Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

西上の風景

2009-02-14 23:11:31 | 農村環境


 「西上」というバス停である。伊那バスの新山循環バスの停留所の一つで、「今でもここまでバスがやってくるのか」と関心させられる。きっと市が補助をして伊那バスに運行してもらっているのだろう。どのくらい1日にやってくるのだろうと調べてみると、9:34と15:43の2回である。前者は伊那営業所を8:53に出発し、10:10に再び伊那営業所に戻る。約40分ほどで循環するわけで、市内まで用事のある人は利用できることになる。停留所を見る限り、新山を網羅して周り、市内とをシャトルするというもので、市役所とか病院といった主だった主要施設へ連絡するものではない。さらに毎日の運行ではなく、月曜日と木曜日のみ運行という。その両日に何らかの意味があるのか知らないが利用しづらいというのは事実である。採算が合うはずもないものを補助で行っているから、「運行しやっているだけありがたいと思え」と言われれば、利用者にとっては確かにありがたい。しかし、何度もこの地に身を置いているが、いまだこのバスにわたしは出くわしたことはない。

 バス停の丸い表札があるからバス停と解るが、そうでもなければこの山の中でバス停があるとは気がつかない。バス停と解ると周辺が違って見えてくる。隣の建物は待合室かと思いがちだがそうではない。中にはトラクターが納められている。農地に近いところに農機具が保管されているのである。しかし、建物そのものは庇がそこそこ長く、いかにも待合室らしい雰囲気を醸し出している。もしかしたらかつては本当に待合室だったのかもしれない。そしてさらに周辺の雰囲気はこの地の源のような様相を見せる。庚申塔が並び、二十三夜塔も建つ。隣に集会施設があっても少しも不思議ではないほど、この地の中心的な空間である。とはいえ見渡しても家の数は10戸足らずといったところである。

 バス停を示す看板は、外灯に付けられている。外灯の柱が兼用されているところに臨時的な雰囲気を見せる。辻にあってバス停、そして隣に農機具小屋がぽつんと建ち、脇には石仏が建ち並ぶ。ごく山の中の中心的風景を、西上のそれらしい空間とわたしは捉えた。

 10年以上前に、新山荘を訪れたことがあった。今ではいつ営業されているとも解らないほど、最近は使われた雰囲気はない。伊那市内でもこれほど急傾斜でそこそこ広い水田地帯はない。その最も標高の高いところに、この西山の地がある。おそらくすでに専業で農を営む人は数少ないだろう。バスでもあちこち停留しても20分ほどで伊那市内へたどり着く地ではあるが、涼しげな地は意外に荒れた農地は少ないはずとトンボの楽園の保護活動をされている方は言った。

 ちなみに毎日運行されることのない市内とを結ぶこのバスは、300円という。わたしばかりではないだろうが、定期とはいえ毎日やってこないバスを、運航日にこのバス停で待つのも、よそ者にはとても不安だろう。本当に限られた人しか利用しないということになれば、むしろタクシーで補填してあげた方が無理がない方法とも思える。

コメント    この記事についてブログを書く
« 迷いを誘い自らも迷う | トップ | 食と農さまざま »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

農村環境」カテゴリの最新記事