじまったら・・・・」
俺は浩次のなくのをはじめて、みた。
自分といるせいで、恋人が死にたがる・・。
この事実はなによりも浩次をうちのめしたんだ。
だからか・・。
だから自信がないって・・・ことか。
加奈子がぽつりと里美のことをそういってたっけ。
「で、今・・ふたりでいて・・どうなの?」
加奈子もテーブルの傍にすわりこんだ。
「ううん・・」
って、里美が首をふった。
「前みたいに一緒に暮らしてるわけじゃないし、
中学生みたいに門限8時で、家にかえってるから・・」
浩次が里美につけくわえた。
「ふたりっきりで、部屋にいる・・ってことは避けてるんだ。
映画みにいったり・・・喫茶店でお茶のんだり・・」
つまり、友達みたいな関係でいると、発作がでてこない?
つ~~ことは逆にいえば、深い関係には、なってないってことであり、
それじゃ、この先結婚なんてことも考えられず
お友達のままでいるってことか?
「なによりも、同じことの繰り返しになるんじゃないかって」
里美がいうとおり、そりゃあ、不安だろう。
「だけど、この前、加奈子がきてくれて、子供の幽霊の話をしてくれて・・
のりこえていかなきゃって、
ひょっとすると、本当に結ばれる運命なんだって、
結ばれる相手なんだって、信じなおせたというか・・」
浩次がうなづいた。
「俺も同じだったよ、お前がきて、話してくれたとき
なにか方法があるんじゃないかって・・。
じっと待ってるだけじゃなくて、
諦めようって言い聞かせるのももうやめようって・・」
だから、相談しにきたってわけか。
だけど・・・。
な~~んで、加奈子のところにきたわけさ。
な~~んで、俺も一緒にっていってくれなかったんだよ。
結果的に此処にきてるから、まあ、いいけど・・。
俺もすねた態度みせたくもないし・・。
それに、な~~~んかわからんが、
なんでもかんでも、加奈子によりついていく。
その筆頭者が俺だけど・・・。
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