萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

soliloquy 七夕月act.2 Encens de biere et l'orange―another,side story「陽はまた昇る」

2012-10-31 21:27:52 | soliloquy 陽はまた昇る
ほろ苦く、あまく



soliloquy 七夕月act.2 Encens de biere et l'orange―another,side story「陽はまた昇る」

純白の光が弾けて、なめらかに浮きあがる。

グラスに充ちる泡は黄金の酒に変わって、かすかな音を弾く。
充たされる黄金色にガラスは霜をまとう、ゆっくり注ぎ終えて周太は向かいへと差し出した。

「はい、英二…」
「ありがとう、周太、」

2杯目のビールを受けとって、綺麗な笑顔を見せてくれる。
笑顔が嬉しくて、すこし熱い頬に掌あてながら見つめてしまう。

…英二、今夜もきれいな笑顔…だいすき

心で告白しながら頬が熱くなる。
ほら、こんな食事の席でも羞んでしまうなんて、自分は子供っぽい?
すこし自分で困りながらも幸せで、食事に箸つけながら見てしまう視界で端正な唇がグラスに口付けた。

…あ、のどが動く

傾けるグラスに白皙の喉が動いていく。
ゆっくり黄金の酒を呑みこむ白い喉、その艶麗な雰囲気に溜息こぼれた。

…ビール飲むだけでも英二っていろっぽいね

こんなに綺麗だと、なんだかもう羞んでいる暇もない。
それでも気恥ずかしくてグラスを持つと、そっと唇つけて傾けた。
冷たさが喉を透って、すこし紅潮の熱は醒まされていく。けれど口に広がる苦みに顰めてしまう。

…やっぱりビールって苦いな、英二は美味しそうに飲んでるのに…光一とか瀬尾とか、みんな平気なのに

グラスから口を離して、ほっと息吐いてしまう。
もう味覚から自分は大人になりきれていない、それが幾分か悔しい。
少しだけ俯き加減になってしまう、その前から綺麗な低い声が笑いかけてくれた。

「周太、カクテル作ってあげようか?」

提案してくれながら、白い浴衣姿が立ってくれる。
意外な申し出に驚いてしまう、こちらに来てくれる婚約者に周太は訊いてみた。

「英二、そんなこと出来るの?」
「この程度ならね、ちょっとグラス借りるよ?」

切長い目が微笑んで、長い指に周太のグラスをとってくれる。
まだビールが半分以上残っている、そのグラスを片手に英二は台所へと入って行った。

「周太、冷蔵庫のオレンジジュースもらうよ?あとオレンジも、」
「あ…どうぞ?」

答えながら立ち上がって、ダイニングから台所を覗いてみる。
調理台に向かって浴衣の長身は佇んで、ひろやかな背中をこちらに向けている。
その手元は器用に果物ナイフを使っていく、もう慣れた雰囲気でいる容子に周太は瞳ひとつ瞬いた。

…英二がひとりで台所してくれてる、ね?

去年の秋、この家で過ごした夜に英二は、クラブハウスサンドを作ってくれたことがある。
あのとき周太はベッドから起きられなくて、台所に立つ英二を見てはいない。
あのサンドイッチは冷蔵庫の惣菜を挟んだだけ、けれど美味しかった。

…あれが初めて食べた、英二の手料理だったな

自分のために英二が作ってくれた、それだけで幸せだった。
おにぎりとサンドイッチしか作れない、そう言って笑った英二の笑顔が温かかった。
あの夜に見つめた幸せが今、目の前で再生されていく?そんな想い見つめる真中で、長身の浴衣姿が振向いた。

「周太、お待たせ。ほら、座って?」

綺麗な笑顔が楽しげに笑いかけてくれる。
言われたよう席に戻ると、白皙の手がグラスを前に置いてくれた。
そのグラスを眺めて嬉しくて、周太は綺麗に笑った。

「きれい、」

黄金ゆれるオレンジの光が、ガラスを透かせ弾けていく。
グラスの縁にはオレンジの飾切りも添えてくれた、その器用なカッティングに周太は微笑んだ。

「オレンジもきれいに切ってあるね…英二、こんなふうに出来るようになったんだね?」
「見様見真似ってやつだけどな、でもナイフには馴れたと思うよ?雪山で結構、遣ってたから、」

答えてくれながら切長い目は微笑んで、周太の隣から覗きこんでくれる。
席に戻らない婚約者にすこし首傾げると、綺麗に笑って勧めてくれた。

「ほら、周太?飲んで感想を聴かせて?」

それを待ってくれていたの?
そう見上げた周太に切長い目は期待するよう笑ってくれる。
そんな婚約者の貌が嬉しくて、周太は素直に口を付けた。

…あ、おいし

豊かな柑橘の香と爽やかな甘みに、ほろ苦いアルコールが郁る。
すっきりとした飲み口に好みの香と味が嬉しくて、すこし苦いのが美味しい?
どこか大人の味のオレンジジュース、そんな味に微笑んで周太は恋人を見上げた。

「おいしいね、英二?…生のオレンジも絞ってくれたの?」
「うん、香が良くなるし生ジュースって旨いから。気に入ってくれた?」

切長い目が少しだけ心配そうに微笑んで、周太の顔を覗きこむ。
こんな貌も英二は綺麗で、また微熱に羞みながら周太は素直に頷いた。

「ん、これ好きだよ?作ってくれて、ありがとう…これならビール飲めるよ?」
「良かった、」

嬉しそうに笑って、端正な貌を近寄せてくれる。
間近くなる綺麗な貌に気後れして、すこし俯いた周太に綺麗な低い声がねだってくれた。

「ね、周太?気に入ったんなら、ご褒美のキスしてよ。また作ってあげるから、」

言葉に睫あげると、すぐ近くで切長い目が見つめてくれる。
もう至近距離で待っている、そんな率直な愛情表現が嬉しくて、素直に周太はキスをした。

…あ、キスも、あまくてにがい…ね、

ふれる唇の吐息にアルコール香って、甘く苦い。
温もりに秘めやかな香は華やぐ、ふれるだけのキスなのに艶が深い。
いつもとなにか違うキスに魅かれ途惑う、そっと離れて見つめる眼差しも熱い。

…なんか緊張しちゃう…このあとのことのせい、かな

この食事が終ったら、どんな時間が訪れる?
その問いに先週末の夜がふれて、鼓動が心をそっと揺らす。
あの時間がまた訪れる?あまやかな微熱の記憶がふっと首筋へ昇らせ、吐息交じりに唇が披かれた。

「あの、えいじ?このお酒、なんて名前なの?」

なにか言わないと?
そんな想いに問いかけて、途惑いと幸せが羞んでしまう。
どこか浮ついたような羞恥に困って、けれど幸せで微笑んだ周太に、恋人の幸せな笑顔が教えてくれた。

「ビター・オレンジ、」

さらり答えた唇が、きれいに微笑んで周太の唇ふれる。
あまやかな熱ふれて、すぐ離れると英二は笑って席に戻って行った。

…ほろ苦いオレンジ、

そっと心つぶやく名前が、どこか自分の想い重なるよう慕わしい。





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第57話 共鳴act.5―another,side story「陽はまた昇る」

2012-10-31 02:02:47 | 陽はまた昇るanother,side story
親愛なる時の始まりへ



第57話 共鳴act.5―another,side story「陽はまた昇る」

山荘の窓ふる午後の光に、黄昏の気配すこし映りだす。
いま時刻は17時、それでも夏の空には日没まで2時間近くある。
観察発表が終わって片づける隣、周太のノートを見ていた美代が笑いかけてくれた。

「ね、湯原くんのノートってすごいね?先生の話ほとんど全部メモ出来てる、手帳のメモもそうだったけど、」
「ん?…そうなの、かな?でも美代さんのメモのほうが、解かり易いと思うけど」

想った事を素直に口にして、周太は微笑んだ。
自分は単に記録しているだけ、だから後でまとめ直さないといけない。
明日は新宿に戻った後は当番勤務だから、明後日は書き直しが出来るかな?
そう考えながら美代のノートを横から見ていると、前に座っている学生が声をかけてきた。

「あ、ほんとだ。ふたりともメモすごいね、ちょっと写させて貰っていい?」
「え…あ、」

どうぞ?
そう周太が言いかけた隣りから、朗らかに美代が提案してくれた。

「じゃあ、あなたのも見せて写させてくれる?それなら良いよ、」
「俺のでも良いんならいいよ、でも小嶌さん達の方がちゃんと書けてると思うけど、」

気さくに笑って学生はノートをこちらに向けてくれる。
そのノートを受けとりながら、美代は軽く首傾げて微笑んだ。

「あれ?私の名前、憶えてくれてるんだ?」
「そりゃね、紅一点だしさ。可愛いって評判なんだよ、君って、」

さらっと学生は言って、美代に笑いかけた。
やっぱり美代はモテるんだな?そんな納得に微笑んだ隣で、美代は朗らかに笑いだした。

「ありがとう、褒めてくれて。でも私より湯原くんの方が可愛いわよ?」

そんなこといわれてもこまるんだけど?

ほら、首筋が熱くなりだした。
そっと掌で首筋を隠してしまう、赤面するのが恥ずかしい。
でも、もう真赤になっているだろうな?困っていると他の学生が笑いかけてきた。

「小嶌さん、ほんとに湯原くん?のこと好きなんだね、」
「うん、大好きよ、」

堂々と美代は笑ってくれた。
この「大好き」は自分も同じ、それが解かるから嬉しい。
けれど部屋割りの時に聞えた学生たちの言葉に、誤解されるだろうとも解かる。

…美代さんの言葉は嬉しいけど、きっと誤解が深まっちゃうよね?

どうしよう?
こんなこと馴れていない、対処がちっとも解からない。
また困りだした周太の周りから、他の学生たちが皆で振向いて声をあげた。

「やっぱり小嶌さん、彼とつきあってるんだ?」
「やっぱ可愛い子は彼氏いるよなあ?」
「いいなあ、湯原くん?だっけ、こんな可愛い彼女いてさ、」
「家族公認って、どうやって?」

そんなにいっぺんにはなしかけないで?

「あ、あの、」

困りながらも答えようとして、でも何て言っていいのか解からない。
こんなふうに囲まれて困ってしまう、それも誤解されているのに?
けれど、初任総合の時に女性警官たちに囲まれた時よりは怖くない。

…こういうことも、男と女の人って違うんだな?

やっぱり性別による雰囲気の差ってある?
そう思った途端に先週末の、英二に教わった記憶が起きてしまった。

―…周太、答えて?…男女関係なく同じだと思う?

先週末、葉山から川崎に帰ると英二は銃創の応急処置を教えてくれた。
英二の説明はとても解かり易くて、そして、そのあとの「授業」も解かり易かった。
あのとき自分は初めて男性と女性の体の構造が全く違うと知った、教えてもらえて良かったと思う。けれど、

…でも教え方がはずかしすぎるんだもの…すごくよくわかったけどはずかしくて、あ、思い出しちゃダメ

こんなとき思い出したら恥ずかしすぎるのに?
けれどもう首筋から昇らす熱に頬まで熱い、きっと真赤になっている。
紅潮の微熱にぼんやりして、余計に何を答えて良いのか解らない。困って俯きかけた周太に、ひとりの学生が笑いかけた。

「湯原くんのノート、本当にすごいね?先生の言葉を全部書いてあるよな、それに自分の見解も書いてある。奥多摩に詳しいんだ?」

気楽に笑いかけてくれる笑顔は生真面目そうで、笑んで細めた目に愛嬌がある。
勉強の話と彼の雰囲気になんだかほっとして、赤い頬のまま周太は微笑んだ。

「うん、奥多摩は何度か行ったことあって。それでメモに書いてみたんだ、」
「こういう実例が載ってると解かり易いよね。俺もまとめる時は、自分ちの山のこと書いてみようかな、」

話しながら周太のノートを眺め、楽しそうに笑ってくれる。
その笑顔と言葉に周太は、思ったままを訊いてみた。

「家に山があるの?」
「うん、俺んち林業をやってるんだ。長野の山奥だけどさ、」

長野県には、高峰が多い。
この冬に英二と光一が登った雪山にもあった、その記憶に周太は微笑んだ。

「長野って高い山が多いよね?穂高とか槍ヶ岳とか、」

穂高連峰、あの場所には想いが深い。
あの場所には父と行った、光一にも雅樹との想い出がある。

…だから英二、槍ヶ岳では命も懸けたんだ

春3月のこと、けれど氷雪に鎖された槍ヶ岳で英二は誇りと生命を懸けた。
あのとき英二は光一のため雅樹の慰霊登山に挑んだ、それは危険と隣り合わせでもあった。
それでも無事に全て遂げたのだと光一にも聴いたとき、恐怖と誇りと、より深くなる恋愛の想いを見つめた。
この想い見つめる向う、学生は楽しげに笑んで周太に訊いてくれた。

「お、湯原くんって山好き?」
「ん、そんなに難しい山は登ったこと無いけど好きだよ、家族に山ヤさんがいるし…」

いま答えた「家族」という言葉には、温もりと幸せが面映ゆい。
すこし熱い頬に掌あてる周太に、学生は気さくに尋ねてくれた。

「山ヤは俺の地元にも多いよ、湯原くんは穂高とか登った?」
「ん、穂高はね、小さい頃に涸沢って所まで連れて行ってもらったよ、」

素直に答える言葉のなかに、幼い日に父と見た夏の山が懐かしい。
あの場所で父とふたり見た山肌に、アンザイレンザイルを繋ぎあうクライマーがいた。
あのとき自分は初めてアンザイレンパートナーの事を知った、そして父の哀しみを垣間見た。

…お父さんにも、アンザイレンパートナーがいたら良かったのに…英二と光一みたいに

あの日に見つめた父の言葉と表情が、今も心に切ない。
いま思い出すだけでも切ない記憶、けれど13年間ずっと忘れていた。
こんなに切ない想いを自分は、どうして忘れていられたのだろう?思わず溜息つきかけた周太に、学生は笑いかけてくれた。

「涸沢か、良い所だよな。俺も遠足で行ったことあるよ、家は木曽なんだけどさ、」
「木曽、きれいな宿場町のところだよね?檜とか有名で、」

林業の盛んな山、そんなふうに本で読んだことがある。
古くて美しい街並みの写真がきれいだった、そんな感想に微笑んだ周太に学生は嬉しそうに頷いてくれた。

「そう、その木曽だよ。俺んちも檜とかやってるんだ、それで森林学に興味もってさ。湯原くんは聴講生だよね、なんで興味を持ったの?」
「ん、小さい頃から木とか花が好きなんだ。それで樹医に憧れて…ね、」

『樹医に憧れて、』

今、自分は確かにそう言った。
幼い日に父と読んだ新聞記事がきっかけだった、そこまで自分は思い出せてはいる。
けれど、もうひとつ大切なことを「樹医」に自分は決めていた?それを思い出したいのに靄が晴れてくれない。

…憧れていただけだった?ううん、違う…あのとき樹医になりたいって、思ったんじゃないかな?

心に浮んでくる過去への推測に、ふっと意識が惹きこまれる。
けれど今は話し中なことを思い出して、微笑んで周太は言いかけた言葉を続けた。

「…今の仕事は植物とは関係ないんだけど、ちゃんと植物のこと勉強してみたいなって思って、」

素直に答えて周太は学生に微笑んだ。
その前で学生は軽く首傾げると、率直に訊いてくれた。

「もしかして、湯原くんって社会人?」
「うん、そうだけど、」

たぶん職種は言わない方が良い、警察官というと身構える人も多いから。
そう思って短く答えた周太に、彼は驚いたよう謝ってくれた。

「そうだったんだ?ごめん、俺、てっきり高校生かなって思ってた。あ、しかも俺、名前も言わないで喋ってるな、ごめん、」

言って可笑しそうに学生は笑いだした。
その笑顔は屈託なく明るくて、生真面目な顔がひといきに懐っこい。
物堅い真面目な風貌だけれど、明るくて話しやすい人なのかな?なんだか嬉しくて微笑んだ周太に、彼は笑顔で教えてくれた。

「俺、手塚っていうんだ。さっき発表の時も名乗ったけどさ、まだ俺のこと憶えて無かったよね?」

申し訳ないけど図星です。
そんな感想に申し訳なくて、けれど名乗ってもらえたことが嬉しくて周太は微笑んだ。

「ん、でも今、憶えたよ。それでね、俺のこと湯原って呼び捨てでも良いよ?」

警察学校の友達は互いに呼び捨てしている、それに今もう馴れている。
だから大学でもその方が気楽かな?そう提案した周太に、手塚も笑って言ってくれた。

「そのほうが気楽だな、湯原も俺のこと、呼び捨てで良いよ、」
「ん、ありがとう、手塚、」

早速に呼んでみて、なんだか温かい。
自分と同じ道を学ぶ友達が出来る、その兆しに嬉しくて周太は思い切って訊いてみた。

「あのね、木曽との比較をまとめたノート出来たら、いつか俺にも読ませてくれる?」
「うん、いいよ。土曜の聴講のときで良い?あれに俺も出てるんだ、ここにいるヤツ皆もだけど、」

笑って手塚は了承してくれる。
その笑顔と言葉が嬉しくて周太は笑った。

「ん、皆、見たことあるよ?あの講義、一般の人と学部生の混合クラスなんでしょ?」
「そう、学部の3年は青木先生の授業とってたら参加できるんだ、それで噂だったんだよね?あ、ここ写させてくれる?」

周太のノートを指さしながら手塚は訊いてくれる。
頷きながら周太は、いま言われたことに質問をしてみた。

「ん、どうぞ?…ね、噂ってなに?」
「うん、湯原と小嶌さんのことだよ、」

広げた手塚のノートにペンを走らせながら、愛嬌のある目が笑った。
自分と美代がなんだろう?そう見た周太に明快なトーンが答えてくれた。

「真面目で可愛い高校生カップルがいる、って噂だよ?講義の感想を書く時いつも最後まで残ってるし、先生と昼食べてるしさ、」

そんなふうに皆に見られていたんだ?
また気恥ずかしくなって首筋へと熱が昇りだす、その隣から可愛い声が話しかけてくれた。

「手塚くん、私も高校生じゃないからね、」
「あ、小嶌さんも違うんだ?ごめん、俺たち全員で勘違いしてたんだな、湯原もごめんな、」

困ったよう笑いながら手塚は謝ってくれる。
その笑顔の屈託ない愛嬌に気楽になって、周太は綺麗に微笑んだ。

「ううん、俺、よく高校生って間違われるから。体もあんまり大きくないし、」

何げなく答えて周太は、自分で少し驚いた。
前なら体格の事をこうして口に出すのも嫌だった、けれど今なにげなく言えている。

…きっとえいじのおかげだよね…あ、これはずかしいだめえいじふくきてでてきて?

嬉しいけれど恥ずかしい記憶に、また首筋が熱くなりだしてしまう。
自分の小柄な体へのコンプレックス、それが軽くなった理由は「英二」だと自覚している。
これがさっき美代にも訊かれた「宮田くんと良いことあった」への回答で、幸せだけど気恥ずかしい。
これを考えてしまうのは今日これで何度めだろう?ひとり困っている隣、美代も笑いながら言ってくれた。

「私も間違われること多いのよ、3月に公開講座受けた時もね、学食で間違われたし。ね?」
「ん、そうだったね、」

共通の記憶に頷いて、それが周太には幸せに想えてしまう。
こんなふうに大好きな友達と同じ記憶に笑える、これは普通のことかもしれない。
けれど自分には13年間ずっと得られないことだった、だから今この瞬間が嬉しい。

…こういうの嬉しいって思えること、すごく幸せなことかもしれない

普通だったら気づけない「普通」の幸福感。
それを気づける自分は、幸せと想える瞬間が普通より多い?
そう考えると自分は幸運なのだと想えて、この今を造ってくれた全てが温かく優しい。

…きっとそう、13年間が無かったら今は無いんだから…お父さんのこと本当に哀しいけど、でも

父を亡くした後の13年間は、辛くなかったとは言えない。
哀しくなかったとは言えない、苦しくなかったとも言えない、素直に幸せだったとも言えない。
あの13年の間に自分は、母は、いったい幾つの夜を独りぼっちで泣いてきたのだろう?
その全ては今も哀しくない訳がない、思い出せば今だって哀しみは鮮やかに見てしまう。
けれど、それでも「良かった」と今、素直に想える。

…そう思えるのはね、英二が来てくれたから

ちょうど今頃の1年前、英二は外泊日に家を訪れてくれた。
あのときが父の葬儀の後に初めて、自分たち母子以外が家に入った瞬間だった。
あのとき13年間に積った自分と母の孤独は解かれだし、そして今の幸福が現われた。

この今が幸せ、そんな幸福感を再び見つめる始まりは、大切な笑顔の唯ひとり。




山荘の早い夕食を済ませて、周太と美代は丹沢の夜に立った。
扉を開いてふれる空気は穏やかで、濃やかな樹木の香が芳しい。
見上げる紺青色の空は銀色に星が瞬き、遠く西の空は落日の気配を残す。
黄昏と夜の狭間、ヘッドライトの灯で歩く足元から草が香り立つ。そんな静謐の隣で美代が笑ってくれた。

「ね、高校生って誤解は解けたけど、たぶん年齢は間違われてるよね?」

きっと美代の言う通りだろう。
手塚を始め、他の学生たちにも同年か年下に話す気楽さがある。
そんな親しげな雰囲気に食事の席も楽しかった、この気持ちに周太は楽しく笑った。

「ん、たぶんね…俺が社会人2年目って言ったから、高校出て2年目って思われたかも?」
「じゃあ私たち今度、成人式なのね?だからお酒も勧められなかったのかな、」

食事時のことを言って、美代は可笑しそうに笑いだした。
酒を勧められずに済むのは、そんなに呑まない美代と周太にとっては好都合でいる。
かえって誤解が良かったかもしれない?それも楽しくて一緒に笑いながら、美代が空を指さした。

「星、奥多摩の方が多く見えるね?でも街の灯りがきれい、」
「ん、山によって違うんだね…俺も、山小屋の夜ってあまり知らないけど…」

言いかけて、記憶がかすめた。
山小屋の夜を自分は幾つ知っているだろう?

…お父さんと幾つか泊まったことある

母も一緒に3人で、どこかの山でココアを飲んだ記憶はある。
けれどそれ以外にもあるはず、家のアルバムには何枚か写真もあった。
その映像と記憶を繋げることが今は出来ない、けれど、いつか出来るかもしれない。

…思い出せたら行ってみたい、英二と一緒に

ほら、また綺麗な笑顔の俤が心に映りだす。
大好きな父の俤を宿した唯ひとり、大切な想いの結晶のひと。
あの笑顔と一緒に大切な記憶の場所を歩けたら、きっと幸せが温かい。
そのときは母も一緒に行けたら嬉しいな?そんな望みと山の夜を歩いて、山荘脇に立つ電波塔の下に来た。

「あ、ほんとに電波が繋がるね、」

笑って美代が携帯電話を見せてくれる、その画面にはアンテナが表示されていた。
周太も自分の携帯を開くと同じよう表示がある、嬉しくて、ふたり顔を見合わせ笑った。

「いつもの逆を、今日は出来るのね?なんか良い気分、楽しい、」

可愛い声で美代が笑う、その声がいつもより弾んでいる。
きっとフィールドワークの時間と今「いつもの逆」なことが楽しくて仕方ない。
それは自分も同じ、こんな同じも嬉しくて周太は綺麗に笑った。

「ん、楽しいね?今頃ふたりで、ご飯食べてるかも?」
「湯原くんの手料理ね、きっとすごく美味しいんだろな。お昼に交換したおにぎり、すごく美味しかったし、」

嬉しそうに笑って料理を褒めてくれる。
そう言う美代の方こそ美味しかったのに?想ったまま素直に周太も褒めた。

「美代さんのおにぎり、ほんとに美味しかったよ?味噌の焼おにぎりって美味しいね、柚子も入ってて…美代さんが作った味噌でしょ?」
「うん、全部、私が作ったのよ?お米も田んぼで作ったやつよ、自給自足ね、」

ヘッドライトの下、明るい綺麗な目が楽しげに笑ってくれる。
その言葉の相変わらずの逞しさに、周太は率直に称賛をおくった。

「材料から手作りってすごいね、いいな…あ、美代さんにもらったミニトマト、どれも美味しかったよ?英二も喜んでくれて、」

言った言葉に、美代の笑顔が羞んだ。
気恥ずかしげに嬉しそうに笑って、そっと美代は教えてくれた。

「宮田くんに褒めてもらうの、やっぱり嬉しいね?教えてくれて、ありがとう、」

そう言った美代は幸せそうで、その表情に想いが解かる。
友達の幸せな笑顔は嬉しい、けれど美代の恋に心が傷んでしまう。
美代は英二に恋をしていると知っている、美代も周太と英二の関係を解かっている。
それでもお互いの恋を大切にしようと決めて「お互い謝るのは一度だけ」と約束をした。

…だから素直に喜ぼう、

あの日の約束は、この友達との大切な絆で宝物。
この宝物をくれた大切な友達に、周太は素直に笑いかけた。

「こちらこそ、英二に喜んでもらえる野菜の種もらって、ありがとう…また珍しい野菜あったら分けてくれる?」
「うん、実はね、今日も持ってきてるの。部屋に戻ったら渡すね、」
「ありがとう、大切にするね、」

笑い合う真中で、美代の笑顔に並んだ星が明るい。
もう西の空も紺青色の夜に沈んで、星の銀が光を増していく。
そろそろ電話架けても良いかな?左腕のクライマーウォッチを見て周太は微笑んだ。

「電話、してみる?」
「うん、しよ?光ちゃんに私が山から架けるなんて、ね?こんなの23年間で初です、」

この初めてが楽しくて堪らない、そんな貌で美代は携帯電話を操作し始めた。
隣で周太も受信履歴から発信すると、ちいさな緊張と一緒に耳元へと当てた。
コール3で繋がって、綺麗な低い声が電話の向こう微笑んだ。

「おつかれさま、周太、」

山の上、大好きな声が笑ってくれる。
今朝はすぐ隣に居たひとの声、それを今は自分が山で聴いている。
なんだか楽しくて幸せで、遥かに見える東の街明りへと周太は綺麗に笑った。

「ん、英二こそ仕事、おつかれさまでした…あの、ごはん大丈夫?」





(to be continued)

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深夜日記:秋野

2012-10-30 23:28:47 | 雑談
野辺に煌めく



こんばんわ、めっきり冷えこんだ今日の神奈川でした。
秋を飛越して冬?のような白い空、雪の季節が近づきますね。

写真は近場の川にて撮影したものです。
尾花の若い穂に光る午後の陽、まぶしい秋の瞬き。
これから冬になったら、それもまた良い瞬間があるんだろなあと。

今夜UP予定の続きは、ちょっと遅くなりそうです。
ここんとこ調べながら書くことが多くて、進みが遅いですね。
ほんとは話、早く進めたいのになあと思うこのごろです。

取り急ぎ、
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第57話 共鳴act.4―another,side story「陽はまた昇る」

2012-10-30 04:28:05 | 陽はまた昇るanother,side story
夢、森の思索



第57話 共鳴act.4―another,side story「陽はまた昇る」

森は、光に呼吸する。
ブナの梢は木洩陽やさしい、あわい緑ふる静謐が林に充ちる。
やわらかな下草萌える林床を注意しながら歩く、その隣で美代が微笑んだ。

「このブナ林は元気ね?中木と若木がたくさん生えて、みんなきれい。先生の資料にあった通りね、」
「そうだね…堂平は丹沢のブナ林の代表ってあったけど、本当にきれいな純林だね…」

答えながらキャップのつば透かし見上げて、周太は溜息と微笑んだ。
いま仰ぐ視界には、黒と白が彩らす枝から翡翠の葉はあふれ、穏やかな青い光に肌も染める。
こんなふうに豊かな梢を繁らすため、ブナだけが形成する林は地表へ届く陽光が弱くて大きな下草は生えない。
その通りに堂平の純林も短い下草だけが芝生のよう青々と地表をくるんで、美しい林野の光景を広がらす。
まだ若いブナ林の空気は深い静穏にも清々しい、この慕わしい香に微笑んで周太は静かに口を開いた。

「ここ本当に若い林だね?こういうとこ普通は入れないから…今日は連れて来てもらえて、良かったね?」

本来こうした若い林床には生育を害する恐れがあるため入林を避けなくてはいけない。
けれど研究目的なら別になる、今回は青木樹医のフィールドワークだから入林が出来た。
この幸運に美代も先を行く准教授の背中を見ながら、嬉しそうに微笑んだ。

「ね、普通なら若い林床を歩くのは、木の迷惑になっちゃうものね?でも樹医なら別ね、」
「そうだね、樹医になると森を傷付けない方法が解かるようになれるね…素敵だね、」

笑い合いながら足元は気を付けて、また林を見る。
この美しい林を護る手伝いが自分にも出来たら、どんなに嬉しいだろう?
そんな想いに歩いていく森は、瑞々しい樹木の吐息に充ちて大好きな香を想いだす。

…英二の香とにてる、森の匂いは

奥多摩の雲取山下部、美しい林の奥にブナの巨樹がある。
そのブナが護る不思議な空間を英二は大切にして、周太も連れて行ってくれた。
あの巨樹を見上げるとき、今と同じことを感じてしまう。

…英二の香とか、目とか、謎みたいに深くてきれいで…森もそう、

想いながら、そっと呼吸した唇に香は忍びこんで胸に充ちていく。
そんな森の息吹は幽かに甘く深く、謎のように樹木が廻らす普遍のリンクを想わせる。
樹木は腕のよう広げた梢に雨を抱きとめて、葉に受けた水を地下へ眠らせ湧水へと変えていく。
そうして水は生命を潤しながら蒸発して、風に昇り空に還って再び雨降り、樹木に抱かれて大地に眠る。
水の生命を廻らすリンク、その一環を護る樹木という存在は唯ひとりの俤に重なってしまう。

…水にとっての森と、俺にとっての英二は似てるかも、ね…

そっと心つぶやいた想いに首筋が熱くなりだす。
いつもなら真赤になって恥ずかしい、けれど今日はタオルを巻いてキャップも被っている。
これはヤマビル防御のだけれど紅潮を隠すのにもちょうどいい、そんな安心と微笑んだ周太に美代が笑いかけた。

「ね、今、宮田くんのこと考えてた?」
「…え、」

図星を言われて、熱が頬まで昇ってしまう。
タオルで隠れているのに、どうして解かってしまうのだろう?
気恥ずかしくて口籠っていると、ちょうど青木准教授が立ち止った。

「ここで少し、説明をします。足元の実生と根を踏まないよう気を付けて、こちらに来て下さい、」

明朗な声に集まる学生たちと一緒に、周太も美代と歩み寄った。
そこに佇む1本のブナの幹を見上げ、青木准教授は10名ほどの生徒たちに微笑んだ。

「ブナは寒さや雪にも強い落葉広葉樹です、だから豪雪地帯ではブナの純林が形成されやすい。その例が東北の白神山地です。
この丹沢では標高800m以上にブナは生えます、今いる堂平はブナの純林ですが、温暖な丹沢では水楢などとの混林が多いです。
なので、丹沢でブナが純林を形成するのは珍しいのですが、この堂平は成長中のブナが多い活発な状態で、ブナ林本来の姿と言えます、」

話を聴きながら周太は右手の軍手を外し、手帳へのメモを始めた。
いま説明のあった寒気と雪の関係、それから標高と水楢という言葉に奥多摩のブナ林が思い出される。
奥多摩は寒く雪も降り、標高と緯度も丹沢より高い。そして水楢との混林があると後藤からも聴いたことがある。
たしかに英二と歩いたブナ林は他種の広葉樹も多く見た、その記憶と今聴く講義へと思考が動き出す。

…そうすると丹沢の条件と白神山地の条件をミックスした感じかな…だとしたら生育と衰退の条件については…

既知の場所との比較を考えながらも、手は正確な筆記に動いていく。
小さなノートに奔らすペン先の向こう、楽しげな樹医の声は続けられた。

「堂平のブナ林の特徴としては、樹齢50年以下の花を付けない若木や中木で構成され、下草は芝生状に短く青々と豊かであることです。
まず若木や中木が多いのは成長中の生きた状態であること、下草が青々としているのは土壌の保水能力が旺盛である証拠となります。
ブナの個体について特徴的なのは、どの木も途中の枝分かれが無いこと、そして樹皮が全体的に黒っぽい斑模様になっている点ですね?
この枝分かれが無い状態は地形的な影響です、樹皮の状態については気候条件が現われたものとなります。地形と気温がポイントです、」

地形と気温、これは植物の育成条件には重要になる。
それは英二と見つけた山の自然学の本にも書いてあった、あの本には北岳が地質の例として書かれていた。
いつものベンチで6月、ふたり並んで一緒に本を読んだ時間が懐かしい。あのとき結んだ約束を想い周太は微笑んだ。

…英二の北岳に、いつかきっと連れて行ってもらえる、ね?

今年の夏に行こう、そうあのとき約束してくれた。
けれど現実の今夏は異動が決まった、もう連休を取ることは暫く難しいだろう。
それでも「楽しみが延びた」だけ。そんな明るい解釈に決意を見つめながら、周太はペンを止めずに説明を聴いた。

「ブナの樹皮は本来は滑らかな灰白色で、シロブナとも呼ばれます。白神山地は寒冷地なので灰白色の樹肌が見られます。
温暖な地域では地衣類やコケが繁殖し易くなりますね、なので温暖な丹沢のブナはコケ類の繁殖のために黒っぽい斑模様になります。
次に地形ですが、堂平は丹沢山の北東なので、南風や冬の北西風などの強風を受けません。山が屏風になり風の影響を減らすわけです。
そうして幹は曲がらす真直ぐ伸びます。木は太陽を求めて梢を広げますが、真直ぐ並んで成長すると太陽が得られるスペースは狭い。
ようするに太陽光は上からだけしか得られないので、枝分かれせずに真直ぐな幹で育っていくわけです。これは杉の植林地も同じです、」

言われたように堂平のブナは枝分かれが無い。
真直ぐ上へと伸びやかに幹は育ち、ただ天を目指して佇んでいる。
こんな真直ぐな姿もどこか英二と似ていて、奥多摩のブナの俤と白皙の貌が慕わしい。

…もう、なんでもむすびつけちゃってるね?

ほら、今だってそう。
頭脳と手は樹医の説明に動きながら、心は恋愛一色に羞んでいる。
これは「むっつりすけべ」というのだろう、そんな自分が恥ずかしいのに幸せだと想えてしまう。
やっぱりタオルを首に巻いてあって良かった、隠される首筋の紅潮に安心しながら周太はメモを続けた。

「いま見上げると解るようにブナは背が高く、梢が良く繁るために地表に届く陽射しが弱くて、大きな下草が生えることができません。
なので堂平の純林も芝生状に下草が短い。この太陽光が独占できる状況、ブナ林から離れ一本立ちになると大木へと成長しやすい訳です。
そして丹沢は水楢や朴の木などの混林が多いために、ブナは他の木を抑えて樹齢二、三百年の直径1m以上になる大木が多くあります。
他の広葉樹を抑えて太陽光を独占する性質がブナにはある、そんな所からもブナは落葉広葉樹の王様とも言えますが、特筆は保水力です」

保水力、これが水源林としてブナが優秀な特性になる。
きっと今日のフィールドワークは、水源林の研究をしたい美代にも大切な時間だろうな?
そんな想いに隣をすこし見ると、美代も華奢な手にペンを止めることなくメモを取り続けていた。
こんなふうに、同じことを好きで一緒に努力できる友達が自分の隣に居てくれる、この今の瞬間が嬉しい。

…いま、すごく幸せだな

大好きな友達と一緒に大切な夢に努力する、そして時おり大切なひとの俤を想う。
そんな時間に今こうして自分は立っている、その幸せに感謝しながら目を上げた先で、樹医は地面を指さし微笑んだ。

「ブナ林が衰退し太陽光が多くなると、ブナが貯めた腐葉土の養分と豊かな水脈で様々な草木が繁茂されていきます。
まず背高のスズタケ、標高の高い地域では深山熊笹が生えます。それからシロヤシオやミツバツツジ、ヤマボウシ等の低木が増えます。
そして山鳥兜やホソエノアザミなど大きな下草が生えて、森が形成されます。こうした土壌生成の点でもブナは、樹木の王様と言えます」

…樹木の王さま

そっと心つぶやいて、周太は樹医が佇むブナの木を見上げた。
ブナは山の土を豊かにし水を蓄える、その命が尽きた後は遺した土に森を育てていく。
そうしてブナは悠久の時に生命を育んでいく、そんな樹木の姿を見上げた周太に、あわい緑の光が頬ふれていく。

…英二が大切にしてるブナも王さまなんだね

ふっと想うことに納得が心に降りてくる。
あのブナの巨樹が立つ場所は、ぽっかりと広やかな空間を成していた。
短く豊かな下草を青々と絨毯に敷いて、大らかな梢に天を抱いて佇むブナの巨樹。
あの木はまさに森の王、荘厳で優しい懐のふとやかな幹を流れる水音の鼓動が、今も記憶に響く。
そして、その幹に凭れている白皙の貌の、遠く夢みるような切長い目の眼差しが今、この林から慕わしい。

…あのブナの木を、俺が護れるようになりたいな

慕わしい記憶と想いに、そっと願いが夢を示してくれる。
この自分が大切なひとの宝物を護ることが出来たら、そうしたら自信がすこし抱ける?
この夢への想いに今、ペンと手帳を持つ掌に意識が移り、青木樹医に贈られた本の詞書が心へ蘇える。

 ひとりの掌を救ってくれた君へ
 樹木は水を抱きます、その水は多くの生命を生かし心を潤しています。
 そうした樹木の生命を手助けする為に、君が救ったこの掌は使われ生きています。
 この本には樹木と水に廻る生命の連鎖が記されています、この一環を担うため樹医の掌は生きています。
 いまこれを記すこの掌は小さい、けれど君が掌を救った事実には生命の一環を救った真実があります。
 この掌を君が救ってくれた、この事実にこもる真実の姿と想いを伝えたくて、この本を贈ります。
 この掌を信じてくれた君の行いと心に、心から感謝します。どうか君に誇りを持ってください。 

あの詞書を自分は、もう何度、読んだのだろう?
いつも本を開くたび最初に読んで、いつも勇気と励ましを貰ってきた。
この詞書から自分の掌に想ったことを2月、英二のブナへと祈りを籠めてある。
あの大切なブナの木を、この自分の掌で護り生きられるのなら、どんなに誇らしく幸せだろう?
詞書を書いてくれた掌のように、この自分の掌も生命を護る樹医の掌に育てることが出来たなら?

…そうしたら英二のこと幸せに出来るかもしれない、そうしたら想えるかな

自分は英二の隣に相応しい、そう少しは想えるかもしれない。
自分の夢を懸けた仕事を通して、大切なひとを愛する自信を持てることは誇らしい。
そうなったら、この自分が抱え込んでしまうコンプレックスも超えられるかもしれない。
そうしたら、もっと英二を真直ぐに見つめて受けとめて、幸せに出来ると想える。

いつか、父の軌跡を辿り終えたとき。
その瞬間から自分は、英二のために生きようと決めている。
そのとき自分が樹医として生きたなら、英二の大切なブナを護ることが出来るかもしれない。
もし「植物の魔法使い」樹医になれたら、大好きな樹木たちを護りながら大切な笑顔を護る、そんな生き方が自分にも出来る?

…樹医になりたい、

ぽつん、心が本音をつぶやいた。
その聲に導かれるよう、静かな意識の底が動き出す。
なにか解からない、けれど意識のどこかに知っている温もりが目覚めだす。

…なんだろう、懐かしいかんじ…こんな気持ちに前にもなったことある

それが何か、まだ何も解からない。
それでも温もりに微笑んで周太はペンを走らせた。
その頭上へとブナの木洩陽は、密やかに輝きふらせて光の梯子をかける。



15時にチェックインした山荘は、きれいな木造の山小屋だった。
いったん談話スペースで荷物をおろし落ち着く、座って見まわす館内は木目も清潔に温かい。
居心地良さそうな空気を嬉しく思っていると、青木准教授が部屋割りの指示をしてくれた。

「今日は空いているので2人一組の個室を頂けました、研究パートナー同士で1室使って下さい。部屋を確認したら荷物を置いて、
またこのスペースに戻ってください。今日の観察記録について発表して頂きます、そのあと18時の夕食までは自由時間にしましょう、」

自分の先生の言葉に、周太は瞳ひとつ瞬いた。
周太のパートナーは当然のこと美代でいる、そうすると美代と同室になる。

…男と女で同じ部屋って、いいのかな?

疑問に首傾げてしまう、だって修学旅行とかでも男女は別室なのに?
そんな様子の周太に気がついて、准教授はふたりに笑いかけた。

「おふたりは同室だと困りますか?それなら湯原くんが私たちの部屋で3人で遣う、ってことも出来ますけど、」
「いいえ、全然困りません、」

笑って美代が即答して、周太は隣を見た。
すぐ周太に気がついて明るい綺麗な目が笑いかけてくれる、そして美代は明朗に答えた。

「湯原くんと一緒の方が、私の家族が安心するんです。だから同室にして下さい、」
「それなら良かった、この角部屋にお願いしますね、」

安心したよう微笑んで青木准教授は図面を示し、部屋の場所を教えてくれる。
その場所をチェックすると美代は周太の手を取って、いつものよう朗らかに微笑んだ。

「行こ?湯原くん、」
「あ、ん…」

ちょっと驚いたまま手を繋がれて、周太はザックを持った。
そのまま階段の上に引っ張られていく、その背中に大学生たちの声が聞えた。

「やっぱり付きあってるんだ、あのふたり?」
「まだ高校生だよな?でも家族公認って幼馴染カップルかな、いいよなあ、」

羨ましそうな声を背負わされて、気恥ずかしくなってしまう。
もう首筋が熱くなってくる、いまタオルは外してあるから赤いうなじは丸見えだろう。
同行の学生たちに見られたら、からかわれてしまうかもしれない?そう困っているうちに割り当ての部屋に辿り着いた。

「見て、窓から街が見えるね、あれって横浜とかかな?」

嬉しそうなトーンで美代が笑ってくれる。
いつもの笑顔にすぐ嬉しくなって、周太も荷物を置くと大きな窓を見た。
木々の向こうに街が見える、その彼方に自分の家が建つ川崎の街があるだろう。

…英二と光一、今夜はどんなふうに過ごすのだろう、

ふっと心に浮んだ想いに、家の客間と母の想いが改めて心に映りだす。
この1年ほど前に英二は初めて家に来てくれて、初めて周太のベッドで一緒に眠ってくれた。
あのとき周太のベッドに並べて母は客用布団を1組敷いてくれた、けれど結局は遣わなかった。
そして母は今回、光一の為に客間のセッティングを母はしてくれた、その仕上げを周太自身もしてきてある。
そのことに、母にとっての英二という存在が最初の時から他とは違っていると気付かされた。

…お母さん、光一は友達でお客だけれど、英二はもっと近いひとだって考えてたんだ

北岳の帰りに初めて光一が来てくれた時は、周太の部屋で3人一緒に眠った。
けれど周太も母も留守の今夜は、光一を客室に案内して英二には周太の部屋を使わせてくれる。
こんなふうに英二は「家族」として母は認めている、そのことが嬉しくて温かい。

…ごはんとかお風呂とか、英二ちゃんと1人でも出来るかな?でも光一が一緒だから大丈夫かな、

英二が出来る家事のレパートリーは限られている。
それでも周太と一緒にいるようになって、料理もすこしずつ憶えてくれている。
それもあって母は今回、家事が得意な光一に来てもらうことを提案してくれたのだろう。
そんなふうに母は光一のことも信頼している、こうして頼れる相手が母にあることが嬉しい。

…ふたりで楽しいと良いな、今夜…すこし寂しいけど、でもこれで良いんだ

そっと微笑んで周太はザックの前に座ると、筆記用具と今回の資料たちを出した。
その隣に美代も座りこんで一緒に支度する、その手を止めずに可愛い声は楽しげに笑った。

「ね、いつもの逆ね?光ちゃんが湯原くんのお家で宮田くんといて、私と湯原くんが一緒に山に泊まるなんて、ね?」
「あ、そうだね?美代さんも泊まった部屋に光一もだし、逆だね?…なんか楽しいね、」

言われて楽しい気持ちになって、周太は綺麗に笑った。
その笑顔を見つめて美代は、内緒話のよう楽しげに訊いてくれた。

「朝も思ったんだけど湯原くん、また綺麗になったよね?宮田くんと良いことあったのでしょ?」

そのしつもんはいまこたえにくいです。

この「綺麗になった」の原因なんて、自分でよく解かっている。
美代と会った先週の土曜日の後にあったこと、それが原因に決まっているのだから。
その原因は幸せな分だけ恥ずかしい、面映ゆさに額まで熱くなりながら周太は、なんとか答えた。

「ん、あったよ?…でもくわしいはなしはいまはきかないで」
「あ…うん、」

素直に頷いてくれながら、美代も一緒になって頬が赤くなりだした。
どんな理由か美代も見当ついたのかな?それも気恥ずかしくて頬撫でながら、一緒に階下へと降りた。
談話室には4人の大学生がもう席についている、周太たちも並んでノートや資料を広げると美代が提案してくれた。

「ね、フィールドワークのメモ見せっこしない?お互いの補足をしてね、今のうちに観察記録のこと話しあっちゃうの、」
「ん、それいいね…はい、」

いい考えに頷いて周太は手帳を広げて、美代に差し出した。
美代もページを出して渡してくれる、受けとってお互いに読み始めた。

…あ、美代さんも奥多摩との比較を書いてる、

奥多摩育ちの美代らしく相違が目に付いたのだろう。
その鋭く詳細な観点が面白い、感心しながら周太は美代に尋ねた。

「美代さん、このメモ写させてもらって良い?」
「もちろん。ごめんね、私、もう写させてもらってて」

すでにペンを奔らせながら、気恥ずかしげに美代が微笑んだ。
そんな友達の様子に安心して、周太もノートへと記録を写し始めた。






(to be continued)

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深夜日記:秋の夜長は

2012-10-29 23:41:08 | 雑談
黄昏、長き夜に生まれだす



黄昏に輝く落陽と雲、稜線の陰翳。
資料撮影で行った先の光景です、広やかな空が印象的でした。

10月も末、もうじき11月。
すっかり夜の時間が長くて、時間軸に秋が深まるなあと。

「物語は夜に生まれる」

コンナ言葉を聴いたことありますか?
これは、夜は闇→想像力が働く→物語が生まれる、という図式がまずあります。
たしかに、雪深い土地柄に行くと「語り部」という物語りする役の方がいて。
雪に鎖され夜が長いために、物語を創り語る事が娯楽なわけです。

これからの夜長の季節は物書きには良いかもしれないですね。明るいと外、行きたくなりますし。笑 
これを読んでいる方でも、ご自身が文章書かれる方からメッセージ戴いたことありますが。
今まで書いたこと無いと言う方も、ちょっと書いてみるのも楽しいかもしれないですね?

本篇の続き「共鳴4」ですが、UPは今夜遅くか明朝になります。
楽しみにしている方いらしたら、遅くなってすみません。

それから、第20話「温赦、介抱1」加筆校正をしました、前の1.5倍くらいになっています。
湯原父を殺害した犯人と対峙するシーン@宮田サイドのターンです、前より心理が解かり易くなっています。
結構改変されたので、良かったら読んでみてくださいね(2011.11.1掲載分です)

取り急ぎ、日記がてらご連絡まで
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soliloquy 七夕月act.1 Encens d'eau chaude ―another,side story「陽はまた昇る」

2012-10-28 23:27:13 | soliloquy 陽はまた昇る
※念のためR18(露骨な表現はありません)

湯の香、勘違いに微笑んで



soliloquy 七夕月act.1 Encens d'eau chaude ―another,side story「陽はまた昇る」

湯に充ちる温もりが服を浸して、肌から濡らされる。
濡れて纏わりつく一枚を透かして素肌がふれる、その白皙の懐で瞳ひとつ瞬いて周太は声をあげた。

「ばかっ、えいじのばかばかなにしてるのっ…だ、だめでしょっふくきたままはいっちゃ!ふくいたんじゃうでしょばかっ、」

一息に叱った湯気の向こう、きれいな貌は幸せな笑顔にほころんでくれる。
大好きなひとの笑顔が嬉しくてつい、怒って困っているはずなのに微笑んでしまう。
それでも拗ねたまま見あげた周太に、綺麗な低い声は楽しそうに笑いかけた。

「大丈夫だよ、周太?そのカットソーもパンツも綿だから湯で洗えるよ、」
「でもだめっえいじのばか、おゆだってよごれちゃうでしょばかばかっ、」

それくらい考えてやったのにな?そんなふう切長い目は笑ってくれる、でもそういう問題じゃないのに?
こんなの本当に困ってしまう、それなのに英二は何ともない顔で嬉しそうに笑った。

「周太だったら平気だよ?周太は全部綺麗だから、」
「なにいってるのばかっ、そういうもんだいじゃないでしょ?」

ほんとうにこまってしまう、問題の論点がずらされて。
わざと解からないフリしているの?からかっているの?そんな拗ねる気持ちになる周太に、幸せな眼差しが笑いかけた。

「そういう問題だろ?周太の汗だって何だって、俺は全部舐めてるし、」

ほんとにもうなんてこというの?

「…っ、ばかっ!」

ほんとうに馬鹿、なんてこと言うのだろう?
こんなの本当に困ってしまう、服を着たまま湯に濡らして口説いているの?
もう恥ずかしくて堪らない、額まで熱を感じながら周太は婚約者を叱りつけた。

「えいじのばかばかなんでそんなこというのっ、へんたいちかんっ」

叱りながら浴槽から立ち上がる、その肌に濡れた服は絡みつく。
からんだ布に歩き難くて足を取られそう、それでもタイル張りの縁を掴んだのに、後ろから抱きしめられた。

「周太、言うこと聴いて?」

綺麗な低い声がお願いする、その声に鼓動がつまる。
綺麗な笑顔に瞳は覗きこまれて唇を重ねられる、キスが言葉を奪ってしまう。
抗おうとする掌が白皙の肩を押す、けれど動かされない懐に深く抱きしめられる。
抱きしめられるまま湯に浸されて、ウェストのボタンが外された。

…あ、

心に息を呑んで、脱がされていく服に湯が素肌を包みだす。
すこし離れた唇の解放に息吐いて、その隙にカットソーも脱がされた体をなめらかな肌に抱きしめられた。
湯に濡れた肌ふれあう狭間、深い森の香と石鹸が燻らされ吐息に忍びこむ。その香に呼ばれる記憶に首筋がもう熱い。

「周太、一緒に風呂入ろ?」

綺麗な低い声に笑いかけられて、白皙の腕のなか困らされる。
こんなにしてまで風呂の時を一緒に過ごしたいの?そう気づかされて面映ゆい。
こんなに求めてくれて嬉しい、けれど悪戯に困らされた依怙地に唇は拗ねた口調で、そっぽを向いた。

「もうはいっちゃってるでしょばか…」

本当は嬉しい、けれど言えない。
こんな依怙地な自分に今度は困ってしまう、だって今夜は決めていたのに?
ただ幸せな笑顔をひとつでも多く見たいと願っていた、それなのに拗ねたりして?
こんな子供っぽい片意地に自分で困らされる、引っ込みつかない、もどかしい、どうしよう?
ひたすらに困惑のまま焦らされる、けれど綺麗な笑顔は幸せいっぱいに言ってくれた。

「周太、こんどは俺が周太を洗ってあげるね?」

ただ幸せに笑って恋人は、素肌ふれあうまま抱きあげてくれる。
湯気のなか慎重にタイルを歩いて、風呂椅子に座らせながら周太の首筋に唇ふれた。

「周太と洗いっこしたいんだ、だから俺にお赦しを出してよ?…ね、周太、」

幸せに囁いた唇に、ふれられた肌が発熱しだす。
そんなふうに言われたら断れない、だって自分の本音は「少しでも多く傍にいたい」のに?
この本音が正直に微笑んで、つぶやくよう唇から小さく声がこぼれた。

「ん…どうぞ?」

答えた端から頬が熱い、だってタオル一枚すら今無くて肌を隠せない。
こんなの恥ずかしい、このまま逃げてしまいたいと怯えそう、けれど一緒にいたい本音に脚は正直でいる。
逃げない膝を揃え、そっと両掌を重ねるよう脚の付根を隠しながら羞恥に竦む背中へと、やわらかな泡とタオルの感触がふれた。

「お許しありがとう、周太?もっと綺麗にしてあげるな、」

鏡越し、嬉しそうに笑ってくれる笑顔が愛しい。
こんなことで英二はこんなに喜んでくれる、ただ周太の体を洗うだけなのに?
こんなふう無防備に肌を任せるのは恥ずかしくて堪らない、それでも自分は逃げたくなくて座っている。

…だって英二、笑ってくれる…この笑顔が好き、

この笑顔が大好き、その想いは初めての夜から変わらない。
あのときのまま今も肌を委ねてふれられる、洗うタオルの狭間ふれる指先に心震えてしまう。
こんなふう洗ってもらう事はもう何度めだろう?そんな想いにまた恥らう心と体の前に、白皙の体が片膝をついた。

「周太、今度は前を洗うよ?ほら、」

綺麗に笑って長い指に掌とられて、脚の付根が視線に晒される。
これが恥ずかしくて本当は逃げたいのに?

「…あの…たおるほしいんだけど」

恥ずかしくて隠したくて、なんとか周太は声を押し出した。
いつも一緒に風呂へ入る時はタオルで隠している、その通りに今もタオルがほしい。
同じ男同士の体であること、それが逆に体を見られることが「恥ずかしい」原因になっている。

…だってえいじのとくらべるとはずかしすぎるんだもの

心つぶやく独り言に額まで熱くなる、きっともう真赤になっている。
骨格から華奢で小柄な自分の体は、全てが子供っぽい。それが尚更に、大人の男性美に充ちる英二への憧憬と羨望になってしまう。
なめらかな白皙の肌に艶めく筋肉の隆線、のびやかな手脚に頼もしい骨格、ひろやかに厚い胸と頼もしく美しい背中。
自分が憧れる体を持つ人に、この未熟な体を晒すことが同じ男なだけに辛い、そんな本音も自分には哀しいけれどある。
だから今も隠させてほしいな?そう想って言った言葉に、切長い目は嬉しそうに笑って周太の腰に腕を回した。

「おねだり嬉しいよ、周太?タオルで洗ってあげるな、」
「え、」

言葉に途惑い見上げた唇に、端正な唇が重ねられる。
ふれるキスの温もりが深くなる、そのときタオルと泡の感触が真芯を包みこんだ。
ふれる泡に長い指が動いて洗い出す、泡と指に愛でられていると感覚が腰から生まれた。

「…っ、あ、」

感触に声がこぼされて、けれど長い指のタオルは止まらない。
言葉の意味を採り間違えられた?そう気がついたのに言葉もキスに奪われて、体格と力の差に抵抗なんて出来ない。
こんなことになるなんて?途惑うまま洗われていく感触に涙こぼれる、こんなつもりは無かった分だけ途惑わされる。

「可愛い周太、感じてくれてるんだね…こんなこと周太から言ってくれるなんて、嬉しいよ、」

キスから囁く声に、恥ずかしくて涙こぼされる。
こんなこと言ったつもりじゃない、恥ずかしくて悔しくて拗ねるまま周太は口を開いた。

「ちがう、の…たおるでかくしたかったの…いつもかくしてるでしょ?でもきゅうにえいじがひっぱりこんだから…たおる無いから…」

こんな想い、英二にはきっと解らない。

これを解かってもらえないのは仕方ない、そう解っている。
けれど同じ男として悔しくて恥ずかしくて涙こぼれてしまう、こんなふうに泣くのも恥ずかしいのに?
もう涙なのか湯なのかも自分で解からない、涙と湯気に透かせ見つめる向う、端正な顔が困ったよう驚いた。

「そっちだったんだ、ごめん周太、」

綺麗な低い声は驚きながら謝って、切長い目が瞳を覗きこんでくれる。
睫あざやかな瞳は困ったよう、けれど幸せに笑った唇が目許にキスしてくれた。

「ごめんな、周太?勘違いしてごめん。でも、恥ずかしがる泣き顔、すごく可愛いよ、周太?」

そう言ってくれた笑顔はひどく幸せそうで、涙ぬぐうキスが優しい。
優しさも笑顔も嬉しくて、けれど拗ねてしまった心から言葉は、素っ気なく出た。

「ばか…えいじのばか、こんな勘違いするなんてばかえっちへんたい…どれいのくせになまいき」
「うん、俺って周太限定の変態で、生意気な奴隷だよ?だからもっと叱って、俺の女王さま?」

素っ気ない言葉にも幸せな笑顔ほころばせて、切長い目で「大好き」と体を見つめて洗ってくれる。
丁寧に肌を磨き上げながら、時おり端正な唇のキスが唇に肌にふれて想い伝わらす。
ふれる唇の熱を映されるまま、発熱の廻りだす肌は火照りだしていく。

「きれいだ、周太。肌が花みたいに赤くなってきれいだよ?朝焼けの雲もこんな感じだな、」

きれいな低い声が幸せに微笑んでくれる、その言葉にまた熱が華やぐ。
ただ恥ずかしくて、けれど婚約者の笑顔の瞬間が嬉しくて、恋愛はまた濃やかになっていく。
それでも自分の体が恥ずかしくて、今見られる視線に崩れかける心へと綺麗な笑顔は言ってくれた。

「本当に周太の体は綺麗だな、大好きだよ?心も体も綺麗な周太が好きだよ、ずっと独り占めしたい、」

…そんなふうに言ってくれるの?

こんな自分の子供じみた体を綺麗だなんて、本気で言ってくれている?
本気でこの体と心が好きで、こんな自分を独り占めしたいと思うの?
そんな想い見あげた周太の唇に、恋慕のキスが微笑んだ。

「周太の全部が大好きだよ、だから俺のこともっと好きになって?もっとワガママ言って俺に甘えて、お願いだ、周太?」

こんなに綺麗な英二、それなのに、こんなこと自分に願って求めてくれるの?
こんなふうに自分を見つめてくれる、このひと唯ひとりに想いは募りだす。

…大好き、

白皙の肌香らす湯気に、幸せは微笑んだ。




(to be continued)

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第57話 共鳴act.3―another,side story「陽はまた昇る」

2012-10-28 04:10:05 | 陽はまた昇るanother,side story
約束、日常の瞬間を



第57話 共鳴act.3―another,side story「陽はまた昇る」

開いた扉から空気が甘い。

ふくらかな白い蕾はサイドテーブルに佇んで、ランプの光に艶も優しい。
湯上りの肌をバスタオルに包む、その背中で扉開いて周太は俯いた。

「周太、ほんとにシャツで良かったの?」

綺麗な低い声が笑いかけて、籠に着替え一揃いを置いてくれる。
白いシャツとコットンパンツに添えられた、自分の下着が気恥ずかしい。
それでも肩越しに見上げて、困りながらも周太は恋人に微笑んだ。

「ん、食事の支度とかあるから…洗濯も今夜のうちにしたいし、動きやすい方が良いから、」
「そっか、色々ありがとう、周太。ほんとに奥さんみたいだね?」

嬉しそうに切長い目で見つめて、寝間の浴衣姿で英二が笑ってくれる。
ほら、約束の名前で呼んで喜んでくれた。嬉しくて面映ゆく微笑んだ周太に、白皙の手がそっと伸ばされた。

「おいで、周太。体、拭いてあげる、」
「え、…あ、」

綺麗な低い声の提案に途惑って、けれどバスタオルに長い指が掛けられる。
そのまま体を拭ってくれながら、綺麗な笑顔が近寄せられて唇にキスふれた。

「可愛い、周太。ほっぺたが火照って赤くなってる、体も赤くなってきれいだな」

幸せな笑顔で言いながら、肌まつわる雫を拭って髪もふいてくれる。
その言葉もふれるタオルの感触も幸せで、けれど気恥ずかしくて困りながら周太は俯いた。

「…そういうのはずかしくなっちゃうから…あの、じぶんでするよ?」
「俺がしたいんだ、周太。だからさせて?」

楽しげに笑って英二は手を動かして、結局着替えまで全部をしてくれた。
こんなふうに着替えまでしてくれる、恥ずかしいのに構ってもらえるのは素直に嬉しい。
それでもやっぱり申し訳なくて、困ったまま周太は婚約者を見上げた。

「ありがとう英二…でも、ふつうはこんなことしないでしょ?なんか悪いし…ごめんね?」
「謝らないでよ、周太?本当に、俺がしたいだけだから、」

綺麗な笑顔ほころばせて脱衣籠を運ぶと、中身を洗濯機に入れてくれる。
濡れた周太の服も使ったタオルも一緒にセットして、馴れた手つきでボタンを押す。
そして機械音が始まると、長い腕を伸ばして周太を抱きあげてくれた。

「周太、俺は周太の恋の奴隷だよ?いっぱいワガママ言って、遣ってほしいんだ、」

そんなこと、本気で言っちゃうの?

そう見上げた顔に優しい笑顔が幸せにほころんでくれる。
額にキスしながら扉開いて、抱えたまま歩きながら英二は言ってくれた。

「俺はね、周太に必要って想ってほしいんだ。出来ることは何でもしてあげたい、だから風呂も一緒に入りたかったんだ、」

言われたことに、ほんの数分前の記憶が首筋を熱くする。
幸せで恥ずかしい時間にまた困らせられて、つい拗ねた口調で周太は口を開いた。

「そう思ってもらえるの嬉しいけど、でもふくきたままおふろいれたらだめでしょ?ほんとにはずかしいんだからこまるんだから、」
「恥ずかしい顔も困った顔も、周太は可愛いよ?大好きだよ、周太、」

叱ったつもりなのに婚約者は幸せいっぱいに笑ってくれる。
その頬にうかぶ薄紅の、細やかで鋭利な傷痕に心が留められてしまう。
この傷が生まれた日への想いは今だって不安で怖い、それでも周太は微笑んだ。

「叱ってるのに喜んでたらだめでしょ?…ね、英二、竜の爪痕ちゃんと今もあるね?」
「あ、これ?」

そっと台所に周太を立たせてくれると、長い指が白皙の頬にふれた。
この頬を切り裂いたのは冬富士の雪崩に飛んだ氷の破片、それは最高峰の竜の爪。
その傷痕ふれる白皙の指先に、周太は掌を重ねて切長い目を見つめると綺麗に笑いかけた。

「富士山の神さまがくれた、おまもりだね?この傷痕は…ね、きっと最高峰を登って行ってね?それで俺の時計を見てくれる?」

きっと冬富士の雪崩に最高峰の竜は現われて、その爪先に英二の頬ふれた。
冷厳を支配を生みだす竜の爪、その刻印によって最高峰の神は真摯に美しい山ヤを祝福した。
その瞬間も自分が贈ったクライマーウォッチは婚約者の腕で時を刻んだ、その想いへと綺麗な笑顔は咲いてくれた。

「うん、見るよ。いつも周太の時計を俺は見てる、周太の御守もいつも持ってるよ、」

きれいな幸せな笑顔で応えて、頬添えた周太の掌を長い指に包んでくれる。
その掌にキスをして微笑んで、白い浴衣の腕は周太を抱きしめてくれた。

「愛してるよ、周太?俺は最高峰でも、周太を愛してるって言うよ?最高峰からずっと君を愛していくよ、約束通りに、」

ほら、今もまた婚約の花束の言葉を告げてくれる。
新年の日に贈ってくれた生涯の約束と想いは今も鮮やかに生きて、こうして告げて、微笑んでいる。
あの婚約の花を受けとって一ヶ月も経たない日に、英二は冬富士で遭難救助のさなか雪崩の猛威に晒された。
あれから半年になるのに消えない傷痕は山ヤの護符、それと対になるよう光一は周太の掌に「竜の涙」をくれた。
あのとき富士の風花に籠めてくれた光一の祈りも英二にあげたい、そして無事を祈らせてほしい。

「お願い英二、約束してね?どこにいても必ず無事に、この家に帰ってきてね?ずっと待ってるから…今夜みたいに待ってるから、ね?」

どうかお願いを聴いてね?
そう笑いかけて周太は背伸びすると、そっと傷痕にキスをした。
唇ふれた頬は温かで、深い森の香と石鹸が清々しい。この温もりも香も愛しくて周太は綺麗に笑った。

「英二、約束だよ?俺は異動したらね、この家になかなか帰って来られない…それでも英二が居心地いいようにしておくから。
だから、ちゃんと家に帰ってきて?…同じタイミングで一緒には帰ってこれなくても、いつも心はここで待ってるから帰ってきてね?」

どこに自分は居ても心だけは、いつもここで待っている。

何があっても自分の心は変らずここにいる、この愛する家で愛する人を自分は待っている。
だからどうか無事に生きて帰ってきて?自分に何があっても愛する人には笑っていてほしい、だから無事を祈りたい。
もう別れの時は迫っている、それを知る今この瞬間の願いに微笑んで見つめる真中で、英二は大らかに綺麗に笑ってくれた。

「うん、必ず帰ってくる。周太の隣が俺の居場所だろ?だから必ず待っていてくれな、」

告げてくれる綺麗な低い言葉は、強く明るい。
この明るさに安堵して、腕をほどきながら周太は綺麗に笑った。

「ん、待ってる…ね、ごはんにしよう?英二が好きな生姜焼きするね、あと夏野菜を鶏と蒸したのと…ビールも冷やしてあるの、」
「旨そうだね、周太。ビールに合いそうだな、ありがとう、」

嬉しそうに言ってくれる幸せな笑顔を見つめて、そっと離れると周太はストライプ柄のエプロンをかけた。
そしてキッチンに向きあった頬に、ひとしずく涙つたって幸せに微笑んだ。

…だいじょうぶ、約束してくれたから英二は、何があっても家に帰ってきてくれる

静かな心に想う、婚約者のこれからの無事と幸福。
これから自分は、現実にはいつもこの家で迎えてあげることは出来なくなる。
それでも休みの日ごとに日帰りでも帰宅して、いつ英二が帰っても寛げる支度は出来るだろう。
確かに出迎えてはあげられない、それでも英二に家庭の安らぎを贈ってあげる方法は、きっと見つけられる。

たとえ自分が一緒に過ごせなくても、幸せで英二を包んであげたい。
そうしたらきっと英二は無事に家に帰ろうとする、その意思が英二を生還させる。
あの3月の雪崩にも負けずに英二は帰ってきた、あのときと同じ不屈の意思を持ち続けてほしい。
そう願うから尚更に今夜と明日朝は、共に過ごす時間のなか幸せな笑顔を見つめ合いたい。

…たくさん笑ってね、英二?

そっと微笑んで周太は、夕食の膳を大切に整えた。



ほろ苦い酒の酔いが、まだ頬に火照る。
めずらしく相伴したビールはやっぱり自分には苦かった、そんな自分の子供っぽさが気恥ずかしい。
それでも一緒に楽しめた夕食は幸せで、今、その片づけをする隣では白い寝間の浴衣が手伝ってくれる。
その長い指の手は随分と手馴れてくれた、それが嬉しくて周太は蛇口を閉じながら微笑んだ。

「英二、ずいぶん手早くなったね?…お料理も幾つか憶えられた?」
「料理はどうかな、もっと周太に練習してもらわないとダメだと思うけど?」

綺麗な低い声が笑って、戸棚に皿をしまってくれる。
長身ひろやかな背中のすっきりした佇まいが美しい、つい見惚れた周太に英二は微笑んだ。

「周太、浴衣に着替えておいで?洗濯ものは俺が畳んでおくから、」
「ありがとう…でもすぐ畳めるから大丈夫だよ、してから着替えるね、」

気遣い嬉しいな?
嬉しくて笑いかけながら周太はエプロンを外すと、ステンドグラスの扉を開いた。
その後ろから英二も付いて一緒に洗面室へ入ってくれる、そして乾燥機前で抱きすくめられた。

「俺がやっとくよ、だから周太は着替えて?周太の浴衣姿、好きだから早く見せて、」

背中から抱きしめてシャツのボタンに長い指がかかる。
手際よく全部を外されて、慌てて周太は前をかき寄せた。

「だっ、だめでしょこんなことしちゃえいじのえっち!」

拗ねた声が出て婚約者を周太は振向いた。
その唇に端正な唇かさねられて、そのまま抱きあげられた。

「だめじゃないよ、周太?だって俺、最初から言っただろ、」

綺麗な低い声が微笑んで、抱えたまま廊下に出て階段を上がってくれる。
熱くなっていく頬とうなじに困りながら周太は、婚約者に尋ねた。

「…なんていったの?」
「忘れた、なんて言わせないよ、周太?」

切長い目が悪戯っ子に笑って、部屋の扉を開いてくれる。
そっとベッドに抱きおろされた、その頬に甘い花の香がふれていく。
梔子のあまいベッドサイド、白い衣の肩よせて端正な貌が瞳のぞきこんでくる。
楽しげな恋人の眼差しを、シャツの胸元かき合わせたまま見上げた周太に、綺麗な低い声は微笑んだ。

「男が恋人に服を贈るのは下心あるから気にするな、俺そう言ったよね、周太?だから脱がせても、ダメじゃないだろ?」

そんなこと言われるとほんとにこまるのに?

今、着ている白いシャツも英二が贈ってくれた。
だから英二の論法だと脱がされても仕方ない、そうなってしまう。
けれど所構わずそんなことされたら困ってしまう、途惑うまま俯いた肩に、ふわり衣が掛けられた。

「周太、早く着替えて?ほんとに俺、白い着物姿の周太が好きだから、」

きれいな低い声が微笑んで、切長い目が見つめてくれる。
幸せそうな笑顔、けれど眼差しが切なげで周太はそっと訊いてみた。

「あの…どうして好き?」

尋ねた唇に、端正な唇ふれて閉じこめられる。
やわらかに包まれるキスが熱い、あまい熱に鼓動の余響のこして離れると白皙の頬が微かに赤らんだ。

「花嫁さんって感じで、幸せになれるから、」

綺麗な低い声は告げて、切ない眼差しの笑顔に薄紅いろ羞んだ。
桜ほころんだような紅潮が綺麗で、告げられた言葉まぶしくて見つめてしまう。
そんな周太の瞳を覗きこんで、もういちどキスふれると浴衣姿は立ちあがった。

「洗濯もの、畳んだら上に持ってくるから。着替えていて、周太?」

羞んだよう笑って踵返すと、すっきりとした背中を見せて英二は部屋を出てくれた。
静かな足音がゆっくり遠ざかる、その音が階段を下り始めたとき涙が頬を墜ちた。

「…ごめんね英二…ありがとう、」

想い、表す単語2つと名前を呼んで、涙が温かい。

こんなふうに約束をこめて白い夜衣を羽織らせてくれた。
その想いと切ない眼差しに心が響いて泣いてしまう、こんなこと幸せに過ぎて。
この幸せに心から微笑んで立ち上がると、白い衣の下、シャツから全てを肌から落とした。

…こんな男の体の俺に英二、花嫁って言って求めてくれる

白い夜の衣を羽織る体は、どこか華奢で子供じみても男性の体。
本来なら男性の英二は女性を伴侶に求め、普通の幸せを求めることも出来る。
それでも英二は自分を選んでくれた、他の誰でもなく性別に関係なく愛していると求めてくれる。
同性愛である沢山のリスクも全て笑って受けとめて、周太を幸せにする為に英二は危険すら厭わない。
だからこそ英二は血縁も事実も隠している、周太の代わりに全て背負う決意に微笑んで、嘘と秘密すら抱え込む。

その想いの全てが自分には、痛くて哀しくて、辛い。
けれどそれ以上に嬉しくて、温かくて優しくて、幸せで堪らないと心が泣きだす。

「…すき、」

そっと呟いて、白い衣を体に纏わせ帯を結う。
やわらかな薄紫の帯を腰高く前結びに結って、帯解を求める望み示す。
けれど衿元は潔癖につめて整わせ、裾もくるぶし見せずに肌を隠してしまう。

…ほんとうは女の人の着付だけど、ね…

貞淑を示す衿元と裾、それでも体を開く意思を帯の位置に薫らせる花嫁や妻の着付。
これは我が身を唯ひとりに捧げる意思の着付、だからこんな着方は男はしない。
それでも自分は唯ひとりの為にこの着方を選び、恋する夜に身を開く。

…こんなの変かもしれなくても構わない、精一杯に気持ちを伝えられるならそれでいい

帯の結いに微笑んで、周太は窓辺にと歩み寄った。
夏の涼やかなカーテンを両手で開き、ふるいガラス窓透かす夜を仰ぐ。
その視界ひろがらす天穹にと星がふる、深い紫の夜空に銀の光あわく照らしだす。

「きれい、」

微笑んだ背中に、微かな足音が聞えて扉が開かれる。
振向いた先に長身の白い衣姿が佇んで、切長い目は見つめてくれる。
見つめて、そして羞んだよう微笑むと英二は、畳んだ服と水差しの盆を置いてくれた。

「ありがとう、英二…きれいに畳んでくれたね?」

笑いかけて洗濯物を受けとり、箪笥に仕舞う。
終えて身を起こすと、そっと長い腕が抱き寄せて微笑んだ。

「周太、すごく綺麗だ…どうしたの?」

切長い目は見惚れるまま笑んで、眼差しが熱い。
見つめられる幸せが嬉しくて、周太は綺麗に微笑んだ。

「ん…すきってかんがえてただけ」

応える声が、恥ずかしさに途惑ってしまう。
それでも伝わった想いに恋人は綺麗に笑って、綺麗な低い声が微笑んだ。

「俺のこと恋してよ、周太?もっと綺麗になって、ずっと俺の傍にいて…周太」

約束を求める唇、ふわり唇に重なりキスになる。
優しい熱いキスの狭間、静かに甘い梔子が香らせて言葉、奪われていく。



暁の光に梢が優しい。

緑の翳ふらす木洩陽に朝露きらめく、ふたり歩く足元から涼しさが明るい。
百日紅の白い花がふわり風こぼれる、名残の夏椿も青空に清々しくて、苔の緑に花びら映える。
さわやかな青い朝顔のからむ東屋、その傍らに咲き匂う白と黄色の花は緑の葉も美しい。
夏の花々を眺めて歩く隣、深い森の香に石鹸が交わす朝湯の気配に羞んでしまう。

…このかおり夜と同じで昨夜をおもいだしちゃう、な

今日はふたりとも、それぞれ大切な用事がある。
だから昨夜は眠る時間を英二は気遣ってくれた、それでも夜は恋人の時間だった。
夜を互いに求め合った瞬間たちは鮮やかで、今この記憶と共に肌へ刻印の花は残っている。
花びら想わす唇の痕、その薄紅を朝湯に英二は数えて、幸せに笑ってくれた。

―…周太、ここにも残ってる…どれも見えないとこだから安心して?

ふと蘇える言葉に首筋が熱くなる。
こんな気恥ずかしくて今日の登山は大丈夫?
そんな心配を自分にした周太に、綺麗な切長い目は笑いかけてくれた。

「今朝も綺麗だね、俺の花嫁さんは。山小屋でも変なことされないよう気を付けてくれな?」

こんなこと朝から言うなんて?

いつもながら発言に困らされて、けれど求めてくれる想いが幸せで微笑んでしまう。
嬉しいまま素直に周太は婚約者を見つめて、綺麗に笑いかけた。

「ん、気を付けます…見て、英二…朝顔が咲いたよ?すいかずらも咲いてる、」

すいかずら、忍冬とも金銀花とも書く常緑の花。
ふたつ寄添い咲く白い花は黄色にと色を変え、時の刻みを示す。
そんな姿はふたり寄添い合わす夫婦のよう、だから花言葉も想いを示している。

すいかずらの花言葉は、愛の絆。
この絆に結ばれる約束と想いの数々は、ふたり共鳴して響き交わす。
その想いは永遠に変らぬ想いだと、その願いと祈りをこめてこの花をあなたに贈りたい。

どうか、ずっと心だけは想い繋がれていて?





(to be continued)

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取り急ぎ:野の花、水と光

2012-10-27 18:10:42 | 雑談
光彩、水辺にゆれる 



こんばんわ、週末いかがおすごしですか?

写真は近場の森にて、薄暮に佇む野菊の花です。
この花を見ると子供のころ読んだ小説の、哀しかったことをつい思い出します。
伊藤左千夫『野菊の墓』野菊と竜胆が出てきますが、そのエピソードの影響は連載中の小説にも。

いま第57話「共鳴2」加筆校正が終わりました、川崎の家での日常風景と湯原のひたむきな想いの物語です。
この「共鳴」は3話で終わるかと思いましたが、4or5話構成になってしまうかと。
今夜は川崎のシーンからスタートの予定です。

取り急ぎ、
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Pensee de la memoire 初霜月の花

2012-10-27 07:33:07 | soliloquy 陽はまた昇る
花の記憶に



Pensee de la memoire 初霜月の花

座るベンチの向こう、薄紅の花に木洩陽ゆれる。
もう長袖になったカットソーを吹く風は涼しくて、朝の冷気に季節うつろう。
頭上の梢ざわめき降らす、太陽のかけらが明滅して本のページに影絵を象らす。
ゆれうごく影絵に目を上げて見るたびに、映る薄紅いろに一年前が息をする。

あの花は、去年も咲いていた。
咲く枝も同じかもしれない?そんな同じに去年の瞬間を想う。
そして願ってしまう、あのときと同じようにこの隣へと、あのひとが来てくれたらいい。

「…英二、今日はなにしているのかな、」

ぽつん独り言が風こぼれて、名前だけでほら、微笑みは蘇える。



(to be continued)

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深夜日記:縹の月

2012-10-27 03:00:47 | 雑談
月、水鏡に空満つるなら  



こんばんわ、一週間が終わりましたね。
写真は一昨日の17時過ぎ@神奈川、まだ青さ残る空に白い月です。
夜の輝きまとう前の月は発光が淡くて、どこか幻影のようでもあり惹かれるなあと。

昨日は全部で3作ほどUPしました、1本は去年の改訂版ですが。
連載中の小説とはカラーの違う短編になりますが、ああ謂うのも書いてみました。
違う話とは言え作中のふたりは、ちょっと宮田と湯原っぽいなあと後で思いました。笑

今夜UPした本篇は、ふたり中心の物語でした。
ああいう幸せな日常シーンは個人的に好きです、でも今のターンでは少ないですね。
これからもっと少なくなると思われます、その先にはこういうシーンが「日常」として描けたらいいなあと。

連載中の小説を読んで下さる方、どんな結末や展開を想像されていますか?

自作小説感動の最終回ブログトーナメント

これに今、決勝戦まで残らせていただきました。
最初の警察学校篇のラストターン「樹翳、明けの風― another,side story」で参加しています。
今回のトーナメント出品に際して表紙イラストを張り直し&すこし校正してあります。
良かったらまた読んでみてくださいね、そして1票頂けたらば光栄です。

この「樹翳、明けの風」は湯原と湯原母の「いつものベンチ」での対話シーン、母子の愛情と約束が織りなす物語です。
女性特有の強かな美しさ、少年が青年へ成長する最初の痛み、家族と個、親子の愛情と恋愛のメビウスリンク。
そうした点を描いた本作の象徴的ターンですが、この物語は全作の中でも個人的に好きです。

今のところ、同じく第9話の「黎明」が好きと言う方が多いですね。
あの物語は宮田が湯原に告白して、この物語の基点になるシーン。
いろいろ考えながら書いた所でした。

自分は第40話「冷厳」「冷厳K2」「凛厳」と、第42話「雪陵」も好きです。

第40話は山に生きる厳しさと、それを支える人の物語です。
遭難という壁を越える宮田の強さと、宮田の母という壁に向き合う湯原の強さ。
ふたり其々の厳しい壁を越えていく姿勢と、それを支える周囲が織りなすドラマのターンです。
そしてこのターンは、国村の抱える「人間の有限」への恐怖という、第42話に繋がる伏線が張られています。

第42話「雪陵」は国村が自分の中の「人間」に向合い超える、それを宮田が支えていく。
ふたりの絆がアンザイレンパートナーとして男として、より強固になる基点のシーンです。
厳しい現場で救助に生きる2人、その片割れである国村の最大の弱点が露呈して成長が始まっていく。
このあと宮田・湯原・国村・美代の関係にも変化が起きだす、そういうターニングポイント的なターンでした。

皆さんはどの話が好きですか?良かったらお気軽にコメントorメッセージ下さい。



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