悪童丸がこなくなって三年の月日が流れた。
勢も十五になる。
お目見えの席に現れた陰陽師、白河澄明が勢と同じ歳だと聞いた。
だから、澄明を呼び立てたわけではない。
勢の居室に座り込んだ陰陽師に勢は尋ねたい事があった。
一つは勢の夫君がだれになるかということ。
もうひとつ。
「澄明・・・・なぜ。男に姿をこしらえる?」
「なぜ。わかりました?」
澄明は勢がこの秘密を嗅ぎ取った事を誰にも明かす気がないとわかった。
だからこそ勢の居室に一人よばれたということであろう。
「なぜ・・・だろう」
澄明の中に悲しい女が見えた。
それは、勢が己が鬼だと気が付いたせいなのかもしれない。
鬼を恋いうる女の血は悲しい。
なっては成らない血の叫びが勢に悲しみを深めさす。
これと似た女が澄明の中に居る。
だから、気が付いた。
「私は」
澄明が勢に話し始めた事は、澄明と父正眼以外、
知る事のない白峰大神との運命だった。
「なんとや?」
陰陽師でありとても、いや。陰陽師であらばこそ、
言霊の呪縛は実現させられる。
「いつ・・・しりてや?」
己の恐ろしい運命を享受する澄明は、
むしろ、悟りきったかと思うほどにすがすがしい笑顔をみせる。
「初潮のあとでした」
変わり目。
いままで、男でも女でもなかった幼女が
それを境に女という性を認識する。
勢もそうだった。
女である事実が先に勢のまえにたつと、
突然勢を襲った変化は
心のひだの中に沈み込んで勢自身も気がついてなかった事を
如実にさらけてみせた。
「私の事はようございます。
勢様は何かお気がかりがあって私をおよびなされたのでは?」
「澄明は己の運命のままにいきようときめておるのですね?」
勢の言葉は勢の心の迷いをたしなめるかのように聞こえた。
『何にまようておらるるか?』
「勢は・・・」
とどめた言葉は己が求むる相手が鬼であるというを
ためらったせいである。
「勢は想うひとがおります」
鬼へのゆらめきをいいかえてみたけれど、特定に想うひとなぞはいない。
いや、想う鬼は居ない。
漠然と鬼に焦がれる自分が居る。
「それでも、添うことのかなう相手ではない」
言葉の表面をつくろいながら
「やはり、勢も定められた夫君にとつぐしかないのですよね?」
運命のままに生きるしかない。
女の悲しい心を互いに映し出す相手は
同じ匂いの澄明の性を見抜く理由が合った。
だからこそ、不思議に澄明も
勢に己の運命をはなさせられてしまったのだろう。
「その夫君。いいえ。
運命に沿うしかない事を澄明に読んでもらおうかと思ったのです」
人としての運命を享受するしかないことなのか?
己の心。いや、もうすでにほたえというものに近いものかもしれない。
これを追従することさえ、既に間違いなのか。
己の中に湧いた鬼への恋慕はまた、己が鬼であるせいだろう。
それでも、勢は人としていきねばならぬのか?
「ご夫君は三条さま」
読んでみた運命の横に並ぶ異形の者を澄明は隠した。
勢姫はあるいはここまで澄明と同じ?
鬼の陵辱にあう?
だが、定めは確かに夫君を三条ときこしめさす。
乗り切るしかない時の流れの中の一つに鬼がおる。
そう。澄明に白峰大神がおる。乗り切るしかない。
澄明は告げる口を塞いだ。
「三条さまです・・・か」
「八卦です。かならずやとはいいきれませぬ」
澄明が運命をはなさせられるわけである。
勢姫は己に語りかけるかと思うほど
澄明に似たとおりこしがまちうけていたのである。
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