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【○】卵

 頭まですっぽりと土色の僧衣【1】をかぶった僧侶たちが、湖畔の砂地から続々と這いだしてくる。遠い昔に心臓を失った砂粒が、指の隙間や僧衣のひだからこぼれ落ちていく。水浴していた蝙蝠【177】が顔をあげる。水際までやってきた僧侶たちは、澄んだ水に擬いものの両腕を深く差し込む。水の冷たさを膚が感じ取ることはない。歪んで不定形に見える両性類【2】の卵を水底からひとつ抱え上げると、像が結ばれ完全な円になる。重いとも軽いとも言いがたいあやふやな量感で、弾力のある透明な球の中心では、黒くてつややかな卵がかすかに震えている。激烈な太陽の視線を浴びて、卵は早くも干からびはじめている。僧侶たちは慌てる様子もなく懐から水桃を取りだし、絞って水を浴びせかける。卵は瑞々しさを取り戻してたゆたうが、まもなく水分は揮発してしまうだろう。黒い卵には僧侶の顔が映り込み、僧侶の瞳には卵が映り込んでいる。僧侶たちは瞼を閉じる。両手の湿った感触が失われ、軽くなる。灼熱の暗闇のなか、彼らは焼けた砂に埋もれていく。蝙蝠が飛び立って大地を見下ろす。僧侶の姿はどこにもない。空に向かって羽ばたき続ける。輝く湖面が遠ざかり、周りの砂地が広がりを増していく。どこまでも砂丘が連なっていく。砂漠の他にはなにも見えない。蝙蝠の目尻から砂粒が溢れだす。

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