私自身が奇妙にも、酷く冷静にうけとめているのだから、
編集長とて、奇妙なほど、驚きもしないことを疑問に思うのはおかしいことかもしれない。
だけど、今思えば、あの冷や汗?
あの「君が考えたんだね?」って、念押し?
それ、どういうことになる?
亡くなった人間が持ってきた原稿と私の原稿が書き方こそ違え
同じ設定になっていたなんて、
通常なら・・吃驚なんてものじゃないよね?
心霊現象以上の恐怖じゃないのかな?
それが、大騒ぎせず、恐怖の色も見せず
汗一つだけのこわばりで、私が書いたかどうかだけを確かめる。
「そうだよね・・そうだよね・・」って?
そうだ、あの時に確かにそう言ったんだ。
それって、同じ設定だって事がわかった人が言うせりふなんだから・・・。
そうだよね。は、ほかのなにかを納得してる言葉って事になる。
つまり、それは、こういうこと?
ー溝口芳江にとり憑かれてるんだな。ー
ー溝口芳江が私に書かせたんだな。ー
誰かと相談なんかするわけがない。君が(溝口芳江にとりつかれて)書いたんだよな。
そうだよな。そうだよね。相談なんかするわけがない。
編集長の言葉の裏がそうだったとわかると私はやはり、譜に落ちない。
それでも、なぜ、こんな怪奇現象におびえない?
そう、編集長も、私も・・・。
何故?
二つの原稿を並べて私は「おそらく」と思う。
おそらく、この「箱舟」が真実の答え。
私も編集長も「寄生」されているんだ。
幽霊なんかじゃない。
そうだ、溝口芳江に寄生していたものが宿主を私に変えたんだ。
そして、編集長もそうだ。
何者かに寄生されている。だから、怪奇現象と驚きもせず
寄生の事実を理解している編集長は
「君じゃないと書けない」そういったんだ。
君というのは、私でなく「寄生物」への言葉?
すると、あの冷や汗は?
私が宿主に選ばれてしまったことへの驚愕?
寄生の事実を私がしることへの同情?
そして、とりもなおさず自分に架せられた運命。
宿主という運命への抵抗もむなしく、またも宿主がふえていく。
つまり、この地球の人間が次々と寄生されていく?
知らぬうちに、すでに自覚無く、寄生されている人間はいっぱいいるのかもしれない。
物語が、本当のことだという恐怖と同時にすでに寄生されているとさとった編集長は、
どうにもならない事実を受け止めることにしたんだ。
そう、きっと、箱舟の終わりにかいてある言葉、
ー黙っていさえすれば寄生物は浮上してこない。ー
これが救い?
これを救いにして、寄生物が浮上してこない日常をえらべばよい。
共存に見せかけた共同生活で私は箱舟を書き上げる。
それだけ?
それでいい?
そうするしかない?
真剣に考え詰めていた私だったけど
自分で自覚するより先に笑い声があふれだしてきていた。
あははは、あははと大笑いし続けたあとの私の独り言が
私の自覚を耳に届けてきた。
「ばっかみたい。たまたま、にたような設定だったから、トランス状態になっただけじゃない。
寄生物?そんなものあるわけないじゃない。
自己暗示の骨頂でしかないわ。
そうよ、気が狂う人間っていうのも、こういうトラップにはまりこんでしまった結果じゃない。
悪魔が命令するとか?あげくの果て、本当に悪魔の仕業そのものの行動をおこす。
なんのことはない。洗脳しているのは、他ならぬ自分じゃない」
危ない。危ない。
人間の精神なんてものは、本当にもろい。理解できないって事が一番の恐怖なんだろうね。
理解できないことを嫌でもこうでも理解しようとするから、悪魔のせいにして、
あげく、自分が作り出した悪魔の命令とやらにのみこまれて・・・・・
ばっかみたい・・・。
問題はそんなことじゃない。
認識するべきは、自分の中にある「認めたくない心」ってことじゃない?
悪魔のような恐ろしい思いを持ってる自分を「自分じゃない」って、否定するから、
悪魔という存在を作り出して、いつのまにか主従が逆転するんだ。
うん。
自分で考えたことを私は私に当てはめてみる。
つまり、私は作家になりたいんだ。
だけど、ゴーストライターじゃいやだ。
でも、目の前におきたことはゴーストライターになるしかないってことじゃないか。
それでも、書きたい。
これが認めたくない心。
それを認めさすために私は寄生物のせいにしたんだ。
あろうはずもない存在のせいにして、
寄生物によって書かされるという大義名分で
「それでも書きたい」を邪魔する「ゴーストライターはいやだ」をねじ伏せてるだけ。
でも、「寄生物のせいで書かされる」も、「ゴーストライター」も同義語じゃない?
そうよ。なにかのせいで書くんじゃなくて、この水上千絵の意志で書かなきゃ。
そうじゃなきゃ、本当に主従逆転。
そのうち、寄生物が、命令するから・・って、私も悪魔の所業ならぬ、寄生物の所業を侵す?
ばかばかしい。本当に、馬鹿馬鹿しい。
私は編集長の言葉を思い出してる。
『君の名前でもかまわないんだ』
確かにそう言った。
そのとおり。私は私として書く。水上千絵として書く。
迷いが吹っ切れると私は今までの経緯を付け足して箱舟をかこうと決めた。
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