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クリスマスプレゼント

2014年12月02日 | ショートショート

「サンタさんだよね?本物のサンタクロース」
イブの深夜、うちの窓辺にオジイサンが立ってたんだ。
赤い服に赤い帽子、白いおヒゲ。ボクの質問にまぶしいくらいに笑ってうなずいた。
まちがいない。いたんだ。本当に。
ジェーンにひどいこと言っちゃった。
「サンタなんているわけねーじゃん。ボクんちだけ来ないサンタなんかクッソ食らえだ」
大粒の涙、こぼしてた。朝いちばん、あやまんなくっちゃ。
「これを、君に」
サンタがわたしてくれたのは大きな箱。緑の包み紙に赤いリボン。ずっしり重い。
「ワシのことは誰にも言ってはいけないよ。プレゼントのこともね。守れるかい?」
もちろん!
「この箱は、君が辛くて辛くて本当にどうしようもなくなったら開けるんだ。いいね?」
辛くてどうしようも?よくわかんなかったけど、うなずいた。
サンタが立ち去ったあと、ボクはこっそり屋根裏部屋の隅っこに箱を隠しておいた。

翌年、サンタクロースは来なかった。その翌年も、次の年も、ずっと。
そして、たくさんの月日が流れた。
もちろん、箱の中身が気になった。
辛さを紛らす、お菓子が詰まってるんじゃないか?
辛さを忘れる、玩具が入ってるのかも・・・。子供の頃はそんなふうに空想した。
自殺用のピストルなんじゃないの?何もかも粉々にする爆弾だったりして。
そんなふうに考えた時期もあった。
何度も何度も箱に手をかけたもんだ。その度に、
「今がいちばん辛い時か?もっと辛い時が来たらどうする?」
そう考えると、結局、開けるのをためらった。
そうやって何度も何度も苦難を乗り越えることができた。

今宵、七十数回目のイブ。
ワシは箱を開けようと決めた。
今が辛いというわけではない。もうこの箱が必要ではなくなったのだ。
生涯連れ添った、幼なじみのジェーンが先月安らかに天に召された。
子供がなかったのは残念だったが、そのぶん二人でたくさんの幸せな時間を過ごした。
もう何も思い残すことはない。
包み紙を開けた瞬間、箱から声がした。
「タイムマシンのご利用、ありがとうございます。貴方をお好きな時間と場所にご案内します。初期設定のままでよろしいでしょうか?」
箱の表面に、設定された時間の数値と場所の地図が浮かび上がる。
ワシはすべてを理解した。
そして、鏡に映る自分を見つめた。
あと買い足すものは、赤い服と赤い帽子だけだな。
鏡の中のワシが、まぶしいくらいに笑った。



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自己犠牲株式会社

2014年11月18日 | ショートショート

衝撃でつんのめって、前の座席にぶつかった。
事故か?
視界全体が右に傾く。お、落ちる・・・
ボクを含め数名の乗客は本能的にバスの左へと移動した。
ギシギシ軋みながら、さらに傾ぐ。
女性客の悲鳴。
山越えの路線バス、ガードレールを突き破ったその先は崖、つまり奈落の底だ。
全員が右壁へ貼り付く。
ギシ・・・ギシ。
バスは傾いたまま静止した。一斉に安堵の吐息。
落ち着きを取り戻した乗客の視線は一斉に運転手に向かった。
事故の原因はなんだ?まさか居眠り?この状況、おまえが何とかしろ・・・
「ド、ドアを開けます」
唇を震わせた運転手は、運転席へダイブ。ドアの開閉ボタンを押した。
シュー。
乗降口が開く。
「お年寄りと、女性の方から、ゆっくり、ゆっくりと」
ひとり、またひとりと乗客が降りていく。
その間もバス全体がミシミシ嫌な音とともに震える。
いよいよボクの番だ。出口へ一歩踏み出そうとしたとき、耳の奥で声が響いた。

「お客さま、おめでとうございます。英雄として最期を遂げる絶好のチャンス到来です!」
英雄?なんのことだ?
「お忘れでしょうか?ワタクシ、昨年ご契約になった自己犠牲株式会社の者です」
自己犠牲株式会社?・・・ああ!
毎日毎日同じ繰り返しの日々にほとほと愛想の尽きたボクは、せめて死ぬときくらい華々しく散りたい、なんて思ったのだ。で、興味半分に契約してしまった。
会社は自己犠牲を強制するものではない。ただ、契約時に埋め込んだマイクロホンを通じて耳元で囁き勇気づけるだけだ。確かにこの状況で最後のひとりとして死ねばまちがいなく美談だ。
「さあ、ためらわずに。世界中があなたの勇気に涙しますよ!映画化間違いなし!さあ!」

「お客さん、急いで。あなたが最後の乗客ですよ」
運転手の声に我に返った。
「お客さま・・・その運転手・・・ややっ」
声の調子が変わった。
「まいったなあ、うちのライバル社と契約してます。お客さま、絶対に負けちゃダメです!」
ライバル社?
運転手の表情も見る見る変わっていく。ヤツもボクがライバルだと教えられたに違いない。
「運転手さん、あなたからどうぞ」
「いやいや、乗客のあなたから」
緊迫の時間が続く。車体はさらに歪み、悲鳴を上げるように軋んだ。
耳の奥から声が聞こえる。
先程と打って変わった朗らかな声だ。
「お客さま、ご安心ください。ただいま、ライバル社と協議の結果、お二人ともに英雄になっていただくってことで合意に至りました。ではお客さま、運転手さんと息を合わせて右側へジャ~ンプ。せーのぉ」



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世界でひとつのバレンタイン

2014年02月15日 | ショートショート

私の両掌には、ハート形チョコレート。
キラキラのラッピングに太陽光が反射して眩しい。
意中の彼は、ジョージ・コワルスキー。
超イケメンで女ったらしの宇宙飛行士。ライバルは多い。
でも、こんなロマンチックなチョコの渡し方ができるのは世界でひとり、私だけ。
きっと私、彼のハートを射止めることができるはずよ。
さあ、行くのよ。彼の元へ。私の思いを届けてちょうだい。
ハッピー・ヴァレンタイン!ジョージ!!
地球上空300キロ、私の掌から勢いよく解き放たれたチョコが、宇宙空間を舞い去る。

「ジョージ、聞える?こちらキャサリン」
「こちらジョージ。やあキャサリン、久しぶりだね」
「どう?予定どおり、今、宇宙遊泳中かしら?」
「よく知ってるなあ。ご名答、船外活動の真っ最中さ。で、キャサリン、何の用だい?」
「ウフフ、もうじきよ。受け止めてね、あたしの気・持・ち」
「ハイ?」

ハイ?
太陽光を反射する光点がジョージの目を射た。
一個の物体がこちらへまっすぐ向かってくる!
まさか・・・スペース・デプリ!?
避ける術もない、秒速8キロもの猛スピード。
ジョージの心臓をめがけて一直線。



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ゴーストライター

2014年02月07日 | ショートショート

 

「取材じゃあないのかね?」
写真一葉をテーブルに置くと、沖土鉢の愛想笑いが消えた。
取材用にホテルの一室に設けられた応接室の空気が一気に冷えていく。
俺の目の前に座っているのは、沖土鉢巡(おきどばちめぐる)。今、超売れっ子の天才音楽家。
彼が楽曲を発表するたびに飛ぶように売れ、彼の音楽を耳にしない日はない。
ライターの端くれの俺は、某出版社を通じて新作の取材スケジュールに紛れ込んだ。
沖土鉢本人から真相を確かめるために。
「この写真の女性に見覚えは?」
「知るもんか」
黄ばんだ白黒写真には、お下げ髪の愛らしい娘が写っていた。
「数カ月前、天寿を全うされました。ご家族が遺品を整理中、妙な物が見つかりましてね」
「妙な物?」
「恋文の束です。ひとりの青年からの。彼女、生涯大切にしまっておいたんですね、彼からの手紙」
「それとボクにどんな関係が?こういった趣旨の取材なら・・・」
「その青年、便箋の裏に楽譜をびっしり書き残してまして。米頭勉(こめがしらつとむ)。まったく無名の音楽家志望の青年です。手紙を書いた数年後には肺を病んで亡くなっています」
沖土鉢はもう、俺に掴みかからんばかりだ。
「だから君はいったい何を?」
「便箋の裏の楽譜、沖土鉢さんのに似てんだなあ」
「馬鹿な!」
「いや、似てるなんてもんじゃない。現代風アレンジを施しただけと言っていい。あなたの代表曲、全部が」
沖土鉢がソファに腰を沈めた。顔色が悪い。
「君の、君の要求は何だ?」
「要求?脅迫しようだなんて思っちゃいませんよ。知りたいのは真実だ。米頭勉は昭和を生きた夭折の無名音楽家、一方あなたは現代の新進音楽家。時代にも出生にも接点が見出せない。俺が知りたいのは二人の接点です」
沖土鉢の漏らす声が部屋の空気をいっそう冷たくした。
「接点なんて・・・すばらしい音楽を世に残したい、それで十分じゃないかね?」
その時だ。
俺の喉を何者かが鷲掴みにした。喉仏を押し潰すほどの力で。
やめろ!
目の前の沖土鉢は俯いたまま動かない。じゃあ、いったい誰が?
振りほどこうとしたが、そこに締め上げる手の感触はない。存在しない何かが頸を締めている!
身をよじって逃れようとしたが無駄だった。
そうか。
沖土鉢にはやはりゴーストライターがいたのだ。本物のゴーストライターが。
薄れゆく意識の中で、俺は誓った。
この真実を書き残すために、俺もまたどこぞのしがない物書きを見つけて・・・



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お久しぶりっ矢菱です。

でももうすっかりブログ熱が冷めてしまって・・・すっかり関心が別の趣味に移ってしまいました。ゴメンナサイ。

というわけで、コメントのやりとりもちょっとできそうもないので欄を外しました。ゴメンナサイ。

たま~に思いついたときまた更新するかもです。ゴメンナサイ。

気にかけて覗いてくださった皆さん、心より感謝します。朗読や転載、二次使用などなど、あいかわらずOKです。でも、コメントは・・・ゴメンナサイ。

こんな奴で・・・本当に本当にゴメンナサイ。


いわゆるショートショートの禁じ手

2013年12月07日 | ショートショート




なんてこった・・・ついに、ついにやっちまったのか!
先月末、隣国が防空識別圏を新たに設定した。
それは、自国を守るために設定した警戒範囲という、従来の防空識別圏を逸脱していた。
他国の民間機にまでフライトプランの提出を求め、応じない場合は敵対者と見なすという暴挙であった。
しかし、しかしまさか、わずか一カ月で、このような事態が起きようとは。
華やかな御馳走を前に家族に囲まれ、至福のひとときを過ごしていた一等海尉のもとに、一報が届いた。
緊急電話から聞える上司の言葉に冷や水を浴びせられた海尉は、恐る恐る尋ねた。
「で?軍用機ですか?ま、まさか・・・民間機?」
「詳しくはまだ。各基地で確認を急いでいるが、該当はない」
「つまり、民間機?隣国が民間機を撃墜した・・・その可能性が高いんですね?」
最悪だ。よりにもよって、こんな夜に。
「現場に急行した護衛艦の一隻が機体の一部を発見したらしい。すぐそちらに向かってくれ」
海尉が哨戒ヘリで護衛艦に急行する途上、隣国政府は声明を発表した。
『わが国の防空識別圏内を飛行計画の提出なく航行する小型機を発見しスクランブル、再三にわたる警告にも一切応答せず飛行を続けたため、国防上の脅威とみなし撃墜』・・・そう声高に述べていた。
民間の小型機か。何にしても世界を揺るがす大事件に違いない。
哨戒ヘリの黒い影が、海上の護衛艦ヘリポートへとゆっくり舞い降りる。
ヘリポートで出迎えた護衛艦艦長は顔なじみだったが、これほど沈痛な面持ちは初めてだった。
「海尉、残骸はすべて回収しました。どうぞこちらへ」
引揚機の下、甲板の一角がブルーシートで四方を覆われ、上部から皓々と光が漏れている。
艦長に促されるまま、その一角へと向かう。
海尉が身震いしたのは、年の瀬の海風ばかりではなかった。
バサリ。
海尉と艦長の到着を待って、警備していた隊員がシートをめくった。
何であろうとこの目で見て、上司に報告しなければならない。
覚悟を決めて足を踏み入れる。海尉の目が驚きに見開かれていく。
それは民間の航空機などではなかった。
大破した橇。
有蹄類数頭分の血染めの肉片。
巨躯の老爺の焼け焦げた亡骸・・・。
海尉の顔が艦長のそれと同じように色を失う。
朝の訪れとともに子供たちの悲痛な叫びが世界中を駆けめぐるだろう。
ああ、なんて夜だ。
海尉が思わず見上げた空に、いくら見渡せども星ひとつ見つけることはできなかった。



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ミクロの決死圏ザ・リアル

2013年10月18日 | ショートショート



「処置、完了。そちらから確認できますか?」
ナノマシンを操る真田からの通信を待つまでもなかった。
巨大モニターには、患者患部のCTスキャン映像がリアルタイムで映し出されていたからだ。
「モチロンだよ。聞こえないかね?称賛の声が」
ヘッドフォンから聞こえてくるのは、プロジェクトリーダーの駒井博士の声、そしてそれをかき消さんばかりの、NASAコントロールセンターさながらのお祭り騒ぎ。
ありがとう、ありがとう!
真田の操るナノマシンが身をクネらせて称賛に応える・・・。
近未来。
SF映画『ミクロの決死圏』は現実のものとなった。
ミニミニ光線を浴びてマシンごと縮小、患者体内へ侵入して、通常のオペでは難しい手術を成功させたのだ。
ただし、リアル世界では映画そのままとはいかない。
映画同様に、医療チームが特殊潜航艇で体内を駆け巡ることはできないのだ。
ミクロの世界では分子間力の影響が支配的となり水の粘性が何万倍にも増すため、潜航艇は微動だにしない。
血管を流れる血液はゲリラ豪雨の濁流のごとし。水路として移動に用いるのは自殺行為である。
かくして、リアル世界のナノマシンは人間体内で生き抜くのに最も適した形状となった。
そう。ギョウチュウである。
ギュウチュウ型一人乗りナノマシンを操る真田によって今、大手術は成し遂げられたのだ。
「皆さん、ご静粛に。ボクから重大発表がありま~す」
真田の声にモニタールームが静まる。
「実はボク、今日成功したらある女性に告白しようと心に決めてたんです。その女性とは、ミユキさん、アナタです!」
スタッフのひとり、ミユキに全員の視線が一斉に集まる。ミユキが青ざめる。
明らかに、明らかに迷惑顔だ。
「ミユキさん、ずっと好きでした。お願いします!!」
モニター画面にはアップで映し出されたギョウチュウの顔。んなのに告白されても・・・
「ゴメンナサイ!」
間髪入れずミユキがお断りする。
気まずい空気に包まれるモニタールーム。先ほどまでのお祭り騒ぎが嘘のようだ。
駒井博士が咳払いをひとつ。
「真田くん、これから患者に虫下しを投与する。消化器官へ移動して、脱出態勢に入り・・・」
「や~だよ」
真田の開き直った声。
「こんな恥かかされて、のこのこ出て行けっかよ。どーせオレなんてギョウチュウ野郎さ」
消化器官とは反対方向に這っていくギョウチュウ真田。
モニターを見つめる駒井博士が吐き捨てるように言う。
「ちっちぇ~ヤツだなあ」



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女骨ラーメンの真相

2013年10月09日 | ショートショート



「コレ・・・この写真のコレって、お宅のソコだよな?」
刑事が店の厨房で煮立っている大型寸胴鍋を指さす。
「ええ。うちに間違いありません」
「じゃ、このtwitterに投稿された写真は本物なんだな?」
「ええ。本物は本物なんですが・・・」
実際の厨房同様、問題の写真も大鍋が煮立っていた。
違いはひとつだけ。
実際の厨房は豚骨が煮立てられ、写真は女が煮立てられていたのだ。
ほとんど骸骨と化した死体が、ドラム缶風呂を楽しむように寸胴鍋に腰を沈めて。
ポッカリと穿たれた両の眼窩と剥き出した上下の歯で笑っているかのようだ。
刑事が私を鋭く睨めあげた。
「つまりアンタ、女のスープでラーメンを作って、大勢の客に食わせたって訳だな?」
「ええ。行列ができるほどの人気で。でも・・・」
「でも?」
「でも、私は殺人も死体損壊も犯しちゃいません。この女、上半身だけで下半身はないんですよ。刑事さん、実は・・・」
私は刑事に真相を語った。
半年前、常連客のある爺さんが大きな桐箱を持ち込んだ。
福井の港町で豪商を営む家柄であったが、零落し跡取りとてない。私に家宝を譲りたい、と言う。
丁重にお断りしたが箱を押しつけ、以来二度と店に現れない。
恐る恐る桐箱を開けると、なんとミイラ化した女性の遺体が納められていた。
箱書きには、『人魚上半身』の文字。
これは人間の死体なのか?それとも人魚なのか?
困惑するうち、箱からえも言われぬ香りが漂うのに気がついた。
腐臭のようでありながら香木のようであり、納豆のようでありながらビーフジャーキーのようであり。クセのある臭いだが、嗅いでも嗅いでも飽きることがない。
好奇心に駆られ、腕から肉片を削りとり、口に入れてみた。
美味い。
味の深さに陶然とした。
これを煮込んでラーメンを作ったら?
ラーメン一筋三十年、職人の勘で至極のラーメンの誕生を直感した。
かくして女骨ラーメンは大人気となった。
その一方、ふざけ半分にネットに晒す輩まで現れ、こんな騒ぎになろうとは。
今日はとうとう刑事まで現れて・・・

刑事は私の話をまったく信用していない風情だった。
「その、出しガラの骨を鑑定しようじゃないか。人間か、人間じゃないか」
「とうに捨ててますよ。豚骨同様、生ゴミで。焼却されて跡形もない」
刑事がため息をひとつ。
「じゃ、どうやって証明できるってんだ?」
そんなの簡単な話だ。
「待ってさえもらえば。ええっと・・・八百年ほど」



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美人妻、夜な夜なの激しすぎるアレ

2013年10月05日 | ショートショート



診察室に現れた、その患者は・・・なんと言うか、すこぶるつきの美女だった。
派手ではないが、品のいい端正な顔立ち。
豊満ではないが、惚れ惚れとする体のライン。
「あの、アタシ・・・アレが激しいんです。それで、あの、夫が疲れちゃって・・・」
ゴクリ。
私は喉が鳴るのを気取られぬように咳払いした。
「困ってるんです・・・抑えられなくて・・・夫の仕事にまで差し支えて・・・」
かくも瑞々しい唇から卑猥な言葉が漏れ出すとは。
「そ、それで、なんでまた耳鼻咽喉科に?」
私の問いに、女はキョトンとした。
「ですから、その、イビキが」
・・・イビキ?夜な夜なの激しいアレってのは、イビキ?
題名に釣られて読みはじめた読者と同じくらいガッカリした。
ウ~ム、この女、医者の関心を引くためにワザと?それとも単なるオトボケ美女なのか?
気を取り直し、患者を徹底的に調べあげた。
口蓋や咽頭扁桃の異常、アレルギー性鼻炎、生活習慣等々・・・。
結果、私は診断を下した。
「どうやら心因性ですね。あるんですよ、こういうタイプ。気にすれば気にするほどそれがストレスとなって、より悪化してしまう。お薬を出して様子をみましょう」
信頼しきった潤んだ瞳で女は見つめた。
「二、三日していらしてください。薬の効果を見たいので」

はたして数日後、美女は再び現れた。
「いかがです?薬の効果は?」
眩い光が零れ落ちそう笑顔を浮かべ、女は言った。
「お薬をいただいた晩から、嘘みたいにすっかりよくなって。なんと感謝申しあげたらよろしいかしら」
フフフ、やはり。私の見立てに間違いはなかった。
賢明な読者諸氏はもうお気づきであろう。
私の処方した薬は、精神安定剤の類ではない。単なるサプリ、つまり偽薬である。
今回のケース、これはまさにプラセボ効果の好例といってよかろ・・・
「先生、お薬はいつまで?あとどのくらい主人は続ければ・・・」
ハイ?
主人?
「まさか・・・処方した薬、ご主人が?」
「ええ。気になって眠れないのは主人ですもの。なにか問題でも?あの、今日は主人がぜひお礼が言いたいと申してこちらへ」
診察室に男性が入ってきた。
美人妻が惚れこみそうな、優しげな夫だ。
「ありがとうございます、先生。あなた、ホンモノの名医だ」
繰り返し礼を言う夫の耳の穴に、私の処方した錠剤が詰まっているのが見えた。
ウ~ム、この夫婦、単なるオトボケ夫婦なのかあ?
 


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標的

2013年10月02日 | ショートショート



子どもの頃から標的が得意だった。
赤い輪の中の赤丸の、そのど真ん中へ。近所の誰よりも上手く当てることができた。
得意である以上に、『標的を狙う』という行為そのものがボクに喜びを与えた。
標的を狙い始めると、周囲のざわめきが消えていく。あらゆる雑念が消えていく。
今がいつだとか、ここがどこかとか、自分がナニモノだとか、そういう一切が。
すると標的は標的以外のナニモノでもない一点と化す。
それ狙う自分もまた同様に標的を狙う一点になってしまう、あの感覚。
それを手に入れた瞬間に、その二点に定規を当て、おもむろに直線で結びさえすればよい。
その境地こそが、標的の極意だ。
その極意を体得したがゆえに、誰よりも得意とし、愛することができたのだ。
標的の才能を買われて、今の公職に就くことができたのは幸いだった。
毎日ボクは、政府機関の一室の特殊ブースの、ボク専用の椅子に腰を沈める。
目の前のモニターに、見慣れた標的が映し出される。
備えつけの、特殊な狙撃装置のグリップを握る。
そして、待つ。
標的、自分。それらが二つの点と化して直線で結べる、あの感覚が訪れるのを。
毎日、毎日、繰り返し、繰り返し、新たな標的を制覇していく。
それ相応の報酬を得て、じゅうぶん満足ゆく生活を送り、やがて愛しい妻子を得た。
そんなある日。
やすみ時間を持てあまし、ひとり映画館に立ち寄った。
巷で評判のSF映画で、惑星間の戦争を扱ったものだった。
映画のクライマックス。狙撃手が赤い標的を狙い撃った。
巨大ミサイルが発射されて青い惑星が木っ端微塵に吹き飛ぶと、観客が拍手喝采した。
けれどボクは、まったく楽しめなかった。
ボクが日々狙っている標的の先には、いったい何があるんだろう?

「なにかあったの?憂鬱そうな顔。あなたらしくないわ」
その晩、子どもを寝かしつけて居間に戻ると妻が言った。
ボクは妻に今日観た映画の話をした。
妻はボクの頭を両手で抱え、額にキスしてくれた。
「やさしい人。愛してるわ」
妻の温かい手にボクの手を重ねた。
「ごめん。考えてもわかんない話だ。やめよう」
ボクが微笑んでみせると、妻も微笑んだ。
そうとも。
わかっているのは、ボクが妻を愛しているということ。わが子を愛しているということ。
そして妻や子を守るためなら、なんでもするということ。
それで十分じゃないか。
天職に携わり、最愛の妻子を得た、かくも素晴らしき人生!



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出るんですよ、その宿

2013年10月01日 | ショートショート



宿の主が酌を勧めながら頻りに尋ねるので、ボクはそう答えた。
主は息をのみ、間を置いて破顔する。
「またまたあ、お客さん、ご冗談」
「イヤ、ホントだよ。出るんだって、その宿」
この辺りの、鄙びた湯の町の風情が好きで、毎年骨休めに訪れている。
例年、ここよりさらに上流の別の旅館に投宿していたのだが、昨年の一件があってはさすがに泊まる気になれず、今年はこちらの宿を利用した。
「で、その宿でいったい何が?」
神妙に尋ねる主に、あの夜の一件を話した。

いつものように田舎料理に舌鼓を打ち、ほろ酔い加減で湯を浴びなおし、床に就いた。
そしていつもの、温泉に浸かったあとの、あの落ちていくような深い眠りに身をゆだねるはずが・・・その晩に限って眠気が訪れない。
少し、飲み直すか。
明かりを点けようとした矢先、二階からミシリと軋む音がした。
安普請だなと笑っていたが、ふと気がついて青ざめた。
この宿に二階などない。
ミシリ・・・ミシリ・・・
平屋建ての温泉宿の天井裏を、何者かがゆっくり這っている・・・
軋みに全神経を集中した。
すると、その音がボクの真上で止まったのだ。
次の瞬間。
ギャアアアア!!
天井のそいつは断末魔の叫びをあげた。そして駆けずり回る激しい音。
ボクは恐怖のあまり、布団を被り耳を塞いだ。
そのあとは何事もなかったように静まり返ったが、結局ろくに眠ることができなかった。
翌朝の朝食の折り、夜の一件を恐る恐る中居に話した。
中居は面白そうに教えてくれた。
「お客さん、それ、ムササビですわ。この辺じゃ家の天井裏に巣をかけおって。今、サカリの時期じゃけえ」
それが天井裏の徘徊者の正体だった。
さすがに煩いのは厭で、今年は泊まる気にならないが。

話し終え、したり顔のボクだったが、意外にも主は神妙な顔つきのままだった。
「お客さん、この辺り一帯で五年前に野生動物の疫病が流行ってね。以来、地域のムササビは絶滅しとるんです」
なあんだ、やっぱり出るんじゃないか、その宿。



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メイキング・オブ・・・

2013年09月24日 | ショートショート



体重計に載って両足を揃える。
大型モニタに体重と体脂肪率が表示され、数値が推移グラフに即座に反映される。
ニヤリ。
急降下していく折れ線グラフが、目標数値の赤いボーダーラインを下回っている。
アスレチック・ルームの全身鏡に引き締まった己が肉体を映し、椴松円楽(とどまつえんがく)は惚れ惚れと眺めた。
椴松円楽。
若くして某仏教系宗教法人グループの代表へと成りあがり権勢をほしいままにする僧侶にして、タレントを霊視するレギュラー番組で絶大な人気を誇る霊能力者。
仏道者でありながら飽食の限りを尽くし女色を貪るうちに、彼は肥え太り脂ぎっていった。
その享楽ぶりにバッシングの声も囁かれ始めた某日、円楽は鏡に映るブヨブヨと垂れた腹を見つめ一大決心をした。
山形県の山間、地下10メートルの密室。
循環型の空気清浄機、アスレチック・ルーム、そして脂肪燃焼タイプの食べ物と飲み物。
(近未来、脂肪吸収を抑制する『特保』どころではなく、飲めば飲むほど、食べれば食べるほど、カロリーを消耗する『痩せる食品』が開発されていたのである)
そこに籠もって節制した生活を送り、若々しい肉体を手に入れる。
スリムな椴松に世間は驚嘆することだろう。彼の肉体美に女たちは瞳を潤ませるであろう。
かくして円楽は地下からは決して脱出不可能な地下室に籠もり、究極のダイエット&シェイプアップに取り組んだ。
そして半年。
割れた腹筋をうっとり見つめ、円楽は呟いた。
もう、よかろう。
通信装置を手にして、地上へと救い出すように指示を送る。
・・・
おや、どうしたことか?
地上の法人事務所には、常時職員が待機している約束であったはずだが。
じゅうぶんに間を置いて、再び通信を試みる。
・・・
やはり、応答なし。
半年の間に、地上でなにごとか起きたのではあるまいか?
まさか、まさか核戦争が?
円楽は、山積みになった、摂れば摂るほどにカロリーを失う飲食物を見上げる。
いや、よしんば核戦争が起きたとしても、全人類壊滅などありえない。
いつか誰かが、きっと救い出してくれるにちがいない。
円楽は結跏座を組み、目を閉じ、読経した。
地上の人々よ、ひとりでも多く生き延びていてくれ。そして救い出してくれ。
己が生存のためとはいえ、生涯において初めて全身全霊の真摯な誦経が唇から漏れた。

かくして数ヶ月後。生存者たちによって地下室は開かれることとなった。
「うわっ、こんなところに即身仏が」



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ヒッチコック大作戦

2013年09月21日 | ショートショート



休日の昼下がり、約束どおりの時間に古田はやって来た。
古田とボクは中学時代からの旧い仲で、性格も専門も進路も違っていたが、互いに映画好きだったこともあって不思議とウマが合った。
ひとしきり昔話や映画の話題に花を咲かせているうちに夜は更け、ボクはボクの秘密を彼に明かしたくてたまらなくなった。
それで、離れの研究室に連れて行き、完成真近のタイムマシンを古田に披露した。
「このポッド内に入れたモノをお望みの時間と場所に送ることができる。理論上、人間も可能だ。ただし、片道切符の時間旅行だがね」
「片道切符?片道切符ってことは、ここに戻って来られないってことか?」
ボクはうなずいた。
「なあ、君ならどう使う?」
「さあ、どう使うかなあ・・・100年後の未来ってどうかな。これから先100年分の面白い映画を堪能できるなんて最高だなあ」
「君らしいなあ。やっぱりボクら、ソコになっちゃうよねぇ」
今度は古田が同じ質問をボクにぶつけた。
しばしの沈黙。研究室の蛍光灯に羽虫が体当たりするカンカンという音が耳についた。
「ボクは、過去に行ってみたいと思うんだ。1939年、ロンドン」
「なんでまた?」
「アルフレッド・ヒッチコック。『三十九夜』『第3逃亡者』『バルカン超特急』、斬新な傑作を続々と発表し、ハリウッドに招かれながらも直前にドイツ軍の空襲で命を落とした、夭折の監督。焼け落ちる撮影所から彼を救い出せたら・・・」
古田がボクの言葉を遮った。
「おいおい待ってくれ。映画史を変えちまおうってのか?ダメだろ、ソレ」
「わかってる。わかってるけど、想像してみたまえ。その後の彼の活躍を。サイコスリラーの元祖を作ったかもしれない。動物襲撃パニック映画の走りだって。たたみかける娯楽アクションの礎さえ。自分の名を冠したミステリー番組も・・・ああ、彼が生きてたらなあ」
「そういう気持ちはボクだって同じさ。でも歴史を変えるなんて断じて許されない。忘れるんだ、高橋。さ、戻って飲みなおそうぜ」

友人の高橋の家を訪れて数週間後、高橋は忽然と姿を消した。
もしかしたら、例のマシンを本当に試したのだろうか?だとして、行き先は未来?それとも過去?
問題はそこじゃない。
あの晩、研究室で友人と話した会話の中身、記憶がすっかり無くなっているのはなぜなんだろう?
高橋に思いを馳せるとき、ヒッチコック監督の渡米後の豊穣な名作群を観てしまうのはなぜなんだろう?



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恐怖!これが金縛りだ

2013年09月18日 | ショートショート



金沢の鄙びた一軒家でひっそり暮らすようになって一週間。
この季節ともなれば、寝室まで虫の声が聞こえてくる。
軒下で鳴く虫までいて、枕元で鳴いていると錯覚するほどうるさいのが常である。
ところが。
今夜に限って、虫の声がまったく聞こえない。
訝しく思いつつも、日中の疲れからウトウトし始めた、その時。
グッ
両の足首を握りつぶさんばかりの力でつかまれた。
もがこうとしても、両手両足ピクリとも動かない。
グッググッ
重みが膝へ這いのぼり、石の板に挟まれたようだ。
た、助けてくれっ
懇願すれども、声にならない。
抗しがたい重みは下腹部へ、さらに腹部、胸までも圧迫してきた。
息が、息ができない!
突然、目を開くことができた。その目に、老婆の顔が飛び込んできた。
白髪をふり乱した、蒼白の老婆が血走った目で覗きこんでいる!
老婆の喉から嗄れた声が漏れる。
「か・・・え・・・せ・・・」
かえせ?
「かえせ・・・金、返せ・・・」
金返せ?いや、それはちょっと・・・
老婆が威嚇するように、口をこれでもかと大きく開いた。
全ての歯が金歯の、総入れ歯を剥いて。
恐怖のあまり、叫んだかもしれない。
次の瞬間、暗い水中から一気に水面に浮上するように、布団から跳ね起きた。
早鐘を打つ心臓は治まらず、厭な汗で全身グッショリと濡れていた。

「例の、金沢の民家に隠れてた男、翌日には耳をそろえて返済したよ」
某サラリーマン金融の社長室。専務はニヤケ顔だ。
「よほどうちの金縛りが応えたようですな」
専務が窓辺に寄って駐車場を見下ろす。
そこには、うちのバンが停まっている。
屋根にはアンテナとパラボラ、ボディに『KKK』の文字、テレビ中継車そっくりのバンが。
「あの車で?あそこから頭に電波を?」
「ええ。レム睡眠時の脳に直接暗示をかける仕掛けですが、詳しくは企業秘密です」
私の言葉に専務がごもっともとうなずく。
「それにしても依頼した債務者全員が完済、いやはや最強の取立屋だよ、お宅は。ねぇ、社長」
奥に腰掛けた社長を見た。
「うちの金縛りマシンも最強だが、どの契約会社よりも返済率がいいのは、最恐のモデルのおかげですよ」
と言いたい気持ちをグッと堪えて、
「これからも、『金渋りかけてあげよう金縛り』略してKKK社をどうぞお引立てください」
とだけ言った。
「こちらこそよろしく」
女社長がニッと笑うと総入れ歯がキンキラリンと輝いた。



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イプシロン、侵略の手口

2013年09月15日 | ショートショート



日頃から訪問販売の類は一切お断りしているボクだが、興味半分に玄関を開けてみた。
「は?さっき、なんとおっしゃいました?」
「いやだから、ウ、チュ、ウ、ジ、ン、宇宙人なんですよ」
聞きまちがいじゃない。宇宙人だって?愛想よく笑う、この小柄なオッサンが?
「どちらの?」
「一応、イプシロン星人なんですけど」
イプシロン?それって巷で話題の、国産の固体燃料式ロケットの名前じゃないか。
はは~ん、コイツ、宇宙人を騙った新手の詐欺だな。
「で、そのイプシロン星人が何の用でフリーターのアパートに来たの?金、ないかんね」
「お金なんて、滅相もありません。ここと通貨も違いますし」
安心させて騙す気だな。
「じゃ、何しに来たの?まさか・・・腎臓一個くれ、みたいな?」
男が年季の入った黒革カバンに手を突っ込んで、バッヂをひとつ、取り出した。
「いえ、ただ、これを着けてほしいんです。目に見えるところにいつも。それだけで十分です」
手渡されたバッヂは、星型の七宝焼、なんかダサイ。
「これ着けるのに同意したとして、ボクになんのメリットがあんの?」
男が、待ってましたと目を輝かせた。
「驚かないでくださいヨ~。今、ご契約になると、イプシロン連邦管轄下のご希望の惑星または衛星のひとつにあなたの名前が付けられるんです!惑星、タナカタカシ!!」
驚かなかった。ボクはバッヂを突き返した。
「宇宙の果ての知らない星にボクの名前付いたからって何になんの?もっと実感の湧くもんじゃなきゃ。さ帰って、帰って」

また断られてしまったか・・・。男は、駅前の小さな食堂で素うどんを啜った。
いかに連邦政府の意向にしても、今回の侵略方法は地味すぎないか?
超巨大円盤で都市を覆い尽くし、圧倒的な軍事力を誇示する強引さもどうかと思うけれども。
人類が皆、イプシロン連邦所属の証を身に付けてくれるのは何年先やら。
壁に掛かった液晶テレビでは、今大人気の女性アイドルグループが笑顔をふりまいている。
能天気な星だよなあ。
一番人気のセンターの娘が視聴者に向かって語りかける。
「私たちのデザインしたバッヂプレゼント企画に、たくさんのご応募ありがとうございましたあ。というわけで、追加プレゼントしちゃいま~す」
なんだ、ご同輩、がんばってんじゃないか!



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粘土でピカッチ殺人事件

2013年09月13日 | ショートショート

会社の一室で五人の男性が殺害されるという、凄惨な殺人事件が起きた。
害者はいずれもその会社の重役、エアダクトから室内に送られた青酸ガスによる中毒死である。
そして何よりこの現場が異様なのは、彼らが共同で粘土作品創作中に絶命していたことだった。
通報後ただちに現場に駆けつけた警部、そして探偵桶津香具郎は今、息絶えて間もない五人の遺体を目にしている。
「警部、第一発見者の名前は?」
「えっと・・・ここの女性社員で・・・北内愛子とかいったな」
桶津の目がキランと光った。
「彼女をここへ」
数分後、北内愛子が現れた。
「北内さん、庶務担当のあなたが社の倉庫からシアン化水素を持ち出すのは朝飯前のはずだね」
北内愛子が青ざめる。
「私以外にも倉庫に出入りできた者はいるわ。私を疑ってらっしゃるの?な、何を根拠に・・・」
桶津が粘土作品を指し示す。
「これはただの粘土細工じゃない。絶命するまでおよそ240秒。彼らはその残された時間でダイイング・メッセージを残したんだ!」
全員の目が粘土に注がれる。この稚拙な作品にどんな秘密が?
「警部、あなたには何に見えます?」
「ウ~ム、真ん中の三つは、ヒトのようだな。周りのは・・・土俵?つまり、相撲?」
「惜しい。大きく強調された手に注目してください」
「手を開いてるのや、握ってるのや・・・オオ!グー、チョキ、パー!ジャンケンだ!」
「正解。ジャンケンで三つ巴の状況、つまり、アイコですよ、愛子さん!」
北内愛子の肩がピクリと震えた。
「バカバカしい!万にひとつアイコだったとしても、アイコは私だけじゃないっ」
桶津が笑う。
「そこで、周囲の途切れ途切れの輪です。土俵じゃありませんよ」
警部が首をかしげる。
「長くこねた粘土がぶつ切りになって・・・何だ?さっぱりわからん」
「残念。この形状、これはウ●ン●コです」
「ウ、ウ●ン●コ!?」
現場の全員がどよめく。
「そのとおり。ウ●ン●コに囲まれてジャンケンしているんです」
「き、きたない・・・」
北内愛子のつぶやきを桶津は聞き逃さなかった。
「きたないアイコ・・・つまりアンタだ!!」
観念した北内愛子が泣き崩れた。警官に両脇を抱えあげられ連行されていく。
「桶津さん、お見事でしたな」
桶津がかぶりを振る。
「お手柄なのは五人の害者ですよ。彼らの粘土作品がスピード解決へと導いたのです」
息絶え横たわる男性軍五名の健闘を称え、惜しみない拍手が誰彼となく生まれ、そして広がっていった。



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