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憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

お登勢・・・2

2022-12-18 12:44:13 | お登勢

お登勢を呉服商の木蔦屋につれていったのは、
清次郎であるが、
故郷の姉川で、戦があったころ、
清次郎はみちのくにでむいていた。
女衒などいってはみるが、
清次郎は下っ端の下っ端もいいところである。
一筋になった女衒なら、
名代の売れっ子女郎を右から左に
おきかえるだけで、銭をかせげるのであるが、
清次郎はそうもいかない。
と、なれば、芽の出そうな女をあちこちに
うりにいくことで、名を売ってゆく事しかない。
清次郎がみちのくにでむいたのも、
女郎屋にたたきうる、女童を物色しにきたのである。
ところが、めぼしい顔立ちの女童といきあたらない。
しかたがないから、しょばをかえるかと
まだ、北にあがろうかという道中であった。
似たような男をかぎとるのは、お互いが放つ
臭気のせいであるかもしれないが、
むこうは、ぎゃくに、南にむかっていた。
「血原にいくといい」
駆け出しの女衒は同類に伝えられた
その場所におもいあたらなかった。
「血原?」
「姉川の・・・姉原のことだ」
清次郎は此処で、初めてふるさとの
姉原が戦にまきこまれ、
戦いの舞台になってしまったと知った。
「なんだと?」
なぜ、姉原が、「血原」と、よばれるのだ?
浮かび上がってくる想像は
清次郎の背骨をきしませ、
ひやりとした汗をふきださせてくる。
四年も前に百姓を嫌って姉原をとびだした、
清次郎である。
女衒の端くれ。
人買などになっても、故郷に戻る事はあるまいと、
決めていた清次郎である。
「まて、詳しい事をきかせてくれ」
清次郎は男の後をおいはじめていた。


水無月の末日。
姉川の合戦は終焉をむかえた。
姉川、姉原の一帯には、壱万人以上の死者がでたというが、
男には事実はわからない。
ただ、
其の辺りが姉川と呼ばれるに至った河の話である。
「姉川の水がの・・・。真っ赤にそまったそうじゃ」
琵琶の湖に流れ込む水は湖水を赤く染め
赤い流れに揺らめきながら、
幾百もの死体が湖にながれついた。
「田んぼもの、死体がごろごろ、しておるそうじゃ。
稲もの、血をすうて、赤い米ができるじゃろうといわれておる」
村人は手をあわせ、土を堀り、死人を弔ってやっていたが、
「姉川の上のほうからも、まだ死体がながれてきおる。
この暑さじゃ。むごいほどにくさいに、
水をすうて、腐乱しおる。気味がわるうて、
よう、ひろいあげてやれん死体が、琵琶の湖にながれこんでいるそうじゃ」
それで・・・。
それで・・・。
血原か・・・。
今頃は青々とした稲が姉原を
しきつめているはずであったろうに、
戦いに踏みにじられ、
忌まわしい血を吸いて、
稲が足をつけた土地は血原と呼ばれるようになった。
「村人は無事なのか?」
清次郎が一番聞きたかったことである。
男はあざ笑うかのように清次郎に答えた。
「どの村のことをきいている?」
男にわかるわけはないのであるが、
戦いに巻き込まれただろう村は
ひとつやふたつではない。
それ程に広範囲が合戦の舞台になったという事だけを
聞き及んでいた。
男の答えに清次郎は
両親の安否を自分で確かめに行くしかないと
判った。
血原にいけば、女童を買える。
男がくれた知らせは
清次郎を震えさせていた。
父母をなくした、孤児がいるといういみか?
それは、村が合戦にのみこまれたという意味でもあるのか?
それとも、
田畑の惨状をいうのか?
くいつなげないほどに、田畑があらされ、
村人は子を売るしかないと覚悟をきめたということか?
「まさか・・・。この俺が・・・」
清次郎のつぶやきを男は黙って聞き流した。
「この俺に、村の女童をうりはらえというのか?」
なにか、委細があると飲み込んだ男は
口を開いた。
「それで、女童も村人もたすかるということだ」
確かにそうだろう。
清次郎も今までそういって、
女童を買ってきた。
わずかの銭で女童の父母は窮地を乗り越えられる。
女童もひもじい思いをせずに
きれいなべべを着て生きてゆける。
ちょいと、いっときの苦痛をこらえれば、
男は
女童が安楽に暮らせる銭を渡してくれるありがたい神様のようなものだ。
おまけをいえば、この神様ははいて捨てるほど
わいてでてくる。
だが、勝手なものだ。
わがふるさとの女童を女郎屋にたたきうらなければならないなどと、
かんがえたくもないことである。
そんな不幸は、ふるさとの村人のだれひとりも
おっていてほしくない。
清次郎の父母はもとより、
村人の誰一人も不幸になっていないように、
村が戦火にまきこまれていないように。
祈る気持で歩きとおした、清次郎が
姉川の地ににたどり着いたとき、
清次郎はこっそりと、村の最初の家を訪ねようと決めていた。
そこには、幼馴染の晋吉が住んでいる。
晋吉の無事も確かめたかった。
今更、あわせる顔も無い父母の無事も
晋吉に問い合わせる事にしたかった。
晋吉は清次郎より、
三っつほど年が上だった。
清次郎が百姓を嫌って父母を困らせていたにくらべ、
晋吉は二十になる前に所帯をもった。
清次郎が村を飛び出した頃には、
確か、晋吉の子供も六才を数えていたように思う。
まっとうに
お天燈さまの下を歩けないような自分に比べ、
晋吉は女房子供、父母のために
野良に畑に田んぼにと勢をだしていただろう。
なにかあるなら、親さまをすててゆくような、
俺にあるべきで、
晋吉は無事でなければならない。
幼馴染の無事を願いながら、
晋吉の無事はまた、父母の無事に通じると思いながら、
姉川の姉原に踏み入る清次郎の胸に
不安は募る。
姉原にちかづくにつれ、
異臭が漂い始めてくる。
地に吸われた血が
夏の蒸し暑さに
地べたから、蒸れにおう。
そんな感じだった。清次郎の不安はぞんがいで、晋吉は無事であり、
晋吉の口から、父母の無事も知った。
「あいにいってやらねえのか」
晋吉がおずおずときりだしてきた言葉に
清次郎はやはり、首をふるしかなかった。
「そうか」
会いに行くなら、はじめから、自分のところにきて、
両親の無事をたずねはしないだろう。
「で、今はなにをして、くらしている。
女房はもらったのか?」
矢継ぎ早に清次郎の身の上をたずねる晋吉の
昔ながらの情がありがたい。
が、
清次郎は悲しく首を振るしかない。
晋吉には、嘘をつけない。
「親をすて、故郷をすて、
あげく、俺は人買いをやってるよ。
こんな人間に女房なんか、
来は、しねえ」
「そうか・・・・」
それでも、両親のことが、気になって無事を確かめに来た
清次郎である。
「ならば、お前が来た事だけは、はなしてもいいか」
清次郎がみせた、せめてもの親孝行であり、
清次郎の父母も息子がいきていることだけはしりたくもあろう。
「ばかをいうな」
「そうか」
心に負い目をもった男は父母の無事さえわかれば、
そっと、村をたちさってゆくきのようである。
「それよりも・・・」
清次郎は晋吉のこの先の暮らしぶりがきになった。



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