「みなさん夏休みの宿題終わりましたかぁ?」なぞと一年間で一度だけ、ご親切に心配してくれるのがこの日だけである。
学校始まってもその日は避難訓練や通知表の提出、掃除等とやる事がいっぱいなので「すみません…忘れてきました…」と述べれば逃げることが出来る(かも)。
そして次の日から授業を軌道に乗らせる為に教師は四苦八苦するので、一週間は猶予をくれるだろう。そのまま忘れてくれればいいのだが…そこは皆様の手腕に掛かっている
まっ明日から2学期頑張れや!
「明日は土曜日で休みですよ」
何ともはや土日がかかり9月3日から登校か。大概9月1日に登校。次の日は土曜、日曜となるから教師は宿題を忘れてくれる、若しくは猶予をくれるチャンスなのだが、今年はそうもいかんですか!
「何かいい方法はありますか?」
「モンゴルへ療養に行くと言えばいいんじゃないの」
問題集を提出とかいうならばさ。全部まともにやっていては時間を食うだけだから、半分くらい気合いれて、後は適当に選択したりそれっぽい記述すれば誤魔化せるよな。
回答→無回答→回答→無回答→回答
リズムがある誤魔化し方だと怪しまれるから、工夫することだな。皆が出来そうなのを回答していないと痛い。
「わかったようでわからん」
「あくまで個人での誤魔化し方です。あとは友達と運命共同体になるか」
そもそも自由研究とか調査レポートなんて、何人かでやった方が気楽でいいんだよね。
やるといっても図書館に雁首揃えて同時作業をする“受験勉強スタイル”ではなくて作業をシェアするの。
2007年7月27日、Xな2トコナツイチhttp://blog.goo.ne.jp/tonodeiika/d/20070727
これなんてシェアできる第一歩であって、ここから三人で出た一冊を読むの。
それから凧大百科事典ならば、一人がある地域の凧を調べに行き、もう一人はある地域の凧を調べに行く。その間三人目は映像とか資料といった軽いものを集めておくと共に、今課題の動機付けや議論ポイントを絞っておく。
三人集まった時点で調査報告をし終えて、さっそく議論すんの。そのトークは録っておいて文に起こせばいいさ。
あとは今回の調査の意義と感想で個人で締める。感想を纏められなければ一度三人で凧使って遊べばいい。
「遊んじゃ、超楽しかった!だけになるのでは」
「いやー、プロセス踏んでの遊びだから、超楽しさも一味違うでしょ」
終わりにメンバーと凧で遊んでみた。楽しかった。これが率直な感想である。
之まで凧遊びは何度か経験したが、今回ばかりはその喜びも一入である。調査を始めた頃はかんかん照りで空を眺めるのも拒んでいたのに、暑さが和らぎ澄み切った空になるにつれ今はよく見上げるようになった。
研究を始める時は陰鬱な気分だったのが、凧を通して天と人の関わりを学ぶ中で、凧に込められた生活への願いや人々の遊び心を理解できるようになった。「上を向いて歩こう」きっと昔の人もこの言葉を胸に明日へ向かって生きていたのだろう。この夏を通して僕を支えた言葉だ。
こうして茜色が懸かった空に凧を浮かべて今思う。こいつらと勉強できて良かったと
「とかなんとか書けばいいんじゃないの!?」
「勉強嫌いの奴が好きになる瞬間ですね」
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「ところで今日のブログ、テストには…」
ちょっとまった!
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