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憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

宿根の星 幾たび 煌輝を知らんや 10

2022-09-03 17:02:58 | 宿根の星 幾たび 煌輝を知らんや

足を踏み入れた離れは焚き染めた白檀の香がきつい。
「まるで・・寺のなかだの」
呟くと数馬はそのまま、その場にどかりと腰を落した。
「まあ。絹も座るがよい」
黙って絹も座った。
数馬の前に真っ直ぐ座った。
「絹のこたえをきこう」
促された絹であるが
「・・・」
黙ったままである。
「おまえのことだ。これも間者の使命と腹をくくるきだろう?」
そのものずばりと突きつけられれば絹もいいたいことはいくらでもある。
「あたしだって、いつだってしぬきでいるんだ」
「そうだろうの」
数馬の答えは間者の絹のとうからの覚悟を読み取っており、あっさりとうなづく。
「だから、有馬の所であたしの正体が知られていると判った時は
是で終わりだっておもったよ」
「それが、どうして、自害もせずここに舞い戻ってきたか」
「そ、そうだよ」
確かに数馬は絹の先先の考えまで読んでいる。
「で、逆にわしが事を受けるふりをして、量王に忠義を尽くそうと考えた」
はすっぱな女が取り繕った初心を見破られ、声高に開き直るに似ている。
「で、なけりゃあ。なんで、あんたになんか」
絹の叫びを聞く数馬はふふとわらいをもらした。
「量王のため死を供えるも恐ろしくないお前が女になるが如きに悲壮な覚悟だの」
「え?」
「量王より、お前は自分の女をなくす事の方が一大事だろうが?お前なんかというが、それは、絹の覚悟は決っておるという事だの?」
数馬の手が絹をつかんだ。
「それでよいというんですね?」
絹の手の内は晒した。座敷での失態が進退を極めさせた。
間者としての使命はけしてなくし得ない。それが駄目なら絹は死をあがなうだけである。だが、数馬はそれでも絹の生ごと絹を求める。
ならば、絹は間者としての使命をまっとうするしかない。
『あたしが間者だって判っていて、それでも、仲間にひきいれるんだ。あんたとあたしの知恵比べに。あんたは間向こうからうけてたつっていうんだね?』
この男を殺すかもしれない。
この男に殺されるかもしれない。
だが、其の前に絹は数馬の制裁をうける。
心を与えぬ結びは陵辱でしかない。
心をくれぬ女に与える結びは陵辱になる。
数馬の心を捨て去る罰が、絹の身体を切り裂くような痛みで貫いてゆく。
「絹。覚えて置け・・」
数馬の言葉が絹の身体に楔をうちこむ。
「女子はけして、男を牛耳る事は出来ない。女子はこの時から男のものになる。女のさがにはさからえない」
絹を穿つ動きを大きくして数馬は絹に教える。
「今のお前は心より先に身体を許したにすぎない。だが、いずれ、その身体が心を教える。この時からもう、お前は俺の物だったということをだ」
痛みを堪える絹の耳は数馬の言葉を更に堪えるしかない。
『お前の物になぞ・・ならぬ』
だが、絹の心には数馬の言う通りだと思う姉瑠璃波の姿がうかんできていた。
天下を牛耳る男を手中に納めるといった姉は星を読む。
読んだ男を我が手に納める為に瑠璃波は量王と云う男の腕に女として落ちた。
量王を手中に納めたはずの瑠璃波であるのに、
いつの間にか量王の手のひらに乗せられている。
少なくとも絹にはそうみえた。
なぜなら、瑠璃波は自分に向けられる量王の心を欲し始めていた。
に、比べ量王はたやすく手に入れた女の天性の資質と甘やかな肢体を舐め尽しているにすぎなかった。
瑠璃波に星読みと云う才分がなければ、おそらく見向きもしなかった量王である。
その量王と褥を重ねるうちに瑠璃波の立つ位置が変わり始めている。
情がからみだした星読みが読む深さをはかりそこねている。
大まかに言えば瑠璃波の読んだとおりになる。
だが、わずかながら、誤差がある。
慎重になった瑠璃波は確定事項しか、いわなくなった。
だから、絹が気が付いた。
「絹・・おぼえておけ」
耳を塞ぎたくなるのは瑠璃波があわれだからだ。
男を追う女に成り下がった瑠璃波があわれだからだ。
けして、数馬の言うとおりの絹にはならない。
呪文のように心に言い聞かせる絹の耳に数馬の言葉が流れ込んできたのは数馬の言葉が意外すぎたせいかもしれない。
「絹。俺はお前の物だ」
絹の女を牛耳ろうとしている数馬が吐くはずもない言葉過ぎる。
「え?」
思わずききかえした。
「俺は絹に心底ほれておる」
閨の睦言になったせいか?
何度となく言われた言葉に何度剣突を返した。
事実、心底、冗談じゃないと疎ましく思った。
なのに。
数馬は本当に本気なのだと絹はわかった。
知ったのではない。頭ではない。言葉ではない。
絹を抱かずをえない男のさがを見せ付ける今のこの姿態のせいでもない。以心伝心にも似た得心がわき、自然と絹はわかったとしかいいようがなかった。
『あんた・・なんで、あたしなんかを・・』
不思議な得心は絹自身をふりかえさせる。
こんな女のどこがよくって?
自分の女を観察したくなる。
「絹・・・絹・・」
絹を呼ぶ男の高みを知ると命をとられるかもしれない女に惚れてるという男の馬鹿さ加減が妙にあわれになってきた。
『そんなに。あたしなんかが・・いいって?あんた、ばかだよう・・・』
確かに、数馬にほだされ始めている絹である。
それが、男と女の稜線をこえたせいだと解り、絹の中に芽生えた物が大きく芽吹くのはもう少し後になる。



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