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憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

―理周 ― 5 白蛇抄第12話

2022-09-04 12:42:47 | ―理周 ―   白蛇抄第12話

「理周?」
晃鞍が物思いに耽る理周を呼びかけた。
「ああ?はい?」
「きちんと戸締りをせねばいかぬぞ」
僅かに男の生理が理解できるようになってきている。
晃鞍、十七になる。
男としては晩生かもしれぬ。
「よほど。ここに一人おる方が無用心でいかぬわ」
やっと、理周の立場がわかってきた。
母堂におっても、ここにおっても、
女子であることには代わりはないのであるが。
「よいか。誰がきても、何をいわれても中に入れては成らぬぞ」
なにがあるかわからない。
「わかっております」
艘謁にもくどいほど念を押された事である。
「ふむ」
晃鞍は頷く理周を改めて見なおした。
やたらとほかの修行僧の目に触れぬ方が確かにいいかと思った。
妹は存外、美しい顔立ちをしており、
伸びやかな身体は、華奢な女子のか弱さを色として芳せはじめている。
理性とは別の物がこれを手折りたくなるものなのかもしれぬ。
「眠る前に一折笛をふいてくれぬか?」
それで、理周の一日が安泰であった事が聞こえる。
「わかりました」
「息災でな」
永の別れではないが、
あまり晃鞍も理周の小屋にこぬほうがいいなとおもった。
理周を知らぬものにだれがおるの、どうのと、いらぬ興味をもたせる。
理周が母堂を出たわけを知っているものは慎ましいであろうが、
知らぬものは、晃鞍よろしく、
いっこう何も気にせず、理周を訪ねるかもしれない。
暗黙の了承。決め事になっていて、
だれも理周にはちかよらぬことであるが、
男が理性を押しつぶしたら、破門も追放も頭にありはしない。
「ここを・・でたほうがよいのかの?」
と、いって、外に出ればまたおなじであろう。
よけい、晃鞍の目が届かぬ分、尚に心配なだけである。
それに・・・。
「さみしゅうなるわの」
母の元に行ってくるるのが一番よいのであろうが。
「ふうむ」
理周も艘謁の男の性(さが)をわかっているのであろう。
水入らずの夫婦の場所に入り込む気になれない。
と、いうことであろう。
存外女の方がおとなびるものである。
晃鞍が考えてみなければわからぬ事を
理周は肌で感じ取っているかのようであった。
母を離れに呼びきれなかった父は
理周を離れにすまわす事が出来なかった。
あれはあれで、女房をたてているのであろう。
妻をすておいて、理周を離れにすまわすのは、
別にかまわぬことにおもえた。
が、人の思いはどうであろうか?
とうとう、てかけにしたか?
これをおそれたか?
修行の僧へのあおりと、妻の嫉妬をこうむりたくなかったか。
存外気の小さな男に見えた。
が、艘謁の想いは別にあった。

理周の我侭はそれから、三年を裕にかぞえた。
理周。十八になる。
晃鞍は三つ上だから、二十一。
艘謁のいましめもあり、
晃鞍は朝に理周のところに米、野菜を届けるようになっていた。
「たりておるのか?」
顔を覗かせた晃鞍が見た理周に息をのまされた。
揺楽の誘いがある。
「・・・・」
理周は絹の羽二重に身をつつんでいた。
「ああ」
端正な顔は幾分、寂しさをうかがわせている。
が、それが絹の白糸に凛をうかばさせている。
「は・・花嫁のようじゃの」
「しろすぎますか?」
「いや・・」
よう、におうておる。
「明日はとおくにいきます。はようでるので」
初手から絹をきて出てゆく言い訳をする理周は・・・・
「きれいだな」
「ほんに、もったないような絹」
「う・・うん」
綺麗なのは理周だと言い切れずに頷いた。
晃鞍が様変わりしだしたのは、このころからであろう。
いくら戒の教えをしったところで、実情を知らぬ者の戒は厳しさがない。
晃鞍はまだ己に芽生えた実情さえ、意識していないのである。
無い心に戒めるかせはない。
この頃から晃鞍はやるせないため息をつくようになった。
それが、なんであるか、
誰のせいであるか、
晃鞍は妹を思う想いが、女への限られたものであるとは
およびつきもしていなかった。
出かけた理周に立ち代るかのようにやってきた禰宜が
もたらした報が晃鞍をくるしめるまで。



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