Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

コタツの明かり

2019-06-13 23:16:57 | つぶやき

 5月にはずいぶん暑い日があった。夜もそれほど気温が下がらなかった日もあり、5月下旬には妻から「そろそろコタツをしまおうか」という言葉があった。自分も少し頷きかけたが、いつもに比べたらずいぶん「早い」と思って、賛成はしなかった。

 ところが6月に入ってからというもの、梅雨に入ったこともあるのだろうが、雨が降って湿度の高い日もあったりするが、ほとんどの雨模様下の気温は、20°を下回る。肌寒いどころか寒さを感じる日も…。

 先ごろ東京に行った日は、そこそこ気温が高くなった。しかしながら、上着がいらない、とはほとんど思わないほど、上着は必須の持ち物だった。何といっても公共交通の冷房の効き具合だ。田舎はともかくとして、公共交通が十二分に足となり得る都会では、寒さと暑さが同居している。こんなチグハグな世界では、過ごしにくいとみな思わないのか、そう思わせるほど、ただ暑いだけではない世界。もちろん田舎でも公共交通を利用すれば同じ体感を得るが、あまり利用しない人たちは気にすることはない。したがって田舎の方が薄着で十分過ごせる。

 ということで、今年ほど上着がいつまでも「欲しい」と思う年は、近年では珍しい。そして「コタツ」だ。例年7月くらいまで当たり前のようにコタツを出したままにしている我が家にとって、もちろんコタツはいまだ居間に据えられている。そこに寝転べばシロがコタツ掛けの上にやってくるように、シロにとっても布団の上は気持ちが良いようだ。シロがコタツ掛を必要としなくなったころ、きっと我が家ではコタツが消えてなくなる。そして、コタツは置かれているだけでなく、今もって20°を下回るような日には、明かりが灯る。我が家はシロも含めて老人世帯である。


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