走馬灯

2011年05月15日 | ショートショート



なんだこの暗い場所は?
空間と言ったほうがいいだろうか、そこに自分は浮かんでいる。
背を丸めた姿勢で、手足をすぼめてフワフワ浮いているのだ。
「みんなのことは忘れないからね。さよなら」
前方から聞いたことのあるビロードみたいな声がした。
ミナコ先生!花束を抱えたミナコ先生が目の前で涙目で微笑んでいる。ミナコ先生、結婚しちゃイヤだ!幼稚園やめないで!
大好きだった幼稚園の先生に抱きついた。抱きついてみるとあんまり華奢で驚いた。それにミナコ先生の甘い香りじゃない。まるで砂ぼこりみたい。
「何すんの!やめてよね!」
この声は。顔を見ると、それはミナコ先生じゃなくなっていた。トシ子!小学生のときにスカートめくりをしたら、ぶん殴ってきた女の子だ。いっつもオレを目の敵にしやがって。そのくせ転校していった日に、廊下で頬にチューしてきた。もう!どっちなんだよ!
トシ子にドンと肩を押されて、ボクの身体は空中を一回転、元に戻るとセーラー服の桜木さんになっていた。
優等生の桜木さんのこと、好きだったけど結局、声もかけずじまいだった。そしてやっぱり無言のまま消えて行った。
「がんばんなきゃ。ソレ言ったのアンタだかんね!」
一生懸命に励ます声。なんだ、一緒に就職した同僚の原田さんだ。体調を崩したと聞いていたが元気そうじゃないか。
「こっち見てよ。ね、本気なの?本気ならなんとかしてよ」
ワッ、その声はマリエさん!本気です、本気だけど、事情ってもんが。
びっくりするくらい楽しそうな笑い声がした。聞き慣れた声。妻の声だ。
「ホント、しょうがないなぁ。女のことばっかじゃないの。アナタの走馬灯って」
「え?走馬灯?人生の終焉に記憶が次々とよみがえるっていう?じゃあ死んじゃうのか自分」
妻が悲しそうにうなずいた。
「寿命に逆らうことなんてできないの。これまでありがとう」
みんながボクの周りで手に手をとって輪舞した。岡田奈々もアグネス・ラムも裸のお姉ちゃんもいるじゃないか。
さよなら。さよなら、みんな。

「あなた、起きてください。なんですか、ニヤニヤして。楽しい夢をご覧になりましたの?」
妻の声に目を覚ました。
生きている!走馬灯はただの夢だったのだ。ホッと胸を撫で下ろした。
それにしても、いい年こいて、まったく恥ずかしい夢を見てしまったものである。白髪頭を掻いて、苦笑した。
その時はまだ気がついていなかったが、その夢以来二度と勃ったことはない。



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