役所 信太のひとりごと。。。(カウントダウン365×4→0)

旅先で感じたことや報道など私的に思うこと

何が隠れている断片ばかりの報道・・・テレビを観ていて思うこと。

2012年07月31日 19時25分00秒 | Weblog
テレビを観ていると
大好きな報道番組でも
オリンピックの話題が実に多い。
とうとうオリンピックが始まったんだなと実感する。
そのせいか
断片的というか偶発的というか
朝令暮改な発言では?
と思うニュースが多く感じる。
気のせいだろうか・・・。

気が付いたら
大好きな女子バレーボールを
今朝4時に生で観戦・・・。
がんばれ~さおりん!

イタリア戦。
良いプレーも有るのに
ここぞ!という大事な場面で競り負けてしまう・・・。
または
自滅してしまう・・・。
全日本の弱点が出てしまった・・・。
第一セット出だしが非常に良かったのに
ミスで失点し
追い上げて良いところまで行ったのに
ここだ!
というところで
オーバーネットという初歩的なミス。

ずるずると失点してしまいました。

策におぼれて二枚代えが悪い方に流れてしまいました。
第四セットも良い流れだったのに
サーブミスで何度も流れを切ってしまい
とても残念でした。
チームの力が拮抗しているだけに
勝てる試合でした。

自滅かぁ・・・
なんとももったいない
そんな感想です。

ところで
オリンピックの開会式、
映像の美しさといい
流れの優雅さといい
平和の祭典らしい非常に素晴らしいのもでした。

全世界がスポーツを通して競い合う
なんとすばらしいことでしょう。
こういった催しで
世界が同じ方向を向いてほしいものです。
もっともっと競技を増やして
世界中がしのぎを削ることに集中力を向ければ
違った意味で敬意を払いあい
世界が良い方向に向くことでしょう。

平和の祭典とはいっても・・・
すべてが綺麗事で済まないことは分かっています。
ロンドンへの誘致で
圧力団体として
決して綺麗事では済まない交渉術が繰り広げられたことでしょう。
誘致に成功しても
開催地ロンドンのどこに重きを置くか
かなりの駆け引きが有ったこともわかっています。
日本で言えば
一昔前の新宿西口や
大阪のあいりん地区のような場所の再開発に使われたと
一部否定的な見方もあるのも事実です。
それはそれで
私は構わないと思います。
うまく利用して
経済活動の一助にすればいいと思います。

どんなことでも
すべてが正しいことはありません。
完全に正しい正義など
存在しないことも知っています。
ただ、
大事なことは
その正義が
より多く“正しいことだ”と認められるということ。
その正義において
発言者は
信念を持ちぶれることなく行動に移す。
その過程で
少々の脅しや駆け引きが存在することは
普通のことだと私は思います。

オリンピックの開会式を観ていて
そんな正義のことが頭をかすめました。

正義・・・

そういえば
先日、
原発の反対運動でデモが起こったと報道で知り
箇条書きで思い付いた考えを書きました。

デモ・・・
原発に反対で起こったデモ。
正義感からなのか、
危険と認識するからなのか、
衝動からなのか・・・、
それとも
別の「何かの力」が働いているのか・・・。

今日7月31日
他にデモが起こった様子は
無い・・・。

確か、
東京電力に
1兆円の公的資金が注入される日と
雑誌で読みましたが
どうなったのでしょう。

先日、東電の電気料金が
8%超の値上げが承認されたと報道されていました。

日航が破たん処理で株式が紙切れになり
債権者の債権放棄が余儀なくされ
多くの従業員が解雇され
花形職の客室乗務員も契約社員に多くが格下げされ
かなりの痛みを伴いました。

それなのに
いつ終息するかわからない福島原発を
嘘の終息宣言で誤魔化し
公的資金注入で再建というもっともらしい「ごたく」を並べて
税金を投入する。
被害者は国民のはずでは?
株式が紙切れにならず
配当が保障され
原発被害者などの救済を結局は
被害者が負担すると言う方向に持って行く。
それが正しいことなのでしょうか。
私は不思議です。
なぜ、
政府や経済産業省が屈服するくらいの「怒り」が起きないのか。
東電が値上げしたら
千葉や茨城で液状化など被害を受けた人も
税金で負担することになるのに・・・。

原発反対デモもしかして
ガス抜き?

サイレントマジョリティがほとんどなのか
関東の人は裕福なのか
不思議です。

原発って
政府の決めた「政策」であって、
政府が定めた基準に準拠しているのであって、
政府の言いなりに外国製品を受注し建造されたのであって
東電が悪い、東電が悪いと
あたかも東電単独の責任の様に言われているが
水俣病等の公害病の様な
「いち企業の無過失責任の図式」に似ているようにも感じる。


そんな中・・・、

関西発で
大きなうねりが起きようとしています。
それを潰そうと
姑息な手を仕掛けて来ていますが
どうなんでしょう。
橋下市長がスケベなの
誰もが知っていることだし・・・。
スケベと政策実現力は別問題に思います。

東国原氏は
宮崎県知事として評価されています。
しかし
彼は過去に
いろいろスケベ事件を起こしています。
だとして
今の彼の評価が下がっているとは
私は思いません。

既得権益を持った政治家や官僚は
関西発の本気の改革が
かなり恐ろしいのかもしれません。

頭の中で整理がつかないです。
報道番組や新聞では
断片的な報道が目に付く。
私がすべてに目を通さないのが
いけないのでしょうが
それは無理・・・。
評論家でも専門家でもないし・・・。

杞憂かもしれないですが
なにか裏で
大きな秘め事が起こっているような気がいます。

その端端がちょこっとずつ表に出て来て
事件として報道されています。

社説や評論家のコメントなどの
薄っぺらいものでなく
本物の
裏に秘められた事実が
きっと存在する。
何かを隠そうとして
物事がすり替えられているような気がする。

または
パズルのように
うまく組み合わせると繋がって
真実が見えるのかもしれません。

何かは分かりません。

時は金なりなのに
すり替えられた何かに
時間が費やされている・・・。

正義を本気で考え
議論ができ
論破できる人がいないのに
権威だけは存在する。

なんだろう・・・
この違和感は・・・。

私のアホな頭では
この違和感が何なのか
整理できない・・・。

女子バレーとオリンピックの開会式から
こんなことが頭に浮かぶ・・・。


。。。。

部屋の中が38度C!

2012年07月27日 23時17分02秒 | Weblog
真駒内の花火大会・・・
うまくチケットが取れなくて
見逃してしまい・・・

残念。

妙に花火が恋しくなった。

もうすぐ8月1日。

1日と言えば
関西人にとって
PLの花火の日。

12万発打ち上げる花火は
(最近は2万発としている本紹介もある)
それはすごいの一言・・・。

3か所から打ち出す花火の連続で
空が煙ってしまうほどです。
「煙の晴れるの待ち」があるほど。

スターマインなどの低空花火は
山の中なので少々・・・
見難い。
否、
有料席の会場でないと半分くらいしか見えない。

地元警察の見学者の人出発表数は
25万人程度来ているらしい。

富田林の駅周辺から
本庁前までずっと続く人の波を見る限り
25万人という数字が多いか少ないかは別として
気分が悪くなる人も結構いるので
体感は100万人だと思います。

とにかく見物客が多くて
駅前のダイエーの
あの異常なトイレの列を見ていると
恐ろしくなります。

それでも行きたくなるPL花火。
いろいろ観てきましたが
それぞれ場所によって特色があるので
甲乙つけがたいですが
総合的に判断して日本一は
『大曲花火大会』ですが
一気に短時間で打ち上げる打ち上げ数では
きっと日本一でしょう。
たぶん・・・かな・・・。

諏訪湖花火のように
花火と協賛者の紹介を
優雅に調和させるのではなく、
一気に
ドバドバドバ~と行ってしまうところが良い。
琵琶湖花火のように
途中お休みを意図的に造って
時間調整することも無い。
途中間があくのは
上で述べたような
空が煙って視界不良になるからの晴れの時間待ち。
要するに煙がのくの待ち。

いてもーたれぇ~!
そんな感じの花火打ち上げ。
たぶん
土地柄でしょう。
岸和田のだんじりみたいに
どばっと
いってまえ~と言った感じです。

南海高野線沿線の金剛駅周辺から
近鉄の貴志駅、富田林西口駅、川西駅など
その周辺の小高い場所や田んぼの真ん中、
河川の土手、河原、橋など
いろいろな場所で見学者が見物しています。
きっとこういった人はカウントされていない中の
25万人なのでしょう。

私は毎年場所を変えて
10年ほど調査しました。

PL花火のかなりの通かもしれません。

そんな中でお気に入りは・・・・。

帰りのことも考えると
貴志駅周辺の田んぼ地帯は
虫さされの対策がしっかりしていれば
絶好の場所かもしれません。
地元の人がかなりいるので
仲良くすると入れてもらえます。

花火のフィナーレは
空が真っ赤になって
すぐ昼になったように黄色の光で明るくなるのですぐにわかる。

そうなったらすぐに駅にダッシュ。
駅の自動改札は2台のみ。
でも大丈夫。
終了と同時に駅に入って来る人はそうは多くない。
ホームに上がると
ホームで駅員に怒られながら見学している人もいることに驚く。
河内長野行きはガラガラ。
絶対に座れる。
ここからが裏技。
阿倍野橋行きはすでにかなりの混雑があるが
とにかく来た列車の
一番後ろか、一番前に決めて並んで乗る。
8両編成だと後ろが少しあいている。
乗ったら混雑具合が25分間我慢できるなら
そのまま阿倍野橋駅まで乗れば良いけど
無理そうなら
次の駅の古市駅で降りる。
で、そこで同じホームの向かいかそのホームに入って来る
その駅発の普通か
橿原から来た急行に乗り換える。
この方法だとかなり楽に帰ることが出来る。
ただ終了して20分以内の裏ワザですが・・・。

10~15年くらい前だと
富田林西口や川西駅で大混雑することはあまりなかった。
10時過ぎには列車に乗れて帰ることが出来た。
ところが
関西ウォーカーなどの雑誌で
穴場なる特集が掲載されてから
おかしくなってしまった。
地元の人しか知らない抜け道も
穴場ポイントも
帰りの抜け道も筒抜けで
穴場で無くなってしまった。
富田林西口駅など近年
最初から方向別で駅の外に並ばせるように変わった。
改札入るまでかなり時間を要するようになった。
川西駅もしかり・・・。
昔は
川西駅からだと10時過ぎには列車に乗れた。
今はフィナーレを観たらまず無理。
阿倍野橋駅までなら
近鉄は深夜でも人がいる限り列車はあるけど
そこから先がなくなる。

そんなPL花火
久しぶりに見学したくなってしまったのでした。
帰りは
南海の大阪狭山市経由で帰る予定で
野外有料観覧席での見学を選択しました。
で、チケットを購入。
3500円。
失敗する可能性も有るけど
最後なのでとりあえず購入しました。

今日は関西に帰って来て一番きつい・・・。
暑さがきつすぎる・・・。
この暑さは
沖縄より暑い。

いろいろ長く滞在して
初めて分かることが結構あるけれど
暑さの本質が異なるとはいえ
間違いなく
京都の夏は
沖縄より暑い。
例えるなら・・・
紫外線の突き刺さるような暑さが沖縄で
サウナにいるような
汗が「じと~」という暑さが京都
そんな感じです。

だから
京都の方が体はしんどい・・・。

で、家に帰ってみると
なんと!

部屋の温度計が “38℃”

この温度計がある部屋は
我が家で一番夏は涼しく冬は寒い。
毎年気温が35度いっても
だいたいこの部屋は32度止まりで
結構上がらないのに・・・。

32度を超えたのを購入以来初めて見た。
もう10年近くたつのに。

38度は厳しい・・・。

それなのに観光客の多さときたら・・・

今日、
チケットを買いにイオンモール京都の大垣書店ぴあへ行った。
バスキンロビンスの
アイスの宣伝をしていて
誘惑されそうになったが
なんとか我慢し
伊勢丹のデパチカへ食品を買いに行った。

京都駅の人の多さは相変わらず。
夏に京都に来る人の気がしれません。
京都市内って
日本一蒸暑い場所なのに・・・。
街もゴミゴミしてるから風が通らない。
余計に暑く感じる。
車が多いせいもあり熱気で更に暑い。
屋外の観光地が多いのに大変です・・・。

久しぶりに
枡悟のしば漬けとはんなり漬けを購入。
神宋のちりめん山椒も購入。
ふたばの豆もちも高島屋まで足を延ばし購入。

やっぱりこういった味覚は京都が良いかな・・・。

しばし味覚に気を取られ
暑さを忘れるのでした。

。。。。。

いつもながらの考え事・・・、いじめ犯罪の境界線、原発デモに潜む人の性質など・・・

2012年07月21日 21時58分59秒 | Weblog
今日は音威子府の駅からフラフラと散歩中。

誰もいない道をただ歩くだけの散歩。

今日は蒸し暑いからか

虫が多いような気がします。

なんだか憂鬱です。
そんな中
地元の小学生でしょうか

“こんにちはぁ~”

とあいさつの声をかけられる。

一瞬で
気持ちが変化するこの魔法の言葉・・・。
田舎の子供たちは
どこに行っても
知らない人でもあいさつしてくれる。
四国の田舎町でも
北海道の田舎町でも
沖縄の田舎町でも。
都会ではありえない習慣です。

都会ではまず
不審者扱いされるか
無視されるのが普通。

このあたりが田舎の素晴らしさです。

まぁ
不審者の異常行動の抑制にもなるのも事実ですが・・・。

こういったことは学校で教えるのでしょうか
それとも親でしょうか。

学校だったら
全国共通にしてほしいものです。

とても良いことだから。

もし学校の先生の指導だったら
こういったことも
評価の対象になるのでしょうか。

そういえば、
この“評価”という言葉・・・

かなり奥が深い言葉だと私は思います。

なぜなら
世の中の人すべてが
この“評価”という言葉に対し
かなりの恐怖を感じていると思うからです。
この“評価”を下げてしまうと
人生のすべてが否定され
そこで終わってしまうかの如く
人々は感じているように思えるからです。

だからでしょうか
“評価を下げることを防止すること”
に対し
全身全霊精神を傾ける傾向にある。
評価を下げれば
一生の恥だと思うのでしょうか
その羞恥心と、
そこから派生する批難されるという恐怖
これらの感情がその源なのでしょう。

多くの人々を支配するこの
“評価を下げないように防止すること”への情熱は
どこの世界にもあることで
普通の人間なら
誰でも存在しているものだと私は思います。

しかし、
その程度がはなはだ異常をきたし
その異常が積もり積もって
最悪な方向に向いているのではないでしょうか。

人ならだれでもミスをするものなのに
一度ミスをして
もし評価を下げてしまう様なことがったらと
隠ぺい、言い逃れ、嘘、誤魔化し
他への転嫁、責任放棄が蔓延し
そこに全集中力が向いていること
それにも気付かず自己正当化へ邁進、
最近の多くの事象が
この異常な情熱の向け方に
起因しているような気がしてなりません。
その警鐘を鳴らします。

ところで、
先日からのテレビや新聞での報道・・・。
原発反対集会、
大津のいじめ自殺問題、
小沢氏の新党結成問題を取り上げています。

中でも
大津の教育長や校長先生のインタビューが
無性に気になってしまって
この事件に関連した成り行きを見届けたくなりました。
亡くなったお子さんには
安らかに眠ってくださいとしかいいようがありません。

ただ、
この事件で
“いじめ”という言葉が出てくるたびに
私にはどうしても違和感があって
馴染めないのです。
なぜなら
10年も
20年も前から
学校内で存在するいじめの問題、
こういった自殺事件が起こるたびに
世の中では、
報道がエスカレートし過剰に意識し
今後の対策など
どう行政から出てくるか、
今後の成り行きを見守ることなく
いつの間にか
注目度合いは薄れ消え去ってしまい
また何年かして浮上してくることを繰り返している。

そのたびに言われる“いじめ撲滅”ということば
軽くてしょうが有りません。
私は残念でなりません。

いじめがなくならない根本の原因は何なのか・・・。

“いじめ”
という言葉だけが独り歩きして
根本的なことが見落とされるのでしょうか。

言葉の定義としては
「子どもが
 一定の人間関係のある者から、
 心理的・物理的攻撃を受けたことにより、
 精神的な苦痛を感じているもの」
というのが一般的だったけれども最近は、
「自分より弱い者に対して
 一方的に、身体的・心理的攻撃を継続的に加え、
 相手が深刻な苦痛を感じているもの」
といわれるようになった。

また、
いじめか否かの判断は、
いじめられた側の立場に立って行うものとしている。

ここで問題になるのは
苦痛の程度。
苦痛を感じる程度はかなり個人差があり
外傷や恐怖感を覚えるような心痛でも
“犯罪”に該当するかは
その時の裁量にゆだねられる場合が多い。。
結局、
“いじめ”と“犯罪”の境界線は、
非常に曖昧なものだと思います。

こんな曖昧な基準に沿って判断されるなら
本当に苦しんでいる被害者側にとって
救済が必要な措置が遅れる可能性が高くなる。

法律は
厳格な基準に準拠しなければならないことはわかっていますが
こんなことで犯罪に該当させられないならば
外傷を負っても曖昧に片付けられ
いつになっても厳しく罰せられない。
いじめはなくならない。

このことは後で触れ直すとして
もうひとつなくならないついでに
人間の性質がある。

人間の性質に
「サディズム」と「マゾヒズム」がある。
そのため
強いサド的性質を持った人間は
欲望の追求の一部になっているからです。

このことを考えると
「失くす」のではなく
減らす方向に持って行くべきです。
それには
エネルギーに満ちた若い世代の豊潤な意欲を
「興味」と「憧れ」に持っていける方向性を見出してあげることが
重要だと思うのです。
エネルギーの消耗を
そこに持って行かせるべきなのです。
だからこそ
大人は魅力的であり
憧れられる人物ではないといけないのです。

テレビでの大津いじめ事件の報道を観ましたが
保身と言い訳に終始している大津の校長や教育長の発言は
すべての生徒の信頼感を削ぎ落し
教育者への
大人への
失望に変えてしまいました。

学校や教育委員会といわれる組織も単に行政の一部です。
しかし、
子供に対する教育を目的にしている場ということを考慮すると
すべての人が神聖視し
特別な場所という認識を持つことは自然な成り行きで
学校や教育委員会を
崇高な組織と勘違いするのは無理もありません。

学校(公立)側の先生は
「私は職員で単なるいち公務員だ」との
認識を示すことでしょう。

そのズレが
主役であるはずの子供を置き去りにして
“いじめと犯罪”を曖昧にし放置し
面倒な問題とまで考えてしまう傾向を
助長してしまっているようにも見える。

また、教育委員会など
行政庁の諮問機関で
事務方の教育総務課や社会教育課などを束ねる教育長がいて
その第三者の監視役の意味合いで
地元の教育経験者や人権啓発の専門家など
数人のおっさんやばばぁの集まりにしかない。

それがいつしか
ものすごく偉い人たちの集まりという具合に
崇め奉られてしまった。

今回の大津市の問題で
尾木先生のような教育評論家が
第三者委員会を結成し
いじめに対しどういった対応をして来たのかなどを
審査するらしいが
おかしな話である。
教育長をトップに
行政機関として事務方があり
その事務方の監視、諮問役の役割を果たすべく
教育委員会があるのに
その上に
どうして第三者機関を置く必要があるのか
私には不思議でならない。
事実上、
教育委員会が機能していないことを
行政組織の方が
認めた形になっているということか。

無能で役に立たないと
レッテルを貼ったのならば
仕事をしていない訳で
教育委員は
報酬をすべて返金するべきでしょう。

いじめの問題を
生徒や生徒の親、現場の先生の対応など
吟味して今後に生かすことは大変大事なことです。
しかし、
何十年も前からずっと同じようなことが繰り返され
自殺者が報道機関に取り上げられたときだけ騒がれる現状
これを何とかしないと
明日も明後日も
1年後も2年後も
ずっと同じ繰り返しをする。

政府や行政機関の無能力にも
原発問題で出てくるエライさんも
学校教育のエライさんも共通して言えるのは
対応力のなさと
プライドの誇示なのか
ミスを怖がっているのか
地位の保身なのか
責任逃れが甚だしく
自分は悪くないという保身に満ちた対応に終始して
非常に見苦しいという共通点がある。

上記で最初に言った

多くの人は
“評価を下げることを防止すること”
に対し全身全霊精神を傾け
その羞恥心と、
そこから派生する批難されるという恐怖から
逃れることに終始するという性質です。

機能不全に陥った組織は
硬化が始まり
循環や代謝がなくなりいずれは死滅する。
こういった腐敗は
長くは続かないだろうけど
不顕性病魔のごとく内部でじわじわ進行し
悪化が最高点に達し
一気に噴き出し
その時の世の中の人々が
えらく迷惑する可能性がある。

震災の反原発派が掲げる
将来のため、
子供のためという言葉を使うならば
やはり
一度壊して再構築する必要は
早急にあるのではないでしょうか。

既得権益があって
保身に走りたいと思うのは人情かもしれません。
家のローンや
今の贅沢な暮しを捨ててまで
火中のクリを拾うような真似は普通はしません。

やっぱり無理なことなのか・・・。

そして
別のインタビューで聞いたのですが
ある大津の先生の話、
学校の先生としての仕事以上に
他の仕事が山積し集中できないと
言い訳していました。

どこの職場でも
そんな言い訳は存在するし
どうしようもない馬鹿な大人も多い昨今
業務が増えることは
仕方のないことではないでしょうか。

以前は
学校教育の現場では
50人の生徒が1つの学級を作り
運営されていました。

中に必ずぐれた問題児が2人~3人はいました。

他の約47~48人の生徒(約95%)は
いたって真面目といわれる問題を起こさない分類に
はめ込まれ
実際に問題行動は起こさず
卒業して行くのが常でした。

しかし
顕在化しないからといって
そのことが
本当にまじめな生徒ということなのでしょうか。
中には
不良の2~3人を見て
いつも先生にかまってもらって羨ましい
と思っていた子もいたのではないでしょうか。
中には
問題行動を起こすことを
頭では想像できたけれども
怒られる不安と恐怖から
我慢していただけの子もいたのかもしれません。
中には
もっと自分に注目してほしい
と思っていた子もいるかもしれません。
中には
内申書のために
言わず・聞かざる・見ざるを
演じていたただけかもしれません。

そんな子供たちが
何も問題行動を
その時に実際に起こさなかっただけで
心の中では
失意に似たもの葛藤があったのかもしれません。
何らかの我慢が働いたため
顕在化しなかっただけかもしれません。

彼らの我慢の中に
学級は営まれていたのかもしれません。

そのことに気が付いていた教師がどれだけいたでしょうか。

きっとどこかで
サインを出していたはずです。

“自分は真面目なんかじゃない、
 あいつらみたいに目茶目茶やって先生と話したい”

“本当は自分も注目されたい、でもできない、
 自分はどうしたらいいのだろうか”

ちょっとしたアドバイスで
目からうろこが落ちるのも子供の特徴なのです。
校則に従い服装が学生らしく
問題を起こさない子が
まじめな良い生徒とするなら
ほとんどの生徒は
それを演じているだけで
多くの生徒は
現状の闇の中にいる自分が不安でしょうがなく
何らかの
“ヘルプ”サインを出していたはずなのです。

体は大人に近づいているのに精神が追い付かず
未熟を痛感させられる
うまく成長したいのに
先の行くべき道がわからず
表現の仕方も考え方もわからない
だから不安になって来るのです。
闇の中に入ったような錯覚に陥るのです。

そんな生徒たちを
さらりと受け流してしまう教師・・・。
演じているだけの真面目を
大人に都合よく解釈し
何の問題もないと
平然と看過している教師が多く存在する。

上記でのインタビューでの発言のように
本当に
「山積したその雑用がなかったら
 もっと対応できた」
と言い訳している教師達が
大津のような複雑ないじめ問題に対し
うまく対処できたのか
私には疑問です。
否、
私には無理だと思います。

私が今まで見てきた
“できる”人間は
言い訳はしなかったから。

時間は作るもの
あとは他人をうまく活用していました。

今回の事件を見てみると
蜂を食べさせたとか
お金を盗んだとか
家を荒らされたとか
いじめの域を超えた“犯罪”といっていい事象が
多くアンケートにあったとのこと。

その情報を生かせず
信憑性を疑うなどと
言い訳し、
取り上げなかったところを見ると
情報処理能力もなければ解決力もない。
ならば、
刑事事件の可能性があるとして
どうして警察に相談しなかったのか。
警察と連携して対処しなければいけない事例ではなかったのか。
現場の教師だけでなぜ囲い込むのか。
警察沙汰をなぜきらうのか。

警察はミス(犯罪)を犯した者が関わる場所
そういった認識があるのでしょうか。
私など
落し物の届け出で毎週警察に行っていたので
会計課などの事務職員とかなり親しくなりました。
彼らも普通の人間です。
悪いことだけが警察の関わるお仕事ではありません。
しかも悪いことをして警察という組織のお世話になっても
罪をつぐない反省する期間
またはその代償を支払うことで
今の社会には更生が認められています。
どうしようもない悪人は存在しますが
多くは更生できて
社会復帰していると私は思います。

それを認めないならば
学校教育は
ミスを許さないという非常に厳しい組織になって行くと思います。
未熟な子供だからこそ
教育があって
勉強していくわけで
そこには
未熟ゆえの失敗や誤解が数多く生まれ
失敗を繰り返す。
その失敗を糧に
良い方向に修正して行くことが
本来の教育ではないでしょうか。
そして
度を越した行いには
警察や裁判所といった公の機関で
社会的制裁が加えられることも
躊躇してはいけません。

大人という立場にある教職員は
手本にされるべきであって
決して友達ではない。
教師と生徒が信用できない関係ならば
公の教育機関の意味があるのだろうか。
少なくとも
教師の対応を見て
大人という存在の対応の仕方を認識するはずです。
そんな時に手本になるはずの行いが
保身と不誠実では
信頼関係など出来るわけがない。

“信用してほしい”
そう言葉だけで訴えても
本当の信憑性は保身からは生まれません。

組織が機能せず
問題を学校の対応だの
教育委員会の対応だの
文部科学省の役人だの
責任のなすりつけ合いをしても
亡くなった子供は戻ってきません。

長期間機能していない組織に何を言っても無駄というわけでしょうか。
潰して解体して再構築するしかないのでしょうか。
学校教育が何を目指すか
それは
「憧れ」と「興味」の持てる人が目の前にいるということ
人を大事にしない組織などいずれはなくなる。
いじめがないことの報告書が
評価を上げる対象であったり、
評価を下げないための研究レポートなど
こんな教員の仕事が
本当に子供のためになるのでしょうか。
そんな組織などいらない。
無用です。

将来ガンダムを作りたい
そこからロボット工学の学者になった人もいるように
ナサにあこがれ
宇宙天文学に興味を持てばいいし
オリンピック競技に興味を持って審判の道に興味が行く子もいるでしょう。
そういった興味が、
憧れが、
人を動かすエネルギーになること
誰もが知っていることなのに
それをうまく学業に持っていけるようにすればいいのに・・・。
物事を知るということは楽しいことなのに・・・。
なぜそれが勉強ということばに変わると
人は楽しくないことになってしまうのだろう・・・。
そこから改善してほしいものですね。

大人が
ミスを認め謝罪する姿を見せ
そこから再度再生し
立ち上がる姿、
努力し続ける姿を見せることも
大事ではないでしょうか。

ところで
そこで思い出した反原発の話・・・

政治家も専門家もみなさん評価が下がらないように
頑張って都合の悪いことは隠ぺいし騙し
ごたくを並べてはりました・・・。
それに嫌気が差し
信頼性ゼロ
なのに強引な大飯原発再稼働。

原子力発電所の放射能漏れ問題での
国の行政機関や原子力保安院と呼ばれる付属機関
それに追随する組織などの危機管理のなさや
緊急事態での不手際対応と無能力さをさらけ出し
わからないなら
わからないなりに対応すればいいのに
プライドだけは富士山級に高く
言い訳と保身に走り
支離滅裂なことに気が付かず終始し
収集が付かない状態に陥れた。
なのに・・・。
だから暴動デモが起った・・・。

同じように
民主党政府の政治家の無能さも
今回の政権交代で期待が大きかっただけに
非常に残念としか言いようがない。

再度の話になるが
民主党が分裂してしまい
小沢氏が
消費税法案に反対し
新党を結成してしまいました。

この名も“国民の生活が第一”
なんと滑稽な名称でしょうか。
震災当初から1年ずっと地元にも帰らず
傍観していた政治家が
国民の生活第一など茶番も甚だしい。
剛腕といわれる彼ならば
震災の初期段階から
地元で震災復興庁のような機能を有する部署で
剛腕を発揮すればよかったのですが
それができなかった。
岩手のみならず
東北の支援者は
誰もが期待したはず。

この裏切りは万死に値する。

そんな政局をやっている最中に
大飯原発の再稼働はすんなり始まった。

それに反発する形で
首相官邸に集まった10万人のデモ隊
報道では
原発をすぐに止めるようにと
集まった人たちは主張しているようですが
私には
このデモが妙な違和感が湧き
あくまで個人的な意見ですが
残念にも思えるのです。

なにか
主義主張が本来あるべき方向ではなく
単なる善か悪か
白か黒か
二分するだけの暴動にしか見えないのです。

本当に国の将来を憂いて、
建設的に物事を考え
現状・今後・今までの経緯も踏まえ
中間的な考えを持った人や
原発ゼロを念頭にしているものの
今回のデモには
やや反対的な立場の人など
「彼らを受付ない」
としている様にも見えるのです。

3・11の震災後
「絆・絆」と
日本中に
その言葉が流れ
復興に向けて一致団結しているような風潮が流れました。
現状を鑑みると
1年以上がたっても
20年は処理にかかるといわれる瓦礫の山が
未だに受け入れ先も処理する焼却炉も決まらず
放置状態が続いている。
それに加え
依然として仮設住宅や避難所で暮らす人が何万人もいて
先行きが見えない状態が続いている。
復興住宅や復興都市の方向性すら
具体化されず、
補償や救援も
被災者全員に行きわたっていないと聞く。
本当ならば
デモが起こるなら反原発ではなく、
先に
政府の復興の遅れを非難するデモが
起こってもいいのではないでしょうか。

本来なら
白黒つける反原発ではなく
「今までどうして原発が推進されてきたのか」、
「廃棄する処分場も決まっていない放射性廃棄物の
 最終処理を棚上げにし
 危険と分かっていたはずなのに推進してきた推移」、
「もし、
 原発をなくすならば
 どういう方向性で
 代替エネルギーの政策を行っていくのか
 過渡期に起こる電力不足に対応するため
 どのような政策を行い
 その間のために民間はどう対応していくのか
 産業構造は
 どのような構造に変わって行くのか」
など
建設的な議論と
実態ある行動計画と指針を
積み上げていかねばならないはずです。

そのことがなされていたでしょうか。
震災直後
テレビでは
毎日毎日いろんな専門家が出演し
模型などを使って
原発の内情を解説していました。

ほとんど知識のない民衆はそれを信じ
ほとんど知識のないマスコミも
にわか専門家を信じ
不安を煽る方が視聴率が上がるからか
本当は
100のうち30くらいの信憑性しかないのに
90くらいの不安を煽り
反論は
ほとんど流さず
新聞紙面でも100のうち
見出しが「爆発」や「メルトダウン」など
危機感を煽る見出しが
所狭しと並んでいました。

間違いだかどうかもわからず
核爆発といった報道もありました。
訂正記事は
ごく少量で気が付かないような極小な場合もありました。
危険をあおり
扇動した責任はかなり大きいのではないでしょうか。

建設的な議論はほとんど行われず
一部の冷静な専門学者が沈着な判断をしても
時の時流に合ってないと判断されたのか
表にほとんど出てこなかったように思える。

そういう自分も
震災直後は報道にかなり煽られた。
かなり厳しい意見も言ってきました。
しかし、
今冷静に考えるなら
原発の行方は
今日明日には終わらない。

福島原発の4号機が
先月2回の事故が起こって
水温が上がったと報道されました。
去年12月に
冷温停止になったと
安全宣言が政府から出ました。

それなのに
今回のような状況が未だに続くということは
原因がまだはっきり分かっていないということと
今後の見通しも
綱渡り状態だということ。

そういったことを
訂正されることもなく
隠ぺいするという
誤った方向に流れている気がします。

ここでも
自分の評価が下がることを防止することについて
プライドか何かはわかりませんが
そういったことに対して
かなりのエネルギーを使っているようです。

何度も書きますが
評価を下げることを防止することについて
躍起になるのが
世の中の人の普通の心情だとすれば
このことがらも
普通の成り行きなのかもしれません。
しかし、
その感情を改めなければ
この問題は
解決には向かわないような気がします。

大津のいじめ問題と同じく
それが原因ではないのでしょうか。

いじめが
なくならない構造も
根本に流れる人間の性質において
同じではないでしょうか。

いつの間にか
忘れ去られ沈静化し
忘れたころに
「福島の4号炉あたりの水温が上昇・爆発」
と記事が出てデモ再燃とか・・・。

本当に
議論の建設的な積み上げが成されて
デモ隊に参加しているならまだましですが
多くは、
反対しなければ
評価が下がる・・・
そう思っているのではないでしょうか。
大変失礼で申し訳ありませんが
そう思ってしまうのです。

自己の評価が下がることを防止することに
躍起になって
物事の本質を見逃しているのではないでしょうか。

そんなことを考えて歩いていると
日は傾き
夕刻を迎えるのでした。



。。。

馬はスイープ、初めてのばんえいへ

2012年07月14日 23時48分47秒 | Weblog
今日もフリーきっぷで特急列車に乗車中・・・。
スーパーとかちの自由席でのんびり過ごしています。
新しい車両だから乗り心地が良い。
同じ路線を走っている釧路行き特急は
いつも混んでいるのに
帯広行き特急は編成が短いに空いている・・・。
時間帯にもよるのでしょうが・・・。

石勝線の列車は以前のトンネル火災事故と
バラストの蹴りあげ事件で減速運転中。
かなりの遅れが毎日発生している。
石勝線の駅間はかなり長く
30分程度駅が無い場所もある。

そのため信号所で対向列車の退避がいくつか存在する。
そんな信号所での退避時間でのこと
行き違い列車が10分近く遅れ
その影響で長い時間停車・・・。
そんな時うまいこと車内販売が・・・
何気にスポーツ新聞を購入。
スポーツ新聞は久しぶり。
競馬欄が目に飛び込んできました。

競馬と言えば・・・。

JRAの競馬は大好きで
ミホノブルボンが走っていた頃
京都競馬場へ毎週のように出向いてました。

そんな私の競馬暦で
一番の思い出はなんといっても
“スイープトウショウ”です。
最初トウショウと名が付いているので牡馬かと思っていました。
飛んだ勘違いで牝馬だったのでした。
そんな勘違いから
妙に気になり
出走するレースには
必ず連に絡めて購入することにしたのでした。

気性の激しいスイープは
あれよあれよと秋華賞を勝ち
その後も良いレースを繰り返し
男勝りな牝馬として
結構な人気者になって行きました。

そんなメスのスイープ、
この馬の全盛期は2005年。
当時は男馬と走ってもなかなか勝てなかった女馬
ハンデがあるというのが競馬界の常識でした。
今のように
牝馬が年度代表馬になる時代では無かった。
そんな時代に
男馬に混じって勇猛果敢に走る姿が
とてもかっこよかった。

そんな時
距離適性でマイルのG1レースに出走、
人気薄・・・
ところが
あれよあれよと2着に入ってしまいました。
アサクサデンエンと
サイレントウイットネスとの3蓮単馬券を
生まれて初めて取った瞬間でした。

そんなことを
ふと思い出し
思い出し笑いを浮かべていたのでした。

競馬場・・・

札幌競馬場もいいけど
帯広にも競馬場があった・・・。
行ったことないし
一回は行ってみたい。

そう思い
急に帯広競馬場へ足が向くのでした。

やってきました。


入場しようと

入場券を購入するため窓口へ

残念ながら

開門が13時でした。
まだ午前中・・・
第一レースまで3時間ある。

とりあえず
場内は12時30分まで見学自由とのこと確認し
場内の見学だけでも・・・

正面スタンド


中に入ってみることに


レースコース

ゴール前


しばらく人のいないスタンドで
景色を眺めていましたが
それでもまだ2時間ある・・・。

残念ですが又の機会と諦め
戻ることにしました。

中央競馬のスタンドからすると
1/4くらいの大きさ
阪神競馬場と比べるとかなり見劣りします。
印象は
大昔の京都競馬場の4コーナー辺りのスタンドのようでした。

行政が支援しているとはいえ
かなり厳しい経営状況のようです。
場外発売も充実しているとは思えないし・・・。

帯広駅から2kmほど離れていて
公共交通機関もあまり本数が無い。
土地柄、
自家用車頼みなのでしょうが
これではビール飲みながら競馬という
お馴染みの光景が見ることができません。
知らないうちに仲間が出来て
勝ったらおごるビールの祝杯は
結構楽しいのです。

どのくらいお客が入るのかわかりませんが
同じ地方競馬でも
大井競馬場のような盛況にはならないだろうなぁ
そんな感覚を覚えました。

。。。。

土砂崩れのあった神威岬へ

2012年07月11日 23時46分18秒 | Weblog
土砂崩れで先端まで行けない神威岬。
それでも妙に行ってみたくなって
今日は神威岬へ

余市駅前から

バスで行ってみることにしました。

混雑したバスに乗って1時間半

神威岬に到着



観光客が多いのに驚きました。



今日は日差しが暑くかなり汗をかきました。

もっと広い岬を想像していましたが

ほどほどの広さ

坂を登り

女人禁制の門へ

その先




美国方面は




この先が崖崩れ


念仏トンネルってどこでしょうか


よく見えません・・・


振り返って女人禁制の門

尾根を進み
場所を変える





神威岬方向を眺めて進む




駐車場方面も良く見える




振り返る


少し盛り上がった広場から振り返る





帰りのバスの時間が有るので駐車場へ


乗り心地の悪いバスで
かなり疲れました。
長距離ならもう少し良いバスを使えば良いのに・・・
沿岸バスや宗谷バスなど
かなり車両の更新がなされています。

もうからない地方の路線バスとはいえ
運転手も愛想が悪く
運賃を声掛けて料金箱に入れても
頷くだけで無言・・・。
少々残念に思ったのでした。

。。。。

さびれた湖の朱鞠内湖へ

2012年07月10日 23時28分46秒 | Weblog
深名線は平成7年に廃止されてしまいましたが
現在でも
旧線路沿いをバスが走っています。
といっても
鉄道の線路の上をそのまま走るわけでは無く
近くの国道道路を走っています。
大きく違うのは
鉄道は
朱鞠内湖を大きく迂回して
蕗の台から母子里方面を走っていました。
バスはといえば
朱鞠内からエンジン橋を通って
そのまま母子里方面へ向かい
峠を越え
天塩川を渡り名寄に向かうのでした。

現在
この路線は乗客も少なく
1日4本程度の大型中型バス3台の運行で
朝一の便など
ほとんど乗客が乗っているのを見たことが有りません。

そんなJRバスの深名線。

特に冬が大好きで
乗る事を目的にバスに乗車
乗ることを目的にしての乗車はすでに3年を超えています。

今日も深川駅前から朝一便に乗車。

バス車内は乗客数人
全員地元の人で
賑やかな地元の話に花が咲いていました。

いろんな話をされていました。
いつしか
私の存在が気になったのでしょう
仲間のように話の中に
入れられてしまいました。

まず始めに
震災における原発事故の影響で
北海道電力にもその余波が到来・・・。
全国で行っている電力会社の
“節電に対するお願い”に対し話が及びました。

かなり激怒してはりました。

泊原発が停止し
夏の電力不足が報道されていますが
それは嘘だ
と熱弁をふるってはりました。
夏でも
クーラーつけっぱなしでいる家庭が
北海道に何件ある?
夏は日が長いから電球を付ける時間も少ないし
お風呂もボイラーで焚く。
テレビか冷蔵庫か電子レンジか
一体何が原因で電力不足なのかわからない。
北海道の電力が増えるのは冬だろ!

そのように終始エラク興奮して話していはりました。
確かに
個人向け電力の中で
一番消費するクーラーは
北海道ではいらないかもしれません。
どこに行っても
夜は20度まで下がるし・・・。
網走や釧路は15度くらいまで下がるし・・・。

次に・・・、
今乗ってる深名線のバス
数人の乗客にも拘わらず
車両がかなり大型で
豪華で観光バスタイプです。
そのバスが走るきっかけになったことも
話してくれました。

廃止される時
地元との合意事項で
鉄道に代わって
バスになっても路線の近くを通ること
バスは乗客がいなくても
小さなマイクロバスにはしないこと
廃止はしないことなど
かなりの有力者が出て来て
JR側と交渉したらしい。
だから
リクライニングシートのバスは変わらないそうです。
そんな話もしてくれました。

また、
色恋沙汰も多く
あそこの職員さんは
どこの職員さんと別れた後
あの人とくっついたとか
不倫や略奪婚など
生々しい話も聞いてないのに教えてくれました。
恐ろしや深名線バスです。

他には
幌加内バスターミナルの前に
開店したばかりのラーメン屋さんの話もしてくれました。
人口1600人の幌加内地区では
なかなか今後が厳しいとのこと。
傍にある幌加内の特産品蕎麦を食べさせてくれるお店が
“喧嘩を売っているのか”と
かなり激怒しているとのこと
今後も
ひと悶着あるなと笑って話してくれました。
怖い話です。

そうこうしているうちに

朱鞠内湖畔にやってきました。


あたりに人気は無く

キャンプ場があるのに人影がない。

静か・・・・。

湖畔の公園を散策




公園の真ん中にあった案内盤


公園の端っこ


展望台があると案内盤にあったので

行ってみると



ここも人がいない・・・。


展望鉄塔があったので

登ろうかと思ったのに錆がひどくて閉鎖中
残念・・・。

最後に
人工湖らしいダムを眺め

また案内盤があったので見てみると

なんと
もう15年経っているのにまだ鉄道が明記されたまま。

ずっと放置されたまま・・・。

静かな湖畔と展望台をあとに
帰りのバスまで約4時間あるので
のんびり散策することにしました。
さっきまでのバスの会話が
頭を過ぎり
なかなか消えてくれません。
せっかくの静の環境を満喫したいので
頭の中を整理して歩きました。

ウグイスの鳴く声に耳を傾け
涼しい風に安らぎを覚えるよう
ゆっくりと歩いて無の境地で進みました。

途中廃線跡

ちょうど三又バス停の近くで

バス停の待合の中を見たことが無かったので
見学


中は比較的きれいでした。

更に歩き



朱鞠内バス停が見えてきました。
冬は完全に埋もれてしまうほどの豪雪地帯。

休憩所になっていたので
少々中で休憩することにしました。


とてもきれいな休憩所

でも誰も人がいません。
約1時間ほど備え付けの雑誌と漫画を見ていたら
1時間半ほど経っていました。
その間誰も入って来ませんでした。

深川行きの無客のバスは
定刻にやって来て
私一人を乗せ発車しました。

親切な運転手さん。
行きと同じバスの運転手さん。

以前乗った私を覚えたいた方で
世間話や地元の話など・・・
今日は
往復3時間以上
久しぶりに人と話をしました。
さすがに行きは疲れ気味でしたが
帰りは違いました。
地元の人がいなかった分
打ち解けた話もしました。

雪道での難しい走行の話や
路面の話、事故の対処法、
実際にあった雪道での事故の話、
臨機応変に対応した話、
都会では考えられない無茶な話、
乗客が待合小屋で寝転んでいて
バスから見えないのに
バスが停車しなかったと苦情を何時間も言われた話、
対向車や追い越しの車の巻き上げた雪の対処法など
興味ある話で盛り上がりました。

そういえば、
驚いた話が有りました。
民主党の政治の間抜けが
こんなところまで影響していたという話。
以前は
深名線バスに深川駅で接続していた
札幌行きの特急があったそうです。
そういえば、
空港行きのライラックと
札幌行きホアイトアローが
30分に1本交合に運転されてたような・・・。

しかし
例の民主党の政策
“高速道路自由化”の煽りを受け
実験対象となり
道央道が無料化実験の対象になってしまいました。

それまで鉄道利用していた住民は、
自分での運転をめんどくさがってた人も
安くなったからと自家用車に流れ、
時間が掛ると敬遠していた高速バスも
料金を高速代分割引したため
高速バス利用に多く流れてしまったそうで、
JR北海道屈指のドル箱路線だったのに
鉄道利用が極端に減ったそうです。

このことは赤字続きのJR北海道にとって
重大な死活問題です。
そこで
今後もこの無料化が続くと判断して
生き残るためにダイヤ改正を実施しました。

札幌旭川間の特急は
JR北海道にとって最高の稼ぎ頭。
にもかかわらず
減便をしなければ経営が成り立たないと認めることは
大変な痛手だったでしょう。
利用の少ない時間帯や、
網走や稚内方面からの特急が走っている時間を
間引いてしまったそうです。

ところが結局のところ
高速道路の実験は
どのように検証されたのか
うやむやに終わってしまい
すぐに有料に戻ってしまいました。
鉄道ダイヤはというと
元には戻らなかったそうです。

そこに住む住民に後に残ったものは
えらく不便になった鉄道と
中央(東京)にいる風見鶏政治家への憤りだけとのことでした。

帰りは私が疲れなかったのだから
かなりの話のうまいもの知りな人だな
という印象です。
プロの仕事人だなと思いました。

深川駅でその親切な運転手さんにお礼を告げて
私は千歳方面に戻って行くのでした。


。。。。

半島の観光、しれとこ(2日目)

2012年07月08日 23時27分58秒 | Weblog
昨日に引き続き知床半島へ。


ウトロに着くと
すぐ昨日確認しておいたチケット売り場へ

6500円。

10時出港予定。

オロンコ岩のトンネルを抜け
港へ

そこから振り返ると

昨日登ったオロンコ岩がお見事。

きれいな観光船でした。

相変わらず中国人の観光客は大勢いましたが
以前ほど大量ではなく
我慢できる範囲でした。
船内もきれい。


300人は乗れる船に100人ほどの乗客で出港

ちょうど良い感じの混みようで良かった。

赤灯台を過ぎ
一路知床半島の先端へ


船は
陸地に近づき

そして外海に出て速度を上げ・・・
何回も繰り返し蛇行し進む。


硫黄山
























船内は3階建で
常時船内アナウンスで知床観光の解説が流れ
上のデッキには


陸側に人が集まり

海側はいない状態・・・。











半島の先端

船でしか来れない知床岬へ


ここで方向転換し
来た航路を折り返す。

ここまで1時間50分。






だんだん晴れてきました。







青空が空を覆い始め

風が無いので国旗がなびかない

夏なのに涼しい。
風があったら寒いと思いました。

























この上が知床五湖




岩尾別

熊が鮭を狙ってくるらしい























ここがフレペの滝

昨日、この上から眺めた滝




クルーザーが何隻か抜いて行きました。



昨日カラスがいた見晴橋

今日だったらきれいに海が見えたことでしょう。


昨日は半分雲で見えなかった。


もう終点です。
往復4時間があっという間でした。


港に入ったので本当に終点です。

港に着きもっこり岩を眺め

オシンコシンの滝を目指しました。

今日は歩き。

途中


立ち寄り


オシンコシントンネルを抜け

すぐに滝


近付くと

海へ流れる

ここからはバスで帰ることに

バスは定刻にやって来ました。

約1時間バスに揺られ
斜里バスターミナルに戻って来ました。

久しぶりの知床は非常に感動的でした。
賑やかでうるさい観光客も少なく快適でした。

。。。。

半島の観光、しれとこ(1日目)

2012年07月07日 13時41分28秒 | Weblog
知床斜里。
なかなか行けなかった知床半島。

地震が起こる前まで
この地には
あまり来たことが無かった。

以前来た時
中国人観光客の多さとマナーの悪さに辟易し
途中退場してしまったという
苦い経験がトラウマになり
なかなか来ようと思い立たなかったのでした。

そんな土曜の朝一
知床斜里バスターミナルから

知床五湖行きの始発バスに乗車

乗車券を購入2000円。

残念なことに霧がすごい・・・。

バスは定刻に発車

駅前を走行するも

人影はまばらで車も少ない・・・
ほとんど無いと言うべきか。

乗客は私を含め5人だけ。
大きな観光バスタイプのきれいなバス。

しばらく進むと
見たことある少年が!

日本一周中の少年、
以前オロロン街道で見た少年だ!
すごいぞ、ここまで来たのか。

そんな驚きと興奮にさいなまれながら
バスは知床半島をウトロ方面に快走・・・
信号も無く

バス停はあれど乗降する人も無く
無停車で進み・・・。

親切な運転手さんが
わざわざオシンコシンの滝の前でしばらく停車し
観光案内をしてくれました。

路線バスなのに観光バスのようで・・・。
すばらしい。

バスはウトロバスターミナルで10分ほど停車し
私以外の乗客は全員入れ替わり
知床五湖へ向かいました。

途中岩尾別で若い白人外人を乗せただけで
10人の外国人と
日本人3人を知床五湖まで運びました。


バス停前の看板を確認


霧が無ければ

きっと綺麗な景色なのでしょう。

早速
高木遊歩道を歩いてみることに・・・


熊が登れないように
電線が張り巡らしてある高木遊歩道。



先を進むけど

どんどん霧が濃くなり

遊歩道が広くなり展望場所と書いてある場所なので
たぶん晴れていたら絶景なのでしょう・・・

先を進む・・・



更に視界不良

レンズが曇っているのではありません

視界5mくらいなのです。

所々で霧が薄くなる場所が有り

視界が開けたかと思ったら人だらけ・・・。

第一湖の展望台も

こっちの方角は微妙に霧が薄い

でも角度を変えると

こんな状態でした。

戻ることに





入り口まで戻って来ました。

知床五湖なので5つあるはず。
まだ1つだけ。
残り4つ。
備え付けのパンフレットで確認すると


なんと霧が深いのと熊が出るので

調整中とのこと・・・。
しかも有料ガイドと有料講習会参加が無いと
見学できないとのこと。
以前は無料だったはずなのに・・・。

ちょうど路線バスがやって来たので
知床自然センターへ行くことにしました。

ちょうど大型ビジョンの撮影時刻で

入場料金を払い鑑賞することに。

300人は入れる会場に私一人だけでした。
貸し切り状態。

30分の上映が終わり
今度はフレペの滝へ

ここも人が少なく

なんとも淋しい限り・・・。
でも大好きです、こういった光景。


どんどん進んで行くと
人だかりが出来ていました。

よく見ると

野生の鹿を撮影しているようでした。

鹿の顔が妙に印象的で
“人間ってばかか”
そんな表情を浮かべているようでした。

先を進みます。

しばらく行くと


フレペの滝



ここも霧がいっぱいでした・・・。

戻ることに・・・

振り返ると


山中にも霧が出てきました。


歩いていて気が付きました。
霧というのは無味無臭。
しかも
濃いところ薄いところがあり
濃度が一定していない。
なんだか楽しくなり
バスに乗るのがもったいなくなりました。

霧を体験してウトロを目指すことにしました。

霧の道を進み

途中

プユニ岬


景色は霧・・・。

先を進む。

見はりカラスか?


海の方角は相変わらず

でも歩いているうちに高度が下がり

かすかに海岸線が見えるようになりました。



どんどん進み



しれとこ国定公園は終了。

霧が晴れてきました。

平地に降りて来ると
今までいた山の上を振り返って見てみると

くっきりと雲の切れ目が分かる。

あの中にいたら見えないはずです。

鮭が遡上するような川を越え

先を進む

賑やかな海産物屋さんを越え


すぐにゴジラ岩とオロンコ岩が見え




近ずくに連れ
いやらしい形の岩が・・・


セイコーマートで割引していたかつ丼を買って
公園で食べながらパンフレットを眺めていると

遠くに見えるオロンコ岩の上に人影が見えました。

登れるらしい・・・

その前に





施設を見学して
オシンコシンの滝に行く予定でしたが

オロンコ岩を目指しました。

何気に道路を眺めて歩いていると
犬が道路を横切りました。

野良犬か・・・

ところが
良く見るとしっぽが太い。


野良きつねか?

野生のキツネでした。

先を進む

ほっけが回っていました

ほっけが回転している理由は
風で乾かすことだと思っていましたが
キツネよけの意味もあるようです。

ウトロの中心地

海側に進路を取り

観光船のチケット売り場が立ち並び

先ほど遠くから見たいやらしい岩が目の前に

もっこり岩か・・・。

ここにもほっけが


交差点から100mほどでオロンコ岩へ

さっき見ていたパンフレットの観光船チケット売り場

そこからすぐの入り口


結構きつい階段

登って行くと1段1段が本当にきつい。

階段の終点


そこから見る景色

先ほどいた半島の山の上の雲が消えてました。

海側

市街地側


オシンコシン方面


オロンコ岩のてっぺんは



こんな感じ・・・

端から港を見る

もう一度海側を眺めて降りることに


帰りのバスの時刻があるのでバスターミナルへ

行きの乗車券とは少々異なる券


明日もここウトロから
1日1本の大型観光船に乗ってみようと思います。


。。。。

天気予報では雨

2012年07月02日 16時26分11秒 | Weblog
天気予報では雨だったので
鉄道で行ける場所をと何気に乗った帯広行き特急
妙に空いていてとても快適でした。

駅に降りてみると
雨は降ってませんでした。

代わりに霧がわき出ていました。
おもろまち駅前の霧噴水みたいです。

ぶらぶらしているとたい焼き屋さんがあり
1個50円という安さにつられて

買ってしまいました。

帯広駅の午後3時半

道東第二の街なのに
主要鉄道がこの様子では
北海道新幹線の札幌以東延伸など到底無理な話・・・。

北海道新幹線が
七飯から倶知安、ニセコ、小樽を通って
札幌駅の1番2番線あたりに乗り入れるとの国の正式認可が出たことに
地元の新聞やテレビは歓喜の報道を繰り返していました。

確かに東京発札幌行き新幹線はやぶさが
1時間に1本走っていたら
札幌方面の観光客は劇的に増えるでしょう。
何故なら
私は飛行機大好き人間ですが
嫌いな人が結構多い
そう思うからです。
陸続きなら行ってみようかと思う人が
結構な数いると思うからです。

。。。