平助が認証官任命式(任免に天皇の認証を必要とする国務大臣及びその他の官吏[認証官])の後、見知った顔の人に出くわした。
彼女の名は佐藤 鯖江。彼女は平助が買い物でよく利用するスーパー≪激安≫の店員で、カエデの上司に当たる人だ。
何で彼女がここに?
実は彼女も今回の公募で次期財務省主計局長に任命されていた。
実はネット政変以前は正式な宮中行事として天皇の認証を必要とされていたのは、国務大臣と主要な上級官僚(国務大臣、副大臣、内閣官房副長官、人事官、検査官、公正取引委員会委員長、原子力規制委員会委員長、宮内庁長官、侍従長、上皇侍従長、特命全権大使、特命全権公使、最高裁判所判事、高等裁判所長官、検事総長、次長検事、検事長)だけで、財務省の主計局長級の官僚は認証官任命式の対象外であったが、政変後広く各省の上級官僚まで公募したため、その素人集団にも責任と自覚を持ってもらうため、敢えて天皇の宮中行事として任命対象が拡大されたのだった。
平助と目を合わすと、鯖江から駆け寄ってきた。
「あら、竹藪さんじゃないの!何であんたがここに?あ、そうだった!アンタ、次期総理大臣に任命さらたんだったね。こりゃ、恐れ多い事だ!それにしてもアンタ、いい度胸してるね。
カエデもアンタのこと、惚れ直したって言ってるよ。・・・いや、見直しただったけな?
まぁ、どっちでも良いや。」
「え?『惚れ直した』と『見直した』ではどっちでも良いような発言じゃないよ。カエデはああいう性格だし、時には狂暴な本性をむき出しにする悪魔だし。その発言内容によっては対応と対策が大きく変わる死活問題でもあるんだから。
まあ、そこん所は本人にそれとなく探りを入れるからいいか。
そう、僕が次期総理大臣に任命されたって。ね、変でしょ?この僕が総理大臣なんて。
ところで佐藤さんもここにいるってことは佐藤さんも上級官僚?」
「へぇ~改めて見ても、竹藪さんが今度の総理大臣に?世も末ねぇ~、こりゃこれからの日本国も大変だわ!でも私が次の財務省主計局長だなんて、こっちも大変なことになっちゃったんだけど。」
「ヘェ!財務省主計局長ォ⁈!」
(なんで今まで気づかなかったんだろう?僕とした事が迂闊《うかつ》だ!)と思いかけない事に驚きながら平助は思った。)
そんな表情の平助に構わず、鯖江《さばえ》はいつもの調子で続ける。それにしても、この人の辞書にはプレッシャーという言葉は無いのか?
「お互い難儀なことにまきこまれたわね。これって国の立場から見たら立派な国難よ!アハハハ!!あたしも頑張るからサ、アンタも一生懸命頑張んなさいよ!
アンタが次期総理大臣になった事、カエデちゃんは喜んでいるでしょ?
それにしてもアンタ、カエデちゃんの事、変に気にしているようだけど、大丈夫?そんなにおっかない?」
「そりゃ、おっかないですよ!会うたびに熱いバトルを繰り広げなきゃいけないんですからね。
いつも心と身体が傷だらけですよ!
『またまたぁ。』って、佐藤さん、そんな大袈裟なっ!て顔してるけど、ホントですよ。
ついこの前も、チョット僕がすれ違い様に綺麗な女性を目で追ったって言うだけで、いきなりビンタですからね。大体そんな時の僕はただボーっとしていて女性が視界に入ったってだけで、意識的に見ようとした訳じゃないし。ホラ、動物の本能で目の前に動く物があったら視線が向くでしょ?
そんな僕が何をしたと言うんです?僕はカエデの単なる幼馴染であって、彼氏でも何でもないのに。
そうでしょ?
あ、僕が今度の総理大臣になる事を喜ぶか?でしたね。
それがねぇ、アイツは僕が総理大臣になるって知って、何故かテンションアゲアゲなんですよ。アイツ、総理大臣をアイドルか何かと誤解しているんじゃないかと思うんです。
『だって平助が総理大臣になったら、いっぱいテレビに出るんでしょ?アタシ、ビデオに撮って残しておこうかな?』って言うんですからね。信じられますか?政治と芸能を混同するアイツの頭って脳みその中がウニになって、ネジが外れているんじゃないですかね?」
「またまた~!アンタ、カエデちゃんの事そんな風に言って良いの?
曲がりなりにも私はカエデちゃんの上司なのよ。今度彼女に会ったら平助君が悪口言ってたわよって、言いつけてやるから!」
(鯖江《さばえ》のいつもの口癖「またまた〜」を聞いて、改めてこの人はこういう人だった!と思い出し、後悔した。)
「ヒエェ~それだけはお許しください、お代官様!!」
就任早々鯖江の地雷を踏み、弱みを握られる平助。
(って言うか、こんな場所で立ち話する内容じゃないと思うが?)
実は鯖江とカエデの関係は単なる上司と部下の関係ではない。
それと、ふたりが勤める≪スーパー激安≫は、私たちが今知ってる普通のスーパーではない。
ネット政変以前からこの国を蝕む政府(財務省)の増税攻勢と産業の衰退から、国民の多くが生活に余裕が無くなってきていた。
何せ、GDPも10年以上前に中国に追い越され、ほんの数年前、ドイツにまで追い越され世界第4位に落ちちゃったんだから。
その結果、次第に生活苦に追い込まれる貧困層が増大し、何らかの支援が必要になってきていた。
政変以降の直接民主制による体制改善政策が功を奏し、あれだけ深刻だった貧困層の状況もある程度好転してきたが、そんな数年で全面解消できるほど簡単ではない。
そうした事情から行政だけに頼らず、見かねた有志や企業が立ち上がり、全国各地で支援体制を強化、事業所単位、個人単位で救援活動を積極的に行なうようになる。
まず、目先の危機的状況にある貧困層の食料難の解決。
一番強化されたのは食品ロス解消による有効利用とセーフティーネットの拡充だった。
一般の民間人や民間企業にもできる事。
例えば、スーパーの値下げシールを貼る時刻になると、店先の街頭に仮設テーブルを設置。
そこに見切り品や最低限の栄養バランスを考えた品ぞろえで、子供達や困窮者に持続的に無料配布する制度を積極的に広げた。
また、それ以外にも困窮家庭の学童などに開放する子供食堂も。
そうした取り組みで特に子供食堂が増え、担当するボランティア人員も充実してきた。
しかしほぼ無料で振る舞い続けるには、食材の安定供給が必須である。
そうした世の中の流れからスーパーなどの流通業界では、支援策として食品ロスの解決も見込んで食料品の提供を積極的に行なった。
この施策は企業イメージがプラスに働く事を期待して、こぞって各流通業界が参入する。
更に政府も後押しするため、様々な支援施策を実行した。
例えば、優良流通企業推奨団体に認められたスーパー等には推奨シールと顕彰・表彰額が送られ、政府公認の推奨団体として認定され、店の前に掲げられる。
また食品ロス解消施策を実行したスーパー、個人商店、デパート等には、その具体的な規模により政府から支援交付金が給付されるなど。
佐藤鯖江の勤める≪スーパー激安≫は特に支援策に力を入れる企業団体だった。
しかも、その≪スーパー激安≫の中にあって、鯖江は先頭を切って支援策を推進する職務【食品管理担当】に就くパートリーダー兼、責任者だった。
そうした鯖江の仕事に対する貢献が広く認められ、次回の財務省主計局長就任に繋がったのだ。
でも彼女は一介のパート従業員に過ぎない。
正社員さんがたくさんいる中で、何故彼女に白羽の矢が立ったのか?
それは彼女が徹底した庶民の主婦であり、正直と誠実と思いやりが多くの困窮者の希望の光になったから。
たかが1円の重みと、その1円が不足しているがためにありつけなかった食事のひもじさと惨めさを、誰よりも知った人だったからである。
彼女を取り巻く私生活の事情等、子細は後述するが、この世の天国と地獄を知る苦労人だった。
だから彼女の才覚により、たとえ政府の支援給付金が無かったとしても《スーパー激安》は赤字経営にはならない程、絶妙な商売と販売実績をあげ続けていた。
そうした訳で、彼女に国の台所の切り盛りを任せるのは、彼女を知る誰の目にも適任だと思われた。
そしてそんな鯖江を特に慕った同僚であり、部下なのが平助の幼馴染カエデである。
カエデの不遇な時を知る鯖江はその人柄から、いつも励まし面倒を見、悩みを聞き、誰よりもカエデに寄り添った親のような存在だった。
・・・と云う事は、平助の公私に渡る行状と動向は、カエデと鯖江の関係上、筒抜けになるという意味。
一方、いつも晩飯の食料調達でお世話になっている薄給の平助は、そこ≪スーパー激安≫の常連であり、お得意さまであり、いつも内緒で値下げシールを貼って貰っている手のかかる要支援者だったのだ。(それって、厳密に云うと不正行為では? 知らんけど。)
そうした頭の上がらない両者に対し、微妙な関係にある平助。
その奇妙な三角関係にある三人を見ていると、そこにも波乱の予感が眼前を覆う不吉(?)な船出に見える。
そんな中で大変だと思うが精々頑張れ!平助!!
(と、他人事のように応援してみた。)
つづく