夢のもつれ

なんとなく考えたことを生の全般ともつれさせながら、書いていこうと思います。

題詠:東風の子守唄

2007-12-26 | poetry
  東風の子守唄

 都会を歩くのは金曜日の夜の渋谷のような人込みでなくても疲れるものだ。それはたぶん無機質と一言で片付けられるような数学的・力学的に単純な形状と剛体に太古以来の感覚が慣れるまでには人類が進化なり、退化なりをまだ十分果たしていないせいなんだろう。ぼくらは銀行やデパートが建ち並ぶ大通りから1本入った人妻サロンとか台湾マッサージとかサーヴィスの全体像が判然としない店(その看板をぼくらは美的・商業的観点から批評し、鑑賞した)が軒を連ねる裏通りを歩き回っていた。ただぼくはお昼を食べると野獣のように眠くなる性分だから、窓の黒いベンツから燻製の鮭を思い浮かべているのも現実とは(燃えるゴミと燃えない夢というようには)きちんと分別できずそのまま言葉にしたりしてしまっていた。
「レモンとあの緑の小さな……なんて言ったっけ?」
「あんまり近くを歩くと危ないよ」
「オリーヴじゃないんだよな。カブリオレならそれでもいいけど」
 彼女はぼくを引っ張ったり、くすくす笑いながらセルフ・サーヴィスのコーヒーショップに連れて行ってくれた。トレイにコーヒーと灰皿とお冷やと紙ナプキンを載せて、窓際の彼女のところまで持って行くという不似合いな実務的な作業をしたせいで歩調はさっきよりもしゃきっとしていただろう。二人でタバコを吸って、煙を吐く。会うことが稀な付き合いだとこういうなんでもない場面もずっと後になっても不思議とよく覚えていたりする。
「桜見かけないね」
「まだ咲いてないのよ」
「そうだっけ?」
 ここへ来る途中の列車の中から何度か薄っすらピンクの靄をまとったような木が視野を横切ったような気がする。まだ満開じゃないんだろうけど、東京が咲き始めているんだから全く咲いていないはずはないだろう。でも、この街の街路樹に桜は使われていないようだから真偽判定は簡単ではない。
「風が冷たいのよ」
 そうか。ここは風が冷たいのかと思ったら夜になって、飲み過ぎたぼくは彼女の膝の上に頭を載せていた。彼女の顔は近く、天井は遠い。春先になると風邪をひいて学校を休んで天井の木目を眺めながら、ぽやぽやとしたまぶたの裏に恐竜だか怪獣だかを描いたことを思い出す。
「お花見はしたくないの。来年も一緒にって思って出来たためしがないから。お花見するとそれっきりになってしまう」
 昔話の一節のように言う声を聞きながら、この街から桜を隠してしまうような大きなケープをぼくは想像していた。イメージよりもその意味を噛み締め、春宵にふさわしい言葉をささやくべきだったと気づいたのは最近のことだ。


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2 コメント

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そうか… (ぽけっと)
2007-12-28 15:13:28
桜って花自体は儚いものだけど、毎年季節になると律儀に咲きますからね、交わした約束が守れなかった時にその変わらない姿を見ると、余計悲しいかもね。

東風って今ひとつイメージがはっきりしなかったのですが(←コラ)冷たくて悲しい(場合もある)のね。ふんふん、なるほど。
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そうかぁw (夢のもつれ)
2007-12-30 22:57:06
この詩って思った以上に悲しい感じがするみたいですね。それはそれでいいことだなって思うんですが。

「東風吹かば」だと梅ですが、桜を持ち出しながらも見せてないんですね。
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