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憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

波陀羅・・11   白蛇抄第5話

2022-12-13 09:43:25 | 波陀羅  白蛇抄第5話

十余年が過ぎた。
鉄斎の妻は心労が祟ったのか一樹が生まれ
二人目の子である比佐乃が生まれると間もなしに
この世を去っている。
鉄斎も齢に勝てず伏せこみ勝ちになると身代を娘婿に譲った。
何もかもが二人の勝手になり、子も福々と育っている。
絵に描いたような幸せに浸りこんでいる波陀羅の胸の中に
瑣末な思いが生じて来たのもこの頃であった。
(この波陀羅こそが織絵であろう?
陽道の妻はこの波陀羅であろう?)
幾年の日々を陽道と供に過ごし、
織絵の身体もすでの波陀羅そのものであった。
その陽道の望むままに子を成し、産の痛みにも耐えてきた。
波陀羅こそ織絵であるのは間違いのない事であった。
十年余りの歳月が波陀羅の女心に
波陀羅として愛されたいという哀しい思いを膨らませていった。
十年余りの歳月が、波陀羅の中に小さな自信を育ててもいた。
陽道も波陀羅を愛している筈である。
それを確かめたくなったとしても、
波陀羅が自分そのものを求められる事を望んだんだとしても、
それも無理のない事であった。
この先も陽道と居る為にはどの道織絵の姿で居るしかない。
が、それでも一度だけで良い。
織絵でない波陀羅の自分を睦んでくれる陽道を見たい。
たったそれだけの哀しい女心でしかなかった。
波陀羅が鬼の姿に戻って寝屋に潜り込んだ。
そうとは知らず陽道が波陀羅に手を延ばした。
が、途端に波陀羅であるのに気がつくと陽道は
「うっ」
と、うめいた。
呆けた顔で波陀羅を見つめていたが
うろたえて立ち上がると隣の部屋に駆け込んだ。
そこには、くたりと横になった織絵の蛻の空が臥せ込んである。
それを見ると陽道は慌てて波陀羅の元に戻ってきた。
「波陀羅。頼む。戻ってくれ」
陽道が手を合わせた。
女は見目形では無いとはいうものの
それならば織絵が醜い女であったなら
陽道は魅かれていたであろうか?
織絵の見目形があってこそ織絵なのである。
波陀羅にその身体を取られ織絵は織絵でない。
が、陽道には織絵なのである。
「・・・・・」
陽道が波陀羅を見る目、
それはからくりを操る人形師に、
人形を動かしてみせよと哀願する幼子の物でしかなかった。
傀儡を動かす女でしかない。
傀儡を愛す男でしかない。
黙って陽道を見詰めていた波陀羅であったが、
やがて立ち上がると言われた通りに織絵の中に戻った。
「ああ・・・織絵」
織絵の姿になって寝屋に戻ってくると陽道は織絵をかき擁いた。
「ああ・・・織絵。織絵」
そう呼ぶと陽道は、すぐさま織絵の口を吸う。
波陀羅の思いなぞ頓着なく、
波陀羅が何故波陀羅の姿で現れたのかも気にもならない。
気にしないのか、あるいは敢えて聞く事を避けているのか。
波陀羅の中の深い悲しみも打ちのめされた思いも関係なく、
ただ織絵が織絵であれば良いのである。
「織絵・・ほれ・・・開いてみせや」
その言葉のまま織絵の身体を開くといつもの事が始まる。
それが、波陀羅を冷めさせた。
心の中に渦巻いた物を恨みと呼んで良いかもしれない。
邪鬼丸のあしらいに涙し、悔し涙を呑んで
復讐の思い一心でいかずちなみづちの修行を受けた。
が、戻って来てみればやはり邪鬼丸が恋しい。
二度までも、己の執着をこけにされても
尚、忘れられなかった男を己の利欲の為に殺す事を
思い立てたのも、陽道の思いを勝ち取りたいと思えばこそだった。
陽道さえおれば良い。
そう思った時、閉ざした筈の復讐の念が開いた。
一石二鳥とも言えよう。
この身の安泰と陽道との恋路。
もう何者にも邪魔される事は無かった。・・・筈であった。
が、自分が自分でない。
陽道が求めているのは織絵でしかない。
恋路を生きているのは陽道と織絵なのである。
『我は影かや?
我は陽道と織絵の恋の道行きを操るだけの影かや?
我は影かや?愛されもせぬか?
波陀羅じゃと言うも許されぬか?
見向きもされぬか?我は・・』
「織絵。のう・・いつもの様にしてくれぬか?」
好きな様に織絵の中を蠢かしていた陽道が、
織絵から己の物を引き抜くとじとりと濡れた物を
織絵の口元に寄せて来る。
一度、織絵を責めた物を含ませるのが余程興をそそるのであろう。
ここしばらくはそういう戯れに
波陀羅も疼くような高揚を覚えさせられていた。
が、今の波陀羅には余りに惨め過ぎる陽道の要求であった。
波陀羅がじっと、惑っていると陽道がそれも戯れと思うたのか、
「舐めとうしてやるわ」
波陀羅の物にぐうと指を入れこんで来た。
「織絵。良いじゃろうが・・・。ほれ、舐めて見せたら、
ここにもう一度いれてやる。はよう」
飼い慣らされた犬が歯向かうのは、
己の痛みに耐えられなくなった時であろう。
冷めた波陀羅の目に映ったのは、
波陀羅が己の肉棒に飼い慣らされている
と、思い込んでいる憐れな主人であった。
『我はお前の心が欲しかっただけじゃ。
織絵を嬲る肉棒なぞ、欲しゅうない』
ぐうと押し付けてきた物ごと、
波陀羅は思いきり陽道を跳ね除けた。
鬼の力で押し飛ばした事に気が付いたのは、
陽道がくたりと倒れ込んでからであった。
「!」
打ち所が悪かったのか陽道はあっさり息絶えていた。
慌てて波陀羅は反魂を唱え始めた。
が、途中でやめた。
生き返らしてどうなろう。
この惨めなまま陽道に身体を開いて生きて行く?
十年前のあの時。
鬼が生まれくるやも知れぬというた時の陽道の顔を
波陀羅は今更に思い出していた。
(鬼の子など要らぬ)
その顔をである。
鬼が生まれておったら陽道は
その子を邪鬼丸同様、首を切り落したのであろうか?
初めから波陀羅など見ておらなんだものを・・・・。
だが、
波陀羅はもう一度反魂を唱え始めた。
ふと、思うた子どもの事が胸を刺した。
それでも陽道は一樹にとって比佐乃にとって、
かけがえのない父親なのである。
その父親を奪う事なぞ出来よう筈も無かった。



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