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憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

邪宗の双神・23   白蛇抄第6話

2022-12-22 11:17:16 | 邪宗の双神   白蛇抄第6話

空が白む前に波陀羅は宿屋の二階の小窓より
身を擦り抜けさせると外に飛出して行った。
路銀なぞ元より持っていないのを承知の上で比佐乃の後を追って
宿屋に上がり込んだのであるから
波陀羅にとっては致し方ない行動だったのである。
朝になって比佐乃が起きて出立する頃になると、
宿屋のおかみが尋ねて来た。
「娘さんは昨日・・・隣の部屋に泊まった女子を最後に見たのは何時頃でしたか?」
「あ、私は食事を戴いてから、すぐに臥せこんで寝てしまいましたので
隣の方が女子の方だという事も存じ上げませなんだ」
「ああ、厭だねえ。とんでもないよ。方だの、存じるだなんてそんな女じゃないんですよ」
「あの?何か御座いましたか?」
「ああ、いんやあ。娘さんには関係の無い事なんですがね。
宿代を払わないまま出ていちまったんですよ。
それがね、内もその辺りはよくよく考えて二階の窓という窓は
わざわざ紅柄格子を嵌め込んであるし、
格子のないのは東の廊下の明り取りの小窓くらいでね」
「小窓から抜け出たという事ですか?」
「玄関は朝に私が閂を開けて外に出たぐらいだし、
その後すぐに玄関先は、番頭が帳場にずっと座っておって、
御客の出入りは見ておりますよ。
女子の御客は貴方とその女しかおらなんだのですから、
見れば、すぐに判りますわね」
「はあ?」
「いえね、そりゃ、ちっと身の軽い女ならあの小窓から出られますよ。
でもねえ。東の方は掘り切りがあって
そこから飛び降りればあの高さですから水音の一つもしましょ?」
「その上・・・この寒さですよね」
「でしょう?始めから宿を抜けるつもりならそこらへんを考えて、宿を選ぶでしょう?
水音も聞こえなんだし・・掘り切りから上がった後も無い」
「し、死んでしまったのでは?」
「綺麗な水なんですよ。底に人が沈んでりゃ見えると思ってね。
堰までずうと見て廻ったんですよ」
「掘り切りから上がれそうな所は・・他に無いのですか?」
「ありますよ。でも、この天気で地面はかわいていて水痕が落ちてれば判りましょう?」
「妙な事ですね」
比佐乃が軽いため息をつくとおかみもやっと気が付いた。
「ああ、すみませなんだ。御勘定ですね」
「はい」
おかみは比佐乃から金を受取ると尋ねた。
「どちらまで、行かせられますな?」
「長浜まで」
「ああ。なら、女子の足で、ゆっくり歩いても今日中にはつきましょう。お気をつけて」
おかみに見送られると、比佐乃は外に出て歩き出した。
朝から妙な話しもあるものだと思いながら一刻も歩いて行く頃には
その後ろから宿を抜け出た女である波陀羅が
人の姿に身を窶したまま比佐乃の様子に気を配りながら歩いていた。
夕刻になり、長浜の城下に入ると比佐乃はやはり森羅山を目指していた。
が、比佐乃がいって見ても、やはり、社はなかった。
「兄さまは・・・ここじゃと・・・教えてくれたのに」
神様が呼んでおらるるから、長浜の城の南西にある森羅山に行かねばならぬと、
一樹は比佐乃に言うと旅の仕度もそこそここに出かけて行ってしまったのである。
「私も行きます」
と、言う比佐乃に
「急いでおられる様じゃ。御前を連れておったら遅うなる。
来たいなら後から追いかけて来い。
森羅山の中の北東の大きなうろのある椎の木を目指せばよい。
その左の後ろに社があるそうじゃ」
と、言い残して行ったのである。
『あの椎の木ではなかったのであろうか?
まだ、ほかに椎の木があるのだろうか?』
比佐乃は辺りを見廻したが
森は一層暗くなり始めており、
これ以上奥に進んで見る気にはなれなかった。
『出直そう、人に尋ねてみた方が良い』
簡単に見つかると思い夕刻になるのを押して
入りこんだ比佐乃の憔悴がどっと、旅の疲れを寄せて来てもいた。
比佐乃が腰を落としてその場にしゃがみ込む様子を、
木陰から見ていた波陀羅も流石に堪えきれなくなって
比佐乃の元に駈け寄って行った。
「娘さん・・・どうなされたに?しんどいのかや?」
突然現われた女ではあるが、
声をかけられた比佐乃はほっとした様子をみせた。
「あ。いえ、少し草臥れておりましただけです。
それよりもこの森の中の社はどの辺りにありますか?
どうも・・・迷うてしもうたようなのです」
「ああ。社は、あるにはあるのです。この場所に間違いはないのですが」
「え?でも・・・何も無いではないですか?」
波陀羅は比佐乃が自分と同じ様に双神から閉ざされているのが判った。
自分が後ろにおるせいなのかとも思ったのであるが
双神は比佐乃が孕んだせいで、
ここしばらくは比佐乃からまともなシャクテイを得られないと、
今は要らざる者として切り捨てたのである。
「ああ、どう言えば良いのじゃろうか。
あの社は向こうの神様の方から、用事のある者しか入れてくれぬのじゃ。
その者の前にしか社を現わさん」
「そ?そうなのですか?それでは私には用事がないので社が現われないのですか?」
「娘さんには何の用事があるのです?」
波陀羅が尋ねると、少し照れた笑いをうかべたが、
隠す必要のない相手であるという事と
一度はあからさまにして見たい鬱積が溜まっていたのであろう
「あ・・・私・・・娘でありませんのよ」
と、微笑んだ。
「あ、ご新造さん?なのですね?」
問われたい事、
かけられて見たい言葉がそれであると判ると波陀羅は比佐乃に聞いて見せた。
「はい」
頷いた顔が上がると夕闇の中でも輝く様な微笑の比佐乃であった。



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