萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第85話 春鎮 act.35 another,side story「陽はまた昇る」

2017-10-17 22:44:45 | 陽はまた昇るanother,side story
Nor lose possession of that fair thou ow'st, 凛として、
harushizume―周太24歳3月下旬


第85話 春鎮 act.35 another,side story「陽はまた昇る」

あの日と同じ海、同じ香、ほろ甘い苦い潮の香る。
けれど問いかけた先は君じゃない、ほら?

「私が、湯原くんを看病した理由…?」

ソプラノが問いかける、あの日と同じ甘い辛い潮の風。
けれど違う眼ざしが明るく笑った。

「湯原くんが大切で、湯原くんのお母さんたちに頼ってもらえたのが嬉しかったからよ?」

それがいちばん大事よ?
そう明眸おおらかに笑う、薔薇色の頬きらきら黒髪おどる。
海の朝風たなびく浜辺、ベージュのコート華奢なひとは言った。

「それともね?いろいろ白黒ツケルって話かな、たとえば宮田くんのことや…わたしのきもち?」

ほら、彼女はやっぱり聡い。
聡くて朗らかな声に周太は微笑んだ。

「ん…美代さんも話そうって、来てくれたの?」

逸らさない実直、そういうひとだ。
だから自分も考えこんでいる真中、きれいな明るい瞳が笑った。

「話そうって来たの、立会人はカイにお願いしてね?」

笑って傍らの三角耳そっと撫でる。
その手ちいさく華奢で、けれど働き者の指先に微笑んだ。

「カイが立会人っていいね…あそこ座ろ?」
「うん、」

さくりさく、砂浜ならんで歩きだす。
ひるがえる潮風に額が頬が冷えてゆく、覚まされる肌感覚に呼吸した。

―ちゃんと言わなくちゃ、僕から、

鼓動ふかく決める、さくりさくさく一歩ごと刻む。
朝陽やわらかに足跡ならべて、草地の岩にふたり腰おろした。

「あったかい…、」

陽だまりの岩、やわらかな温もり腰から沁みる。
ふさふさ茶色の尻尾も緑に座り、のんびり寝そべった。

「あったかいね、カイも気持ちよさそう、」
「ん、いい天気でよかったね、」

なにげない会話に見つめあって笑って、きれいな明るい瞳が透る。
この瞳いつも自分をまっすぐ見てくれた、そのたび深くなる想い口ひらいた。

「美代さん、僕…好きです、」

想い、声になる。

「好きだよ…友だちだけじゃなくて、人として、女のひととして、」

声になる、鼓動あふれる。
あふれる想い見つめて、きれいな明眸に告げた。

「好きです、」

好きだ、この女の子が。
だけど忘れられない潮騒が響く、鼓動ひき裂かれる。
波の音うつ脈ひき裂いてしまう、どうして?嘘なんて吐いていないのに?

(to be continued)
【引用詩文:William Shakespeare「Shakespeare's Sonnet 18」】

にほんブログ村 小説ブログ 純文学小説へにほんブログ村 blogramランキング参加中! 人気ブログランキングへ 
著作権法より無断利用転載ほか禁じます

PVアクセスランキング にほんブログ村

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 文学閑話:紅葉雨の恋×万葉集 | トップ | 第85話 春鎮 act.36 another... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

陽はまた昇るanother,side story」カテゴリの最新記事