感想:黒猫館・続黒猫館

2020-08-04 22:00:11 | その他



昨年くらいに連休でやることがなかったとき
動画サイトをめぐっていたら「くりぃむレモン」シリーズを発見。


自分はエロ漫画もエロアニメもほとんど触れずに生きてきたのです。

だってストーリーが適当すぎるじゃん?
漫画もアニメも脚本を最重要に置く自分としては
抜かせるためだけの作品群に価値はないと思ってた。

しかし実際に観てみると、30分に届かない尺の中で
舞台設定とキャラクターの説明をしっかり入れて
ノルマとしてのエロシーンをメインに据えて、
そうするとストーリーを入れる余裕などギリギリになってしまうが
シンプルながらも視聴後の余韻をしっかり作れる
当時のアニメスタッフの工夫に感銘を受けた。

そういう意味でも、80年代のオタク文化のひとつのシンボルが
くりぃむレモンシリーズということなのだな。
時間ができたら全部観ます。



そんなわけで色々調べていたら面白い情報を発見した。
くりぃむレモンのアニメを原作としたノベライズが出ていて
作者の「倉田悠子」は数十年間も謎の存在だったが
数々の文学賞を受賞し紫綬褒章まで受章した「稲葉真弓」が
2014年になってから、あれは自分だったとカミングアウトして大騒ぎになったとのこと。

当然、それらの小説は一気に中古相場が値上がりし、価格が5桁に。

せっかくだから読んでみたいなぁ~~、なんて思っていたところ、
そのうちいちばんの名作と言われる「黒猫館」と「続・黒猫館」が復刊。
およそ文学においては権威に弱い俺w この偶然は見逃せない!!
発売日に地元の本屋へ買いに行ったが入荷なし。
呪詛を吐きつつAmazonでポチった。



【あらすじ】
昭和16年。日本が戦争の渦に飲み込まれるなか、
大学生の村上正樹は高額な給金につられて山奥の華美な館へ書生として向かう。
しかし、女主人である冴子の目的は、若い男の肉体だった。
正樹は娘の有砂、メイドのあやとともに性の饗宴に巻き込まれていく。


あらすじと被るけどアニメのストーリーを簡単に説明すると
欲求不満の未亡人に呼ばれた大学生が逆レイプされて
毎日飲まされているワインには少しずつ毒が入っているので
メイドのあやが逃がしてくれたよ!! 屋敷はなぜか燃えたよ!!
おわり。

前述したとおり、作品の舞台こそ非常に魅力的なものの内容はあまりに不条理。
所詮1話限りのエロアニメのシナリオなんてそんなもの。


その点、このノベライズはしっかり脇を固められて
アニメではわかりづらかったストーリーがきちんと補完されている。
冴子の目的とそれに至るまでの過去。あやの暗く哀しい生き様。
有砂のイノセンスとニンフェット。

情景描写の美しさも卓越した文章力で磨き込まれていて
場面ごとにその景色に思いを馳せるだけでもうっとりとトリップしてしまう。


ポルノ小説である以上、行為に至るまでの過程に若干の不自然さはあるものの
夢かうつつか判別できなくなるほどの陶酔感と
非常に写実的な性の描写にぐいぐい引き込まれる。
アニメはアニメでもちろんエロいけれど、
やはり歳を取るとエロにはリアリティが欲しくなるね。おっさんの意見だね。


そして3人の女たちの悲哀が美しく描写されて収束していく終盤。
ラストシーンでは不覚にも少し涙腺が緩んでしまった。


まあ作者が文学の大家というゲタがなければここまで楽しめたかというと
正直自分でもわからんところはあるのだけれどw
非常に良い作品を読めたという満足にあふれた読後感だった。



一方、続編である「続・黒猫館」は序盤からラストまで
常時「ええぇ…」と声に出してしまうほどガッカリな内容。

ここで内容を書くと「黒猫館」のほうのネタバレにもなってしまうので黙るけど
続編を名乗ってほしくないレベルの支離滅裂っぷり。

前作が面白かったから続編を作ったんだろうに
テーマをまるごとひっくり返しちゃダメでしょ。

桜の木を軸にした情景描写はとても美しかったのだが
この作者の腕をもってしてもきちんとしたストーリーには仕立てられなかったようだ。
原作のアニメはいまだに動画を見つけられていないけれど
各所の感想を見る限り散々な出来だった模様。

読めずに期待だけ膨らませるよりは、収録してくれてありがたかったと感謝はしておく。




そして巻末に追伸がふたつ。

稲葉真弓がみずからの若い時代を顧みた、件のエッセイ「私が覆面作家だったころ」。

本人はこれを公表した直後にガンで亡くなってしまった。享年64。
自分の人生をその最期で振り返っていたのかもしれんな…。
普通に読む限りでは倉田悠子名義は黒歴史のように書いているが
2008年にくりぃむレモンシリーズ新プロジェクトのノベライズを出している事実を見れば
本人は決して黒歴史とは思っていないだろう。

そしてこのエッセイが世に出なければ
担当していた編集者の守秘義務違反がないかぎり、
この名作が本当にオタク文化の片隅に埋もれてしまっていたかもしれない。



もうひとつが「『メイド萌え』の『原点』として」なるタイトルの
英国ヴィクトリア朝およびメイド文化研究者の久我真樹による解説。

ヴィクトリア朝のメイドの研究をするにあたって
エロゲーの歴史も研究しなければならない因果に同情もしつつw

エロゲーではブームが興り始めた90年代の中ごろから
「館モノ」がひとつのジャンルとして確立したが
「メイド・性の饗宴・炎上する屋敷」という一連のお約束が
どのように生まれて広がっていったかの解説がとても興味深い。



少年チャンピオンを愛読している身としては
長年メイド漫画を描き続けてきたもりしげが
最近になってまさに不遇の死といえる亡くなりかたをして胸につまされたので
遺作となった「押しかけメイドの白雪さん」を買った。

自分はとくにメイドが好きなわけではないが、
80年代に小さな灯火が生まれ、00年代で急速に広がった「萌えメイド文化」が
今後どういう変遷をたどるのか、それを追うきっかけになったうえでも
この「黒猫館・続黒猫館」には非常に高い価値を見出せた。

良い一冊に出会えたことと、復刊を目指して動いてくれた人たちに多大な感謝。


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