萬文習作帖

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閑話書覧:東方綺譚

2014-06-17 15:18:14 | 文学閑話散文系
異国の風韻



閑話書覧:東方綺譚

休憩合間ですが気分転換に一冊、笑

Marguerite Yourcenar『Nouvelles orientales』

フランスの作家マルグリット・ユルスナールが1938年に発表した東洋の伝承をベースに描く短編小説集です。
邦題『東方綺譚』と言いますが白水Uブックス版の多田智満子翻訳バージョンがおススメ、
この方の翻訳は翻訳と思えないです、流麗×理知が文章に風韻を残させます。

読者年齢は中学生でも読めます、表現や言葉は易しいものが多いので、笑
易しい美しい文体、が、どの物語も描かれる世界は記憶をなぞらせるように深遠です。
昨日掲載した『時の旅人』はファンタジーですが、より人間の等身大を穿ったファンタジーが『東方綺譚』にあります。

この短編集を読むなら夕方以降が自分は好みです。
全話どれも理知的で淡々と語りながらも、どこか端整な淫靡の空気感があるので夜向きかなと。
どの物語もR18ってほどのシーンはありませんけど笑、ただ流麗で率直な語り口に感情ごと感覚もストレートに描かれています。
短篇小説集のなかでは今まで読んだ色々のなかで自分としては一番好きです、笑

中国、トルコ、エジプト、ギリシア、そして日本。
オリエンタルと呼ばれる国々の物語をそれぞれの風土と思想観が語られます。
各話ベースの伝説や古典が各国ごとあるので、既知なら著者の深さに感嘆&未知なら典拠を調べても面白いです。

大学生なら講義課題で仏文学や比較文学などの論文課題のネタにも良い作品だと思います。
日本文学でも中古文学or中世文学のネタには使えます、日本の物語は邦題『源氏の君の最後の恋』だからです。




『Le dernier amour du prince Genghi』

源氏の皇子の最期の愛、直訳するとソンナ感じですが、
紫式部『源氏物語』の二次作品で「雲隠」という章を描いた物語です。

この「雲隠」は原典も本文がありません、
もしかして消失したのかもしれませんが、敢えて無文だと言われています。
無文で無言である、その理由は物語の主人公・光源氏がこの章で薨去=亡くなるからです。

「雲隠」

という言葉は月が雲に隠れるイメージです、
それは出逢いの終焉から生命の終わりを意味しています。
この言葉を紫式部は好きだったのか、百人一首にも選歌された歌に詠んでいます。

めぐり逢ひて 見しやそれともわかぬ間に 雲隠れにし 夜半の月かな

久しぶりに幼馴染と再会して話は尽きないのに途中で帰ってしまった。
その寂しさを詠んだと詞書がある歌ですが、歌意をもっと大きく採ると、

 長い時の後やっと廻り逢った大切な君、
 けれど長い年月にお互い姿が変わってしまって君だと解かることも直ぐになんか出来ない、
 まだ君だって確かめてもいないのに月が雲隠れてしまうよう君は往ってしまった、まだ夜中の月に朝は遠いのに

こんなカンジに意味を採ると「めぐり逢ひて」の歌は一期一会を詠んだ出会いと別離の歌です。
月と雲の悠久に出逢いを掛けて、友人とひと時の再会から一期一会、そして生生流転も謳います。



こういう意味の「雲隠」なんですけど、
主人公の死へと黙祷を捧げる、そんな意図から『源氏物語』では無文なんだろうと。
この無文の章をフランス人のユルスナールが二次作品として書上げたのが『Le dernier amour du prince Genghi』です。

物語のトーンは能楽の謡曲と似ています、
自分は翻訳バージョンしか読んだこと無いので訳者の多田智満子さんの筆力かもしれませんが、笑
でも物語自体が謡曲ではスタンダードなパターンで、山深い草庵に住む僧侶を美女が訪れるってストーリーです。

謡曲でいうなら、主人公シテ=光源氏、相手役ワキ=花散里
このシテとワキは立ち位置が自在に入れ替わり二人主人公ってカンジです。

登場人物はこの二人だけで物語は進みます、それは能舞台にそのまま上演出来る形式です。
ワキの花散里も光源氏の為に幾度も姿を変えて現れます、ソノヘンも舞台映えする変幻美と幽玄が端正です。
上にも『東方綺譚』を読むなら夕方以降って書きましたが、特に『源氏の君の最後の恋』は霧の中や夜の物語です。

ストーリーは『anothe, side story』の第33話「雪灯」など作中で登場させましたがハッピーエンドではありません。
いま連載中の話で言うなら源氏=英二×周太=花散里ってカンジで自分勝手ロマンチスト美男と健気な賢女の物語です。
悲恋モノって意味ではコレがいちばん自分的には悲恋です、純愛モノというには片方が自分勝手極まりないヤツなので、笑

この物語は『源氏物語』の世界観+謡曲の空気がよく描かれて原作を超えた二次作品になっています。
なので『源氏物語』原典を読む前にコッチから読むこともおススメです、源氏と女性たちの姿が解りやすいので。
コレ読んで光源氏ってコンナヤツなんだなー花散里カワイイ佳い女だなーとか把握すると、人物をヨリ知りたいって好奇心になります、
それから原作『源氏物語』を読み始めると「古典ってメンドクサイ」みたいな固定観念に囚われ難くて良いかなと、笑




第76話「総設7」校了しました、伊達と周太の対峙と父の証拠です。
Favonius「少年時譚16」とAesculapius「Saturnus11」加筆校正また随時していきます、

休憩合間に取り急ぎ、




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