現在、韓国で唯一「海女」が確認できる済州島は、日本で言えば和歌山や高知とほぼ同じ緯度にあり、暖流の対馬海流の影響で、朝鮮半島南岸に比して温暖な気候である。ここにはもともと「耽羅(タムナ)」と呼ばれる王国があり、百済、新羅、高麗など朝鮮半島の韓族王朝に服属していたが、1416年李氏朝鮮に併合されるまでは、耽羅民族国家として独立性を維持していた。耽羅民族は「魏志倭人伝」で書かれていた「倭人」と同じ、(よって「粤人」の流れの)海洋民族系と目される。
李氏朝鮮時代には済州島は流刑地であり、韓族文化とは異質の文化を持っていたため、歴史的に済州島出身者に対する差別は根強く、第二次大戦後、8万人の島民を虐殺した内乱「済州島四・三事件」の遠因になっているとも思われる。四・三事件を逃れて日本に逃亡、密入国して在日韓国人となった済州島島民は多く、その際に多くの海女たちが日本各地に渡り海女として働いていたと言われる。つげ義春の代表作「李さん一家」に登場して風呂でのぼせる李さんの奥さんが在日海女であるのはよく指摘されている(つげ義春の母方の親類の殆どが漁師と海女らしい)。
済州島の海女の画像がないか調べてみた。まずは、ご当地最新海女ファッションから。

済州島南岸の西帰浦で行われた、学生による海女のパレードの写真。海女の水着の上にシースルーの「ミニ・チョゴリ」のようなものを着ているのがかわいい。手にしているのは浮きと収獲物を入れる網。
李氏朝鮮時代には済州島は流刑地であり、韓族文化とは異質の文化を持っていたため、歴史的に済州島出身者に対する差別は根強く、第二次大戦後、8万人の島民を虐殺した内乱「済州島四・三事件」の遠因になっているとも思われる。四・三事件を逃れて日本に逃亡、密入国して在日韓国人となった済州島島民は多く、その際に多くの海女たちが日本各地に渡り海女として働いていたと言われる。つげ義春の代表作「李さん一家」に登場して風呂でのぼせる李さんの奥さんが在日海女であるのはよく指摘されている(つげ義春の母方の親類の殆どが漁師と海女らしい)。
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