かのとが白銅と話しおる同じ頃にひのえは父、正眼と話し合っていた。
「父上」
何も言わずとも、正眼は察したとみえて
「白銅は得心したか?」
と、尋ねた。
「いえ。断り損ねました。」
「そうか」
「蛇を産み足れば行くというてしまいました」
ひのえは白峰の言葉を疑ってはいない。
百夜の満願成就で白峰がひのえを解いて
天空界に上がるのだとそう考えている。
身体も弱り果てても、子を見たい一心で
生き長らえ様としている故に
あふりなぞ挙げたくないのだけは判っている。
が、白峰が天空界に上がれば、あふりはもう無い。
生まれくる子が人の姿でないのならば、
白銅が思いを受けても良いのかもしれぬ。
そう考えて白峰に告げに言った筈であるのに
今度は己から白峰に抱かれて帰って来る事になれば、
さすがにひのえも白銅が元へは行かぬと心に決めざるを得なかった。
「心は白峰の物でない、証か・・・」
「はい。白峰にくじられ、子を宿しておるというに、
それでもと、望まれれば・・ひのえも・・・」
「判らぬわけでない。そうすれば良いだろう?
白銅が構わぬのじゃ、後の事はどうにかなる。
それに、それでも因縁が恐ければ。子を成さねば良い」
正眼は百夜の満願を終え帰り来る娘が
女子の姿のままにおるのを見て、
これはもう、あふりが来ぬのだと踏んでいた。
が、事実はあふりが来ぬ訳ではない。
白峰が余分な力を使いたくないだけである。
が、そうとも知らず正眼はそれならばと、白銅を許す思いになっている。
「はい。同じ様な事をいうておりました」
「ならば、なにを迷う?」
「ひのえの心が白峰の物でないと思わば、それでよいと、思いました。
それが・・白峰がいうに・・・」
「逢いに行ったのか?」
「あ、はい。」
「まあ良い。いうてみろ」
「百夜の契りで血も性も変っておるから、蛇を・・・蛇を産むと。
証にはならぬと」
正眼は頭を抱え込んだ。
「ひのえ。白峰を好いておるのか?」
「判りませぬ。ここにおって、父上と話しおれば
蛇の性になったと聞いた事がぞうとするほど怖気がきます。
白銅にああもいわれれば、そうしようとも思います。
なのに、白峰の事が頭の中によぎると側にいてやりとうなります。
それに・・・」
「いうてみ・・・」
「白峰が傍におると・・・」
言い渋るひのえの口元で正眼は一つのことを察した。
「判った。何がいいたいか・・・判らぬでない」
帰り来るのがひどく遅かったが、
そう言うわけかと正眼も肯く物がある。
「ひのえは白峰のものだというて、断りを入れて下さい」
「判った」
百夜の満願成就で解き放たれた因を
ひのえ自身が結んだのだと判ると、白銅も諦めざるをえない。
結局そうなれば、白峰がまた、あふりを上げて来るに決っておる。
今度こそ白峰の物に落ちてしもうたのだと判ると、
正眼はひのえを見ておるのが辛かった。
ここにおると、この娘になにをするかも判らぬ。
立ち上がると請願は襖を開けて自室に戻った。
白銅にどういおう。
少し心を落ち着かせてからにしたかった。
「善嬉の元へ行こう」
それでも、どうにかならぬか。手繰りたいのである。
かのとがこけつまろびつ、正眼の元に走りくると
「父上、父上。なにとぞ、白銅様の思いを汲みて、どうぞ・・・」
白銅からひのえの事を聞いたのであるなと察しが付いた。
白峰の事も知っておるか?と、考えてみたが、止めた。
この娘の強情はひのえに輪をかけている。
白銅が歯に挟まった言い方をしていれば、
嫌が応でも聞きただし問い詰め、
そして、尻尾を掴んではっきりと言わざるより先に悟りて、
詰まる所こうですねと畳み掛け、
その顔色を見て判りましたという。
賢い上に押しが強い。
この芯の強さがひのえに在ってくれればと何度思ったか。
「その調子で政勝殿を尻に敷いておるのか?」
「父上。話しを誤魔化しますまいな」
「馬鹿者。白銅が白峰のあふりに耐えられぬわ。
それを見て一番苦しむのは誰だと思うておる?」
「判っております。されど・・・」
かのとがそれは何とかしますと言おうとするより先に、正眼も
「無駄じゃ。白峰の因は思うたより深い。
白峰の子を宿し、産み落としたれば、
其れで終わりじゃと思うておった」。
正眼の読みが浅かった。
「九十九善嬉に逢った」
「九十九様がなんと?」
九十九は前世を読む事が出来た。
が、本来は触れてはならない事である。
「その九十九が言うに、
ひのえの因は何度前世を手繰っても、
白峰にくじられておると言うのだ。
くじられた後はひのえ一人になりても、
白峰のあふりが消えぬのだと。
だとしたら・・・もはや、白銅の命さえ危うい」
かてて、ひのえ自ら、切れた因を結んでいる。
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