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ばらの丘へ Ⅰ

書いた人 筆者(1952年1月=小学1年)

 先日帰郷した際、母がとっておいてくれた昔の通知表などに混って、消えたはずの私の処女作が見つかった。数枚のわら半紙に鉛筆で書かれている。年齢のわりに語彙が豊富で、紋切り型の表現と、ご都合主義な筋にもかかわらず、本音が見え透いていて、児童心理を知る上で役に立ちそう。原文はかな表記で、読みにくいので、漢字に変換して句読点をつけた以外は、手を加えていない。

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        ばらの丘へ                    X

さよこのお家は、お金もちです。この間もお父さまが
大きなお人形を買っていらっしゃいました。
さよこのお家の人は、みんな、幸福な人ばかりです。

ところがある日、思いがけないことが起こりました。
静かな静かな晩です。「火事だっ」と言うさけび声に
さよことお母さんがとび起きた時は、お台所や障子は
皆 燃え上がって、火は天井をはっていました。          A
お父さんは、すばやくさよこを抱き上げると、火の下を        B
くぐっておもてへと飛び出しました。
 お母さんは、煙にまかれて、まごまごするばかりです。      C 
 お父さんは、さよこを安全な所に下ろすと、
ほっとため息をつきました。

 さよこは、自分の胸が、氷のように冷たく感じられました。
「お母さまはどうしたのかしら」そう思うと悲しくなりました。
「ああ」さよこは小さな胸を抱きしめて、こう思いました。
もう、あの、お母さんの作って下さった暖かい
柔らかな羽ぶとんも、もえてしまったでしょう。         D
あの、よそ行きのきれいな洋服も、燃えてしまったでしょう。
そう思うと、よけい悲しくなりました。

 そうして、ひょいと後ろを見ると、消防自動車が
走って来ました。見ていると、どんどん近づいて来ます。
そして、さよこのお家の前まで来ると消防隊の
小父さんが、じゃああと身体に水をかぶって、火の中に
飛び込んで行きました。

 間もなく、火はみんな消えてしまいました。
お母さんのことは、やっと判りました。
可哀想に、さよこのお母さんは、死んでしまったのでした。     E
      
    ――残りは次回をご期待ください――                 
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 X このタイトルは、当時の小説にならい、語呂もよいので、
   内容が決まる前につけていた。我が家に咲いていたのは、コスモスや
   キンセンカやヤグルマギクなどで、薔薇の花は無かった。
   また「愁ひつつ丘にのぼれば花いばら」を知っていたわけではない。
 A 「天井をはっていました」はその後長く家族内でこの作品の暗号になった。
 B 前年のルース台風のときの実際の体験が語られている
 C 「まごまごするばかり」という表現に、母親への冷淡さが出ている。
  父親も娘を助けて「ほっとため息をついて」る場合じゃないと思うが!
 D 母親自身でなく羽布団やよそいきの洋服を心配しているところが問題だ。
 E 「かわいそうに死んでしまった」そのわけは、当時よく読んでいた「少女小説」で、主人公はたいてい孤児だったせいらしい。でも、真っ先に母を殺したのはなぜだ???学校の先生たちも、大人たちも、この点を気遣うことがなかったのは、なぜ?生活に追われていたためか、小さい子があまりに達者な文を書いたのに圧倒されたためか。ちなみに母は、90代半ば過ぎの今も健在で、娘の呪いに負けるほど「やわ」ではなかったことは、めでたいことである。

     
        
コメント ( 6 ) | Trackback ( 0 )
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Unknown (kazukokawzmoto)
2007-05-15 11:17:13
おもしろい作品ですね。昔の子供時分の思い出ってなつかしいでしょう。こんな書いたのかと思うしね。無邪気なものよ。
実家って親がいたはるあいだは、なんでもありですよ。
子供時分少女小説なんか好きで、吉屋信子氏かと思うがよく読みました。
 
 
 
読書の好きな子 (Bianca)
2007-05-15 20:07:13
川本さん、ようこそ。
おかしいでしょう?子供ってなにを考えているやら、なにを言い出すやら、分かったものじゃありません。あの頃は漢字はルビ付きなので、大抵のものは読めました,書けないだけで。吉屋信子は、5歳上の姉の雑誌で読みました。2歳上の姉の「小学○年生」を、私が先に読んで、よく怒らせたものです。
 
 
 
フフフ~。 (フリージア)
2007-05-15 20:27:06
鉛筆をなめながら、紙に向かっている若い日のお姿を想像しちゃいました。 なんとなく、あんまりイメージ変わっていないのでは~と考えましたが。

吉屋信子は、私より年上の方は、みなさん懐かしいと、おっしゃいますね。 私は、名前だけを知っている~という感じです。アッ、これ「私は若い!」と主張しているのではありませんよ。
 
 
 
「鉛筆なめてはいけませんよ」 (びあんか)
2007-05-17 09:55:06
3Fさん、きのう教室を休まれたので、気にしていましたが、お元気そうで何よりです。さて、えんぴつなめなめ・・・って苦労はしませんでしたが(鉛は害があるので、禁止されていましたし)、病床に腹ばいになって書いていました、作家並に。おっしゃるとおりで、身の回りの現実を見つめないで、理想を一気に文字の上で実現させようとする姿勢、今の私とあまり変わり無いようです。
 
 
 
記憶力 (JT)
2007-05-21 20:17:51
ユニークな文章、楽しく読ませて頂きました。感受性豊かなお嬢さんだったんですね。

それにしても、当時の事をよく覚えてますね~。それにも感心しました。私なんか1年生の時の作文など出てきても、きっとクゥエスチョンばかりだと思います(汗)
 
 
 
汗顔の至り・・・ (Bianca)
2007-05-21 21:22:27
ひゃあ、J.T.さんに「ユニーク」とか「感受性豊か」なんて言われると、どっと汗が吹き出るようです。でも、こういう筋は当時の少女小説ではそう珍しくはなかったのですよ。記憶力という点では、この文だけは、時々家族と笑い話に取り上げていたので、覚えているのです。それにしても、5月13日は「母の日」だったんですね。この記事をUPしただけでした。グスン。
 
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