越中富山いろいろ紹介

高山植物の花から身近な野草の可憐な花を。また野山でであった野鳥を含め又北陸の祭りや観光スポットなど紹介。

加賀東谷 山村集落めぐり

2024-09-07 07:41:47 | 観光スポット紹介

【加賀東谷 山村集落めぐり】

☆加賀東谷山村集落 ベース    ・・・・・・・・ 国重要伝統的建造物保存地区

  ☆荒谷集落     2024年7月26日 ・・・ 伝統的建造物、荒谷神社、しだれ桜群、鶴ヶ滝、県水産試験場、荒谷小学校跡

  ☆今立集落     2024年7月26日 ・・・ 伝統的建造物、白山神社、道標、新保の池、三界墓、亀清水(湧水)、林政信像

  ☆大土集落     2024年7月26日 ・・・ 伝統的建造物、大土神社、斧入らずの森、ししぼ石、土蔵、大土生水、炭焼き小屋

  ☆杉水集落とその周辺 2024年8月3日  ・・・ 伝統的建造物、吉備神社、県民の森、九谷磁器窯跡、古九谷の里、九谷ダム

加賀市南東部の山間部に位置し、大日山を源とする動橋(いぶりはし)川と杉ノ水川の上流域に点在する荒谷町、今立町、大土町、杉水町の4つの集落で構成されています。

これらの集落は、大聖寺藩の時代より製炭業で栄えました。

明治前期から昭和30年代までに建てられた、赤瓦の屋根に煙出しを設けた農家が、周辺の田畑や豊かな自然環境とともに残り、山林に包まれた静かで美しい山村の風景を保っています。

加賀東谷は動橋川の上流に位置し、動橋川が当時、東川と呼ばれ、谷を形成していた事から東谷と呼ばれていた地域でした。

山村集落で周囲には豊富な山林資源があった事から、江戸時代に入り大聖寺藩が立藩し支配下に入ると、藩の炭役を命じられ、御用炭の全てが当地域から生産されるようになりました。

明治時代に入り大聖寺藩の廃藩後も引き続き製炭業と林業を主産業として多くの需要があり、さらに養蚕や焼畑なども行い一定の繁栄が続きました。

さまざまな理由から現在は過疎化が進んでいるが、平成23年(2011)11月29日、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されたことにより、注目が集まっています。

民家の屋根は赤瓦で葺かれ、煙出しが設けられており、この地の景観を特徴づけている。

屋根については当初は茅葺屋根が主流でしたが昭和13年(1938)に大土町の大火で茅葺屋根の大部分の建物が焼失。

その後は瓦葺の建物として再建、その他の集落もそれに習い順次瓦葺きとなり戦後に現在のような姿になったそうです。

◎2024年7月26日 石川県にて 写真8枚

加賀東谷 保存地区・・・荒谷(あらたに)町、今立(いまだち)町、大土(おおづち)町、杉水(すぎのみず)町の4集落からなります。

山中温泉荒谷町・・・・伝統的建造物、荒谷神社、しだれ桜群、鶴ヶ滝、県水産試験場、荒谷小学校跡

山中温泉今立町・・・伝統的建造物、白山神社、道標、新保の池、三界墓、亀清水(湧水)、林政信像

山中温泉大土町・・・伝統的建造物、大土神社、斧入らずの森、ししぼ石、土蔵、大土生水、炭焼き小屋

山中温泉杉水町・・・伝統的建造物、吉備神社、県民の森、九谷磁器窯跡、古九谷の里、九谷ダム

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