「哀れな。小ざかしい知恵は己によるものでない故に、哀れな」
呟きがきこえ、澄明の前に姿を見せた沼の神の姿に
澄明は己の目を疑った。
だが、是こそが実体なのかもしれない。
澄明は後に引く間合いを取りながら、いやらしげな男をみつめた。
「ふん。正眼にいらぬ知恵をつけられ、心の目が開かぬか?」
股座の脹らみをなでさすりながら澄明を見る男の目は
女子への色欲をありありと浮かべ、だらしなくあいた口元も、
すいたらしさを表すばかりで賢人には程遠い代物でしかない。
「そ・・それが・・」
本性か?父正眼に見破られたゆえ、
澄明をたばかることができなくなったか?
それとも、この澄明が沼の神のつぶやきのとおり、
正眼の危惧に己の心の目を曇らせたか?
どちらを信ずればよい?
「己を護ろうとばかりする者は弱い者じゃの」
藪をにらむかのような目つきが澄明の女子を
上から下までなめるようである。
ぞっとする嫌悪感がわく。
この場を逃げ出してしまいたい澄明は自分を堪え
立ちつくすがやっとである。
それでも、堪えながら澄明はたずねた。
「己を護ろうとする者と云うは澄明のことですか?」
「あたりまえだろう?このわしの前に他に誰がいる」
「ど・・どう、守ろうといいます?己を護るきなら」
こんな怪しい生物の前にわざわざ来はしない。
関らぬようにするが得策ではないか?
「笑止。おまえの眼に映った姿の男が、おまえにどうするか
・・みてみたいか?」
びくりと澄明の足があとずさりをみせるとからからと笑う。
「元々、ここに来ようと云う思いが、いかなるものだった?
己の保身しかなかろう?」
じっさい、その通りである。
「己を、くじられる哀れな女としか見ていないお前の反映が
わしのこの姿ではないか?
わしと対峙するに、お前は哀れな自分を通してしかできぬ。
是が弱さじゃ」
「ならば、どうするが、強いというのです?」
反駁する事も出来ぬが口おしく、窮鼠猫を噛むが如く、
言葉の意味あいだけをつまみ、言い返した澄明の言葉は自分でも虚しい。
結句、沼の神の言うとおり、弱い自分が強くなる法をもとめている。
すなわち、やはり、保身でしかない。
「強いというは優しいということじゃ」
「だったら、優しいとは如何?」
「わしをだいてくれ」
沼の神が見せている男の、無理にでも女子を犯しかねない風体とは
裏腹に優しげな嘆願である。
「そ・・・それが・・やさしさか?」
「ぷぁっ」
「なに?」
妙な嬌声は沼の神が噴出したものであると判る大笑いが
澄明の耳に長く響き、じっと、沼の神の笑いがおさまるをまった。
「なにがおかしい?」
「いや、いや、白峰はようもこんな子供ににほれたものよと。
あはははは」
澄明の噴石がくずれそうである。
「妖狐にも同じ事をいわれました。
一体、澄明のどこがこどもなのです?」
それが、判らぬ所が子供よといなすと思った沼の神は案に相違した。
「子供というは、己の事しか考えぬから子供よ」
この場合、反義がある。
「大人と云うは、周りのことを考えるということですか?」
「そうなるの」
「つまりは、自分事より、回りの事を考えよとこうですか?」
「そうだの」
沼の神の言う周りとはなんであろうか?
沼の神が澄明から引き出して見たい悟りを探る。
「周りと云う・・たとえば父のことですか?」
「それもあるの」
それもある?
・・が、それさえも考えておらぬといわれる事が一等判らぬ。
判らぬが、百歩譲ってみても正眼の事を考えておらぬということが、
白峰の懸想の相手を子供と侮蔑する事につながるわけがみえぬ。
「澄明が正眼が事を、考えておらぬが、白峰をも酔狂といいますか?」
「親の言葉が理になり白峰を迎えねばならぬ定めを与えられ・・・」
澄明の瞳が真向こうを向くを避け、ふせがちになってゆく。
「つらかろう。くるしかろう。
だが、正眼の思いを知らぬ白峰でもあるまい?」
「・・・・」
それでも澄明を望まずにおけない白峰の思いや、いかばかりか?
「正眼の苦渋を踏んでもお前を望む。
この白峰の真摯を見てやる気はないか?」
沼の神の言葉に澄明は
真摯を向けられたいは政勝であるにと哀しく思った。
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