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憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

宿根の星 幾たび 煌輝を知らんや 6

2022-09-03 17:04:39 | 宿根の星 幾たび 煌輝を知らんや

絹は目指す宿屋の前に出るために辻を回る。
山紫水明を象った庭の椿の囲い込みを廻ると宿の前につく。
有馬がどの部屋にいるか判らない才蔵は庭の植え込みの中に身をかくして機会を窺っているだろう。
合図に印をうちならしてみよう。
いなければ才蔵も様子がおかしいときがついて、一端は撤退と決めたのかもしれない。
で、あれば、今度、又、絹の元に来るだろう。
住み込みの女中なんてお職は動きにくくて仕方が無い。でも、この国に来て寝る所さえないんだから贅沢は言ってられない。そう宥めているうちに「漁記」がただの宿屋で無いと判った。
絹の身の置き所として口利きで入ったと思っていた宿屋には、いくつかの集団を作り志士と呼ばれる男たちの棟梁格があつまっていた。
集めた情報の交換と天下国家の情勢判断。渤海への策を練り合わせていた。
そこに絹を送り込んだのである。
ここまで、念の入った仕入れが出来ていながら志士にま直に近づく材がおらず、絹のようなうら若い女子に白羽の矢が当るという事が可笑しかったが、才蔵は「男というものは女子に甘い」と、いった。
「それも、絹のように若く見目麗しいとなおさら・・・」とも、いった。
さらに「いざとなったら女子である事もわするるな」と、つけくわえた。
絹は才蔵の言葉を「身を護れ」と、いわれたと考えていたが、事実は違う。
女子の色香も情報を集めるためには十分に役に立つという事を覚悟しておけといったのである。
十八の小娘が見知らぬ異国の見知らぬ男に脅えるだろうという当り前の図式より、量王への宣誓が絹の使命を燃え立たせていることのほうを才蔵は信じていた。
その才蔵の命と首尾にかかわることである。
絹は辻を曲がる前に合図の印をうとうとした手を止めた。
なにやら向こうに人のざわついた気配がする。
人に見咎められると困る行き違いの使いの場所であるが、絹はいやな予感に引きずられ人だかりの側に近寄っていった。
庭の向こうを覗き込むような人だかりが一様にいやな目つきをしている。
固まった人の背を掻き分け絹も皆が見たいやなものの正体を確かめようとした。
「おい。おい。姐さん、女子供が見るもんじゃねえぜ」
絹に背を押された男は女の物見高さに呆れるかおをしてみせる。
「綺麗なべべを売ってるわけでも観音様のご開帳でもねえよ」
つまり男でも女でも凡そ、見たい、欲しいの代物ではないというと、
「ほとけさんだよ」
「え?」
絹が驚くをそれ見たことかとみよがしに冷たい一瞥をくれたが、
「隣国の者だっていうじゃねえか」
量王は和国を乱れさせるための布石を内からも外からも敷く。
手当たるをやたらと切りつける辻きりのような強者の出没は人心の帝への信頼を揺るがし始める。
手成れの狂い者の横行を狩るものたちが生ずるを先に読んだか、警備の兵を狩ることを専する間者がいる。これで、渤国の名が知識のあるものに浮かばぬはずがない。
満を持しつつなかなか動かぬ帝の招集をまつより、むしろ、帝の決断を促そうかとばかりに帝都に志士が集まり始めた。
が、帝は動こうとしない。
いらつく憤懣をとにかくは間者を切ることで抑えていた志士たちもこの小さな国を揺るがすためだけに送られてくる間者の後の経たない事に驚かされる。
力では勝てない。量王。言いえて然り。材の量からすべからく、違いすぎる。
柔よく剛を制すというが、この場合渤国の剛を制す柔は「知恵」しかないと思える頃、誰からとも無く「御社の瑠墺」の名が口に上がりはじめていた。
「隣国?」
絹は空とぼけて判らぬ小娘を装ってみたが、胸の鼓動が口から漏れるのではないかと思うほど大きく響いていた。
「あっちこっちで人を殺してたんだ。ばちがあたったんだ。ざまーみろって」
石の一つでも、罵詈の一つでも投げ与えようとこのひとだかりなのか?
絹は自分の身の上の先にふりえるかもしれない己の正体への人々の憎悪と怨みを生々しく感じられた。
「見ろ。聞いただけで、あおくなっちまうやつが・・・」
絹の顔色がただ事でないのは己の身の上の恐ろしさと仏が才蔵ではないのかという不安のせいであるが、行きがかりの小娘の生半可な好奇心があわれだったのだろう。岡持ちをだかえている絹を追い立て、しなければならぬ事を言い立て、絹の気分を現実に引き戻してやるようだった。
「あ?あんた。使いの途中じゃねえのかい?こんなとこで油売ってねえで、さっさよようじをすませちいな」
男の言葉にやっと絹は仏が才像かどうかを確かめる糸口を掴んだ。
「いえ。この宿の人にとどけものがあったのですが・・・」
絹の口篭る訳をさっしたのだろう。
「だーれもやられちゃいねえよ。あんたの届け先の人も無事だろうよ」
「・・?誰が・・やっつけて下さったんでしょうかねえ」
あくまでも絹も悪い奴を憎むこの国の人間を演じる。
「さあなー。この宿のもんじゃねえよ。だいいち、小僧が南天の葉を飾りにとってこいといいわれて庭に毟りに来たら、蹲の陰に人の手が見えるってんで大騒ぎになったんだとよ」
「じゃあ?そのときにもうしんでいたってことですか?・・」
「だろうな」
「じゃあ?」
「なんだってんだよ?」
女のめざす相手が無事ならそれでいいではないかと男はうるさげな返事を返した。
絹はこれ以上詮索する事は難しいと踏むと男に聴こえるような独り言に変えた。
「何で、死んだ人間が隣国の人間だってわかったんだろう?」
案の定男は聞きとがめた。
「なんでもな。隣国の奴しか持ってない妙な細工物をもってたらしいぜ」
「へえーー」
物見高さに人心地つきましたと得心顔を作ると絹はあっと声を上げた。
「それじゃあ。向こうの屋敷の縁にもお客さんがいるんですよね?」
「ああ。いたことあ、いたよ」
大工箱を踏み台にしていた男に順を譲ってもらってちょいとのぞいてみたにすぎない。
もれてくる役人の声を聞きながら死体を裏木戸から引き出すのをひとめみてみようとここで待っているのだ。
「その中に・・。背の高い三十過ぎの・・」
絹が口からでまかせを続けると、男は少しばかり伸び上がってみたが手に持ったものを踏み台にするものたちやらで庭のむこうまでは到底見えはしない。
「それがおとどけさきってことか?」
と、男は絹にたしかめた。
「いますか?」
「いや、俺にもみえねえんだ」
「ああ。ああ。じれったいねえ」
やにわに絹は岡持ちをもう傍らにいた男に持たせると、
「あんた、ちょいと、肩車でもしておくれよ」
「馬鹿いえ。子供じゃあるまいし・・」
だったら、ちょんの間でいい。ひょいと持ち上げておくれと言うと男はいやな顔をしたが
「そこに無事にいると判りゃ、私もこんな騒ぎでしたからって店に帰れるんだけどねえ?」
女の言うとおりだろう。役人が出張って宿の中からは人を出そうとしてないし、こんな騒ぎの中お届け物を持ってはいりゃ女もでてこれなくなる。
「ち。しかたねえな」
行きががりの駄賃だとばかりに男は絹を捕まえるとひょいと腰をだかえもちあげてみせた。
「あ。いたよ。ぶじだよ」
絹の眼に飛び込んできたむくろは死んだばかりの才蔵だった。
「ありがとう」
男に渡した岡持ちを奪うように取ると絹は本来の用事に走り出した。
「何でだ?なんでだ?だれが?だれが?」
才蔵のむくろが絹に教える事は叶わない。胸の中で才蔵に渡した金を数えなおしている。
だが、馬鹿な。物取りなぞのわけも無い。才蔵の腕を持ってしても切られている。
かなり腕が立つ相手。で、無ければ庭先の打ち合いに宿の者がきずく。誰にもきずかれる声も上げさせず、むくろに成り果ててみつけられる。小僧が南天の葉を取りに来ていなければまだそこに転がったまま?絹もきずかずにいたかもしれない。
「だれが?」
才蔵が有馬を狙っていると知っていたのは数馬だ。
だが、数馬は絹に用事を頼んで、それからここに駆けとおして才蔵を死体にして帰ってこれるだろうか?
無理だ。有馬自身?有馬が逆に才像をまっていた?
いけば・・わかる。才像をきった後ならば有馬にいくらかの変化があろう?血の匂い。刀の地糊を拭き取ったらしきもの。そのまえに湯をあみているかもしれない。それならば、尚、有馬だろう。
だが、有馬の腕は「立たない」を通り越して「へぼ」だと数馬がいったことがある。が、それはおもてむきのことか?
どこまで本当の事を言う男か判らない数馬である。

 



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