萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

secret talk64 安穏act.1 ―dead of night

2018-01-31 15:39:15 | dead of night 陽はまた昇る
その場所を求めて、
英二23歳side story追伸@第6話 木洩日


secret talk64 安穏act.1 ―dead of night

知りたいと想ってしまった、君のこと。

「あのさ湯原、」

名前を呼んで隣ふりかえる。
警察学校の空まだ青い、夏くすぶる放課後の色。
こんな空もっと早く君と見ていたら、違う自分だったろうか?

「今度の外泊日、実家に帰る?」

問いかけて黒目がちの瞳が見あげてくれる。
この顔もっと見たい、そんな本音に小柄な顔ちょっと傾いだ。

「ん、そのつもりだけど」
「そっか、」

あいづち何気なく、でも鼓動が響きだす。
期待して、そのまま隣が訊いた。

「ん…宮田は?」

ほら訊いてくれた。
待ちわびた一言に英二はため息吐いた。

「俺ん家、全員それぞれ旅行でさ。留守なんだと」

父は出張、母はサークルの旅行、姉は社員旅行。
見事に全員重なった、でも、いつもどおりだ自分の家は。

―どうせ居てもいないと同じだもんな、俺の家は、

誰も重ならない、誰もが独り。
そんな家だともう諦めている、その中心も解っている。
だからこそ求めたい時間の真中、黒目がちの瞳ちょっと笑ってくれた。

「…留守番ダメなんだ宮田?」
「なんだよ湯原、他人事だと思って、」

笑い返して、ほら君の瞳やっぱり笑う。
だからもっと見たい。

―笑うと、ほんとかわいいよな…男なのになんでだろ、俺、

見惚れてしまう、もっと見たい。
ただ望むまま唇うごかした。

「誰も残るやつ、今回は居ないみたいでさ?どうしようかと思ってて。俺、寂しがりだから、一人って駄目なんだよね?」

困り顔してみる、望みたいから。
誰もいないなら勉強に集中できる、復習の良い機会かもしれない。
けれど君の顔もっと見てみたい、それにきっともう、夜は寂しすぎる。

―湯原の気配があたりまえになってきてるな、俺、

せまい寮室でひとり、勉強していても気配を感じられる。
同じ部屋に居なくても隣室、気配だけでも近くにある安らぎ。
けれど卒業すれば気配すらも感じられなくなる、そんな未来が近いから今、離れたくない。

だから君、言ってよ?

「…うち来る?」

聴こえた、君の声?

「え、」

確かめたくて訊き返す、すこし意外だから。
だって君が申し出てくれた、その幸福がそっぽむいた。

「…なんでもない」

君が視線を逸らす、呟く声は抑揚がない。
それでも優しいと知っているまま構わず訊いた。

「俺、湯原ん家に泊まって良いわけ?」
「そう言っただろ、」

ぼそり、ぶっきらぼう。
でも嬉しい、けれど、どうしよう少し途方に暮れる。

だって君の部屋で君の隣、「なにもしない」でいられるだろうか?

―男同士で「なに」するって話だけど、って俺ホント手遅れ?

男同士で「なに」かしたら、どうなるのだろう?
しかも警察学校の同期で、いわゆる「問題」だ?

けれど、湯原が過ごした場所を見たい。
この隣を育んだ家、そして生んだ人は?

―湯原の「母さん」か、

居心地がいい、そう初めて感じた相手を生んだ女性。
この隣をこの空気を育んだ存在、どんな貌だろうか?

―後ろめたいとか思うのかな、俺でも、

この隣が好きだ、その想い分だけ気持ちが湧くだろうか?
だから挨拶もしてみたい、理由が解るかもしれないから。

なぜこんなに惹かれるのか?

―きれいに見えるんだ、湯原だけが…なんでだろ、

想い歩いてゆく足もと、植込みの木洩陽あわく蒼い。
翳す蔭やわらかな青色が隣を照らす、君の頬なぞる輪郭ふかい。
あわい蒼い翳ゆれる陽かたむいて、そんな夕暮に黒目がちの瞳が見あげた。

「山で…ねんざしたあと、」

翳す青い影ゆれる、見あげる黒目きわだつ。
ただ瞳きれいで、見つめるまま静かな声ぼそり言った。

「ねんざで帰れなかった外泊日…宮田、残ってくれたから、」

言いかけて視線、そっと逸らされる。
もう前を向いてしまった瞳、けれど首すじ薄紅しずかに昇る。

―かわいいな、照れてる?

家に来たらいい、それだけのこと。
それだけのことに赤くなる、そんな横顔に離せない。
こんなふう離せないと何度これから想うのだろう?

その先に何がある?

―男同士で先なんて無いよな、だったら、

離せない、でも離れるしかないだろう。
それならばこそ傍にいられる今がほしい、願いごと英二は笑った。

「じゃ、甘えさせてもらおうかな、」

君を知りたい、君の場所も生まれも全部。
ただ願いごと笑いかけて隣、薄紅の首すじふりむいた。

「ん…わかった、」

こっちを向いた瞳、この自分だけ映して、微笑んで。

※校正中
secret talk63 時計act.14← →secret talk65

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第85話 春鎮 act.48 another,side story「陽はまた昇る」

2018-01-30 23:00:52 | 陽はまた昇るanother,side story
Since first I saw you fresh, which yet are green. 風雪に常葉木は
harushizume―周太24歳3月下旬


第85話 春鎮 act.48 another,side story「陽はまた昇る」

また雪がふる、記憶の里に。

「オツカレサン周太、まずは温まってよ?」」

ことん、マグカップ一杯の湯気やわらかい。
あまやかな芳香ほっと一息、周太は微笑んだ。

「ありがとう光一、あの…急にきてごめんね?」
「あははっ、そりゃコッチのセリフだよね?美代が巻き込んじまってさ、」

からり雪白の笑顔ふりむいて、台所に醤油が香る。
あまからい湯気くゆる温もりにテノールが笑った。

「美代が大学受験やってるなんてさ、俺もチットも気づいちゃいなかったね。御岳のニンゲンだーれも気づかなかったダケに騒動だよ?」

鍋ゆるやかな湯気、幼馴染が笑っている。
底抜けに明るい眼は愉しげで、それがなおさら申し訳なくて口ひらいた。

「ごめんさい光一、内緒にして…美代さんは光一の親戚なのに、」
「ソンナコト謝らないでイイよ、美代が内緒にしたがったのワカッテルしさ、」

味噌あまやかな芳香に声が明るい。
雪白きれいな横顔は朗らかで、愉しげに唇の片端あげた。

「ま、いつかヤっちまうかなって予想もあったけどさ?東大センセイまで出ちまうとは思わなかったよね、アノヒトまだ小嶌のウチだろ?」

横顔の言葉に想い、隣家へ跳んでしまう。
この今どうしているのだろう?

「まだいらっしゃるよ、美代さんの荷づくりが終わるまで田嶋先生もいるって…僕は先に行きなさいって言われたんだ、」

二人を置いて来てしまった。
こんなことで良かったのだろうか?わだかまる想いにテノール笑った。

「そりゃマットウな采配だね、小嶌のおっちゃんもあのセンセイには無体できないよ?周太を先コッチよこしたのも正解だろね、」

言うとおりだ、あの学者に「何か」なんて大概できそうにない。
けれど末文ひっかかって尋ねた。

「だけど、どうして僕だけ先にが正解なの?」
「そりゃねえ?あの小嶌のおっちゃんだからさ、周太にカラムに決まってるね、」

とんとんとん、包丁リズミカルに声が笑う。
雪白なめらかな頬にやり、幼馴染は言った。

「大学ダメ理由って嫁にイキオクレル問題だろ?だったら周太の嫁にって条件ゼッタイだしちまうだろね、周太の優しさツケコンデ今スグ婚約させるんじゃない?」

嫁、婚約、ちょっと待って?

「…ぼくそんな、」

ああいまなんて言えばいいのだろう?
でも「嫌」じゃない、けれど違和感に声がでた。

「たいせつなこと…条件にされるのって嫌だよ?」

大切なことだ、自分には。

『だけど私は、後悔するほうがもっと恥ずかしいの、』

叩かれて腫れた左頬、あざやかな薄紅とまっすぐな声。
あの横顔まぶしかった、あの勇敢な眼ざし失くしたくない。
だから「条件」なんて柵とじこめられなくて、その想いにテノール笑った。

「ありがとね周太、ソンナに美代のコト尊重してくれてうれしいよ?」

笑いかけてくれる瞳、底抜けに明るい。
心配なんていらないよ?そんな眼が言った。

「でも小嶌のおっちゃんってソウイウヒトでさ、あのセンセイも気づいて周太を先によこしたんだろね?ほら、冷めちまう前に紅茶ドーゾ、」

澄んだ瞳くるり愉快に笑ってくれる。
その言葉に芳香ひとくち、ほっと息ついた。

「おいしい…いい香、ゆず?」
「だよ。美代がJAで作ったヤツだね、名産品で名物って企画でさ、」

朗らかなテノール教えてくれる。
そこにある時間に吐息こぼれた。

「…美代さんはJAのしごと、ほんとに好きだったよね、」

それでも彼女はその職場を辞める。
そうして選びだす分岐点に聡い瞳が言った。

「好きだからこそ美代、大学に行きたくなったんじゃない?ちゃーんと勉強してみたいってさ、あいつケッコウがり勉だし、」

かたん、かちゃかちゃ、台所の音やわらかい。
働き者な白い手くるり、盆たずさえ笑った。

「さてオマチドウサン、昼飯しよっかね?」

あまからい芳ばしい香、大皿一杯。
汁椀に飯茶碗ならんだ温もり、感覚ひとつ微笑んだ。

「ありがとう、僕、おなか空いてたみたい?」
「そりゃソウだろねえ?ひとんちの修羅場にツッコまれたんだからさ、」

いただきます、合掌ひとつ幼馴染が笑う。
雪白やさしい笑顔に力ひとつ抜けて、周太は箸をとった。

「ん、おいしい…じゃがいもに味噌?」

まるい芋ころごろ、芳ばしい甘辛い。
素朴ほっとする味に朗らかなテノール笑った。

「だね、味噌に砂糖と酒であまから炒めだよ、ありあわせだけどウマいだろ?」
「ん、僕これ好き…ありがとう、」

頬ひろがる香ばしさ、唇ほころぶ。
あたたかな惣菜くつろぐテーブル、静かな古民家に尋ねた。

「あの、光一のお家の人は今日、いないの?」

祖父母と三人きり、そう聴いている。
けれど気配のない屋敷の台所、からりテノール笑った。

「さっき温泉に出かけね、留守番が帰ったから安心だってさ?」

なんでもないこと、そんな眼ざし屈託ない。
その言葉に思ったまま訊いてみた。

「光一がプレゼントしたの?温泉旅行…心配かけたお礼って、」

高校卒業から6年間、祖父母ふたり置いて奉職した。
その歳月どんな想いだったろう?その涯の今日にテノール笑った。

「ソンナとこだね、ホント周太は解っちまうね?」
「…光一は優しいから、そうかなって、」

答えながら箸うごかして、さくり、青菜やわらかに出汁がしみる。
庭先の畑で採ったのかもしれない?あざやかな甘み差し向かい、優しい唇ひらいた。

「俺のオヤジとおふくろは山で死んだろ?で、俺が山の警察官をヤるなんてね、ジイサンとバアチャンはホントは嫌だったハズだね、」

中学1年生だったよ、そう前に話してくれた。
まだまだ親が必要な孫、それなのに息子夫婦いっぺんに亡くしてしまった。
どんな想いに二人は孫を育て「山」に送りだしてきたのだろう?そんな時間の柱が微笑んだ。

「警察辞めて医者になるよって言ったらさ、電話のむこうガタンって聞こえてね?ジイサン腰ぬかすほど喜んだってワケ、」

腰ぬかすほど喜んだ、その安堵感どれだけだろう?
それは自分にも他人事じゃない。

“警察を辞めて大学に行く”

それは自分も同じ道。
専門の先は違う、けれど同じことだ。
こんな共通点つながる幼馴染は汁椀すすって、一息ほっと言った。

「ま、ガキのころは医者になるツモリだったからね、フリダシ戻ったようなモンだけど、ね…警察より覚悟イルんだよね、俺にはさ、」

あまからい湯気おだやかなテーブル、声が澄む。
その言葉その心もう解って、しずかな痛みテノール笑った。

「ケッキョク俺は雅樹さんと同じがイイね、そういうモンだって肚決まっちまったよ?」

同じがいい、

そう笑う瞳は静かに澄んで明るい。
哀しみも未来も見つめる、そんな眼ざしに鼓動そっと訊いた。

「…雅樹さんが山に登るから、医学生だったから、光一もなりたいの?」

追いかけたい、それとも?
確かめてほしい想いの真中、澄明な瞳が笑った。

「俺と雅樹さんは同じなダケだね、好きなモンごとまるっとさ?」

ただ同じ、それだけ。

そんな相手に逢える確率どれくらい?
そんな相手が消えてしまうなら、その傷みどれだけ深い?

「やっぱり光一はかっこいいね…勁くて、明るくて、」

ほら想いこぼれだす、まぶしくて。
だって自分はどうだろう?

―僕はお父さんのこと何年も、ずっと…でも光一は逃げないで山に、

遠い春、父が殺されてしまった現実。
そこからこんなに回り道している、そんな自分に幼馴染が言った。

「周太こそカッコいいよ、美代を支えるのもダケどさ、あの宮田をってエライコトじゃない?」

とくん、

名前が鼓動ひっぱたく。
むきあいたい名前と、どうしても忘れられない名前。

※校正中

(to be continued)
【引用詩文:William Shakespeare「Shakespeare's Sonnet 104」】
第85話 春鎮act.47/斗貴子の手紙← →第85話 春鎮act.49
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古民家景、雪の経年

2018-01-30 18:19:03 | 写真:建築点景
雪茅葺、滴る冬の銀。


雪33ブログトーナメント
撮影地:雪と氷柱の古民家@神奈川県

「日本」90ブログトーナメント
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睦月、白翼舞う

2018-01-29 08:52:21 | 写真:山岳点景
凍れる水辺の陽だまり、白鷺×水鏡。

季節の彩り 84ブログトーナメント
撮影地:森@神奈川県

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睦月の森、馥郁ひかる

2018-01-28 23:45:17 | 写真:花木点景
森一隅、黄金こぼれる甘い春。


季節を感じるお花さん82ブログトーナメント
撮影地:蝋梅、森@神奈川県

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私の孫になる君へ―斗貴子の手紙 another,side story「陽はまた昇る」

2018-01-28 11:48:00 | 陽はまた昇るanother,side story
君に未来を、
harushizume―周太24歳3月下旬


私の孫になる君へ

愛しい君へ

はじめまして、未来に生まれている君へ。
私は君のお父さん、馨さんのお母さんで君にはお祖母さんになります。
名前は斗貴子「ときこ」と読むんですよ、旧姓は榊原といって世田谷にお家がありました。
その家は君がこの手紙を読むころには無いかもしれません、私は兄弟がいなくて一人っ子だから家を守る人がいないんです。

こんなふうに書くと分かってしまうかしれないけれど、私は君が生まれるよりずっと前にこの世から消えます。
私は喘息という病気で心臓も弱いの、長くは生きられません。君のお父さんが大人になる姿も見られず世を去るでしょう。
本当はもっと生きて馨さんが大人になったところも見たいです、入学式も遠足も一緒にしたいけれど叶いそうにありません。
でも、あなたに逢いたいです。

馨さんの子供である君に逢いたい、お祖母ちゃんですよと笑いかけて抱きしめたいわ。
どうしても君に逢いたいです、まだ生まれていない遠い未来の君に逢いたくて、つい馨さんの姿に想像します。
もしかして髪はくせ毛ですか、私がそうだから馨さんもくせ毛です。本は好きかしら、花を見るのも好きでしょうか。
こんなに想像するほど君に逢いたいです、だから手紙を書くことにしました。何年先になるか解からなくても必ず届く魔法で贈ります。
この魔法は叶っているはずです、何故って今こうして君は読んでいるでしょう?

君と一緒にしたい事はたくさんあります。
君と手をつないで庭を散歩したいです、私が好きな花を一緒に見たいわ、白い一重の薔薇ですよ。
本もたくさん読んであげたい、書斎はたくさん本があるでしょう?東側の飾棚は私が御嫁入りに連れてきた本です。
お菓子も一緒に作りたいわ、スコンは君のお祖父さんもお気に入りです、君も私みたいに甘いものが大好きかしら。
私の母校でも一緒に散歩したいわ、大きな図書館がとても素敵なのよ?君のお祖父さんの研究室も案内したいです。

お祖父さんの晉さんと私は大学の研究室で出逢ったの、フランス文学の研究室です。お互い本が大好きだから逢えました。
君のお祖父さんはフランス文学の学者です、戦争のあと独りでフランスに留学して一生懸命に勉強した立派な方です。
いろんなご苦労をされてきました、その苦労の分だけ濾過された心が本当に綺麗で瞳にも表れています。
私は君のお祖父さんの妻になれて本当に幸せです、そして教え子であることも誇りです。

私と君のお祖父さんは齢が十五歳も違います、でも共通点が恋になりました。
二人とも文学が大好きだという共通点です、フランス文学にイギリス文学、もちろん日本の文学も大好き。
私は体が弱くて学校に行けない日も多かったの、そんな私にとって本はいちばん傍にいる友達です。
それでも学校は好きだったのよ?だから尚更に学校へ行けない日もベッドで本を読み勉強しました。
そんな私だから君のお祖父さんが書いた本とも出逢えたの、彼の言葉たちは鼓動から響きました。
響いたから大学へ行きたいと夢を抱いたのよ、君のお祖父さんに逢いたくて。

君が生きる時代は女の子たちも大学に行きますか。
私の時代は女が四年制大学に行くことは珍しくて、合格も難しいと思われていました。
それでも私は大学へ行きました、君のお祖父さんと逢いたくて日本でいちばん難しい大学を受験したの。
病気がちで大学なんて無謀だとお医者さまにも叱られました、でも短い命ならばこそ夢を見に行きたいとお願いしたの。
どうしても君のお祖父さんに御礼を言いたくて、それには学生になって逢いに行くことが一番の恩返しだと想えて大学に進みました。

だって君、学問は受け継がれていくものです。
たとえば文学は文字を通して世界を伝えていくことができます、それを読んだとき人は希望を見つけることも出来るの。
病気でベッドにいる時間すらフランスの風景に連れていってくれた、この心の自由をくれたのは君のお祖父さんが紡いだ言葉です。
それは君のお祖父さんがこの世を去っても遺ります、文学が文字が世界にあり続ける限り、君のお祖父さんがつむいだ自由は生きています。
そして私も生かされました。

But thy eternal summer shall not fade,
Nor lose possession of that fair thou ow'st,
Nor shall Death brag thou wand'rest in his shade,
When in eternal lines to time thou grow'st.
 So long as men can breathe or eyes can see,
 So long lives this, and this gives life to thee.

私が好きな詩の一部です、シェイクスピアというイギリスの詩人が詠みました。
William Shakespeare「Shakespeare's Sonnet 18」ソネットという十四行詩です。
言葉は時間も空間も超えてゆく梯、想いつなぐ永遠の力があることを謳われています。
この詩は学問をあゆむ全ての人に贈られるものです、この通りに君のお祖父さんは生きています。
きっと君のお父さんも同じように生きるでしょう、そして私も詩のように生きたのだと自負しています。

君のお父さんの名前は馨ですが「空」でもあります。
馨、この「かおる」という音はラテン語の“ caelum ”カエルムを充てたのです。
若葉の佳い香がする5月の青空の日に君のお父さんは生まれました、だから“ caelum ”です。
馨という文字は言葉を伝える「声」が入っているでしょう?きっと文学を愛する人になると思います。
そうして君に本を読み聴かせてくれるのだと予想しています、お祖母さんの予想は当たっていますか?

君の名前はどんな願いの祈りに付くのでしょう。
考えるだけで幸せになります、そして逢いたくて祈ってしまいます。
馨さんが大人になって大切な恋をして、そして君が生まれてきてくれること。その全てが幸せであれと祈ります。

馨さんが結婚する相手は素敵な女性でしょうね、君のお母さんになってくれる人ですから。
きっと私はすこしだけ嫉妬してしまいます、なぜって今も手紙を書きながら馨さんを見ていて愛しいのです。
こんなに馨さんが愛しいもの、馨さんの子供である君も愛しくて宝物で、誰よりも幸せを願わずにいられません。
だからこそ君のお母さんが幸せである日々を祈ります、君が笑っていられるように。

君のお祖父さんに、新しい奥さんを迎えてとお願いしました。
私は君のお父さんのきょうだいは産めません、でも健康な新しいお母さんがきたら馨さんにきょうだいが出来るでしょう。
私はきょうだいが無いけれど仲良しの従妹がいます、顕子さんといって馨さんのことも可愛がってくれる頼もしい人です。
病気がちの私をいつも見舞ってくれたのも顕子さんです、彼女が従妹だから私はたくさん笑っていられました。
そういう信頼できる身内が馨さんにもいてほしくて晉さんに再婚を勧めています。

ですから私ではないお祖母さまが君にはいるかもしれません。
その方と君は血のつながらない家族です、でもどうか大切にして下さいね。
家族は血の繋がりだけではありません、心が結ばれたなら幸福な家族です。

私は本当に幸せに生きました。
君が今いるこの家で私は生きて笑っていました、屋根裏部屋が私の書斎で大好きな場所です。
鎧戸の小さな出窓があるでしょう、あの下は小さな隠し棚になっていることを君は知っていますか?
開け方のヒントは寄木細工です、板をずらすと開きます。そこに贈物をしまっておくので受けとって下さい。
それを見れば私は幸せだったことが解かるはずよ、そして君を愛していることも伝えられると信じています。

君は学問が好きですか?
たぶん大好きだろうと思います、学問に出逢った晉さんと私の孫ですから。
君のお父さん、馨さんも学問が大好きな人になると思います。今も絵本を見て笑っているわ。
まだ文字も読めないはずの赤ちゃんです、でも小さな指で文字をなぞりながら楽しく笑っています。
だから君も学問を愛する人になるかもしれない、そう想えるから学問にも役立つ贈物を選びました。

いつか時の涯に君と逢えるよう思えてなりません、そのときは笑顔で私を見つけてください。
そのためにも写真を同封しておきます、君のお父さんを、私の caelum を抱いている私です。
そこには君も抱きしめています、何故って君は馨さんを通して私の遺伝子と夢を継ぐのだから。

どうか君、幸せに生きてください。私は永遠に君を愛し護ります。

湯原斗貴子


第85話 春鎮act.47← →第85話 春鎮act.48
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冬夜雑談:咲くや春、大寒のころ

2018-01-27 23:50:15 | 雑談
週末だけどアレコレな今日、

あーお腹空いたなあ、

思いながら帰ってくる途中、
夕飯お誘いメールもらって、前から行ってみようか思ってた店に行き、
イタリアンのコースでボンゴレロッソ食べたんだけど、

あ、ヒサシブリだなあボンゴレロッソ、

なんて気が付いて、
ヨウスルニ最近イタリアン=山奥レストランだったからだなあ、気づいて、
ソウイエバ最近ココントコ忙しくて山奥レストランのみならず登山もゼンゼン行けていない、

とか考えながら帰宅して、
いつもどおり真白もふもふ白猫×悪戯坊主がお出迎えしてくれて、
荷物片づけetc後、もらった桜餅×ヒサシブリ緑茶を淹れたんだけど、

桜の葉っぱくれくれー、

と悪戯坊主がいつものようにねだってくれて、
桜の葉うれしそうに食べる真白もふもふ猫に、

ホントにおまえ猫なのかよ?笑

なんて話ながら夜お茶@自宅な時間、
もう桜餅の季節なんだなー思いながら、でも外は残雪まだ冷えこむ大寒の夜、
けれど近場の森は河津桜がもう咲きだして、そんなこんなで春と厳冬めぐる一月ある日、笑


河津桜カワヅザクラに花見より↓桜餅(葉)まっしぐら、笑


第2回 ライフ ブログトーナメント
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第85話 春鎮 act.47 another,side story「陽はまた昇る」

2018-01-27 08:20:17 | 陽はまた昇るanother,side story
If this be error and upon me proved, 凍える先へ、
harushizume―周太24歳3月下旬


第85話 春鎮 act.47 another,side story「陽はまた昇る」

責任について話しましょう、お父さんと待っています。

そう君の母親はメールで告げた、その父親が山から下りてくる。
雪ふる軒端の彼方ほら?作業着姿と登山ウェア姿に隣、そっと息吐いた。

「よし…」

ちいさな横顔が呼吸する。
その明眸まっすぐ前を見て、澄んだ声で言った。

「おばあちゃん、お母さん、私は私の責任で大学に行きます。お父さんにも同じに話すだけよ?」

ソプラノまっすぐ祖母と母親を見る。
縁側にかっぽう着姿ふたり、銀髪と黒髪のんびり微笑んだ。

「あれまあ、まあ…桂子さん、美代もナカナカだねえ?」
「そうですねえ?まあ、お義母さん譲りだなあってナットクですけども、」

笑顔のんびり二つ、縁側から山を見る。
そんな家族に隣の横顔くるり、周太に囁いた。

「ね、湯原くん…どんな風向きかなあ、これ?」

女性ふたり、どちら側に立つのだろう?
それぞれの言葉たちから答えた。

「…否定はされていないと思う、よ?」
「そうだよね…、」

汁粉の湯気ごし、大きな瞳ゆっくり瞬く。
雪おだやかな縁側しずかに冴えて、雪の足音もう近い。


「よっこいせ、っと、」

雪軒端のっそり、広い肩ふたつ白い庭に立つ。
作業着姿どこか厳めしい隣、登山ウェア着た学者が笑った。

「小嶌さんのお祖母さんですね?イキナリ邪魔してすみません、見事な梅の木を見させてもらいましたよ、」

半白の茶色い髪ふっさり、雪の滴きらきら舞う。
大柄なくせ人懐っこい笑顔に皺ふかい瞳ほころんだ。

「あれまあ、まあ、梅をほめられると悪い気しませんよ?ハジメマシテの方よねえ?」
「田嶋と申します、東京大学でフランス文学の教鞭を執っている者です、」

鳶色の瞳ほがらかに笑って、半白の頭ぽんと下げる。
いつもながらの学者に銀髪ふわり、三つ指ついた。

「あれまあ、まあ、ソンナ偉い先生が頭下げないでくださいよ?」
「いやいや、偉くないですよ?」

くったくない貌が手を振る、その指ふしくれ逞しい。
大きな手だな?すなおな感想の先、低い声が響いた。

「学者だから偉いってコトはありません、でも、小嶌さんは偉いと思います。そうでしょう?」

低い、けれど肚響く明らかな声。
その声に見つめる真中、深い鳶色の瞳が言った。

「人生まるっと懸けて進学を勝ちとったんだ、学問に全部ぶちこめる精神力は学者として最高の資質です、」

人生を懸けて、ほんとうにそうだ。
だから合格発表の直前、君は泣いた。

『もう帰るとこないの私、これで落ちてたら…ほんとバカだけど、泣くけど、でも後悔しない、』

職場も家族も捨てて後悔しない、そんなふうに言うのは簡単だ。
けれど実行は難しい、それに君は職場も家族もイコール故郷だ。

―ふるさとを棄てるなんて美代さん…辛いよね?

なぜ君が大学を選びたいのか?
その理由を自分は知っている、だから痛みが響く。
どんな思いで君は選んだのだろう、今ここにいるのだろう、その願い唇ひらいた。

「あのっ、美代さんが大学に行くのは、ここが大好きだからですっ」

飛びだした声に視線が突く。
雪軒端のっそり立つ作業着姿、その眼ざしに向きあった。

「山も水も木も美代さん大好きなんですっ、大好きだから護りたくて、護るための力が欲しいから美代さんは大学に行きますっ…ただここが好きだから」

お願い、わかってください君の家族だから。

ここに生まれたから君は願ってしまった、だから、家族だからこそ理解してほしい。
そうじゃなかったら君の願いは努力は何処へ行けばいいのだろう?
この故郷を棄てたら君は、どこへ?

「ここが大好きだから美代さんは大学に行くんですっ、だからお願いです!美代さんの進学を認めてくださいっ、美代さんの帰る場所でいてくださいっ」

どうか君の夢、どうか叶いますように。
そのために君の家族は知ってほしい、解って認めてほしい。
そうじゃなければ君の夢は消えてしまう、どうしても消したくない、だから、

「ここで生きたいから美代さんは大学に行くんですっ、お願いします!」

どうか君の夢こそ叶え、僕も同じだから。
願い頭下げた隣、ソプラノ声が透った。

「お父さん、私、大学に入ります。後悔しません、」

まっすぐ声が澄む、きっと左頬は赤いまま。
その原因になった手は視界の端、節くれて大きい。

―たくさん畑仕事してきた手、だね…りっぱな手、

頭下げたまま大きな手が映る、あの手が君を叩いてしまった。
それは褒められたことじゃない、それでも君を育んだ手であることは事実だ。
だからかもしれない?こんなに大きく見えるのも、怖いのも、そして温かに想えてしまうのも。

「お父さんが言うように結婚できないのは恥ずかしいかもしれない、だけど私は、後悔するほうがもっと恥ずかしいの、」

澄んだ声まっすぐ想いつむぐ。
大きな手と雪の縁側、君の声が言った。

「もし大学を諦めたら後悔だらけの言訳オバサンになっちゃいます、そんな恥ずかしい人生は嫌です。責任転嫁なんてしたくありません、」

雪軒端に想い響く、君の声だ。
冴えわたる冷気かすかに甘く香って、想い透った。

「だって身代りなんかドコの誰もいないでしょう?私は私に責任とって大学に入るだけです、だからお父さんも私のこと他の誰かの責任にしないでください、」

この声は左頬まだ赤い、きっと叩かれた痛み消えていない。
これからもっと痛むかもしれない、それでも声凛と響いた。

「もう帰らない覚悟で大学に行きます。だから、あと15分この家にいさせてください、荷物まとめます、」

頭下げた視界、君の横顔が映る。
その左頬まだ赤い。

※校正中

(to be continued)
【引用詩文:William Shakespeare「Shakespeare's Sonnet 116」】
第85話 春鎮act.46← →第85話 春鎮act.48/斗貴子の手紙
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睦月の森、大寒×桜

2018-01-27 01:09:10 | 写真:花木点景
雪の森、薄紅ほころぶ大寒の空。


大寒すぎに咲く桜、河津桜の一種です。
撮影地:河津桜、森@神奈川県

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睦月の森、桜

2018-01-26 02:13:00 | 写真:花木点景
雪の森、頭上に桜の春。


早春より淡い春、河津桜の一種です。
撮影地:河津桜、森@神奈川県

第48回 ☆花って綺麗ですよね♪☆ブログトーナメント
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