「へさきに鏡をかかげよ」
アマテラスの横暴に急遽かけつけたにぎはやひだったが
すでに、時はおそく、
スサノオはいわんや、おおなもちまでもが、
死出の旅路についていた。
いまは、ことしろぬしとみほすすみの住まいとなった美穂の社の目と鼻の先にある入り江に
アマテラスひきいる兵が大挙していた。
あまたの船に入り江にはいることもかなわぬとみたにぎはやひは、
恭順のしるしになる神器のひとつ、辺津の鏡を船のへさきにとりつけさせた。
まだ、ことしろぬしもみほすすみも無事であるかもしれない。
アマテラスのうろこを逆撫でにしては、ならぬことであった。
恭順といいかえてみたが、降伏にほかならない。
にぎはやひにすれば、二度もの降伏である。
兵にかこまれ、浜におりたてばそこにアマテラスがいた。
「苦労であったな」
かけつけてみたが、なんの役にもたたなかったことを
アマテラスがせせらわらう。
皮肉なねぎらいであったとて、アマテラスなどにかけらたくはない。
「ことしろは?」
生きているといわれたとて、ことしろぬし自らの姿をみなければ
事実などわかりはしない。
はやって、おろかな口をあけてしまった。
「ことしろは、いきておる」
アマテラスが愉快そうに笑う。
「スサノオとおおなもちの身はあんぜぬのか」
アマテラスが二人をいかしておくはずがなかろう。
歯噛みしながら、にぎはやひは返す口を考えていた。
「おまえのことだ。
おおなもちには、スサノオをたすけると
スサノオにはおおなもちをたすけると
だましうちで、もろともの命をうばったであろうが」
薄ら笑いでにぎはやひをねめつけると
アマテラスは剣を構えた。
その剣をにぎはやひののど元一寸によせた。
「スサノオはなにもかもすてて、にげだしおった。
日御碕で自害したのを、それ、そこの男が」
兵の一人をあごでしゃくる。
「哀れな姿にかわりはてたのをみつけたのが、その男だ。
スサノオにみはなされ、おおなもちも絶望のふちにたったのだろう。
逃げてしまうような男にうらぎられ、なにもそこまではかなまずともよかったものを、のど笛をついて、また、これもまがぬけた話でな」
なにをいおうとするのか、黙って聞くしかないにぎはやひだった。
「死にまようたのだろう。刀のきっさきにもにげられて、
死に切れずもがいておったのを救うてやった」
つまり、止めをさしてやったという。
言うにことかいて、救うてやったの言い草もはらにすえかねたが、
立て板に水のごとくの大嘘に臆面さえみせない、そのふてぶてしさに
はらわたがにえくりかえった。
「よもや、おまえまで、はかなんであとを追うなぞということはないだろうの?」
つまり・・・・。
大嘘のとおりとしておかねば、これまた、新たな大嘘にくるまれた
にぎはやひの死体ができあがるということになるぞとおどしているのである。
アマテラスの言葉に頷けば、命はながらえるだろう。
が、
アマテラスの傲慢さは、スサノオを冒涜し、おおなもちをまぬけとなじる屈辱にあまんじるまいとするにぎはやひに死を覚悟させていた。
舌をかみきろうかという瀬戸際だった。
「にぎはやひ。アマテラスさまは情けのあるおかただ」
割りいってきた男がことしろぬしでなければ
にぎはやひは己をとどめおくことはなかった。
ことしろぬしでなければ、アマテラスをほめそやす言葉のうしろになにかあるとはおもわなかったであろう。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます