江戸時代の家賃

2012-10-05 09:55:14 | 暮らし

落語「大工調べ」とは…

落語で与太郎とくれば、頭の弱い男の代表格。その与太郎のところへ大工の棟梁・政五郎がやってくる。大きな仕事が入ったので、仕事場に来いと声をかけに来たのだが、与太郎の顔色はさえない。長屋の店賃(たなちん=家賃)の抵当(かた)に道具箱を持っていかれたというのだ。滞った店賃は一両二分八百文。

 

気っ風がいい政五郎は、持ち合わせた一両二分を与太郎に渡し、大家のところへ道具箱を取りにいかせる。大家が八百文足りないと言うと、間抜けな与太郎は政五郎との内緒話そのままに「一両二分あれば御の字(上等の意)だ」「あた棒(当たり前だ、べら棒めの略)だ」と言ってしまうからたまらない。怒った大家は、残りを持って来いと与太郎を追い返してしまう。

 

仕方なく政五郎が与太郎に同行して、事情を説明するのだが、些細な一言にへそを曲げた大家が難癖をつけたことで、今度は政五郎が堪忍袋の緒を切らして江戸前の啖呵(タンカ)を切り、南町奉行所に訴えることになってしまった。さて、一同がお白洲にそろうと、奉行の裁きが始まる。与太郎をきつく叱って残りをすぐに返すように言ったことで与太郎側の敗訴かと思うと、次には大家が質屋の株を持っていないのに質をとったことがけしからんと、道具箱を取り上げていた20日間に相当する手間賃を支払うよう申しつけ一件落着、という噺。

 

大家と棟梁、与太郎の関係は?

この落語の中で、「神田三河町家主(いえぬし=大家)源六、並びに店子(たなこ=借家人)大工職与太郎、差添人(さしぞえにん=付添いのことで本人を補佐し、弁護にもあたる人)神田竪大工町金兵衛地借り(じがり)大工職政五郎、付添いの者一同揃ったか」とお白洲で奉行に聞かれている。大家源六は家主、つまり地主に雇われた大家(※)であり、棟梁の政五郎は、金兵衛という地主から土地を借りて、自分の家を所有していることが分かる。

 

※詳しくは、前回の「落語「小言幸兵衛」の長屋の大家は、実はオーナーではない?」参照

 

江戸の町民は3つの階層に分かれていたようだ。土地を所有して、家を建てて居住するのが「地主」で、表通りに土地を借りて、自分の家や店を持つのが「地借り家持(いえもち)」で、町政に参加できるのはここまで。店子といわれる借家人は、町入用という町の運営経費を払っていなかったので、一人前として扱われずに家主の名を肩書に付けて呼ばれたそうだ。

 

与太郎の長屋の家賃はいくら?

江戸時代の通貨は、金貨・銀貨・銭貨の3貨が流通し、それぞれ交換比率が変動していたので、とても複雑だったという。金貨1枚が1両で、「1両=4分」、「1分=4朱(しゅ)」の 4進法を使っていた。、1朱は銭貨で250文(ただし、年代によって変動)なので、1両は4000文となる計算だ。江戸時代といっても250年間で価値も変わっているうえ、経済の仕組みも異なるので、1両が今の金額にしていくらに該当するのかは、大変難しいようだ。日本銀行金融研究所貨幣博物館のHPを見ると、米価から計算した金1両のおおよその額が、「江戸時代の初期で10万円、中~後期で3~5万円、幕末ころには3~4千円になる」とある。

 

さて、この落語で与太郎は、家賃を一両二分八百文滞納したことになっている。これが4カ月分というから、家賃は月1分2朱200文と計算できる。与太郎の住む長屋は、母親と二人暮らしといえども、裏長屋の狭い貸家だと想像できるが、裏長屋の店賃の相場は、時代や場所、広さによっても大きく異なるため、定かではない。

 

写真のような裏長屋の1室なら「深川江戸資料館展示解説書」によると、だいたい月300~500文だという。また、「落語ハンドブック」によると、『江戸東京生業物価事典』の引用で、幕末のころ、浅草馬道の裏で四畳半二間(ふたま)の店賃が1分2朱、下谷源空寺門前の九尺二間(くしゃくにけん=写真のような裏長屋)の店賃が500~600文という例があるという。

 

江戸時代は火事が多かったので、壁も薄い安普請の長屋が多かった割には、すぐに元を取るために家賃も安くはなかったそうだが、与太郎の店賃は裏長屋としたら、かなり高いようだ。因業な大家が、店賃をふっかけたのかもしれない。ただし、与太郎は、道具箱を取り上げられた20日分の手間賃5両を大家からもらうことになっている。つまり日当は、1分(1000文)なので、1~2日働けば家賃が払えることになる。

 

では、今の家賃を調べてみよう。大工の与太郎が住んでいたのが、大工が多く住む神田竪大工町だとすると現在の千代田区内神田にあたる。「SUUMO」に掲載されている賃貸物件で調べると、神田駅徒歩5分以内のマンション20㎡台で家賃が月8万円台というのが多いようだ。江戸時代中~後期で1両が5万円相当と仮定した場合、与太郎の店賃は月2万円程度。果たして高いのか安いのか?

 

※注:落語家によって滞納家賃は一両二分など、金額が違う場合もある

 

●参考資料
「落語ハンドブック改訂版」三省堂
「江戸の用語辞典」江戸人文研究会編著/廣済堂出版
「古典落語100席」立川志の輔選・監修/PHP研究所

 

●江東区深川江戸資料館
HP:http://www.kcf.or.jp/fukagawa/index.html

 

(住宅ジャーナリスト 山本 久美子)



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