友人から「囲碁やろー」と誘われた私は、暫く考え、そしてこう答えた。
「わからない」と。
は?
その答えがわからない。
まあ、きっとそうでしょう。
私もわからない。
ですが、その答えを返したとき、私は本当にわからなかったのです。
何がわからないのか。
私がわからなかったのは、「自分が何をしたら良いのか」でした。
囲碁でもなんでも、私という人間が、今何をしたら良いのかわからなかった。
現在、私は宙ぶらりんの状態です。
私の当面の目的としてきた司書資格。
それを得るための司書講習も、この夏に終え、現在はその結果待ちの状態。
その間、私は何をしていたら良いのだろう。
今、私は、何をして生きていたら良いのだろう。
それがわからなかったのです。
何をして生きていたら良いのかわからない人間が、囲碁をやるのかやらないのかなんて、わかる訳が無い。
そんなことを考えていたために、つい、「わからない」という答えを返してしまいました。
ですが、そんなこと、人に言うことでもないよね。
そんな答えを返されたって、返された方はどうしようもない。
案の定、友人は訳がわからなかったらしく、「わからないってなにさ」という話になりました。
でもね。
やっぱりわからないんですよ。
その時も私は、
「わからないものはやっぱりわからない」
最後までそう答え続けました。
友人殿に言わせれば、「それは答えじゃない」そうなのですが…。
しかし、本当に、私は今何をするべきなんだろう。
資格取得見込み者として、就職活動を始めるべきなのだろうか。
それとも、資格を正式に得るまでの間、さらにしっかり勉強しておくべきなのだろうか。
選択肢がその2つだとすると、私の性格上、どうしても後者の方を選んでしまいます。
そして実際、私の現状はそうなっている。
勉強。
勉強といっても何をするのか。
ひとつは図書館の見学。
実際の図書館で、図書館員はどう働いているのか。
それを見ておくことは有益でしょう。
私の町の図書館を講習後に改めて見てみた様子を、ここの記事にしたこともありました。
図書館を見る視点。
そしてもうひとつは、やっぱり読書。
本を読み、本を知る。
図書館についての本を読むことはもちろん、それ以外の本も読む。
沢山の本について知っていることは、司書にとって重要なこと。
いろいろな本を読んでおくこと。
読書。
それが私の今やるべきこと。
そう思って、読書に勤しんでいるのですが…。
読書には際限がありません。
世の中には、数え切れないほどの本がある。
読んでも読んでも読みきれない。
この時期に、しっかり読書をしておこうと思うなら、他のことは何もすべきではない。
そんなことしている時間は無いのだから。
読む本は、次から次へと待っている。
囲碁はもちろん、モンコレだって、三国志大戦だって、そんなことをしている暇は無い。
一日中本を読み、一日中本を読む。
それが私のやるべきこと。
でも、それで良いのかな。
本だけが世界じゃない。
様々な物事を経験しておくことも、また勉強なんじゃないだろうか。
じゃあ結局、私はなにをしていれば良いのだろう。
図書館を見に行きながら読書をし、他の趣味などをこなしながらも読書をし、友人のお誘いに応じながらも読書をする。
…そんなこと、一人の人間にできるんだろうか。
今の私は、それを実際にやろうとして、こなしきれずにパンクしてるんじゃないのか。
じゃあ…じゃあ…。
わからない。
わからないのです。
しかし、やはりそれは、私の個人的な繰言、世迷言に過ぎない。
それを、はずみだとしても、ぶつけられた友人は、はた迷惑な話だったろうなと思っています。
「わからない」と。
は?
その答えがわからない。
まあ、きっとそうでしょう。
私もわからない。
ですが、その答えを返したとき、私は本当にわからなかったのです。
何がわからないのか。
私がわからなかったのは、「自分が何をしたら良いのか」でした。
囲碁でもなんでも、私という人間が、今何をしたら良いのかわからなかった。
現在、私は宙ぶらりんの状態です。
私の当面の目的としてきた司書資格。
それを得るための司書講習も、この夏に終え、現在はその結果待ちの状態。
その間、私は何をしていたら良いのだろう。
今、私は、何をして生きていたら良いのだろう。
それがわからなかったのです。
何をして生きていたら良いのかわからない人間が、囲碁をやるのかやらないのかなんて、わかる訳が無い。
そんなことを考えていたために、つい、「わからない」という答えを返してしまいました。
ですが、そんなこと、人に言うことでもないよね。
そんな答えを返されたって、返された方はどうしようもない。
案の定、友人は訳がわからなかったらしく、「わからないってなにさ」という話になりました。
でもね。
やっぱりわからないんですよ。
その時も私は、
「わからないものはやっぱりわからない」
最後までそう答え続けました。
友人殿に言わせれば、「それは答えじゃない」そうなのですが…。
しかし、本当に、私は今何をするべきなんだろう。
資格取得見込み者として、就職活動を始めるべきなのだろうか。
それとも、資格を正式に得るまでの間、さらにしっかり勉強しておくべきなのだろうか。
選択肢がその2つだとすると、私の性格上、どうしても後者の方を選んでしまいます。
そして実際、私の現状はそうなっている。
勉強。
勉強といっても何をするのか。
ひとつは図書館の見学。
実際の図書館で、図書館員はどう働いているのか。
それを見ておくことは有益でしょう。
私の町の図書館を講習後に改めて見てみた様子を、ここの記事にしたこともありました。
図書館を見る視点。
そしてもうひとつは、やっぱり読書。
本を読み、本を知る。
図書館についての本を読むことはもちろん、それ以外の本も読む。
沢山の本について知っていることは、司書にとって重要なこと。
いろいろな本を読んでおくこと。
読書。
それが私の今やるべきこと。
そう思って、読書に勤しんでいるのですが…。
読書には際限がありません。
世の中には、数え切れないほどの本がある。
読んでも読んでも読みきれない。
この時期に、しっかり読書をしておこうと思うなら、他のことは何もすべきではない。
そんなことしている時間は無いのだから。
読む本は、次から次へと待っている。
囲碁はもちろん、モンコレだって、三国志大戦だって、そんなことをしている暇は無い。
一日中本を読み、一日中本を読む。
それが私のやるべきこと。
でも、それで良いのかな。
本だけが世界じゃない。
様々な物事を経験しておくことも、また勉強なんじゃないだろうか。
じゃあ結局、私はなにをしていれば良いのだろう。
図書館を見に行きながら読書をし、他の趣味などをこなしながらも読書をし、友人のお誘いに応じながらも読書をする。
…そんなこと、一人の人間にできるんだろうか。
今の私は、それを実際にやろうとして、こなしきれずにパンクしてるんじゃないのか。
じゃあ…じゃあ…。
わからない。
わからないのです。
しかし、やはりそれは、私の個人的な繰言、世迷言に過ぎない。
それを、はずみだとしても、ぶつけられた友人は、はた迷惑な話だったろうなと思っています。
仰る通り、この記事に書いてあることはただのきっかけ。
7日の記事の最初の部分だけに関することです。
それこそ、出来る分から書いていっているだけなので。
と言うことで、このコメントに対する返信も、また別の記事でということに。
いつになるかさっぱりわかりませんけどね。
それとは別のお話で。
閑話休題…ですか。
閑話休題とは、横道にそれたお話を、本筋に戻すときに使う言葉。
よく間違えられるのは、本筋から横道にそれるときに、「閑話休題」と使ってしまう例。
なのだけど…。
今回のコメントを見る限り、どっちも本筋のような気がする…。
どこにも、閑話や休題はない気がするんだけど…。
人間出来ることは限られてますから、
出来ることを出来る分だけやっていくことが大切だと思いますよー。
モンコレも囲碁も三国志も(ギルティが入っていないのが少し寂しいかも・・・)自分の趣味ならそれでもいいと思いますよー
自分の人生に役に立つものや立てれる考えが出来ればさらに良いと思いますが。
んで今回書いてあったのは、そのきっかけの出来事だけであって、前自分が書いたのはそこから色々考えて欲しかったので書かしてもらいましたー
本を読むことは様々な知識を得ることや、他の人の人生観を学んだり、美しい映像を見ることも出来ます。
人間感覚器官から情報を~と堅い話は抜きにして、情報を得ることで人間は成長していけるわけです。
文学だけに突出するも良し。オールラウンダーになって幅広いジャンルを学ぶも良し。ある程度に抑えて、司書以外の経験をつむも良し。
何もしないよりか何かをやればそれだけ前に進めますから、色々経験しておきましょう。
・・・まあそれがわからないとか言われそうですが。
人間確実なことはありませんから、わからんわからん言うだけでなく色々考えましょう。
答えが出るとは限りませんが、やった分だけ変化があるはずですから。
閑話休題。
思考の螺旋がいくら続いたかは別にして、自分の思考がわからないだけで、「わからない」はやっぱり返す言葉じゃないなあ・・・
あと、こういう答えは昔から慣れているのでそれほど迷惑までは思っていませんが、他の人に対してや面接などでは見抜かれたら致命的になると思って敢えて言わせてもらいました。
追記としてはこういう論争?は嫌いじゃないです、むしろ好きかも?
お互い精神が成長すると思うし、色んな考えが学べる。
のでお互い切磋琢磨しましょうと、奇麗事でまとめさせていただきます。
ではではー。