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時々眺める富士山

日本の気温水準の推移を見ながら、富士山と庭の植物に見る季節の移ろいなど気候と自然の姿について綴ります。

6月になった

2020-06-01 10:29:00 | 日記
交通機関をほとんど使用しない日が続いている。
どこの家庭でも同じらしいが、家計の交通費の出費が極端に減少した。
危険を冒してクリニックに行くこともなかろうという考えから医療費も使わない。
痛みが出ているが、薬は最小限にとどめている。
ただ、痛みというより下半身の筋力の衰えが極端に進んでいる。
しゃがむと、立ち上がるのが大変。
親がそうなっていたが、父親の方は今の自分より10歳年上でもっと立ったり座ったりしていたと記憶している。
コロナに感染して、一カ月寝込んだりしたら、たぶんその後は歩けなくなっているだろうと思う。
このような世の中になってしまい、自分の孫を含めて、小さい子供たちが不憫である。
昔の自分のように、小さいときは感染症のことなど気にせずにおおらかに生活してほしい。
それは高望みの世の中になってしまったのか?

5月になった

2020-05-02 08:58:00 | 日記
昨年までは、今年の5月がこのようになるとはだれも予想していなかっただろう。
新型コロナウイルスの感染と経済活動が今後どうなるか誰にも予想できないだろう。
将来がどうなるのか全く予想できないから不安となる。
感染について言えば、気温上昇とともにウイルスが消えてしまうという楽観的な見通しから、最終的には人類が滅びるまで形を変えて感染が拡大していくというシナリオまである。
経済活動につぃても、すぐに元に戻るという楽観的な見通しから、経済活動が停止状態になり、食料需給もままならない事態になるかもしれない。
正常性のバイアスがなければ、不安で生きていけない。
これまでの生活の記憶があるから、それが戻ってくると漠然と感じている。
しかし、これまでの常識とは異なる世界がこれから展開されることは確かだろう。


4月になった

2020-04-01 20:09:00 | 日記
昨年の4月初めは、再発してまだ医者に掛かっていなかった時で、病状の推移に不安があった。それでも今の不安と比べるとはるかに軽い不安だったように思う。過ぎ去ってしまったからそのように感じるかもしれない。あのときは、かなり不安を感じていたのだろう。

それにしても、今の重苦しい気持ちは東日本大震災、昨年の再発の時の不安感をずっと上回るものだ。先月はすでに新型ウイルスの不安はあったが、この1か月で考えられないほど脅威が増大した。

自分が感染する恐怖、世界的大恐慌に陥る恐怖、それに乗じた混乱、子供や孫の世代にわたって残る社会の痛手。

生きている間に何が起こるのか?死んだ後に残されたものがどのようになるのか?

これまで小説でしか読んだことのないような事態が迫ってきている。

3月になった

2020-03-08 22:28:00 | 日記
3月になって1週間が経過した。
新コロナウイルス騒ぎで、3月になってすぐにこの日記をつけることを忘れてしまった。
体を疲れさせないように気を付けている。
リウマチの方はだいぶ良くなっている。
今後どうなるのか、注視している。
何もなく過ぎてほしい。
それを願うだけだ。


2月になった

2020-02-03 07:51:00 | 日記
再発した症状は1年経過して、だいぶ良くなってきている。
それに伴い服薬量は減らしてきていて、2月からは下限量の1mgにした。
症状との見合いである。体のかゆみ、蕁麻疹がある。最初の時には見られなかった症状だ。
再発時には膝の関節が特に痛くて、歩けなくなったが、膝の関節は、しゃがむなどの深く曲げる動作を行わない限り、問題はない。
ただ、膝を深く曲げたり、腕を高く上げる動作には違和感がある。
このような症状は老人では多くの人が訴える症状であり、少し見逃して薬の量を減らしている。

昨年暮れから流行が始まったらしい新型コロナウイルスによる肺炎が世界に拡大している。
免疫異常があると、どうなるのか不安だ。この危機を乗り越えることができれば、もう少し長生きできるだろう。上気道ではなく、気管や肺でウイルスが繁殖するという。普段の風邪でもこの部分まで症状が下がってくるので心配だ。