次の日から3,4日三治は兆治の様子をうかがっていた。
兆治はいっこうに長屋からでる様子がない。
水は甕にでも汲みおいてあるのだろう。
おまんまは、竈で炊いている?
着物は洗濯女の所にでも、もっていくのか?
家から外にさえ出ていないとみえるのは、
たんに、出たとこを、見ていないだけなのか?
ー参った・・ー
四六時中、長屋を見張っている訳にはいかない。
女房連中に見とがめられたら
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みかけない女、人目から隠れるそぶり
そんな女がいたら、付けていきゃいい。
と、思ったが、妙な女は見当たらない。
堂々と歩いているかもしれない。と、
なん人か、つけてみたが
どれも、これも、兆治の居る長屋に入り込むことは無かった。
すぐ見つかると思う方が、せっかちすぎる。
と、自分をなだめて
あくる朝・・・
しとしと、そぼ降る雨だった。
傘の内なら、人目をしのげる。
これは・・ . . . 本文を読む
雨だから
伝八はぶつぶつ言っていた。
ーおっつけやむだろうが、
中途半端にそぼ降りやがる
左官殺すにゃ刃物はいらぬ雨の三日もふればいい。
って、いうがよ
まあ、死ぬほどの雨じゃねえが・・・ー
女房のお浜は手のいい洗濯女だった。
干しても生乾きで、饐えた匂いになるのが関の山。
今日は、やすみにしておこうと家にいた。
そこに戸口から小さな声が聴こえてくる。
ーおや?誰だろう?ー
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やっと、声がでてくると
三治は浮浪のだんなをなじりだした。
ーだんな、判っていて、なんで、わざわざ、ー
織田のだんなの顔がうかんでくる。
具合が悪い
女房のために、お結ちゃんのために
めしを炊いて、
ひょっとこに采はねえかとたずねてきてた。
つゆひとつ、織田のだんなは疑っちゃいないだろう。
おいらだって、こんなことは知りたくなかった。
織田のだんなの幸せと
それを見ている幸せ . . . 本文を読む
漏れ聞こえてくる声は
痴情のさま、そのままであったが
それが、静かに成ると
兆治が、お島をかき口説き始めた。
ーお島・・おまえは因果な女だよな。
お前、恋しさで島を抜けてみりゃ
事もあろうに、織田とくっついていやがるー
ーだって・・・仕方がじゃないじゃないか
あんたがいなくなっちまって・・・ー
ーせめてるんじゃねえさ。
俺が人を殺してまで逢いたくてたまらなかった女だ。
織田だ . . . 本文を読む
浮浪の帰ろうと背をたたかれるまで、
三治は呆然自失で、壁の前に座り込んでいたらしい。
我に返ると、今聞いたことが夢なのか
現なのか、しばらく判らなかった。
だんなに背を叩かれたことが
現であるときがつくと
三治は、どこをどう歩いたか
だんなの背をおって、ついて歩くだけだった。
「三治さん、大丈夫ですか」
ん?と、呆けた頭で三治は考え直した。
ーなんで、三治さんと、よぶんだろうー . . . 本文を読む
ーそんな・・だんなじゃ、無理なんですか?
奉行に顔が効くし、金は別になくてもいい。
おいらが、与吉のおふくろさんの面倒をみるー
三治の言葉に浮浪のだんなは、
嬉しいような、困ったような 複雑な顔を見せた。
嬉しい顔になった訳は、こうだった。
ー三治さんが与吉のおふくろさんの面倒をみようという気になったのは
これは、与吉さんが一番喜ぶことでしょうー
困った顔になったのは・・
ーだけ . . . 本文を読む
家に帰りつくと、翌朝まで
何も答えなかった浮浪のだんなの顔を
思い出しながら
三治は考えていた。
ー浮浪のだんなは、最初から
おいらが、与吉のおふくろを見てやると良いと考え
小石川のことも胸算用したんだと思う。
そんな人が織田のだんなに人殺しなんかさせるわけがない。
それに、織田のだんなが、兆治を始末して、兆治が居なくなるってことになっても
織田のだんなもおとがめを受けて居なくな . . . 本文を読む
兆治のやさにたどり着くと・・・
戸口で、お島さんが倒れ伏していた。
血の気が引いていく三治をしりめに
浮浪のだんなは、お島さんの懐、帯に手を入れる。
ー大丈夫です。織田さんはぬけめがないー
浮浪のだんなは、いったい何をしているんだ。
お島さんは、息をしているのか?
ー織田さんが、落としているんですよー
気を失わせている、と、言うことだと判ると
ーなにをしてるんです。はやく、活をい . . . 本文を読む
ー兆治さん やはり、最初に礼をいいましょうー
兆治の懇願には、答えず
織田は話し始めた。
戸口の三治は奇妙な織田だとみていた。
礼をいうもそうだが、
なぜか、織田のだんなは
兆治を、兆治さんと丁寧に呼んでいた。
ー私は医者ですから・・
お島が身ごもっていると
すぐに気が付いたのですよ。
兆治さんは二十年島送り
お島は、どうやって暮らしていくか・ . . . 本文を読む