映画の感想など・・・基本的にネタばれです。
しづのをだまき
映画「十七歳のこの胸に」


1964 東映 89分 レンタルDVD 監督 鷹森立一
出演 西郷輝彦 本間千代子 沢村貞子 東野英治郎 長沢純 園まり 笠置シヅコ 小笠原良智 波島進
初々しく純粋で潔癖な若者像を、指宿・鹿児島・東京を背景に描く青春歌謡映画。
歌は「君だけを」「チャペルに続く白い道」「十七歳のこの胸に」本間の「小原節」「心のキャンバス12号」
旧家の息子・南郷時彦(西郷輝彦)と、母子家庭の娘・本田喜代子(本間千代子)は学年で首位を争う優秀な生徒だ。白血病の親友(園まり)の望みで、湖にボートを浮かべて恋人を演じる。
封建性が残る開聞岳のふもとの村である。
輝彦の母親(沢村貞子)時世を憂えていわく
「このごろは上も下もなくなり猫も杓子も高校に行く。村で女学校に行ったのは私一人だったのに。」
息子が「南郷クン」と喜代子に呼ばれるのにカッとなるシーンがある。確かに、かの地では男子を「クン」とは呼ばなかった、そういえば。少女が朝食に大根を生でかじるシーンあながち荒唐無稽とは言えないだろう。(仮装行列の乞食が大根をかじっているのを見た記憶もある。)「やっぱり革命が起こらないとダメかな」という西郷の言葉は安保闘争後の時代を反映しているらしい。
家出した少女が鹿児島に行き、磯庭園、磯御殿、桜島フェリー、桜島の周遊観光バス等のシーンが懐かしい。
東京の民謡酒場では、ここぞとばかり「小原節」で浮かれる鹿児島人が見られる。
東京の町で雨に濡れてさまようふたりの途方に暮れた姿は、「恋々風塵」「純愛物語」を彷彿とさせる。
キス一つしない純情な恋人たちなのだ。
「好きだから別れることができる、それが僕たち十七歳の勇気なんだ」と宣言して、「特急はやぶさ」で帰郷した時彦は、池田湖の畔に白い貝殻をそっと置く。この仕草から連想する、山口百恵の引退のシーンは16年後。
大学生の時この映画のパンフレット?を読んだが(上の2枚だったと思う)現実の自分は別世界にいたが、多分世間では皆に認められるであろうこういう架空の青春に羨望を覚えたのを思い出す。
高校1年の秋、級でキャンプに行った池田湖や開聞岳が懐かしかった。

「明星」は昔も今も縁遠い雑誌だし、御三家(西郷輝彦・橋幸夫・舟木一夫)の中でも特にかれが好きというわけじゃない。この映画でも長沢純の方が好み……。このデビュー作から20年もして、映画「小説吉田学校」で田中角栄を演じるまでに雄々しくなった西郷輝彦、風にもびくびく怯えるようなこの時の自分をどう見るのだろうか。一度去ったら永遠に帰らない若い未熟な時への哀惜を、私の様に覚えるのだろうか。本間千代子は私と同じ学年だ。人気を二分していた吉永小百合よりこちらが好きだった。のちに彼女が結婚した守屋浩も好みである。
当時の現実は→「窓際の席」9-1-21
→「桜島の煙」8-11-5
→「いそ(磯)」11-10-3
→「私のゆめー鹿児島を観光の町に」11-10-10
→「達者でいるかよお母さん」11-5-30
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