萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第86話 建巳 act.30 another,side story「陽はまた昇る」

2021-08-17 22:29:06 | 陽はまた昇るanother,side story
Do take a sober colouring from an eye 
kenshi―周太24歳4月


第86話 建巳 act.30 another,side story「陽はまた昇る」

けんかしよう?

そう告げて、それから。
それから桜が舞った、あなたの声と影、それからの先。

「ケンカするって周太、本音で話をしようって意味で言ってる?」

訊いてくれる声、きれいに低く徹って響く。
見つめてくれる瞳は翳おちて、それでも見つめ返し答えた。

「そう、本音で、」

本音で話してほしい、どうか隠さないで?
夕闇ひそやかなベンチ、願いまっすぐ見つめて周太は告げた。

「僕ずっと英二に言いたかったんだ、ちゃんと、けんかしよう?」

けんかしたい、ちゃんと向きあいたい。
ずっと目を背けてしまった現実と未来、だからこそ今、あなたと見つめたい。
そしてお願い、どうか信じさせて?このベンチ、この隣で、今ここで。

―お願い、はぐらかさないで…お願い、

心裡ひそやかに叫んでいる、信じたい。
もう嘘なんていらないと、あなたの本音で聴かせてほしい。
もうずっと願っている、その想いごと右手そっと握りしめた。

「ケンカしたいんだ、周太?」

きれいな低い声が訊いてくれる、けれど瞳が見えない。
もう黄昏ひそやかな桜の下、見えないまま答えた。

「ん、ちゃんと話して聴きたい、」

答えた唇、かすかに震える。
でも声は震えていない、どうか届いて?

「聴きたいって、俺のことを?」

訊き返してくれる声、ほら鼓動ふるえる。
こんなに響いてしまう軋んでしまう、そんな自分ごと見あげた。

「ん、英二のこと聴かせて?」

あなたのこと聴かせて、どうか僕ありのままで。
この僕を見とめて認めてほしくて、そんな願いは不相応だろうか?

“おまえが好きだ、”

あの夜、あなたの声が僕を見た。
あの声ずっと信じて今、ここにいるのに?
あのまま信じさせてほしいと願うのは、僕には叶わない?それとも?

「…、」

あなたの唇そっと開く、今この黄昏に見えなくても。
もう昏い木下闇かすかな香、穏やかな声そっと告げた。

「俺も聴きたいよ、周太…これからのこと、」

想い見つめる真中、あわく花びら光る。
音もない黄昏のベンチ、唇そっと開いた。

「ありがとう、」

告げて見つめて、桜ふる影かすかに身じろぐ。
昏くなるベンチもう顔は見えない、そうして時が鳴った。

「閉園だな、」

あなたの声、その向こうスピーカーが響く。
もう行かなくてはいけない、吐息ひとつ立ちあがった。

「…ん、」

肯いて歩きだして、レザーソールに砂利を噛む。
もう暗い足もと、ふたり歩きだして尋ねた。

「…英二、は、次のお休みはいつ?」

ほら喉ふるえる、詰まりそう。
それでも押しだした問いかけに、ほろ苦く甘く香った。

「しあさってだよ、三日後だけど周太の予定は?」

名前を呼んで訊いてくれる、あなたの声だ。
応えれば逢えるのだろうか?願いごと声を押しだした。

「しあさって…僕は大学で仕事と講義があるけど、その後にお願いできる?」

三日後、あなたと僕が約束する。
どうか、お願い。

※校正中
(to be continued)
【引用詩文:William Wordsworth「Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood」より抜粋】

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