変わるか、死刑の臨界点 光市母子殺害
22日に言い渡された山口県光市の母子殺害事件の控訴審判決で、元少年に対する量刑は死刑に変わった。判決は、従来の死刑適用基準のあり方が変わってきたことを印象づける内容。約1年後に始まる裁判員制度のもとでは、死刑が増えるのではないかという見方も広がっている。
■「ウソの弁解」
「彼は犯罪事実を認めて謝罪し、反省していた。それを翻したのが一番悔しい」。妻と幼い娘を奪われた本村洋さん(32)は判決後の記者会見で語った。「最後まで事実を認めて誠心誠意、反省の弁を述べてほしかった。そうしたら、もしかしたら死刑は回避されたかもしれない」
「犯した罪の深刻さと向き合うことを放棄し、死刑を免れようと懸命になっているだけ」。22日の広島高裁判決は、上告審で弁論期日が指定されて「死刑」の可能性が高まった後で、起訴から6年半もたって全面的に争う姿勢に転じた元少年の態度をそう評価した。「反社会性の増進を物語っている」とまで言い切り、「反省心を欠いている」と断じた。
また、判決は末尾部分で最高裁が2年前、審理を差し戻すにあたって「犯罪事実は揺るぎなく認められる」と述べたことに言及し、「今にして思えば、弁解をせず、真の謝罪のためには何をすべきかを考えるようにということを示唆したものと解される」と述べた。にもかかわらず「虚偽の弁解」を繰り広げたことで「死刑回避のために酌むべき事情を見いだす術(すべ)もなくなった」というのが判決が示した論理だった。読み方によっては、上告審の途中でついた弁護団の「戦術」が不利な結果を導いたとも受け取れる。
しかし、弁護団は判決後もあくまで「真相」にこだわった。主任弁護人の安田好弘弁護士は記者会見で「犯罪事実が違っていては真の反省はできない。死刑事件では反省の度合いより、犯行形態や結果の重大性が重視されてきた。反省すれば判断が変わったというのか。高裁の指摘は荒唐無稽(こうとうむけい)だ」と批判。別の弁護士も「こんな判決が出るようでは、事実を争うことがリスクになってしまう」と語り、天を仰いだ。
大阪教育大付属池田小の児童殺傷事件(01年)で死刑が執行された宅間守・元死刑囚の主任弁護人として「情状弁護」に徹した戸谷茂樹弁護士も「事実を争ったことが死刑とする絶好の理由とされた」という。「ただ、被告人の主張をなかったことにはできないのだから、弁護団を責めることはできない」と話した。
■厳罰求める世論
今回の死刑判決は、来年5月に始まる裁判員制度にどんな影響を与えるのか。
最高裁が差し戻す判決を出したときに、「これまでの判例より厳しい」と感じた裁判官は多い。「少年事件であるため死刑をちゅうちょしてきた裁判官には、重大な影響を及ぼすだろう。あとは、裁判員がどう考えるかだ」とあるベテラン刑事裁判官は話す。
被告が少年であることは量刑にどう影響するか。最高裁の司法研修所が05年、国民にアンケートしたところ、約25%が「刑を重くする要因」、約25%が「刑を軽くする要因」と答え、「どちらでもない」が約50%だった。裁判官は9割以上が「軽くする要因」と答え、その違いが浮き彫りになった。ただ、裁判員制度が始まると死刑判決が増えるかどうかは別の問題で、裁判官の間でも意見は分かれる。
厳罰を求める世論に加えて、「被害者参加制度」も今年中に始まる。犯罪被害者や遺族が法廷で検察官の隣に座り、被告や証人に直接問いただしたり、検察官とは別に「死刑を求めます」と独自に厳しい求刑ができたりするようになる。このため、「死刑が増えるのでは」との見方がある一方で、「やはり究極の刑を科すことには慎重になる市民が多いのでは」との意見も少なくない。
別のベテラン裁判官はこう話す。「『どんな場合なら死刑になる』と立法で定めるならともかく、現行法では裁判員にとって分かりやすい基準をつくるのは難しい。結局は事件ごとに市民に真剣に悩んでもらい、それが将来、新たな基準をつくっていくことになるのだろう」
死刑を執行する立場の法務省も世論を強く意識する。ある幹部は「裁判員制度の導入が決まったころはかえって死刑判決が減るとの見方もあった。だが、最近の報道や世論を見ていると、どうも逆ではないかとも思う」と話した。
■分かれる判断
今回の判決を専門家はどう受け止めたのか。
菊田幸一・明大名誉教授(犯罪学)は「永山基準が拡大されたかたちになり、影響は大きい」と話す。
永山基準は83年に示された死刑適用の指標だ。(1)犯行の性質(2)犯行の態様(残虐性など)(3)結果の重大性、特に被害者の数(4)遺族の被害感情(5)犯行時の年齢――などの9項目を総合的に考慮してきた。
83年以降、被告が犯行時に未成年だった事件で死刑が確定したのは3件(1件は一部の犯行が成人後)で、いずれも殺害人数は4人だった。
元神戸家裁判事で弁護士の井垣康弘さんは「本来は永山基準に至らないケース。無期懲役になると思っていた」。永山基準では、殺害人数が4人で殺害の機会もばらばらだったのに、今回は「2人」で「同一機会」だった点に注目する。「この判決が確定したら、永山基準はとっぱらわれ、死刑が増えるだろう」
死刑もやむを得ないという識者もいる。丸山雅夫・南山大法科大学院教授(少年法)は「『死刑を回避するのに十分な、とくに酌むべき事情』について、弁護側は立証できなかった」と指摘する。
後藤弘子・千葉大大学院教授(同)は「基準自体が変わったのでなく、基準にあるどの項目を重視するかが変わってきた」。(3)や(5)でなく、(2)や(4)を重くみた判決で、今後は無期懲役が減り、死刑が増える可能性があるとみる。
最高裁の裁判官でも、死刑についての判断は分かれる。
2人を射殺した被告をめぐり、今年2月、最高裁第一小法廷の裁判官5人のうち、3人が無期、2人が死刑を選んだ。才口千晴裁判官は「裁判員制度の実施を目前に、死刑と無期懲役との量刑基準を可能な限り明確にする必要がある」との意見を述べた。
(出所:朝日新聞HP 2008年04月22日23時32分)
山口・光の母子殺害:差し戻し控訴審・死刑判決 死刑選択、評価別れ--識者談話
◇「永山基準沿う」「従来なら無期」
◆規定厳格に適用--沢登俊雄・国学院大名誉教授(少年法)
死刑制度がある以上、やむを得ない判決だ。更生可能性を指摘した1審、2審判決と違い、今回は、残虐性や社会的影響などを考慮した点で永山基準に沿った判断といえる。最高裁は、死刑選択を回避すべき「特に酌むべき事情」の有無を審理するよう差し戻したが、弁護側は殺意の否認に転じ、反省の念がないことを表す格好となった。元少年の年齢についても、18歳以上であれば死刑を科すことを可能としている少年法の規定を厳格に適用したといえる。
◆影響は限定的--永田憲史・関西大学法学部准教授(刑事学)
この事件は殺害の計画性のなさなどから、判例で形成されてきた従来の基準なら無期懲役でもおかしくない。判例変更には最高裁大法廷での審理が必要だが、この事件は小法廷で「量刑が不当」と差し戻された。今回の判決が、今後の死刑求刑事件に与える影響は限られるだろう。ただ、同じ事件で裁判所の量刑判断が分かれたことは望ましくない。裁判員制度の実施を控え死刑の選択基準については法律で具体的に示すことを検討すべきだ。
◆少年の死刑増える--菊田幸一・明治大名誉教授(犯罪学)
今回の高裁判決は、少年への死刑の適用が今後増えるきっかけとなるだろう。そもそも、この事件は被害者の数など従来の死刑適用基準からは外れている。しかし、最高裁は被害者感情を中心とした世論に迎合し、死刑基準を変えないまま高裁に差し戻した。高裁は今回、最高裁の求めに従ったに過ぎず、司法権の独立を放棄したに等しい。死刑廃止は国際的な流れであり、裁判員制度の実施を前に、一人一人が厳罰化の是非を冷静に考えていくしかない。
◆事件の記録残して--漫画「家栽の人」原作者でメールマガジン「少年問題」編集長、毛利甚八さん
判決は裁判官が独立して決めることなのでどうこう言えないが、判決文で、被告の成育歴など事件の背景をきちんと認定し、記録として残すことが重要だ。死刑判決が出たことで、世の中にはホッとしたり、スッとした人もいるだろう。本当にそれでいいのか。被告は子供のころに虐待を受けており、その時、児童相談所は機能したのか、国民一人一人が真剣に考えるべきだろう。それが、奪われた被害者の命に対する社会の責任だ。
(出所:毎日新聞 2008年4月22日 東京夕刊)
光市母子殺害関係・識者談話
◇判決は全くの間違い
神戸連続児童殺傷事件で少年審判を担当した元裁判官の井垣康弘弁護士の話 法が犯行時18歳以上の少年に死刑を認めているのは、成人と同程度に成熟していることをイメージしている。しかし、元少年は父から虐待を受け続け、中学1年時には実母が自殺し、人格の正常な発育が止まった。体は大人でも「こころ」は中学生程度であるとすると、死刑判決は全くの間違いだ。法律家は心理の専門家(少年鑑別所技官・家裁調査官・大学の心理学ないし精神医学の教授)の説明を理解する基礎的能力がない。全くの素人という前提でよほどかみ砕いて説明し直さないと、最高裁も危ない。心理学者はこの際、家裁の記録も含め社会に開示して理解されるかを試し、「素人にも分かってもらえる説明の仕方」を勉強してほしい。
◇弁護士への信頼、大きく崩れる
諸澤英道常磐大理事長(被害者学)の話 弁護団の主張を軽く受け流すことはできたが、広島高裁は1つ1つ丁寧に答えたのは意外だ。これにより、最高裁は「高裁認定」と判断でき、今後の裁判は長期化しないだろう。一方、弁護団の主張は遺族には耐え難く、一般の人にも混乱を与えた。法律論として言いにくいが、弁護士に対する信頼が大きく崩れることになった。幼い子どもを1人の人間と見てこなかった中、泣き叫ぶ乳児の殺害という許されない行為の厳罰化は、国民感情を背景にした(司法の流れの)目に見えない変更と思う。
(出所:時事通信社HP 2008/04/22-14:11)
山口県光市の母子殺害事件差し戻し控訴審で広島高裁が22日、当時18歳の元少年(27)に言い渡した死刑判決は、刑の厳罰化の流れに沿ったともとれる内容となった。死刑の「境界事例」とされる被害者2人の事件でも、「特に酌量すべき事情がない」限り、少年でも死刑になる可能性を示した点には、死刑のハードルを下げたとの見方もある。来年5月からは裁判員制度が始まり、一般市民でも死刑の適用の判断を迫られるようになる。【川辺康広、田倉直彦】
◇「裁判員」にも影響
「死刑制度がある以上、当たり前の判断。無期を選んでいたこれまでの判決の方が量刑基準を変にとらえていたのではないか」。ある法務省幹部は話す。判決は、犯行の悪質さが大きければ、年齢や犠牲者数にかかわらず死刑を適用する意思を明確に示した。
1、2審判決は永山基準に照らしつつ、被害者が2人だったことや、殺害に計画性がないこと、少年の更生可能性を重視して無期懲役とした。一方、最高裁判決は「強姦(ごうかん)を計画し、反抗抑圧や発覚防止のために殺害を決意して実行し、所期の目的を達成している」と指摘、計画性はなくとも死刑回避の理由にならないとした。
差し戻し審判決もこの判断を踏襲した。「罪刑の均衡の見地からも、一般予防の見地からも極刑はやむを得ない」と結論付けた。
検察側は97~98年、死刑求刑に無期判決が出た被害者1~2人の計5事件で、「連続上告」をした。死刑判決が出たのは1件で、残り4件は上告棄却だった。今回の事件も、検察が「死刑」にこだわった数少ない事件だった。
渥美東洋・京都産業大法科大学院教授(刑事法)は「死刑と判断した一番の理由は、殺害態様の残虐性だ。永山基準に照らして検討した結果、何の落ち度もない赤ちゃんを床にたたきつけて殺害したことや、殺害後に姦淫(かんいん)行為に及んだことなど、通常では考えられない犯行の残虐さを重くみた。反省もみられず、軽減理由もゼロだった」と分析。「殺害の残虐性が高い場合は、18歳以上であれば死刑は回避できないという基準を示した」と、他の裁判にも影響が及ぶことを指摘する。
一般市民が重大裁判に参加する裁判員制度が来年5月に始まる。ある検察幹部は「裁判員制度は、ごく普通の市民感情をいかに判決に反映させるかが課題になる」と指摘する。その上で、元少年が差し戻し審で展開した新供述が世論の反発を受けた点が「高裁の判断の一助になったはず」とみる。
◇上告棄却の公算
弁護団が上告したことで、審理は再び最高裁に戻る。だが、高裁に審理を差し戻した経緯から、弁護団が最高裁で死刑を覆すのは極めて困難な情勢だ。
日本大法学部の船山泰範教授(刑法・少年法)は「弁護団の主張がこれだけ退けられれば、上告審は相当厳しい」と指摘。弁護団の戦術として、「最高裁が83年に示した死刑の判断基準(永山基準)から外れた判決と主張することも可能」とみる。
一方、あるベテラン裁判官は「今回の事件は死刑と無期懲役の境界事例だったが、判決はあくまでも永山基準に照らして判断しており、基準を変更したものではない」と分析、判例違反を主張しても棄却される可能性が高いとの見方を示す。
元裁判官の秋山賢三弁護士は高裁の判断について「最高裁の判決に拘束される差し戻し審ということで、死刑を宣告するしかなかったのだろう」と見る。
◇弁護団戦術裏目に 一転し殺意否認、世論の反発招く
1、2審で認めていた殺意を一転して否認し、元少年の新供述を基に起訴事実を全面的に争った弁護側の戦術は完全に裏目に出た。元少年の「ドラえもんが何とかしてくれる」「精子を入れるのは生き返りの儀式」などの言葉は、世論の激しい反発すら招いた。
判決は新供述について、「虚偽の弁解を弄(ろう)したことは改善更生の可能性を大きく減殺した」と批判。「21人の弁護団がついたことで、(被告は)刑事責任が軽減されるのではないかと期待した。芽生えていた反省の気持ちが薄らいだとも考えられる」と弁護団の存在が元少年に不利な状況を招いた可能性を示唆した。
法務省幹部も「弁護方針が正しかったのだろうか。結局、普通の人間が聞いてどう思うかだ。明らかにおかしかった」と指摘する。
なぜ、弁護団はこのような戦術をとったのか。昨年10月までメンバーだった元弁護人は「本来なら法廷で出す必要のない言葉。世間では弁護団がストーリーを言わせていると思われているが、被告をコントロールしようと思っても無理」と明かし、ありのままの被告を見てもらう弁護方針だったと話す。
主任弁護人の安田好弘弁護士は「もっと証拠を出すべきだったなどの反省点はあるが、歴史に堪えうる弁護だった。(事実を隠し、情状だけ主張するのは)弁護士の職責として、成り立たない。真実を出すことで(被告に)本当の反省が生まれる」と、正当性を主張した。
専門家の間には、少年事件の弁護の難しさを指摘する声もある。
加害少年のケアに取り組む精神科医は「事件を起こしたり被害を受け傷ついた場合、状況の変化や与えられた情報によって発言が変わる可能性がある」と指摘し、「少年事件では事件直後の証言の記録が重要だ」と提言する。別の臨床心理士も「発生から8年が過ぎた公判で、過去の精神状態についての証言が本当に真実を語っているかを確かめるのは難しいだろう」と話す。
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■ことば
◇永山基準
最高裁第2小法廷が83年7月、連続射殺事件で4人を殺害した永山則夫元死刑囚に対する判決で示した。
(1)事件の罪質
(2)動機
(3)事件の態様(特に殺害手段の執拗=しつよう=性、残虐性)
(4)結果の重大性(特に殺害された被害者の数)
(5)遺族の被害感情
(6)社会的影響
(7)被告の年齢
(8)前科
(9)事件後の情状
--を総合的に考慮し、刑事責任が極めて重大で、やむを得ない場合に死刑も許されるとした。以降の死刑適用指針となった。
(出所:毎日新聞 2008年4月23日 東京朝刊)
22日に言い渡された山口県光市の母子殺害事件の控訴審判決で、元少年に対する量刑は死刑に変わった。判決は、従来の死刑適用基準のあり方が変わってきたことを印象づける内容。約1年後に始まる裁判員制度のもとでは、死刑が増えるのではないかという見方も広がっている。
■「ウソの弁解」
「彼は犯罪事実を認めて謝罪し、反省していた。それを翻したのが一番悔しい」。妻と幼い娘を奪われた本村洋さん(32)は判決後の記者会見で語った。「最後まで事実を認めて誠心誠意、反省の弁を述べてほしかった。そうしたら、もしかしたら死刑は回避されたかもしれない」
「犯した罪の深刻さと向き合うことを放棄し、死刑を免れようと懸命になっているだけ」。22日の広島高裁判決は、上告審で弁論期日が指定されて「死刑」の可能性が高まった後で、起訴から6年半もたって全面的に争う姿勢に転じた元少年の態度をそう評価した。「反社会性の増進を物語っている」とまで言い切り、「反省心を欠いている」と断じた。
また、判決は末尾部分で最高裁が2年前、審理を差し戻すにあたって「犯罪事実は揺るぎなく認められる」と述べたことに言及し、「今にして思えば、弁解をせず、真の謝罪のためには何をすべきかを考えるようにということを示唆したものと解される」と述べた。にもかかわらず「虚偽の弁解」を繰り広げたことで「死刑回避のために酌むべき事情を見いだす術(すべ)もなくなった」というのが判決が示した論理だった。読み方によっては、上告審の途中でついた弁護団の「戦術」が不利な結果を導いたとも受け取れる。
しかし、弁護団は判決後もあくまで「真相」にこだわった。主任弁護人の安田好弘弁護士は記者会見で「犯罪事実が違っていては真の反省はできない。死刑事件では反省の度合いより、犯行形態や結果の重大性が重視されてきた。反省すれば判断が変わったというのか。高裁の指摘は荒唐無稽(こうとうむけい)だ」と批判。別の弁護士も「こんな判決が出るようでは、事実を争うことがリスクになってしまう」と語り、天を仰いだ。
大阪教育大付属池田小の児童殺傷事件(01年)で死刑が執行された宅間守・元死刑囚の主任弁護人として「情状弁護」に徹した戸谷茂樹弁護士も「事実を争ったことが死刑とする絶好の理由とされた」という。「ただ、被告人の主張をなかったことにはできないのだから、弁護団を責めることはできない」と話した。
■厳罰求める世論
今回の死刑判決は、来年5月に始まる裁判員制度にどんな影響を与えるのか。
最高裁が差し戻す判決を出したときに、「これまでの判例より厳しい」と感じた裁判官は多い。「少年事件であるため死刑をちゅうちょしてきた裁判官には、重大な影響を及ぼすだろう。あとは、裁判員がどう考えるかだ」とあるベテラン刑事裁判官は話す。
被告が少年であることは量刑にどう影響するか。最高裁の司法研修所が05年、国民にアンケートしたところ、約25%が「刑を重くする要因」、約25%が「刑を軽くする要因」と答え、「どちらでもない」が約50%だった。裁判官は9割以上が「軽くする要因」と答え、その違いが浮き彫りになった。ただ、裁判員制度が始まると死刑判決が増えるかどうかは別の問題で、裁判官の間でも意見は分かれる。
厳罰を求める世論に加えて、「被害者参加制度」も今年中に始まる。犯罪被害者や遺族が法廷で検察官の隣に座り、被告や証人に直接問いただしたり、検察官とは別に「死刑を求めます」と独自に厳しい求刑ができたりするようになる。このため、「死刑が増えるのでは」との見方がある一方で、「やはり究極の刑を科すことには慎重になる市民が多いのでは」との意見も少なくない。
別のベテラン裁判官はこう話す。「『どんな場合なら死刑になる』と立法で定めるならともかく、現行法では裁判員にとって分かりやすい基準をつくるのは難しい。結局は事件ごとに市民に真剣に悩んでもらい、それが将来、新たな基準をつくっていくことになるのだろう」
死刑を執行する立場の法務省も世論を強く意識する。ある幹部は「裁判員制度の導入が決まったころはかえって死刑判決が減るとの見方もあった。だが、最近の報道や世論を見ていると、どうも逆ではないかとも思う」と話した。
■分かれる判断
今回の判決を専門家はどう受け止めたのか。
菊田幸一・明大名誉教授(犯罪学)は「永山基準が拡大されたかたちになり、影響は大きい」と話す。
永山基準は83年に示された死刑適用の指標だ。(1)犯行の性質(2)犯行の態様(残虐性など)(3)結果の重大性、特に被害者の数(4)遺族の被害感情(5)犯行時の年齢――などの9項目を総合的に考慮してきた。
83年以降、被告が犯行時に未成年だった事件で死刑が確定したのは3件(1件は一部の犯行が成人後)で、いずれも殺害人数は4人だった。
元神戸家裁判事で弁護士の井垣康弘さんは「本来は永山基準に至らないケース。無期懲役になると思っていた」。永山基準では、殺害人数が4人で殺害の機会もばらばらだったのに、今回は「2人」で「同一機会」だった点に注目する。「この判決が確定したら、永山基準はとっぱらわれ、死刑が増えるだろう」
死刑もやむを得ないという識者もいる。丸山雅夫・南山大法科大学院教授(少年法)は「『死刑を回避するのに十分な、とくに酌むべき事情』について、弁護側は立証できなかった」と指摘する。
後藤弘子・千葉大大学院教授(同)は「基準自体が変わったのでなく、基準にあるどの項目を重視するかが変わってきた」。(3)や(5)でなく、(2)や(4)を重くみた判決で、今後は無期懲役が減り、死刑が増える可能性があるとみる。
最高裁の裁判官でも、死刑についての判断は分かれる。
2人を射殺した被告をめぐり、今年2月、最高裁第一小法廷の裁判官5人のうち、3人が無期、2人が死刑を選んだ。才口千晴裁判官は「裁判員制度の実施を目前に、死刑と無期懲役との量刑基準を可能な限り明確にする必要がある」との意見を述べた。
(出所:朝日新聞HP 2008年04月22日23時32分)
山口・光の母子殺害:差し戻し控訴審・死刑判決 死刑選択、評価別れ--識者談話
◇「永山基準沿う」「従来なら無期」
◆規定厳格に適用--沢登俊雄・国学院大名誉教授(少年法)
死刑制度がある以上、やむを得ない判決だ。更生可能性を指摘した1審、2審判決と違い、今回は、残虐性や社会的影響などを考慮した点で永山基準に沿った判断といえる。最高裁は、死刑選択を回避すべき「特に酌むべき事情」の有無を審理するよう差し戻したが、弁護側は殺意の否認に転じ、反省の念がないことを表す格好となった。元少年の年齢についても、18歳以上であれば死刑を科すことを可能としている少年法の規定を厳格に適用したといえる。
◆影響は限定的--永田憲史・関西大学法学部准教授(刑事学)
この事件は殺害の計画性のなさなどから、判例で形成されてきた従来の基準なら無期懲役でもおかしくない。判例変更には最高裁大法廷での審理が必要だが、この事件は小法廷で「量刑が不当」と差し戻された。今回の判決が、今後の死刑求刑事件に与える影響は限られるだろう。ただ、同じ事件で裁判所の量刑判断が分かれたことは望ましくない。裁判員制度の実施を控え死刑の選択基準については法律で具体的に示すことを検討すべきだ。
◆少年の死刑増える--菊田幸一・明治大名誉教授(犯罪学)
今回の高裁判決は、少年への死刑の適用が今後増えるきっかけとなるだろう。そもそも、この事件は被害者の数など従来の死刑適用基準からは外れている。しかし、最高裁は被害者感情を中心とした世論に迎合し、死刑基準を変えないまま高裁に差し戻した。高裁は今回、最高裁の求めに従ったに過ぎず、司法権の独立を放棄したに等しい。死刑廃止は国際的な流れであり、裁判員制度の実施を前に、一人一人が厳罰化の是非を冷静に考えていくしかない。
◆事件の記録残して--漫画「家栽の人」原作者でメールマガジン「少年問題」編集長、毛利甚八さん
判決は裁判官が独立して決めることなのでどうこう言えないが、判決文で、被告の成育歴など事件の背景をきちんと認定し、記録として残すことが重要だ。死刑判決が出たことで、世の中にはホッとしたり、スッとした人もいるだろう。本当にそれでいいのか。被告は子供のころに虐待を受けており、その時、児童相談所は機能したのか、国民一人一人が真剣に考えるべきだろう。それが、奪われた被害者の命に対する社会の責任だ。
(出所:毎日新聞 2008年4月22日 東京夕刊)
光市母子殺害関係・識者談話
◇判決は全くの間違い
神戸連続児童殺傷事件で少年審判を担当した元裁判官の井垣康弘弁護士の話 法が犯行時18歳以上の少年に死刑を認めているのは、成人と同程度に成熟していることをイメージしている。しかし、元少年は父から虐待を受け続け、中学1年時には実母が自殺し、人格の正常な発育が止まった。体は大人でも「こころ」は中学生程度であるとすると、死刑判決は全くの間違いだ。法律家は心理の専門家(少年鑑別所技官・家裁調査官・大学の心理学ないし精神医学の教授)の説明を理解する基礎的能力がない。全くの素人という前提でよほどかみ砕いて説明し直さないと、最高裁も危ない。心理学者はこの際、家裁の記録も含め社会に開示して理解されるかを試し、「素人にも分かってもらえる説明の仕方」を勉強してほしい。
◇弁護士への信頼、大きく崩れる
諸澤英道常磐大理事長(被害者学)の話 弁護団の主張を軽く受け流すことはできたが、広島高裁は1つ1つ丁寧に答えたのは意外だ。これにより、最高裁は「高裁認定」と判断でき、今後の裁判は長期化しないだろう。一方、弁護団の主張は遺族には耐え難く、一般の人にも混乱を与えた。法律論として言いにくいが、弁護士に対する信頼が大きく崩れることになった。幼い子どもを1人の人間と見てこなかった中、泣き叫ぶ乳児の殺害という許されない行為の厳罰化は、国民感情を背景にした(司法の流れの)目に見えない変更と思う。
(出所:時事通信社HP 2008/04/22-14:11)
山口県光市の母子殺害事件差し戻し控訴審で広島高裁が22日、当時18歳の元少年(27)に言い渡した死刑判決は、刑の厳罰化の流れに沿ったともとれる内容となった。死刑の「境界事例」とされる被害者2人の事件でも、「特に酌量すべき事情がない」限り、少年でも死刑になる可能性を示した点には、死刑のハードルを下げたとの見方もある。来年5月からは裁判員制度が始まり、一般市民でも死刑の適用の判断を迫られるようになる。【川辺康広、田倉直彦】
◇「裁判員」にも影響
「死刑制度がある以上、当たり前の判断。無期を選んでいたこれまでの判決の方が量刑基準を変にとらえていたのではないか」。ある法務省幹部は話す。判決は、犯行の悪質さが大きければ、年齢や犠牲者数にかかわらず死刑を適用する意思を明確に示した。
1、2審判決は永山基準に照らしつつ、被害者が2人だったことや、殺害に計画性がないこと、少年の更生可能性を重視して無期懲役とした。一方、最高裁判決は「強姦(ごうかん)を計画し、反抗抑圧や発覚防止のために殺害を決意して実行し、所期の目的を達成している」と指摘、計画性はなくとも死刑回避の理由にならないとした。
差し戻し審判決もこの判断を踏襲した。「罪刑の均衡の見地からも、一般予防の見地からも極刑はやむを得ない」と結論付けた。
検察側は97~98年、死刑求刑に無期判決が出た被害者1~2人の計5事件で、「連続上告」をした。死刑判決が出たのは1件で、残り4件は上告棄却だった。今回の事件も、検察が「死刑」にこだわった数少ない事件だった。
渥美東洋・京都産業大法科大学院教授(刑事法)は「死刑と判断した一番の理由は、殺害態様の残虐性だ。永山基準に照らして検討した結果、何の落ち度もない赤ちゃんを床にたたきつけて殺害したことや、殺害後に姦淫(かんいん)行為に及んだことなど、通常では考えられない犯行の残虐さを重くみた。反省もみられず、軽減理由もゼロだった」と分析。「殺害の残虐性が高い場合は、18歳以上であれば死刑は回避できないという基準を示した」と、他の裁判にも影響が及ぶことを指摘する。
一般市民が重大裁判に参加する裁判員制度が来年5月に始まる。ある検察幹部は「裁判員制度は、ごく普通の市民感情をいかに判決に反映させるかが課題になる」と指摘する。その上で、元少年が差し戻し審で展開した新供述が世論の反発を受けた点が「高裁の判断の一助になったはず」とみる。
◇上告棄却の公算
弁護団が上告したことで、審理は再び最高裁に戻る。だが、高裁に審理を差し戻した経緯から、弁護団が最高裁で死刑を覆すのは極めて困難な情勢だ。
日本大法学部の船山泰範教授(刑法・少年法)は「弁護団の主張がこれだけ退けられれば、上告審は相当厳しい」と指摘。弁護団の戦術として、「最高裁が83年に示した死刑の判断基準(永山基準)から外れた判決と主張することも可能」とみる。
一方、あるベテラン裁判官は「今回の事件は死刑と無期懲役の境界事例だったが、判決はあくまでも永山基準に照らして判断しており、基準を変更したものではない」と分析、判例違反を主張しても棄却される可能性が高いとの見方を示す。
元裁判官の秋山賢三弁護士は高裁の判断について「最高裁の判決に拘束される差し戻し審ということで、死刑を宣告するしかなかったのだろう」と見る。
◇弁護団戦術裏目に 一転し殺意否認、世論の反発招く
1、2審で認めていた殺意を一転して否認し、元少年の新供述を基に起訴事実を全面的に争った弁護側の戦術は完全に裏目に出た。元少年の「ドラえもんが何とかしてくれる」「精子を入れるのは生き返りの儀式」などの言葉は、世論の激しい反発すら招いた。
判決は新供述について、「虚偽の弁解を弄(ろう)したことは改善更生の可能性を大きく減殺した」と批判。「21人の弁護団がついたことで、(被告は)刑事責任が軽減されるのではないかと期待した。芽生えていた反省の気持ちが薄らいだとも考えられる」と弁護団の存在が元少年に不利な状況を招いた可能性を示唆した。
法務省幹部も「弁護方針が正しかったのだろうか。結局、普通の人間が聞いてどう思うかだ。明らかにおかしかった」と指摘する。
なぜ、弁護団はこのような戦術をとったのか。昨年10月までメンバーだった元弁護人は「本来なら法廷で出す必要のない言葉。世間では弁護団がストーリーを言わせていると思われているが、被告をコントロールしようと思っても無理」と明かし、ありのままの被告を見てもらう弁護方針だったと話す。
主任弁護人の安田好弘弁護士は「もっと証拠を出すべきだったなどの反省点はあるが、歴史に堪えうる弁護だった。(事実を隠し、情状だけ主張するのは)弁護士の職責として、成り立たない。真実を出すことで(被告に)本当の反省が生まれる」と、正当性を主張した。
専門家の間には、少年事件の弁護の難しさを指摘する声もある。
加害少年のケアに取り組む精神科医は「事件を起こしたり被害を受け傷ついた場合、状況の変化や与えられた情報によって発言が変わる可能性がある」と指摘し、「少年事件では事件直後の証言の記録が重要だ」と提言する。別の臨床心理士も「発生から8年が過ぎた公判で、過去の精神状態についての証言が本当に真実を語っているかを確かめるのは難しいだろう」と話す。
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■ことば
◇永山基準
最高裁第2小法廷が83年7月、連続射殺事件で4人を殺害した永山則夫元死刑囚に対する判決で示した。
(1)事件の罪質
(2)動機
(3)事件の態様(特に殺害手段の執拗=しつよう=性、残虐性)
(4)結果の重大性(特に殺害された被害者の数)
(5)遺族の被害感情
(6)社会的影響
(7)被告の年齢
(8)前科
(9)事件後の情状
--を総合的に考慮し、刑事責任が極めて重大で、やむを得ない場合に死刑も許されるとした。以降の死刑適用指針となった。
(出所:毎日新聞 2008年4月23日 東京朝刊)