生かされて活かされて 痛さん&さなさんのブログ

おのれを忘れて他を利する。
穏かで慈悲のこころに満ちた生活を送りたいものですね。
日々のできごとをお伝えします。

あいあい岬 伊豆半島南端の超穴場スポット

2020年01月09日 | ドライヴ
2019年12月26日
伊豆半島の南端「あいあい岬」に行って来ました。
ワイフの誕生日祝いを兼ねて毎年この時期に二人で旅行していますが、今年は弓ヶ浜に宿を取ったのでプチ観光です。

あいあい岬の駐車場
トイレは水洗ですがウォッシュレットではありません。

 



路線バスもありますが、日に4本くらいしか無いので、車でしか行かれないと思った方が良い場所です。
近くの石廊崎(いろうざき)へは何度か行ったことがあるのですが、ここ「あいあい岬」は石廊崎からさらに西へ進んだところにあり、初めて訪れました。
漢字で書くと”愛逢岬”、伊豆南端の美しい海岸線を一望できる超穴場の観光スポットです。

 

 

すぐそばの「ユウスゲの丘」へも行ってみました。


4、5台置ける駐車場に車を止めて、小高い丘へ登ります。



 

今回訪れた日はあいにく小雨まじりでしたが、天気が良い日はここからの夕日が絶景なのだそうです。
チャンスがあれば再訪したい場所でした。



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丹沢湖の紅葉 2019

2019年11月22日 | ドライヴ
2019年11月21日
午前9時、横浜を出発。
今日は久しぶり(10何年ぶり)に丹沢湖まで紅葉を見に行く。
いつも渋滞する東名の横浜町田ICは、案に相違して流れていた。
(予定より早めに着くかな)
と、思っていたら大和トンネルの手前から大渋滞。
ワイフがスマホの「渋滞ナビ」アプリで調べると、「大和トンネルの先は流れている」と言う。
大和トンネルの下り出口付近で乗用車5、6台が玉突き事故を起こしていて、既に実況見分しているのか追い越し車線を規制していた。

事故現場を抜けると快調に流れ始めた。

何年ぶりかで大井松田ICを降りて、国道246号を西へ向かう。
246(にーよんろく)を走るのも実に久しぶりだ。
以前と変わらずトラックが多い。

やがて見覚えのある「清水橋」交差点を右折して、丹沢湖へ向かう。
このあたりの風景は昔のままだ。

交差点を右折して割と直ぐに最初の休憩地「道の駅・山北」に到着。横浜から1時間半ほどでやってきた。

 

前に丹沢湖へ来た時には、この施設はなかった。
トイレ休憩のついでに、みかん、銀杏、ししゆず(巨大なゆず)、麩菓子を買い込んだ。

ししゆず(おにゆず)


ちなみにトイレはウォシュレットだった。
トイレについては、ここと丹沢湖湖畔の「丹沢湖記念館」のトイレはウォシュレットである。



15分ほど休憩して、今日の目的地「西丹沢ビジターセンター」へ向かう。
県道76号線をひたすら北上する1本道だ。
丹沢湖を通り過ぎ、途中「中川温泉郷」を過ぎ、箒杉を過ぎ、ノンビリと走ること30分。
ところどころ車がすれ違えない箇所を通り抜けて目的地の「西丹沢ビジターセンター」に到着。

西丹沢ビジターセンター
西丹沢ビジターセンターHPはこちら

ビジターセンター前には10台くらいの専用駐車場があるが、午前11時過ぎで既に満車。
反対側の道路沿いにも20台くらい置けるスペースがあるが、ここも満車。
写真を撮るだけの短い時間なので、建物の前のスペースに車を止める。

今年は11月に入っても暑い日が続いたせいか、それとも台風15号、19号の暴風雨のせいか、紅葉する前にだいぶ枯れているようだ。
それでも真っ青な空と、みごとなコントラストで出迎えてくれた。

   

 


帰りに丹沢湖の三保ダムに寄ってみた。
こちらもきれいなモミジを満喫できた。

 


今日の昼食は「一休食堂」と決めてある。
国道246号をJR御殿場線の谷峨駅方向に、旧道を少し走ると店がある。
他にあたりには何もない。
まさに“ポツンと一軒”の食堂だ。



店の前の広めの駐車場には長距離トラックと乗用車が半々ほど止まっている。
引き戸を開けて店へ入ると満席。
目の合った先客に「相席いいですか?」と声をかけたところ、店の女性が飛んできて「外で一組待っているので、少し待ってください」と言う。
「席があいたら声を掛けます」と言われたので、店の外で待つことしばし…。

この店はドライブインのような感じで、長距離ドライバーに支持されているようだ。
「どうぞ」と、元気な声で呼ばれたので店の中へ。
「座敷だけど良いですか?」これまた元気な声だ。
「どこでもイイです」
店の奥に小さな座敷席、手前側は大部分がテーブル席の構造だ。
で、こちらはかつ丼(850円)、ワイフは味噌ラーメン(650円)を注文した。
ま、味は可もなく不可もなく。

(いわゆる)大衆食堂だが、山北のあたりで食事をするなら、まぁ、お勧めかな。

 

一休食堂
食べログはこちら

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三河湾 西浦温泉「銀波荘」とガン封じ寺

2019年03月31日 | ドライヴ
2018年12月27日、愛車シビックで横浜を出発した。
今日から1泊2日の予定で、三河湾にある西浦温泉・銀波荘を目指している。
毎年ワイフの誕生月の12月には二人で旅行に出ているのだ。
今日は三河湾に面した「八百富(やおとみ)神社」と、ガン封じ寺で名高い「無量寺」に参拝してから宿へ向かう計画だ。

横浜から西へ向かう時に使う東名~新東名を走って浜松SAで昼食休憩を取る。

新東名「浜松SA」ピアノの鍵盤イメージが目印だ


岡崎東ICで新東名を降り、山道(473号線)を抜け、三河湾オレンジロードを通って八百富(やおとみ)神社へやってきた。
この神社は本殿が島(竹島)の中にあって、本殿への参道は橋になっている。
陸側には表門(?)がある。



この日は強風警報が出ていて、強い風にあおられながら決死の覚悟で橋を渡った。



暴風を切り裂いて橋を渡りきると風裏に入った。

八百富神社は安徳天皇の養和元年(1181年)に藤原俊成(しゅんぜい)卿によって創建されたと伝えられており、「御祭神は市杵島姫命(いつきしまひめのみこと)で、開運・安産・縁結の神として、古くより広く世に知られている」のだそうだ。
三河雀という書物に、江の島・竹生島・厳島と共に、日本七弁天の中に挙げられていると記されているらしい。

竹島にある本殿
 

竹島を見ている藤原俊成(しゅんぜい)の像



次に向かったのが、ガン封じ寺「無量寺」である。
車を止めた竹島園地の駐車場を出て国道23号線を西へ、「蟹洗」交差点を左折して国道247号線に入り「天神橋北」交差点を左折で県道321号へ。
かつて漁村だった風な街並みを抜けて「中戸甫井」交差点を左折で県道322号に入る。
少し先を右折し県道493号を名鉄蒲郡線「西浦駅」へ。
駅前を線路沿いに左折して、さらに踏切を右折し目的地の無量寺・駐車場に着いた。


無量寺は平安時代開創の古刹で、昔から難病封じで知られ、ご本尊の西浦不動は、厄除け・ガン封じのご利益があるのだという。

ご利益を求めて多くの方が参拝に来るのか、所せましと掛けられた絵馬が壁のようになっている。



境内は想像していたよりずっと広く、いくつかのお堂があった。
なお、本堂では住職の法話が聞けるとの事だったが、団体客を相手にしているのか今日は不在だったのか残念ながら拝聴することはできなかった。

 


余裕を見すぎたのか宿のチェックインには少し早いので、途中の西浦園地公園に寄り道した。
ここは昭和33年4月に三河湾国定公園に指定されている。
三河湾を一望できる場所に「真実の鐘」があった。
鳴らしてみたら澄んだキレイな音が響いた。

 


今回の宿は西浦温泉「銀波荘」さん。
いつもの「ゆこゆこ」で予約した宿である。



宿に着くと玄関前の係の方が駐車場に誘導してくれ、チェックインを済ませると三河湾が見下ろせる上階の部屋に案内された。
室内は掃除が行き届いていて、そこかしこに古さがあるが「おもてなし」を存分に感じられる。
 

館内の自販機ではスーパードライを販売している。(ビール持ち込みの際に参考にして下さい)


部屋から見た三河湾に沈む夕陽。


館内には「将棋ロード」なる通りがあり、名人戦の対局記録が廊下の両側に掲示されている。
この宿で名人戦が行われていたとは知らなかった。
 

夕食は和の個室、アワビの踊り焼きが付いた。



2018年12月28日、二日目の朝。
部屋から神々しい日の出が見られた。



朝食も昨夜と同じ和個室でいただいた。
が、私達には少し量が多い。



今日は真っすぐに横浜へ帰る予定だったが、正月用の箱ミカンを買いたいと言うので、少し回り道だが「道の駅 筆柿の里・幸田」に寄ることにした。

宿を出て海沿いの「西浦シーサイドロード」を走り、右折で国道247号線に入る。
「競艇場西」交差点を左折して国道248号線へ。
「深溝愛宕山」交差点を左に分岐し、少し先を左折で東海道線の踏切を超え国道23号線へ。
あとは道なりに進むと「道の駅 筆柿の里・幸田」に着く。




日本全国どこでもそうだが、道の駅には地物が多くそろっている。
ここで箱ミカンと千両の花と、ハムをお買い上げ。
どれも横浜より安い値段で売られていたそうな。

正月用の買い物も済ませ、愛車シビックは一路横浜へと戻った。


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ゴリラ用全国オービスデータ2019

2019年03月15日 | ドライヴ
Panasonic製のカーナビ「Gorilla」シリーズ用の固定オービスデータ(位置情報)2019年3月版です。

ダウンロードは「痛さん」で検索し、「痛さんちへようこそ ゆっくりして行って下さいね」から入ります。
トップページから「コンピュータ」のページに入って下さい。
全国の有料道路、一般道路の2019年版をzip圧縮したファイルをダウンロードできます。
有料道路(226カ所)、一般道路(336カ所):出典 ゼンリンいつもNAVI

zip圧縮ファイルをダウンロードしたら適当なフォルダに解凍して下さい。
解凍後の「.poi」位置データファイルをSDメディアカードの「drive」フォルダ下にコピーして下さい。
コピーしたSDメディアカードをゴリラに刺して登録します。
なお、ゴリラへの登録方法も含め手順、トラブルなどのサポートは致しません。
すべてを自己責任でお願いします。
SDメディアカードからの登録方法は、地点データの読み込みとして取説に記載されています。

この手の情報の常で、位置情報の誤りを含めいかなる損害についても当方は一切責任を負いません。
また、当然のことながらスピード違反を助長するものではありません。 さらなる安全運転をお願いします。
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箱根へ 仙石原「長安寺」、十割そばの「座りや」、大涌谷

2018年11月27日 | ドライヴ
2018年11月22日(木)久々に箱根を訪れた。
東名高速の御殿場ICを降りて乙女峠の暗いトンネルを抜け、目指したのは箱根の仙石原交差点。
晩秋というより初冬の箱根路は、温泉が湧いているせいか、まだ紅葉が残っている。

横浜から箱根は近いのだが、いや、近いせいで逆に行くことが少ない。
一泊するとなるともう少し離れた場所へと思うので、今日も日帰りだ。

仙石原の交差点に着いた。
いつもだとこの交差点は、直進して強羅・宮ノ下方面に行くか、右折して芦ノ湖方面に行くのだが、今日は交差点を左折した。
左折と言っても曲がった先はすれ違いがやっとの路地で、少し先から石畳になり長安寺の境内につながっている。
石畳をそのまま進んで参道右側の参詣者用の駐車場に乗り入れた。
駐車場はほぼ満車状態であったが、かろうじて数台分のスペースが空いていた。



ここ長安寺は箱根でも珍しい、お寺の紅葉の名所なのだそうだ。
箱根には何度も来ているがここは知らなかった。ネットで引っかからなかったら一生知らぬままであったと思う。

あいにく朝からの雨模様で、少し強めに降ってきたので雨宿りを兼ねて先に昼食を摂ることにする。
昼食は長安寺の駐車場の手前にある「座りや」さんと決めてきている。
この店は十割そばを出してくれるといい、店主こだわりの新潟産の野菜を出すのだという。
「野菜なら地産地消が美味しそうなのにね」と、ワイフ。
「店主が新潟の出のようなので、地元愛が強いんじゃないの」と、私。

ワイフは店お勧めのAセット。蕎麦の種類が選べて、それに地元野菜をメインとした小料理と野菜の天ぷらがついてくる。
こちらはBセット。Bセットも蕎麦の種類が選べ、小盛の季節ごはんと小鉢、お漬物がついてくる。
蕎麦はワイフが「とろろせいろ」、こちらは「ざる」を注文した。どちらの蕎麦も「十割そば」とメニューに載っている。



待つことしばし。

蕎麦より先に天ぷら、小鉢などが出された。
そして少し遅れて蕎麦がやってきた。



さっそく蕎麦を頂く。
「うまい」
「美味しい」
コシがあり、のど越しも実に良い。
一般的な蕎麦屋に比べて一枚の蕎麦の量が多めでコスパも良い。
「今度友達と来たら知ったかしちゃお」
「天ぷらもサクサクでおいしかったよ」
ワイフも大満足だ。

店の外へ出たらまだ雨は傘が欲しいくらいの降りだった。

時々パラパラと降る雨の中、長安寺の境内へ。
この長安寺の創建は1356年。姥子から万治元年(1658)に仙石原へ移されたようである。
新緑、紅葉がきれいで「東国花の百ヶ寺」としても知られているとのことだが、知らなかったぁ。

 

さすがに盛りを過ぎてはいたが、まだ紅葉を楽しめる。

    

もう一つの見どころが五百羅漢。
境内、境内左手の斜面の林の中に五百羅漢が点在し、そぞろ歩きが楽しい。
静寂に包まれ観光地とは思えない別世界だ。

 
 


長安寺を後にして次の目的地、大涌谷へ向かう。

最後に大涌谷へ来たのは何年前だろう…。
記憶をたどっても20年は来ていないように思う。
当時は硫黄が噴出している傍(かたわ)らを上へと歩いて行けたのだが、今回来てみて変容に驚いた。
2015年に、大涌谷が暴れだし一帯が立ち入り禁止になったことはニュースで知っていた。
それが2016年7月から全面的ではないが解除されたこともニュースで見ていた。

ロープウェイの駅とレストラン、それと隣接された展示館。
温泉やガスが噴出している間を縫って遊歩道を上ると小さな小屋があり、温泉で作った黒たまごを売っていた。

これが記憶に残る大涌谷の景色。

諸行無常、この世の中には変化しないものは一つもない。全てが変化する、だから変化するものに執着してはいけない。
今は頑丈そうな建物がいくつか立ち、中では多くの土産物が売られている。
昔あった遊歩道は現在整備中(立ち入り禁止)で上へ行くことはできない。

大勢の観光客の間では数か国語が飛び交い、以前の姿とは違う大涌谷に出会ってきた。

  
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あおり運転防止ステッカー、効果あり

2018年08月21日 | ドライヴ
いわゆる「あおり運転」等は、重大な交通事故につながる悪質・危険な行為です。
また、車間距離保持義務違反、進路変更禁止違反、急ブレーキ禁止違反等の道路交通法違反のほか、危険運転致死傷罪(妨害目的運転)や刑法の暴行罪に該当することがあります。
車を運転する際は、周りの車の動きなどに注意し、安全な速度での運転を心掛け、十分な車間距離を保つとともに、無理な進路変更や追越し等は絶対にやめましょう。
(警察庁HPより抜粋)

車を運転している方なら誰しもが一度や二度、あおられた経験があると思います。
何をそんなに急いでいるのか、やたらと車間をつめてきて、一昔前だと「どけ、どけ」ウィンカーまであげて…。

先日、東北方面へドライブ旅行へ行く時に車の後ろにステッカーを貼って走ってみました。

 

これが「効果抜群!」
首都高、東北道ともに、後方から車間をつめてきた車がこのステッカーに気づくとスーッと下がって行きます。
中にはしつこく迫ってくる車もありましたが、これは文字が読めないのでしょう。

今回購入したステッカーはマグネット式なのでどこにでも簡単に貼れます。
Amazonで700円ほどでした。

ちなみに愛車には前方撮影のドラレコは搭載していますが、後方カメラはありません。
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酸ヶ湯~鶴の湯~浄土ヶ浜 2000Kmドライブ旅行

2018年07月25日 | ドライヴ
7月9日(月)午前6時。
愛車シビックが軽快なエンジン音を発して横浜をスタートした。
今日から3泊4日の日程で東北地方2,000Kmのドライブ旅行の始まりだ。
予定では東北道の黒石IC経由で八甲田山麓の酸ヶ湯温泉まで一気に走って一泊し、十和田湖から田沢湖をめぐって乳頭温泉郷・鶴の湯で一泊。
田沢湖から岩手県を東に横断して浄土ヶ浜へ行き、戻って花巻で一泊。
翌日ひたすら東北道を横浜まで帰ってくる。ワイフとの二人旅だ。

午前7時、首都高速湾岸線~中央環状線と乗り継いで東北道の浦和料金所を通過。
途中豪雨にあったが今は晴天だ。
月曜日の午前6時だとまだ都内の道路は混雑が始まっていないのか、実にスムーズだ。
1時間で都内を抜けてきた。
そのまま空の広い東北道を北へと飛ばす。

途中、トイレ休憩&昼食&燃料補給をしながら、さらに北へ、北へ。
花輪SAで最後の休憩をとり、午後3時15分に東北道・黒石ICを降りる。

秋田犬をモチーフとした土産物


ここまではほぼ予定通りだ。
そのまま閑散とした道路を十和田湖方面へ。



スーパー林道のような道をたどると、やがて目的地の酸ヶ湯温泉に到着した。

「酸ヶ湯温泉」


ここ酸ヶ湯温泉は『およそ三百年前の貞享元年(1684)、横内(現青森市内)に住む狩人「小山内 佐ヱ門四郎」が鹿をしとめそこない、その手負いの鹿を追って山へ入った。それから3日後に発見したが、傷を負っていたはずの鹿があっという間に岩山を駆け上がり逃げ去ってしまった。その俊敏さをみて不思議に思い、付近を探索したところ温泉が湧いているのを見つけた。その後、その温泉に薬効があることを知り「鹿の湯」と名づけ利用した』という由来があります。
江戸期より湯治客が多く、現在の大浴場「熱湯」の周辺に数ヶ所お湯が湧き出しており、地元の者がそこに小さな小屋を建て、山菜取り人や狩人らに温泉を開放していたそうです。
そういった小屋主(湯主)らが協力して組合を設立したのが「酸ヶ湯」の原形となりました。最初は湯治棟しかありませんでしたが、その後旅館部等を増改築し現在に至っております。
(公式HPより引用)

公式HPにあるように、現在はかなり大きな(広い)温泉宿になっている。
私達が宿泊した部屋は旅館棟7号館の2階。



小さいながら縁側、床の間つきの和室だが、それほどきれいではない。
洗面所、トイレは部屋の外で共用。
食事は、朝夕共に食事処に出向くシステムだ。
部屋の出入りは引き戸、廊下が板の間なので足音が響く。



湯治場と思えばそれなりの部屋である。
が、驚いたことに部屋で無料のWiFiが使えた。
時代の流れなのだろうか、それとも海外からの客が増えたためだろうか。

荷をほどくと早速「ヒバ千人風呂」へ行ってみた。
ここは酸ヶ湯温泉のメインのお湯である。

 

混浴である。が、行った時は男性が4、5人しか入っていなかった。
(女性用に専用タイムが設定されている。 午後8時から9時、午前8時から9時)
温度の違う2つのお湯は白濁していて芯から温まる。
千人風呂というだけあって、バスケットコートが2面取れそうな体育館のようだ。
木造の建物は古く、湯がしみ込んでいる。それがまた良い。

 
写真撮影NGなので、公式HPから借用。

夕食はフツーの旅館で出されるフツーの献立であった。
畳敷きの部屋でテーブル席だ。

 

朝食は夕食とは別の部屋でバイキングだった。
和洋どちらにも対応できるような料理が数種類、それぞれ大皿に用意されていた。朝食メニューもいたってフツー。



木造の温泉棟の他はかなり近代化されている。


翌朝の午前9時、予定通り最初の目的地「阿修羅の流れ」へむけて出発。
来るときはあまり気にならなかったが、かなり山を登ってきていたようで十和田湖に向かって下りが続く。
奥入瀬渓流はTVや雑誌で良く目にするが、今まで行ったことがない。
今回のツアーで楽しみにしているポイントだ。
緑に囲まれた割と整備された道をしばらく進み、目的地「阿修羅の流れ」に到着。
数日前に降った雨の影響か、想像していたより水量が多い。
それにしても水の流れは見ていて飽きない。

   

ここで少し長めに時間をとって次の目的地、十和田湖へ。
Googleのストリートビューであらかじめ駐車場を調べておいた十和田湖ビジターセンターへ向かったのだが、ここの駐車場へは入れなかった。
仕方がないので道路を隔てた有料駐車場に車を入れる。
駐車場から少し歩いて十和田湖畔へ。

 

そのまま十和田湖畔を15分程歩き、乙女の像を見に行く。

「乙女の像」(昭和28(1953)年秋の完成)
詩人にして彫刻家であった高村光太郎の傑作として知られ、十和田湖の文字どおりのシンボルとなっています。
像は、向かい合う二人の裸形の乙女。当時、光太郎は岩手県太田村の山荘で過ごしていましたが、制作のため東京へ戻り、中野にある友人、中西利雄(画家)のアトリエで取り組みました。
「湖水に写った自分の像を見ているうちに、同じものが向かい合い、見合うなかで深まっていくものがあることを感じた。それで同じものをわざと向かい合わせた」
「二体の背の線を伸ばした三角形が“無限”を表す」
「彫刻は空間を見る。二体の間にできるスキ間に面白味がある」
と、モチーフを語っています。
制作中、像の頻は白布で覆われ、だれにも見せることはありませんでした。完成後、「あれは智恵子夫人の顔」といわれるようになったが、「智恵子だという人があってもいいし、そうでないという人があってもいい。見る人が決めればいい」と光太郎は答えています。
体の方はモデルがいました。藤井照子、当時19歳。東京のモデルクラブに所属する姉妹の1人でした。青森県野辺地町出身の彫刻家、小坂圭二が光太郎の意を受けて探し当てた人で、みちのくの自然美に対抗できる、力に満ち満ちた女性美の持ち主。彼女は選ばれたことに誇りと使命を感じ、光太郎の制作の手が止まると「先生、始めましょう」とうながしては奮い立たせました。
(十和田湖国立公園協会HPより抜粋)

  

発荷峠からの十和田湖


午前11時45分、十和田湖を出発。次の目的地は秋田県にある田沢湖。
小一時間走って十和田湖ICから東北道に乗る。
途中、花輪SAで昼食を摂り、盛岡ICで東北道を降りる。
そのまま一般道を西へ向かい、田沢湖を目指す。

「田沢湖」
最大深度は423.4mで日本第1位(第二位は支笏湖、第三位は十和田湖)、世界では17番目に深い湖である(世界で最も深い湖はバイカル湖)



舟越保武作の「たつこ像」
 

「辰子伝説」
田沢湖のほとり神成村に辰子(タッ子、または金釣(カナヅ)子ともいわれる)という名の娘が暮らしていた。辰子は類い希な美しい娘であったが、その美貌に自ら気付いた日を境に、いつの日か衰えていくであろうその若さと美しさを何とか保ちたいと願うようになる。辰子はその願いを胸に、村の背後の院内岳は大蔵観音に、百夜の願掛けをした。必死の願いに観音が応え、山深い泉の在処を辰子に示した。そのお告げの通り泉の水を辰子は飲んだが、急に激しい喉の渇きを覚え、しかもいくら水を飲んでも渇きは激しくなるばかりであった。狂奔する辰子の姿は、いつの間にか龍へと変化していった。自分の身に起こった報いを悟った辰子は、田沢湖に身を沈め、そこの主として暮らすようになった。
北方の海沿いに、八郎潟という湖がある。ここは、やはり人間から龍へと姿を変えられた八郎太郎という龍が、終の棲家と定めた湖であった。しかし八郎は、いつしか山の田沢湖の主・辰子に惹かれ、辰子もその想いを受け容れた。それ以来八郎は辰子と共に田沢湖に暮らすようになり、主のいなくなった八郎潟は年を追うごとに浅くなり、主の増えた田沢湖は逆に冬も凍ることなくますます深くなったのだという。
(ウィキペディアより抜粋)

午後3時50分、田沢湖を後にして今夜の宿「鶴の湯」に向かう。
乳頭温泉郷の中で最も古い歴史を持つ鶴の湯は、日本一予約の取れない宿で有名なのだそうだ。
秋田藩主の湯治場だった由緒ある温泉で、今でも警護の武士が詰めた茅葺き屋根の長屋「本陣」が残っている。
予約は電話のみ、それが一発で予約が取れてしまった。
ただ、本陣などは予約が一杯で湯治客用のような部屋しか空いていなかったのが少し残念。

幹線道路を外れ、穴ぼこだらけの未舗装の山道を少し走った先。
鶴の湯に着いてびっくり。
時代劇のセットのような建物が目の前にあらわれた。半端ないレトロ感。
これはマジで時代劇の撮影で使える。

 
 

予約の取れた部屋は三号館1階の一番奥の部屋。
6畳のこじんまりとした部屋だが、たばこ臭がひどい。
隣が自炊場になっている。



トイレ、洗面所は湯治場の常でモチロン共用。
ただ洋式トイレはウォシュレットだった。
また、鶴の湯でも部屋で無料のWiFiが使える。携帯の電波も問題ない。

さっそく混浴の露天風呂へ行ってみる。
鶴の湯は4つの源泉があるとかで、それぞれの源泉ごとに湯屋が分かれている。

 

混浴の露天風呂は小さな橋を渡って右にあるのだが、ちょっとした池サイズで想像したよりだいぶ小さい。
目隠しの生垣はだいぶ枯れていて、角度によっては外から良く見える。
お湯は白く濁っている。
立ち上がると腰より下くらいの深さしかない。
女性用の脱衣所から露天風呂へは大きな岩が目隠しになっているが、女性が明るい時間帯に入るにはかなりな覚悟(勇気)が要りそうだ。
お湯の温度はそれほど高くない。


写真撮影NGなので、公式HPから借用。実際はこれほどキレイではない。

鶴の湯温泉は乳頭山(1478m)の麓の乳頭温泉郷の八軒のうちの一軒で同温泉郷の中でも最も古くからある温泉宿です。
古くは寛永15年(1638年)に二代目秋田藩主・佐竹義隆が、寛文1年(1661年)に亀田岩城玄蕃が、鶴の湯に湯治訪れたといわれています。一般客相手の湯宿としての記録は元禄時代(1688~1704年)から残っています。
鶴の湯の名前の由来は地元の猟師.勘助が猟の際に傷ついた鶴が湯で傷を癒すのを見つけ事がそのまま鶴の湯の名に残ったのだといいます。
また鶴の湯の半径50m以内に泉質の異なる4つの源泉が湧いています。
それぞれ 白湯 黒湯 中の湯 滝の湯と源泉名がついていますが同じ敷地から効能、泉質共に異なる4つの温泉が湧く珍しい温泉場です。
(鶴の湯公式HPから抜粋)

夕食は「本陣」の食事処でいただく。
料理は山菜が中心でヤマメの塩焼きがついていた。
山の中の旅館は「これじゃなくっちゃ」。
地の物を肴に地の酒を飲む。
これが最高の贅沢っていうもんだ。
囲炉裏の鉄鍋に山芋の団子汁が煮えていて、お代わりが自由だった。
外は雨、半袖では少し寒い。

 

翌朝も雨、霧が出ていた。

 


午前8時30分、予定より30分早く鶴の湯を出た。
今日は岩手県を東に横断して宮古市の浄土ヶ浜まで走る。
宿を出て1時間ほどで盛岡ICを通過して、一般道を東へ山の中を宮古市へと向かう。
雨が降ったり止んだりしている。

昼食は途中の「うちさわ」さん。
ネットで調べたら地元で有名な店のようだ。
ちょうど昼食時のせいもあるのか、車で頻繁に客がやってくる。
この店の名物という「かつ丼」と蕎麦のセットを注文した。
ワイフは「天ざる」だ。
かつ丼も蕎麦も悪くはない。
天ぷらもサクッと上がっていて美味しかったそうだ。

  

腹ごしらえもできたところで、再び浄土ヶ浜を目指す。
ここまでくればもう一息だ。

「浄土ヶ浜」
三陸復興国立公園・三陸ジオパークの中心に位置する浄土ヶ浜は、宮古の代表的な景勝地。
鋭くとがった白い流紋岩が林立し、一つ一つ違った表情を見せて海岸を彩ります。松の緑と岩肌の白、海の群青とのコントラストはまさに一見の価値あり。
浄土ヶ浜の地名は、天和年間(1681~1684)に宮古山常安寺七世の霊鏡竜湖(1727年没)が、「さながら極楽浄土のごとし」と感嘆したことから名付けられたと言われています。
(宮古市HPから抜粋)

まだ新しい浄土ヶ浜ビジターセンターに車を置き、エレベーターで海岸に降りる。
そのまま海岸沿いの遊歩道を15分程歩くと目的の浄土ヶ浜に出てくる。



   

この辺りは2011.3.11の東日本大震災で津波の被害を受けている。
あれから7年、今はすっかり復興していて(たぶん)以前の景観を取り戻しているのだろう。


午後2時10分、浄土ヶ浜を後にして今夜の宿泊地「花巻」へ出発。
途中、河童の里「遠野」を経由する。
盛岡から宮古まで高速道路ができるようで、建設のためのトラックがかなり走っている。

2時間ほど走って、道の駅「遠野風の丘」でトイレ休憩。
土産物にはカッパが多い。

 

近くの遠野ICから釜石自動車道へ入る。
この釜石道は今は無料だが、そのうち有料になるのだろうか。

ツアー最後の宿は「ルートイン花巻」。



ルートインは全国展開しているビジネスホテルで、出張の時にあちこち利用しているので勝手がわかっている。
花巻空港ICで降りると直ぐなので車で移動している時には立地が良い。

ツアー最後の晩餐はホテル真ん前の「りょうり丸」さん。
のれんをくぐると「本日予約のみ」の看板が立っていた。
この辺りには他に居酒屋が無いので、ワイフが直接交渉。
「いいって」とワイフ。

好物のビールがサッポロのみ、というのが残念だったが、刺身はうまい。
「このカキフライも大きくておいしい」と、ワイフ。




7月12日、ツアー最後の日。
午前8時45分に宿を出る。
朝から雨がしょぼついている。
花巻空港ICから釜石道に入り、花巻JCTから東北道に乗り入れた。



午前11時16分、安達太良SAに到着。昼食&給油を済ませ再び横浜を目指して走り始める。

そのまま東北道をひた走り、午後2時30分、川口JCTから首都高速中央環状線へ。



東京は晴れ、いい天気だ。スカイツリーが良く見える。
葛西JCTから湾岸線に入り、午後3時15分、無事に横浜へ帰ってきた。
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沖縄・世界遺産 中城城跡(なかぐすくじょうあと)

2017年03月09日 | ドライヴ
座間味でホエールウォッチングをした翌日は座間味島から那覇へ戻り、沖縄のプチ観光をするのが痛さん達の定番である。

座間味島から那覇・泊港までは高速船かフェリーで帰ってくるのだが、海上が少しシケて高速船が欠航すると午後2時のフェリーに乗船することになり、その場合は泊港に午後4時に到着となる。
しかし座間味港を午前10時発の高速船が運航すると、泊港に午前11時過ぎに着いてしまう。
その場合は帰りの飛行機の時間まで時間つぶしの「プチ観光」となる訳だ。
(那覇空港発羽田行きの帰りの飛行機は、フェリーの場合を考慮して午後6時以降の便を予約している)

で、今回は予定通り高速船が運航したので、泊港でレンタカーを借り、北谷で昼食の後「中城城跡(なかぐすくじょうあと)」へやってきた。

「中城城跡」
琉球王国時代の記憶を、今に伝える中城城跡。
自然の岩石や地形を巧みに利用した美しい曲線の城壁、当時の巧みな石積技術を目の前で見る事ができます。
「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の一つとして、世界遺産に登録されました。
(公式HPから)


2017年3月5日(日)
北谷から15分程で中城城跡の無料駐車場に到着。
入口で入場料400円を支払う。



折よく電動カートがやってきた。
7~8人ほどが乗れるだろうか。
聞けば「正門」まで行ってくれるという。しかも無料だ。
中城城跡のある小高い丘の上まで、舗装された上り坂を麓を回るように上ってゆく。




舗装された道の終点でカートを降り、「正門」から順路に従って順番に見て回る。

正門




南の郭にある拝所






一の郭へ抜けるアーチ型の門




二の郭




三の郭へ上る急な階段



首里城は何度か行ったことがあるが、ここ中城城跡(なかぐすくじょうあと)には初めて来た。
丘の上に城壁があるだけの景色だが、首里城は博物館的な感じがするが中城城跡は「遺跡」感があって、個人的にはこちらが好みかな。
ただ、交通の便が悪いので「行くぞ」という気合がないとなかなか来れない場所ではある。
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ふり向く阿弥陀像(京都・永観堂)

2016年11月16日 | ドライヴ

永保2年(1082)、永観50歳のころである。2月15日払暁、永観は底冷えのするお堂で、ある時は正座し、ある時は阿弥陀像のまわりを念仏して行道していた。すると突然、須弥壇に安置してある阿弥陀像が壇を下りて永観を先導し行道をはじめられた。永観は驚き、呆然と立ちつくしたという。この時、阿弥陀は左肩越しに振り返り、
「永観、おそし」
と声をかけられた。永観はその尊く慈悲深いお姿を後世に伝えたいと阿弥陀に願われ、阿弥陀如来像は今にその尊容を伝えると言われている。(写真、文ともに永観堂公式HPより拝借)

今年(2016年)の7月、ワイフと二人、愛車シビックで横浜から京都までこの阿弥陀さまに会いに来た。
実は前年の11月にも会おうとしたのだが、季節はモミジの真っ盛り。人も車も大渋滞で泣く泣く諦めたことであった。

そして今回、「夏の京都なら比較的すいているだろう」という読みでやってきた。

南禅寺近くのコインパーキングに車を置いて、7月末だというのに少し肌寒い小雨の中を永観堂までのんびりと歩を進める。
なるほど、この辺りは秋の紅葉シーズンは人で埋め尽くされるであろうことは容易に想像できる。

南禅寺は帰りに寄ることにして山門前を素通りし、やがて目的の永観堂へとやってきた。


雨模様のせいもあるのか、幽玄な雰囲気が私たちを迎えてくれる。
参道わきのモミジが半端なくすごい。


拝観料を払って中に入ると、良く手入れされているお庭にもモミジがまたすごい。
ひと気は、無い。

拝観順路に従って諸堂をめぐると、崖に沿って作られた木の階段を上った先に目的の尊像が祀られているお堂があった。


(永観堂公式HPより拝借)

お像は思っていたよりも小ぶりであるが、じっと見ていると心が落ち着く。
ようやく会えた。



帰りに南禅寺に寄ってみた。
こちらは雨の中多くの観光客でにぎわっていた。

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レンズキャップ for Panasonic製gorilla

2016年05月10日 | ドライヴ
カーナビをPanasonic製gorilla「CN-GP757VD」にリプレースしました。
今まで使っていたカーナビの無料地図アップデートが終了したので後継機種に迷いましたが、前から万一に備えて欲しかったドライブカメラが付属しているこの機種にしました。

ところが、
付属しているカメラに、有るべきはずのレンズキャップが標準装備されていません。
痛さんはナビを使わない時には車から取り外して家で保管する派なので、保管する時にカメラのレンズキャップが無いのは致命的です。

なので、自作しました。
ペットボトルのキャップを改良しようとしたのですが、ワイフの助言で「ガムシロップ」の容器に方針変更。
そのままでは径が大きすぎて合わないので、上部を切断。1/3~1/4くらいでしょうか。



これをドライブカメラのレンズ部分に装着してみると、実にグッド。
廃品利用なので、材料費はタダです。
同じようなカメラユニットを使用している方がいたら試してみてください。





シリコン製のレンズキャップくらい、標準装備して下さいよ。
ねぇ、Panasonicさん。
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