「ただしだけはさ、つかみきれないんだよね」
友達は呟いた。
その瞳が真剣で、思わず、僕も真面目になった。
「俺はさ、こうやってタバコを吸いながら、
腕を組んで、脚を組んで、必死でタバコ吸ってる自分を否定してるわけよ。
人って、態度や仕草に、全てが出ると思うんだけど――」
なるほど。
流石、小説家になりたかったことだけのことはあって、
その視線は鋭いかもしれない。
思わず、僕は姿勢を正した。
「――思うんだけど、ただしはね、全く分からない。
全てが芝居であるような気がしなくもない」
――芝居――。
「だけど、ただしは、何に関しても受け入れてくれるし、
何も話さなくても、何か分かってくれてる気がするから、楽。
俺は、そういうただしのところ、好きだよ」
友達は、そう語ってくれた。
タバコの煙が、部屋の明かりに、混じって消える。
相変わらず、脚は組まれたままだ。
彼が黙ったので、僕が話を続けた。
今までにないくらいに、真っ直ぐに自分を伝えた。
「僕はさ、正直言っちゃえば、
人が大好きで、皆が大好きで、
だけど、どんな人をも、自分よりは好きになれないんだよね」
言いながら、多少の戸惑いが生じる。
自分の言葉は、口から出た瞬間に、客観性を帯びてしまう。
部屋の照明のせいか、友達の目が悲しくなった気がして、言葉を続ける。
「皆と自分の間には、透明な壁があって、
その壁を越えられないって分かってるからこそ、
きっと何もかもを受け入れることが出来るんだと思う」
――透明な壁――。
不意に口から出た言葉が、
我ながらに、的を得た表現だと思う。
自分自身のことに関しては、なんだって責任を持てる。
感情の動きや、全身を貫く痛み、精神の居心地の悪さ、
なんだって、自分で肯定も否定も出来る。
だけど、他人ともなれば、何も出来ないのだ。
どんなに辛く誰かが悩んでいたって、
僕には、その辛さは予測こそ出来ても、理解は出来ない。
涙を流す友達が側にいても、その涙の温度は僕には測れない。
それならば、その彼/彼女がしたいようにしてもらうしかない。
そのために、自分は待つ姿勢を取るだけだ。
「例えば、ゲイであることを悩んでいることを告白してくれた友達にも、
リストカットが癖になってることを告白してくれた友達にも、
特別に何かを感じたわけではなくて、
ただただ、そういう悩みを打ち明けてくれたのが嬉しかったりする。
で、どこかで自分じゃないから、他人だからこそ、
すごく愛しい、というか、人間として好きだなぁ、と思う。」
昔から、悩みを打ち明けられることは多かった。
何をしてあげられるわけでもない。
現実として、透明な壁が、他人同士の間には、存在してしまう。
同化することなんて、どう足掻いてみせたって、出来ないのだ。
「その苦しみ、分かるよ」なんてチープな台詞は、僕の心を映さない。
この醒めた諦めが、きっと僕の生き方の根源にあって、
人間関係を築く際にも、大きな影響を及ぼしているのだと、思う。
「所詮は他人同士。完璧に分かり合えるはずなんてない。
だからこそ、精一杯に、お互いを認め合おう。」
一見、つじつまが合わない論理な気がするが、それが僕の考え方だ。
「その透明な壁越しに、自分は皆と対面してるから、
きっと全てが芝居みたいに映っちゃうんだよ」
それだけは、上手く伝えられなかった。
言葉が口から出てこなかった。
友達の指先から流れるタバコの煙は、
透明なガラス窓を通り超えて、新宿の夜景へと消えて行くかのように、僕には見えた。
友達は呟いた。
その瞳が真剣で、思わず、僕も真面目になった。
「俺はさ、こうやってタバコを吸いながら、
腕を組んで、脚を組んで、必死でタバコ吸ってる自分を否定してるわけよ。
人って、態度や仕草に、全てが出ると思うんだけど――」
なるほど。
流石、小説家になりたかったことだけのことはあって、
その視線は鋭いかもしれない。
思わず、僕は姿勢を正した。
「――思うんだけど、ただしはね、全く分からない。
全てが芝居であるような気がしなくもない」
――芝居――。
「だけど、ただしは、何に関しても受け入れてくれるし、
何も話さなくても、何か分かってくれてる気がするから、楽。
俺は、そういうただしのところ、好きだよ」
友達は、そう語ってくれた。
タバコの煙が、部屋の明かりに、混じって消える。
相変わらず、脚は組まれたままだ。
彼が黙ったので、僕が話を続けた。
今までにないくらいに、真っ直ぐに自分を伝えた。
「僕はさ、正直言っちゃえば、
人が大好きで、皆が大好きで、
だけど、どんな人をも、自分よりは好きになれないんだよね」
言いながら、多少の戸惑いが生じる。
自分の言葉は、口から出た瞬間に、客観性を帯びてしまう。
部屋の照明のせいか、友達の目が悲しくなった気がして、言葉を続ける。
「皆と自分の間には、透明な壁があって、
その壁を越えられないって分かってるからこそ、
きっと何もかもを受け入れることが出来るんだと思う」
――透明な壁――。
不意に口から出た言葉が、
我ながらに、的を得た表現だと思う。
自分自身のことに関しては、なんだって責任を持てる。
感情の動きや、全身を貫く痛み、精神の居心地の悪さ、
なんだって、自分で肯定も否定も出来る。
だけど、他人ともなれば、何も出来ないのだ。
どんなに辛く誰かが悩んでいたって、
僕には、その辛さは予測こそ出来ても、理解は出来ない。
涙を流す友達が側にいても、その涙の温度は僕には測れない。
それならば、その彼/彼女がしたいようにしてもらうしかない。
そのために、自分は待つ姿勢を取るだけだ。
「例えば、ゲイであることを悩んでいることを告白してくれた友達にも、
リストカットが癖になってることを告白してくれた友達にも、
特別に何かを感じたわけではなくて、
ただただ、そういう悩みを打ち明けてくれたのが嬉しかったりする。
で、どこかで自分じゃないから、他人だからこそ、
すごく愛しい、というか、人間として好きだなぁ、と思う。」
昔から、悩みを打ち明けられることは多かった。
何をしてあげられるわけでもない。
現実として、透明な壁が、他人同士の間には、存在してしまう。
同化することなんて、どう足掻いてみせたって、出来ないのだ。
「その苦しみ、分かるよ」なんてチープな台詞は、僕の心を映さない。
この醒めた諦めが、きっと僕の生き方の根源にあって、
人間関係を築く際にも、大きな影響を及ぼしているのだと、思う。
「所詮は他人同士。完璧に分かり合えるはずなんてない。
だからこそ、精一杯に、お互いを認め合おう。」
一見、つじつまが合わない論理な気がするが、それが僕の考え方だ。
「その透明な壁越しに、自分は皆と対面してるから、
きっと全てが芝居みたいに映っちゃうんだよ」
それだけは、上手く伝えられなかった。
言葉が口から出てこなかった。
友達の指先から流れるタバコの煙は、
透明なガラス窓を通り超えて、新宿の夜景へと消えて行くかのように、僕には見えた。